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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 梓から朱槍を受け取った理子は、手に馴染ませるように握り、離しては握り直す。
 両刃の刀身は二〇センチ。長さ一七〇センチの柄は樫を使用し、朱色に艶やくその光沢は時代を感じさせない。更に、刀身と柄の間には血溜まり用の皮が巻かれているのだが、汚れ一つ無く、柄から得られる感想としては、時代が時代なら未使用、今の時代なら飾りになっていると思わせる。
 この朱槍に時代を感じさせる部分があるとしたら刀身と石突きになるのだが、両刃の刀身は手入れが行き届いて、素人目では未使用か使用後かわからない。はっきりと時代を感じるのは、鈍色に燻んでいる石突きだけという事だ。
 理子は表情に不快感を表しながら柄を右手に握り直し、何度か上下に振る。なお一層の不快感を浮かべて手を止めると、ガスッと中央に穴がある楕円の石突きを地面に刺した。そして、呆れるように言った。
「何このオモチャ?」
 オモチャ。戦闘では使えないという言。たとえ使ったとしても、使い捨ての武器だと、梓に言っているようだった。
「お、オモチャ……?」
 困惑するしかない言葉だが、梓なりに、吉法師から得た情報を簡潔に伝える。
「梅田家の家宝、織田軍一の武の者が持っていた朱槍だと伝わっています。理子さんの御先祖、弥生氏もその手にしていたと」
 内心は穏やかではない。梅田家が先祖代々受け継いできた朱槍をオモチャ扱いされたのだから。梓はふつふつと怒りに似た焦燥が胸の内に溜まっていくのを感じていた。それでもその感情を表に出さないのは、理子の出生や自分が感じた人間性から、いい加減な意味で言っているのではないと思っているからだ。返答を待つ。
 理子の表情は変わらない。それだけでなく、柄を両手で握って「これを?」と言いながら、一七〇センチの柄をさも小枝にするようにしならせる。
「……はい」
 小枝のようにしなる柄を見させられて、柄に使用している木材は樫なのに……と思うものの、胸の内に溜まっていく焦燥の蛇口は閉まらない。理子の意図がわからずに、そんなパフォーマンスは反応に困るだけだ、というのが梓の感想だった。
 そんな梓の反応を理子は理解したように一度頷くと、
「コレは稽古用に作り直した短槍。戦や闘いの場で使う槍は斬撃よりも刺突、刺突よりも打撃を重視するから、武の者が使用する槍は、最低でも、柄が折れないように鉄や銅の針金を柄に巻くのよ」
「柄が折れないように……ですか?」
「そう、命を奪い奪われる場で自分の武器が消耗以外の理由で使えなくなるなんて、それこそ武に生きる者の恥。いや、武器を持つための資格がないわね。この朱槍には欠点を挙げたらまだまだあるのだけど、柄の話だし、柄絡みでついでにもう一つだけ」
 と言って柄の説明を更に続ける。
「柄の形状なのだけど、斬撃用なら手首の力でしならせやすい楕円形が理想。打撃なら強度に滑り止めを兼ねて五角形や六角形ね。でも、この朱槍は斬撃用みたいにしなるのに、柄の形状は打撃しやすい六角形になっている。打撃武器としては手に馴染むけど、強度は無い。かといって斬撃武器として使えるかといえば、一撃目は六角形の滑り止め効果があるから踏ん張りやすいけど、二撃目へ移行するのに必要なしなりは作り難い」
 それなら刺突ではどうか? と柄を両手で握り、腰を下げて構えると、
「腕を伸ばして引く、馬上ではコレだけの行動しかできないのだけど、詰められる間合いは切っ先から三〇〜六〇センチしか無いのよ。地面に足を付けていても、足を伸ばして一〜一.五メートル。どんな武器でも刺突だと点、斬撃だと線で攻撃するのだけど、長柄武器は間合いが広い分、その間合いに入られたら、武器として使えなくなる。そのために、槍の場合は、防止策としてしなりや滑りを利用するの、よ!」
 柄を手の中で滑らせ、更に縦横に振ってしならせると、梓の眼前に朱槍を突き立てる。
