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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 ドゴンッ————

 右拳を狸の置物へ炸裂させた理子の大声と腹まで響く轟音が翔と達也の心音を跳ね上げた。二人は横を見ると、先ほどまでその場所にいた理子はいない。正確には、低い体勢で自分達とは反対側を向き、拳を振り抜いているだが。何事かと恐る恐る理子の拳の先を見ると、
「「三郎!?」」
 翔と達也の視線の先、理子の拳の先に、居酒屋の前に置いてあれば様になる狸の置物があった。
 絶妙なバランスで太鼓橋の欄干に乗っている狸の置物は艶やかで陶器のような見た目だが、腹まで響く理子の剛拳を顔面に炸裂されてもひび割れ一つない。加えて、体調一.五メートルほどの大きさで重さはさほどないと思わせるのに、欄干の上で微動だにしていない。能力なのか、それとも狸の置物自体の耐久力なのかは判然としないが、今、翔と達也はソレを考察している暇はない。
「翔、いち子ちゃんと下がってな……さい?」
 理子が言うが先か、すでに翔は欄干に座っていたいち子と母子を両脇に抱えて太鼓橋から脱出し、達也は梓の腕を掴んで翔を追っていた。
「逃げ足だけは松田家として合格ね」
 ふぅと安堵の息を吐いた理子は視界を隣に向ける。そこには両拳を狸の置物の頭上に向ける八太、その両拳の先には——
 狸の置物、三郎から一メートルもない背後に、頭部に二本のツノが生えている橙色のオロチが口を開いて硬直していた。
 橙のオロチは海面に尾を付けた背伸びの体勢。太鼓橋に顔を出せるほどの体長は二〇メートルぐらい、第一形態だ。
 理子は八太の能力で硬直している橙のオロチから、翔が去って行った方向を見る。太鼓橋から離れた位置の木陰と言えばいいのか、第一形態のオロチが襲ってきても一目散に逃げられる場所にいた。
「あれだけ三郎に会いたいと言っていたのに間髪入れず逃げられるのは、私情よりもいち子ちゃんを優先するということね。ところで八太、この状況は私達からオロチを守っているって判断していいの?」
 狸の置物、三郎に指差しながら聞くと、八太はため息を一つ吐いて。
「三郎は橙のオロチに手を出されるのを嫌う。……」
 と言って理子から三郎に視線を移す。
 八太の能力を受けた橙のオロチは硬直している。この時点で三郎が作った佐渡島の法律に違反したことになるのだが。
 しかし、橙のオロチを守るように欄干に立ってはいる三郎からの叱責はおろか威圧はない。狸の置物という見た目から威圧を感じないだけかもしれないが、その沈黙は格上が格下の真意を確かめるような——上司が部下の返答を待つような——ある意味ある種の威圧を感じる。もしある意味ある種の無言の威圧だとしたら、今回ばかりは八太にも言いたいことがある。
「三郎、俺がオロチに手を出したのは妻子の安全を優先したからだ。どんな理由でもオロチに手を出すなって言うなら、こっちの事情も踏まえてオロチに手を出す理由を作るな。だから、俺は悪くない、お前が悪い」
「…………」
 なんの反応も見せない狸の置物。
 三郎に対して八太は舌打ちし「相変わらず何も言わないな」と吐き出すように言うと、一歩踏み出して狸の置物をコンコンと叩く。
「俺やさとは佐渡島のオロチに手を出すつもりはない。てゆうか、第一形態のオロチならいち子の封印箇所から完全には出られないはずだろ。なんで尾まで外に出て、太鼓橋まで来てるんだ?」
「…………」
「だんまりか……」
 三秒ほど待っても返答はないため、八太は額に青筋を浮かべて狸の置物を殴る姿勢になる。その時、ピィィィィィィィヒョロロロロロォと鳶が鳴いたような音が届く。
 八太が三郎へ放とうとした拳をグッと止める中、橙のオロチは瞳に不快な色を浮かべると音源を探すように瞳を動かし、翔の小脇に抱えられながら横笛を吹くさとをとらえる。
 鳶の鳴き声のような音は続き、だんだんと高音になり耳をつんざくような挑発したリズムを刻むと八太の額に溜まっていく汗の分だけ橙のオロチはあきらかな敵意を込めてさとを見やる。
 橙のオロチとさとを交互に見た理子は八太へ哀れむ視線を向けると、
「八太、オロチがめっちゃ不快そうなんだけど。これって手を出していることになるわよね?」
「…………」
