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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【近畿編•東大寺に眠ふ愛】
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ページを開いていただきましてありがとうございます。拙い文章ですがよろしくお願いします。

 四月三日ーー早朝。


 場所は近畿地方、奈良県。

 平安時代に倒壊し鎌倉時代に再建されて以来、威風堂々とその姿を残す東大寺南大門。

 一八本の大円柱が屋根を支えた門の高さは基壇上から二五.四六メートル。

 入母屋造の五間三戸二重門、腰屋根構造となり、両端二間から門を通る者を睨むように見下ろす二体の仁王像。


 その東大寺南大門の前に——


 褐色な肌に白褌を締めた小学校低学年ぐらいの少年が二人。仁王像と同じ体勢で立つ。

 南大門を正面に見て、左側の少年は眉間に皺を作り力強い瞳に悔しさを滲ませながら、右側にいる少年を見やる。

八慶(はっけい)兄者。どうする?」

 元々は活発な少年を思わす声色だが、表情と同じく口調にも悔しさが込められる。

「…………」

 八慶と呼ばれた少年は無言のまま微動だにしない。

 同じ褐色な肌、同じ体型、そして目力の強い少年が八慶兄者と呼んだ事から二人は兄弟。それも双子と思わせるが、二人の見分けは簡単。

 目力の強い少年とは違い、八慶は常に目を閉じている。他にも活発というよりは少年らしくない落ち着いた雰囲気もある。目を閉じている事が落ち着いた雰囲気を作っているのかもしれないが、双子の見分けは目を開けているか閉じているかになる。しかし——

 今に限り、腕や肩に滲んだ青痣、生々しく紅い液体を垂らす切り傷、満身創痍と言える傷痕からも双子の見分けができる。

 そんな双子の三○メートル先には、傷を負わせたであろう一○○人の異様な集団がいる。

 体型で男女の区別はできるが、袈裟をかけた白一色の小袖に深編笠をかぶった虚無僧なため顔の識別はできない。

 一般的には虚無僧の集団なだけでも異様だと思うが、この場、東大寺南大門の早朝ともなれば、一○○人の修行僧だと解釈する事はできなくもない。昼間でも何かのイベントかと思う観光客も少なくないだろう。

 何を言いたいのかというと、異様と表現する部分は他にあるのだ。

 虚無僧の集団——

 前列には、体格が十代半ばから後半の少年少女が、槍を握り。

 中列には、成人しているであろう青年や女性が、刀を構え。

 後列には、幼児や腰を曲げた老人が、弓や長弓を持つ。

 隊列を組み武器を手にした時点で参拝や修行目的ではない。双子が満身創痍な事から予想するまでもなく襲撃。集団ではなく、虚無僧に変装した老若男女の一軍と言った方が正しい。

