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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【近畿編•東大寺に眠ふ愛】

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 四月三日——昼過ぎ

 ジョンの火葬は午前中にとり行う予定が、入学式と重なった俺の都合に合わせて午後からになった。
 学校がある日は、土曜日や午前授業の時も俺といち子は自宅には帰らずに井上のばあさん宅に行く。今日も、入学式終了後にそのまま井上のばあさん宅に向かっている。
 入学式は、白髪が目立って先輩や同級生ヤンキーに目を付けられる。という在り来たりな感じなので割愛さしてもらう。
 俺が着ている光学館高校の制服は、桜の花弁が刻まれたボタンが五つの紺色学生服。至って何の変化のない普通の学生服なため、喪服に着替える必要はない便利品だ。
 ちなみに、幼稚園•小学校•中学校と俺といち子は一緒に通ってるため、高校になって通わなくなるという事はない。
 学年を重ねる度に、座敷童が見える側の友人二人がいち子の机と椅子を用意していた。幼稚園から中学校までは顔見知りが多かったけど、高校は大半が初顔……友人二人は『いち子と居たい』という理由から一緒の高校だが、どうなることやら。
 そんなことを考えながら住宅地を歩いてると、見覚えのないセダンタイプの乗用車が前方から来て、クラクションを鳴らして走り去って行った。
「邪魔だったのかな?」
 気にしても仕方ないと思い、そのまま先に進む。
 ほどなくして住宅地を抜けると、門前に霊柩車が待機した井上のばあさん宅に到着。俺といち子が敷地内に入ると、井上のばあさんと井上さんが玄関に向かって歩いていた。
「ばぁちゃん、ばぁちゃん」
 いち子が井上のばあさんを呼ぶと井上さんが振り返り、遅れて井上のばあさんが振り向く。
 座敷童が見えない側の井上のばあさんにはいち子の声は届かない。井上さんが振り向いたから自分も振り向いたといった感じだ。
 井上のばあさんは学生服を着た俺を一瞥すると、成長した孫を見るように微笑を浮かべ。
「翔坊、昼飯は食べたのか?」
「まだだけど、火葬場に行く時間だろ?」
「……、そうじゃな」
 井上のばあさんの微笑がふっと消える。ちょっと不貞腐れてしまったようだ。
「おばあちゃん。火葬場ではお弁当があるって葬儀屋さんが言ってたよ」
 井上さんは何気なく会話に入り、
「お弁当じゃダメなの?」
「一応座敷童にも仕来りというか風習があるんだ」
 井上のばあさんの代わりに俺が返答する。そのまま、井上さんの疑問に応えるように、
「いち子やしずかみたいな常駐型の座敷童は、住んでる家の人間やペットが亡くなると忌明けまで黒飯を食べるんだ。後は、友達の家とか遊びに通ってた家の人間やペットが亡くなった時も葬式に参加している間は黒飯。葬儀屋さんが用意した弁当は黒飯を使ってるだろうし、問題ない。けど、御供物になるから作った本人の気持ちで『味』が左右する。一応、黒飯おにぎりと漬け物を持参してるから大丈……夫……」
「ワシの楽しみを葬儀屋と翔坊は盗るんじゃな」
 話の途中で言葉を挟んだ井上のばあさんは不貞腐れながら玄関に入って行った。おそらく、いや、確実にいち子の御飯を作っていたに違いない。
「ばあさん、晩飯は食ってくからそれで手を打たないか?」
「そこまで言うなら仕方ない」

 *****************

 場所は火葬場、待機室。
 葬儀屋さんは一時間ほどで火葬は終わると言ってたため、その間に食事をすることにした。
 弁当はいち子に与えても問題ない黒飯の精進弁当、味は座敷童が食べるのに問題がないようだ。座敷童は調理人の気持ちセンサーになるため、もしも食べなかった場合はその弁当には気持ちがこもってない事になる。外食の時は見栄えが良い料理を出されても気持ち的に残念になる時がある。
 いち子は黒飯を嫌いだと言ってたが、そんな素振りを一切見せずに一生懸命に食べている。
 黒飯が嫌いというよりは黒飯を食べる時の不幸を嫌ってるということだな。日本人が普段の食事に黒飯を避けるのと一緒だ。
 ジョンの火葬を待っている間、いち子の食事風景だけでも短編小説一本分は語れるが、ここは井上のばあさん宅から今に至るまで気になっていた疑問を解消する時間にしたい。
 俺は向かいに座って弁当を食べてる井上さんに聞いた。
「井上さん、両親は?」
「父と母は帰りました」
(やっぱり……)
 箸を止めると、頭に浮かんだ言葉をそのまま言う。