「でも、六角形の柄だと、手の中で滑る時に摩擦を作る。更に、形状から生まれる強度から、余計な反発エネルギーが作られてしなりが鈍る」
 柄の形やしなりを見せながら説明していくと、次は先端に指を向けて、
「朱槍とは軍の中で一番、もしくは一番槍の者が持つ武器。人を殺し、自分を守るための武器なのよ。この刀身と石突きを織田軍一の武の者が使っていただけで、コレは朱槍ではなく稽古用のオモチャ。もしくは観賞用の飾り。ただの槍……いえ、棒ね。竹槍かその辺に自生している木を切って使った方がまだ使えるわ」
 パフォーマンスの意図を理解してきた梓に、更に納得する材料を話す。
「織田軍一の武の者はさっき言った鉄か銅の針金を巻いていたらしいけど、私の御先祖様は鉄だけ」
「鉄だけ、とは……こ、公園や学校のグラウンドにある鉄棒のような物ですか?」
「そう、パイプみたいに空洞のない鉄の棒……あっ、かっこ良くするために他の金属で装飾してあったわ。鉄だけというのは違ったわね」
「重量がありすぎて……と言うのは私の解釈なだけですね。失礼しました」
「両刃の刀身はおまけ、槍はあくまでも打撃武器。コレじゃ近接戦闘だと耐久力がなくて、宴の席で舞うぐらいか、実践でも投げ槍としてしか使えない。近接戦で使ったとしても、使い捨てか、折れないように気を使いながら使うしかないわ。それでも……」
 梓の表情は暗くなりうつむき始めたため、理子は「どうしたの?」と聞く。
「……梅田家が堕落していると、思われますか?」
「堕落? ……」
 恐る恐る聞いてくる梓の青ざめた表情に訝しむ。理子は、続けようとした言葉を止めて、梓の言葉を聞くことにする。
「なんで私が梅田家を堕落していると思うの?」
「弥生の子孫は御三家としての梅田家を見ていると聞き……いえ、思いまして」
「なるほどなるほど……?」
 なにそれ? と言いたいのが本音だが、どんな風に弥生の子孫が伝わっているかを理解した。誤解がある、としか思えないが、今は詳細を語っても意味ないと棚置きし、
「武器は使用者に合わせる物よ。このオモチャは梅田家の武器というよりは、達也への教育に合わせて作られている稽古用、だと、私は思うわ。このオモチャからダメな部分を自分で見つけて、自分好みにしていくって感じかな。そもそも武器の良し悪しや武力で御三家を判断するのは滑稽よ。アレを見て」
 と梓の背後を指差す。
 梓は踵を返して背後を見る。そこには達也が翔を背負い、翔の背中にはいち子が乗り、いち子の背中にはさと、さとの背中ではかぼちゃが寝ていた。四人を背負う達也は今にも押し潰されそうに足をガクガクと震わせ、一歩も踏み出せずに声にならない音を喉から鳴らしていた。
「アレが御三家よ」
「アレでいいのでしょうか?」
「当主になるまでは座敷童と遊んでいろってことね。翔は……いえ、跡取りはアレで良いのよ」
 悲しい目元を作ると、梓の視線に気づいて一瞬で直す。訝しむ梓の口を開かせないように、話を続ける。
「大変なのは私らみたいな裏方……と言っても、オロチとの戦闘や座敷童同士の喧嘩を含めて、座敷童と跡取り三人が遊んでいられる環境を守り続けるってことなのだけどね」
 安堵から肩を落とす梓にこれ以上の説明は必要ないと思い、説明を終わらせる。次に、オモチャの使い方を模索するために必要最低限のことを、梓に聞くことにする。
「とりあえず、この槍が人間側のモノか座敷童側のモノか、そして融合している鱗は何色かを教えて」
「分離という言葉は間違っていると思いますが、朱槍は座敷童側と人間側に分離されたモノではない、人間側のモノです。鱗は、刀身に橙が五枚、柄に青が二五枚の三〇枚です」
「戦闘向きの槍じゃないから白が良かったのだけど……しかたないわね」
 申し訳ありません、と言葉にする梓に「違う違う、そういう意味で言ってるわけじゃないのよ」と言って「誤解させる言い方でごめんなさい」と梓の謝罪を丁寧にお返しする。
「白が良かったと言ったのは、この場所でオロチと闘うには足場が無いから、白の鱗だと飛び続けてはいられないまでも、跳躍はできると思ったからなの。ひとまず、刀身に橙が五、柄に青が二五ということは……中•遠距離攻撃の割合ね。どうして刀身と柄にこの割合にしたのか理由を知っていたら、教えて」