 八慶は、目を閉じたまま虚無僧の一軍に向けていた顔を微妙に動かし、中心で止める。

八太(やた)、よそ見をするな」

 平常時と変わらないような涼やかな声色、口調にも緊張はない。何かを伝えるように顎先だけを動かす。

 目力の強い少年八太はバッと勢いよく虚無僧の一軍に向き直り、睨みながら両拳に力を込める。

「ちっ……」

 視界に入れたのは、虚無僧の一軍が隊列を中心から半分に分ける様子、

「本命のお出ましだ」

 八太の見る先、八慶が目を瞑りながら向く先、虚無僧の一軍が中心から分かれ十戒のように道を作った先には、左手に尺八を握った一人の少年。

 深編笠をかぶっているため顔はわからないが、一軍を束ねているリーダーが彼である事は十戒を闊歩する姿からわかる。

 尺八を握った少年は八慶と八太までの距離を二○メートルまで進むと足を止め、二人を見るように深編笠を左右に動かす。

 静寂した東大寺南大門前に肌を掠る風が流れ、虚無僧の袈裟を通り、双子の褌の前隠しをヒラヒラと靡かせる。

 尺八を握った少年は静寂を切るように尺八をゆっくりと上げると、南大門、その先の中門そして大仏殿を差す。

「八慶。八太」

 深編笠でこもっていてもわかる凜とした少年の声色で二人の名前を呼ぶと、身体の向きはそのままに深編笠だけゆっくりと八慶に向く。

「我等に東大寺を……」

「断る」

 言葉を被せた八慶は脱力したように両手を下げ、歩を進めると、

八太(やた)。お前は逃げるんだ」

「逃げん!」

「……、八太。俺の言うことが聞けないのか?」

「…………」

 八太は奥歯を噛み締める。尺八を握った少年を睨み舌打ちすると、八慶の背中を見ながら歩を進める。

「断る。俺は兄者といる!」

「……、ばか者。八童の一角が……」


『ばか者はお主でありんす』


 艶やかな色香のある女性を思わす声音が八慶の言葉を遮る。

 その瞬間、八太は声色の主を睨み、虚無僧の一軍は槍先を空に向け、弓を構えて矢先を彼女に向ける。

 八太と虚無僧の一軍が彼女を警戒する中、八慶と尺八を握った少年は空を見上げることなくお互いを警戒する。

 地上から高さ一五メートルの中空、そこには甘いお香の匂いを振りまくように、直径六○センチの扇をあおぐ天女。と見間違える絶世の美女。

 年の頃は一八歳ぐらい、微風でも靡く長い黒髪は毛先二○センチの所で白いリボンで結び、サイドの一束分を切り揃えた姫カットに立烏帽子を被る。

 服装は平安時代の武家男子が着ていた直垂(ひたたれ)に白鞘巻きを帯刀、その姿は白拍子。

 ふわふわと浮いてるのはどういう理屈かはわからないが、直径六○センチの扇に何かしらの理屈が潜んでいると思われる。

「八慶」

 絶世の美女白拍子は八慶に視線を向け、艶やかな色香のある声色で緩やかに話す。

「お主が犠牲になり、八太を逃したところで、頭の悪い八太では、『八童』として近畿地方を任せられないでありんす」

「バカ八重(やえ)! てめぇには関係ねぇ! 帰れ!」

 八太はふわふわと浮く白拍子に対して喧嘩ごしに言い放つ。

 八重と呼ばれた白拍子はぎゃあぎゃあと騒ぐ八太には目もくれず、すぅと下降し八慶の前に着地すると、砂埃を煙たがるように扇をあおぎながら八慶を見下(みお)ろす。

「八慶。遅れをとるとはお主らしくないでありんすな」

「南大門を倒壊させるわけにはいかないからな。だが……」

 八慶は、八重に対してぎゃあぎゃあと荒ぶる八太に右手を向けて静止させると、目を閉じたまま八重を見上げる。

「遅れと言われれば間違いではない」

「八慶。お主等が南大門を壊せないとわかっておるから、此奴はこの場を戦地にしたでありんす」

 パチンと扇を閉じると、尺八を握った少年に扇の先を向け、

吉法師(きっぽうし)。戦国時代の英雄が現代で旗揚げとは……放浪に飽きたでありんすか?」

「旗揚げとは笑止……」

 八重の発言に微笑しながら呟くと、

「室町時代までの東大寺ならいざ知らず、平安時代のしがらみからお主等三人はこの場では力を発揮できない。我の邪魔立てをするなら是非にあらず。覚悟はできているのだな?」

 尺八を握った少年吉法師の単調な口調からは余裕がうかがえる。

「質問に質問を返すとは御丁寧でありんすな」

 扇を口元に置いて表情と口調に呆れを出したのは一瞬、瞳を殺気を含ませるように冷たくしながら艶やかな色香のある声色を一音下げ、

「東大寺を少しでも傷付ければ、『わかっている』でありんすな?」

「愚問。わかっていなければ燃やしている」

「東大寺にいる以上は八慶や八太は不利でありんす。しかし、わっちが加われば話は別、五割の力も出せないでありんすが……お主の兵隊を全滅させるぐらいは楽でありんす。ソレもわかっているでありんすか?」