「俺の都合に合わせたから?」
「いえ、急な仕事が入ったようです」
「そうなんだ……」
 四月は仕事始めの大事な時期なのは俺でも知ってる社会の常識。井上さんの両親は無理に休みをもらってジョンの葬儀に来ていたに違いない。
 井上さんの表情からでは読み取りにくいが、おそらく気を使ってる。
 ふと、クラクションを鳴らして通り過ぎたセダンタイプの乗用車を思い出す。
(アレは井上さんの両親だったのか……)
 あの車に両親が乗っていたとしたら、俺の都合に合わせなければジョンの火葬に立ち合えた事になる。
 気まずい空気が俺を中心に流れる。これでは更に気を使わせてしまうと思い、無理矢理話を作る。
「井上さんは、いつ帰るの?」
「私は帰りません」
「…………?」
 言葉の意味がわからず疑問符が浮かぶ。
 言葉単体の意味がわからないという意味ではなく、俺と同じ年の井上さんなら帰る理由はあっても帰らない理由はないという意味で疑問符が浮かんだのだ。
 俺の疑問は両親の不在から井上さんへの疑惑に変わった。いや、両親の話は気まずから話題を変えたい的な……
「学校は?」
 学生なら学校、社会人なら会社、北海道の高校を受験してたという予想も拭いきれない。
 しかし、俺の予想はかなりズレていた。
 井上さんは何から説明しようか迷うように口元に手を置く、無言の時間はゆっくりと流れ、俺の額に一滴の汗が流れる。
 そんな俺と井上さんを見ていた井上のばあさんは、軽く口を開いた。
「中学生までは義務教育じゃから通わせてただけじゃ。高校の三年間は遊んでおってもいいんじゃが、社会人に必要な資格を取る期間にして大学に行くみたいじゃ」
 高校の三年間を学校に通わずに資格を取得する期間にして、その後、大学に行く。わかりやすい説明だと思うが、一般とはズレているため、俺は言葉の意味をちゃんと理解できなかった。
「……なんだそれ?」
「小学の低学年で大学までの勉学が終わっとるんじゃ」
 簡潔にまとめた言葉でわかりやすい。井上さんには大学までの勉学はすでに終わらしているというだけだ。それが本当なら納得はできるが……
(そんな天才的な人間が実際に居たのか……テレビ番組の企画で作られた妄想だと思ってた)
 幼稚園から中学校、社会人になってからでもいいが、天才と呼ばれその能力を発揮してる人間を見た事ある人はいるだろうか?
 おそらくはいない。テレビで見た事がある程度だと思う。
 だが、井上のばあさんには嘘や冗談で孫の人生設計を言わないという信用がある。だから信じれる。
 井上さんへの疑惑は一般とはかけ離れた答えで俺の中で自己完結した。
「俗にいう天才ってヤツだな。それでばあさんの家に?」
「決めたのは昨日じゃ。いち子を見て勉学では学べない事があると感じたようじゃ」
「かなり前衛的だな」
 俺から見た井上さんのイメージは内向的な文学少女という印象が強かった。
 それが一変、話を聞けば、高校の三年間を社会生活を見据えた資格の取得期間にして、座敷童という未知に興味を持ち、実家を出る、という前衛的な考えの持ち主だった……天才の考えは凡人にはわからないな。
 でも、一理ある。
 なんのために大学に行くのか? という疑問はあるが、すでに大学までの勉学を終わらしてる時点で、井上さんには高校三年間の勉強は必要ないと思う。
 協調性なども学ぶ期間だが、捻くれた天才肌の人間や社会不適合者でない限り協調性は義務教育で足りる。
 井上さんは俺の見た目や会話などで捻くれた天才肌を出すことはなかったし、社会不適合者という枠組みは今の段階では判断できないが、高校三年間を資格の取得期間にして大学に行くという明確な道筋を作れるのは両親を納得させれる結果がないと踏み出せない。
 井上さんには両親や井上のばあさんを納得させれる実績があるという事だ。
 苦労に苦労を重ねて成功者になった井上のばあさんを納得させれる実績……スゲーの一言だ。もしも、『私には高校三年間は必要ない』と面と向かって言われても、凡人の俺は『なまらスゲーな』としか言えない。
(んっ? 待てよ)
 ふと凡人の自分と天才の井上さんが重なり、違和感が生まれた。
 井上さんは将来を考えて高校の三年間を必要としない判断をしてるけど、今までの義務教育は勉強だけではなかったはず。
 すでに社会生活を考えて道筋を作ってるのは素晴らしい事だが『昨日に座敷童を知って簡単に地元を離れる決断ができる』のは、見た目や会話からではわからない井上さん自信の心境に違和感が生まれる。
 協調性にも繋がる事だが『同年代とは話が合わなく受け入れられない』という凡人にはわからない天才の孤独があったのではないだろうか?