「はい。刀身での直接攻撃で足止めし、柄での放出攻撃で更に足止め。座敷童を逃すのに適した割合と聞いてます」
「なるほどね。橙の力で動きを鈍らせている間に距離を取り、青の力で中•遠距離から攻撃して時間稼ぎってわけね。近接戦闘は考えられていない跡取り用の武器ってのはわかったわ。……さてさて」
 視線を橙のオロチに向ける。すると、太鼓橋から八太が、
「まだ大丈夫だから『武器の使い方』をちゃんと考えろよ。弱いんだから」
 と理子のプライドを鼻で笑うよな言葉を投げてくる。
「クソ生意気なガキね」
「『武器の使い方』とはどういう意味ですか?」
「武器を持って強くなれるのは子供の喧嘩までで、プロというか武道家同士や殺し合いの闘いでは、武器をどれだけ自分の一部にするかが大事なのよ。そのためにどんな武器かを知り、その武器に合わせた稽古をするの」
「稽古する時間は無いですよね?」
「武芸百般って言葉があるけど、それはあくまでも武を学んで極めようという人らの言葉なのよね。私が学び鍛えているのは野生力、すなわち野力。実践に必要なのは、心技体という御丁寧な理想ではなく、『理想の外』にある実践というあらゆる事象に対応できる肉体と勘。言葉を引用するなら、弘法筆を選ばずって言葉を言葉どおりにするってことね」
「……——」
 梓は、理子流の談を聞き、脳内で反芻。言葉の意味を理解すると、言葉の重みに気づき、寒気が肌を撫でていく。
 武芸百般を学び鍛えても、自然やオロチには勝てないのだ。
 心技体を極めた武の者でも、自然やオロチに勝てないのだ。
 当たり前だ。オロチに死は無いのだから。そして、風や雷に武芸百般が通用しないように、座敷童の世界に人間の世界の常識など通用しない。
 通用するのは、通用しないとならないのは、肉体。そして非常識を認識、直感できる勘。もちろん、理子は『武道を学び鍛えている』と梓は確信している。
 理子が語るのはあくまでも『理想の外』の話で——
 一長に、理想は極め。
 一短に、必要なのは情報。
 ——と言っているのだ。
「武器、いえ、オモチャを武器として使うための必要な情報を得る時間に、不躾な質問をしてしまい、失礼しました」
 梓は更に言葉を続ける。
「そして、できるなら、今の状況からの対処を学ばせてください」
 頭は下げない。下げていては現在進行形で朱槍の使い方を模索している理子の一挙手一投足が見られないからだ。
「……達也よりもあなた……梅川さんが梅田家当主になった方がお互いに良いと思うのだけど…………コレは私が言うことじゃないわね。失礼しました」
「お濃様にも同じことを言われました。そして……そして、その意味が今、なんとなくですがわかった気がします」
「今の時代に必要なのは、今まで御三家がやってきた事を私らのような裏方がやり、新しい座敷童の時代に御三家を対応させるってことかしら?」
「おそらく、ですがそのとおりです」
「そう、でも私は……いえ、私が梅田家の理想に口を挟む資格は無いわね。それに、おそらくではなく、新しい時代に必要なものは自分で見つけないと意味はない。とりあえず、今の状況からの対処だったわね」
「はい、よろしくお願いします」
 梓はここにきて一礼し、理子の動作を見、言葉を聞、そういう姿勢を作る。
 朱槍を太鼓橋に向けた理子は、言葉の順に切っ先を向けていく。
「まず、相手は海上にいる橙のオロチ。闘う場所は太鼓橋を含めたその周囲の陸地」
 柄をギュと握り込んで刀身に橙色、柄に青色の燐光を灯らせる。オロチの鱗がどの部分に融合されているか、梓の言葉だけでなく改めて自分で確認するためだ。そして、
「融合された鱗の能力は刀身なら直接攻撃に特化し、柄なら周囲への放出攻撃に特化している。座敷童を逃すために必要な時間稼ぎの道具としては、橙と青の鱗が融合されたこのオモチャは『地上』なら使える」
 地上なら? という梓の言葉に、「そう、地上なら」と繋げると、