 八太はさとの行為に自分が三郎へ言った言葉を撤回したい気持ちになり、殴ろうとしていた右拳を緩めてコホンとわざとらしく咳払いする。と、コンコンと叩いていた狸の置物の腹部分を申し訳なさそうにさすり、一歩下がると同時に「三郎、すまん」と頭を下げる。
「…………」
 三郎は何も言わず、ただただ欄干の上にいる。
 狸の置物なため表情が読めない。理子はそんな三郎を訝しみ、中身の確認も含めてコンコンと叩くが。
「八太、なんの反応もしないし、気配もないけど、この中に三郎はいるのよね?」
「俺も兄者も中身は見たことないから確信はない。けど、この置物はいち子がプレゼントした『三郎用の武器』だと聞いてる」
「いち子ちゃんがプレゼントした武器、か……。この置物が私の拳でも砕けないってことは、その辺に自生している木よりも耐久力があることになるのだけど?」
 防具ではなく武器という言葉に訝しんで聞いたのだが、八太の反応は理子のプライドを鼻で笑うものだった。
「木? その程度で砕けるわけないだろ。岩をかち割る兄者の拳でもヒビを入れぐらいで砕けないし、どんな仕掛けかわからないけどすぐに直る。いち子が作った神器級の『武器』だって聞いてるけど……おい、ヤメとけ」
「八慶乙が岩? それなら……」
 理子は左足を前に出して左掌を三郎に向けると、すぅと息を吸いながら右手をギリギリと握りこみ、力をためるようにゆっくりと中腰の姿勢になり「岩なら……」と続けながら上半身をひねり、振りかぶる。三郎に背中を見せると吸ったぶんの空気を吐き出す。その瞬間——上半身と下半身を刹那に半回転させ、右足を前にダンッと踏み込む。
「私もかち割れる!」
 突き出した右拳からドゴンッと空気の壁を貫いた爆音が鳴り、その威力をのせた剛拳は狸の置物の鼻っ面へ炸裂、一瞬の間の後、ドンッと打撃音が遅れて届く。
 理子の右拳を点にして生まれた拳圧は直線的に伸びる風になり、離れた位置で見ていた翔達の頰にさらりと優しく当たると前髪を靡かせる。
 十数メートルある距離からでも届く拳圧からの微風に必殺を確信、冷や汗から脳裏によぎるその威力は想像したくない。だが、必殺の剛拳を炸裂された本人、狸の置物こと三郎は微動だにせず、居酒屋の前で佇むようにただただ欄干の上に立つ。
 一秒、二秒、三秒となんの反応も見せない狸の置物に理子はつり上げた目元を引攣らせる。
「自信をなくすわね」
「三郎は佐渡島でしか闘わないし座敷童同士の腕試しもしないから、八童の序列で八番目にいる。けど、三郎が本気を出せば二番……いち子が『八童の一番はワタキじゃ』て言ってなかったら、三郎が八童の中では一番だと聞いてる」
「八童の中では、か。それは鎌倉時代に源頼朝が八地方を守る八人の座敷童を八童と呼んでから八童制度が生まれただけで、その八童とは別に【神童の懐刀】といういち子ちゃんと一緒に八岐大蛇と闘うことを許された数人の座敷童とは別ってことよね? 三郎もその一人ってこと?」
「そうだ。あそこで戦艦を浮かべて遊んでいる美菜や妹の美代も神童の懐刀だ。悔しいけど、俺は兄者と一緒でやっと四首のオロチとしか闘えない。それ以上は足手まといだ。……ちなみに弥生は六首のオロチとなら闘ってもいい、といち子に言われていた」
 お前はどうだ? とまたしても理子のプライドを鼻で笑うような、実力を計るような視線を向ける。
 そんな八太の確認作業に理子はふんと鼻息を出すと、うんざりする表情を作り、
「四首以上と闘うな、ソレがご先祖様の遺言なんだけど?」
「俺が生まれてからになるけど『人間の故意』でなかったら、九州、中国、四国、近畿、関東のオロチは三首になったことはあっても五首になったことはない。東北のオロチもだ」
「座敷童が見える側の人間が故意的にバカをしなければ、西日本で三首になっても西日本の座敷童で対処し『人間の故意』で四首になっても中部……佐渡島で五首になることはないって事ね。東北のオロチは言わずもがな、竹田の……いえ、巴がいたから東北に『人間の故意』は入り込む隙間はなかった」
「頼朝が八童制度を作る前の話だ。それに戦国時代からは……」と言葉を止めて視線を三郎に向けると「三郎、理子は弥生の子孫なんだ。殴ったのはちょっとした腕試しだと思って、今回は見逃してやってくれ」
「…………」
 三郎は変わらず無言でいる、が。
 欄干にのる足元をコトと鳴らし、カタカタと少しずつ揺れはじめる。始めての反応におっと思う八太と理子だが、狸の置物の揺れは大きくなり、絶妙な角度で体勢を取り戻しつつも後ろに傾き始める。
「ま、まずくない?」