「我の目的はお主等だけではない。全滅で目的が達成するなら是非にあらず」

 八重と八慶の眉がピクッと動いたのを確認した吉法師は深編笠の中で「ふっ」と微笑すると、尺八を空に翳し、

「現八童の八慶、八太。元八童の八重。話は終わりだ」

 単調な口調で言いながら尺八の先を空に向ける。

 虚無僧の一軍は吉法師の所作に従うように、戦闘態勢になる。

 吉法師がゆっくりと尺八を下げて八重と八慶に向けると、虚無僧の一軍は一斉に地面を蹴り、吉法師の左右を走り抜け八重と八慶に向かう。

「八慶」

 八重は左手を肩の高さに上げる。

「うむ」

 八慶は八重の左袖を掴む。

 その瞬間、八重は右手に持つ直径六○センチの扇を開き、前方の地面、正確には石畳に向けて扇を右から左にあおぐ。

 扇から轟と突風が生まれ、砂埃が舞い上がり、突風が虚無僧の前進を止める。

 八重は弓を構えた虚無僧からの射出を止めるように扇を往復させ突風を当てる。

 虚無僧の一軍が体勢を崩したその一瞬、八重は袖に八慶をぶら下げたまま八太の元に走る。

「兄者! 逃げるのか⁉︎」

「戦略的撤退でありんす」

 吉法師を警戒している八慶の代わりに八重が答える。そのまま八太に左手を伸ばし、褌のヒラヒラした前隠しを掴む。

「な! どこ掴んでん……」

「黙るでありんす」

 八重は八太の言葉を遮るように扇を振り上げ、地面に向けて大袈裟に振り下ろす。

 扇からの突風が地面に当たり半径二○メートルに砂煙が舞い上がると、八重は更に扇を往復させ轟々と突風を生み出す。

「八重。南大門が倒壊する」

 八慶は風圧でギシギシと鳴らす南大門を心配する。

「加減が難しいでありんす」

 八重は屈伸をするように膝を曲げて勢いよく地面を蹴る。

 八太が「待て待て待て」と騒いでるが時すでに遅く、重力に逆らうように三人は弾丸のように飛ぶ。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 悲鳴をあげる八太。

 褌が食い込みプリッとした褐色のお尻をむき出しにされた羞恥の悲鳴ではない、圧殺されたシンボルからの悲鳴だ。

 八重は悲鳴には耳を傾けず、進行方向を切るように扇を向け、真下に大袈裟にあおぐ。

 加速したことにより悲鳴から絶叫に変わった八太。そんな弟の絶叫を聞きながら地上を警戒していた八慶の口が動く。

「八重。矢が来る」

「しつこいでありんすな」

 首だけ振り向いた八重は、大量の矢が飛んでくるのを確認すると、

「盾(八太)の出番でありんす」

 左手に握った褌(八太)を背後に投げ捨てようとする。

「バカ八重! 風で軌道を変えればいいだろ!」

 八太は自分に対しての乱雑な扱いに声を荒げる。

「……、誰がバカでありんすか?」

 ピクッと眉間にシワを作る。

「お前だ!」

 反抗期さながらに声を荒げる。

「誰がバカでありんすか?」

 八重は同じ言葉を同じ口調で繰り返し、額に青筋を作りながら八太に満面の笑みを向ける。そして、褌を握った手を小指•薬指•中指と順番に離していく。

「うおっ!」

「誰がバカでありんすか?」

「俺でありんす!」

 一瞬で改心した八太はビシッと敬礼する。

「気をつけるでありんす」

 八太の褌を握り直すと、直径六○センチの扇をパチンと閉じて進行方向を差し、間髪入れずバッと扇を開いて急停止する。

 空中で止まったのは一瞬。重力に従うように降下を始めると、飛んでくる矢を全身で受け止めるように両手を広げる。

 バッと扇を広げ、眼前五メートルまで接近してきた矢を払い除けるように扇を右から左にあおぎ、そのまま一回転。

 ただ一回転しただけだが、その一回転は『舞う』と形容してもいいほどに美しく、八重を中心に生まれた円柱形の風は三人を上空に飛ばし、飛んでくる矢は乱気流にのまれた渡り鳥のように飛散した。


読んでいただきましてありがとうございます。

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