「柄に融合された青の鱗二五枚分という電撃を間接的に当てても、海がアース代わりになるからダメージは一瞬。その一瞬で再生に定評のあるオロチを沈黙させられるわけもなく、それが原因で海中に潜られたら、電撃での攻撃手段は無くなり人間には不利な海中戦になる」
 そこから導き出される答えが、と指を立てながら言うと、
「この場では白の鱗が理想的だった、というだけ。後々のために白の鱗も石突きに融合させたら良いのでは? とアドバイスしとくわ」
「はい。神童いち子の世話役に頼んで融合してもらいます」
「そこは達也がやる事なのだけど……でも、鱗の融合に関したら、梅川さんから梅田家当主に進言して、梅田家当主から松田家当主に頼んでから鱗を融合してもらうのが、新しい時代を支えていく私らには必要な手順だと思うわ」
「……私から社長、いえ、梅田家当主にですか」
「そう。梅川さんから梅田家当主に。というか、下っ端からそういう進言をバンバン持っていってあげないから、梅田家当主は座敷童に怖がられるだけなのよ。と私は思うわ」
 わかりました、という梓の了承に(怒られたらごめんなさい)と思いつつ、話を戻すわね、と繋げると、朱槍の切っ先を太鼓橋に戻し、
「海上という槍の間合いの外にいるオロチに対して、足場は太鼓橋とその周辺にしかない。間接的な攻撃は海中に潜られ、再生能力から決定打に欠ける。この問題から導き出される答えは、雷撃での攻撃は一回しか使えなく、第二形態になったら押し負ける。答えから予想できるのは、長期戦になる可能性が高いってことね」
「朱槍の長所はまったく使えないだけでなく、耐久力に乏しい……更に、長期戦ではオロチは成長していく。どう闘いますか?」
 梓は簡潔に補足すると期待を込めて理子を見やる。しかし、その期待は、「どうすると言われてもね……」と言われただけで、期待を膨らました表情のまま固まるしかなかった。
 理子は翔達を見る。
 今だに、達也は翔を背負い、いち子は翔の背中に乗り、いち子の背中にさとが乗り、さとの背中ではかぼちゃが寝ている。見るからに、逃げる気はさらさらなく、遊んでいる。
「倒す、よりも時間稼ぎね」
「世話役と神童いち子を逃がすための時間稼ぎですか?」
「世話役を守っているいち子ちゃんが遊んでいる内は大丈夫よ。一応だけど、私の親からの教えでは、いち子ちゃんが遊んでいる内は大丈夫だということになっているし。あくまでも一応だけどね」
「たしかに、念には念を入れるという意味では一応ですね」
 そうなのよね、と理子は返すと、視線を翔から沖にいる白オロチに向ける。
「でも、念には念を入れての念は、跡取りの危機脱出よりも、何故か第一形態では封印箇所から外に出られないはずの橙のオロチを、白のオロチの下に行かせないこと。織田信長が白のオロチを倒すまでの時間稼ぎってことね。それならこのオモチャでも、疲労困憊の八太と闘えるわ」
「次元の違う闘いに私はなんとも言えませんが……なにか、小さなことでもかまいませんので、私にできることはありますか?」
「あるわよ。頼もうと思っていたの」
 期待を膨らませる梓の前で、地面にある枝を数本取ると、
「その辺に落ちている枝を集めてほしいかな」
「枝を?」
 枝集め? なにか深い意味があるのだろうか? そう思っていると。
「私は座敷童ではないから、水面や空中で闘うには『座敷童側から人間側に干渉させるモノ』が必要なのよ」
「……よくわかりませんがわかりました」
 梓に理子の言っている意味はわからない。だが、今の自分にできることなら、と思い、周辺を見回して枝を探す。背後からダッと地面を蹴る音が耳に届く。理子が太鼓橋に戻ったと思い、枝を集めながら視界を太鼓橋へ向ける。
 だが、太鼓橋へ続く道に理子はいなかった。
「どこに……?」
 と訝しみ、周りを見るが、理子はいない。そこに、パシャパシャとシャッター音のような音が耳に届いたため、数歩だけ海に近づく。音源を辿るように視線を動かすと——

 海面を走る理子がそこにはいた。

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