「おい、三郎、あの程度でダメージがあったのか?」
「あの程度ってなによ? 私の本気なのよ」
 チラと三郎の真後ろにいる橙のオロチを見ると、ふと脳裏に疑問がよぎり。
「もしかして、八太の技が三郎にも当たっていて、固まってたんじゃ……ヤバ!」
「うおっ!」
 橙のオロチに向かって倒れて行く三郎に、理子と八太は咄嗟に手を伸ばす。が、三郎はグググと動きだす橙のオロチの口の中へ、そしてガチと咥えられる。
「食べられる食べられる食べられる!」
「大丈夫だ! 三郎はオロチに咥えられてから本気出す、そういうヤツだ!」
「本気もなにも八太の能力でまともに動けないのよ! 顔にもぐったりというか悲壮感が漂って……てゆうか、表情変えられる狸の置物ってどんな素材使ってるよ?」
「表情はなんかわけわからない三郎の能力だって噂だ! 三郎、テメェ、あの程度の拳でやられてんな!」
 慌てながら両拳を空間に放ち、三郎ごと橙のオロチを硬直させると、続けて欄干を右手で掴み、橙のオロチに咥えられている狸の置物へ回し蹴りを放つ。
 狸の置物、三郎はクルクルと回転しながら海面へ向かい、ぽちゃんと海に沈む。
「う、海に沈んだけど、大丈夫なの? 狸の置物は重石にしかならないと思うけど、浮く素材なの?」
「……よし、三郎はいない、いや、三郎は最初からいなかった。三郎はいないから俺達で倒すしかない、うん、三郎がいないんじゃしかたない」
「それでいいの?」
「目の前に橙のオロチがいるだけでなく、沖には第三形態の白のオロチもいる。俺の能力がすごいから俺達は気楽に会話していられたけど、俺は昨晩から能力を連発して実は疲労困憊だ。能力は弱くなっているし、それそろ弾切れだな」
 おにぎり食っとけばよかったな、と呟くと、
「とりあえず今の状況はかなりヤバい。橙のオロチを速攻で倒さないとならない状況を作った三郎が悪い、そうだろ?」
 八太は三郎に責任を押し付けつつ理子に同意を求める。
「いや、それは……」
 理子は硬直している三郎に対して手加減なしに殴っているため、悪いというなら殴った自分と最初に三郎を硬直させた八太だと思っている。三郎はまったく悪くない。正直な気持ちを吐露するなら三郎に対しての申し訳なさしかない。そもそも、座敷童の世界には佐渡島に限定した三郎の作った法律があるのだから、悪いのは自分達なのだ。
 しかし、理子には理子の闘う理由がある。オロチが目の前にいて近くに松田翔やいち子がいるなら、優先順位は語るまでもない。オロチと闘いたいという個人的な気持ちが無いとは言い切れないが。
 理子はチラといち子を見る。————確認のためにいち子の御機嫌伺いをしたつもりだが、大きなおにぎりで顔が見えない。しかしそれは、自分に都合良く解釈するなら——いち子ちゃんは不干渉。と判断できる。
「よしっ!」
 海に沈んでいった三郎の代わりに橙のオロチを倒す。そう決断した理子は気持ちを切り替えて、梓へ視線を向ける。
「槍を貸して!」
 梓の持っている朱槍を指差す。
「わ、わかりました。でも……いや、悩んでいる暇はないっ」
 梓は朱槍をどう渡せばわからず、とりあえず太鼓橋へ走り出す。
「梓さん待った!」
 翔はいち子とさとを地面に下ろすと、
「あっちに行くのはまずい!」
「オロチが動き出すわ、投げてちょうだい!」
「わかってる!」
 理子の声に翔は答えると、梓の手から朱槍を取る。
「あっ! 翔、ダメだ! その槍には……」
「大丈夫だ! おにぎりならぶん投げた槍でも受け取れる!」
 達也の言葉に被せながら、投げ槍の姿勢になる。
「行くぞぉぉぉぉおぅ! ぉぉぉう……うぅぅ……」
 言葉は尻すぼみになりフラフラと前のめりに倒れると、朱槍は翔の手から離れることなく、切っ先はブスッと地面に刺さる。
 達也はズルズルと地面に倒れていく翔を支えると、
「梅田の朱槍には鱗が三〇枚分融合されているって言ったのに……」
「あ、梓さんが、普通に、持っていた、か……ら————」
 翔は、静かに気絶した。
「翔ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 戦友を失ったような演技ぽいいち子の絶叫と、さとの奏でるピョロロロロ〜ンピョロロロロ〜ンという寂しげな笛の音が響く中、梓は翔の手から朱槍を取る。
「達也、世話役を連れて逃げて!」
「お、おう!」
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