 高校三年間を資格を取得する期間にしたのも、その理由からではないだろうか? と思ってしまう。
 一方、普段の俺を座敷童が見えない側の人間が見たら、俺がいち子を抱いた姿はパントマイムになり空き地で独り言を呟いて野草を採る変人になる。そんな気持ちの悪い人間は良くて残念な人間に見られ、最悪はいじめられる。
 俺の場合は、いち子がいたから本当の意味では孤独ではなかったし、座敷童が見える側の友人が二人もいたから本当の孤立とは無縁だった。
 井上さんの友人関係に立ち入るつもりはないが、他人行儀な対応と気弱な雰囲気は『今までの浅すぎる人間関係』が生んだのではないか……と思った。
 あの自己顕示欲の塊のような女と出会っていなかったら見過ごしていた。
 自己顕示欲の塊のような女とは、アーサー•横山•ペンドラコ。
 幼少期から孤独と向き合い独自の考えを持って突き進んできた変人。
 俺の偏見になるが、アーサーは生まれ付きの変人だった可能性が高い。そんな変人アーサーと井上さんを重ねたくはないが、もしも井上さんが孤立や孤独を知る人間だったとしたらアーサーのように座敷童に依存……現実逃避する可能性がある。
 井上さんがアーサーのような残念な女になってしまう可能性が……
 男心からの不純な動機になるが、癒し系で守ってあげたくなる井上さんを残念な女代表アーサーのようにしたくない。
「井上さん。昨日話した座敷童管理省の大臣アーサー•横山•ペンドラコなんだけど……あの女の座敷童研究は私情が濃くて参考にならない。俺から言わせれば座敷童の熱狂的な追っ掛けなだけだ」
 井上さんもアーサーのように間違った方向に行く可能性がある以上、正しい座敷童を教えるため、
「井上さんが本気で座敷童の事を学びたいなら松田家の書庫に入れるようにするけど」
 下心は無い。アーサーのような変人にしたくないだけだ。
 それに、松田家の書庫には座敷童の歴史や関わってきた座敷童の情報など、けして表には出せない書物が眠っている。座敷童を学びたい人間には最適なんだ。けして下心から地下の書庫に連れ込もうとしてるわけじゃない。
「……、お願いします」
 二秒ほど置いて返答する。おそらく下心ではない俺の真剣な表情から『興味本位なだけで読んではダメだ』と感じとり、返答に迷った二秒だろう。
「漫画やアニメのような読むと魔法を使える魔道書や名前を書けば呪いを与えれる本の類ではない普通の書物だけど……座敷童を知れば今知ってる座敷童のイメージが変わる。今まで学んできた歴史が全て『改ざん』されたものだって知る事になる」
 井上さんの気弱な垂れ目がピクッと反応したのは歴史の改ざんに興味が膨らんだからだろうな。でも、興味本位で読んでいい書物でないのは本当だ。更に続ける。
「あくまでも現代の歴史は現代の歴史と割り切って、座敷童の歴史をフィクションとして受け止めるのを勧める。アーサーのように熱狂的な追っ掛けになってから知ると吉法師のように…………」
「…………?」
「まぁ、色々とあるんだ」
 俺はバツ悪そうな表情を作り頭を掻く。
 固定観念というモノがあるため書物を読むまでは『そのまま』でいた方がいいと考えて言葉を止めたのだが……中途半端な部分で言葉を止めたため、井上さんにしてみれば気になるだけだったようだ。
(無言の視線が痛い……)
 居心地悪くなった俺は、一生懸命に精進弁当を食べるいち子に視線を移す。今は話せないという意思表示だ。けして井上さんからの歴史ツッコミを恐れたわけではない。
 俺から話を始めて俺から話を中断するという曖昧な対応をしてしまった結果、会話の主導権は井上さんに移行した。
「私はまだ心霊現象の一つと思っています」
 中途半端に止めた言葉の続きを聞かず、自分の心情を吐露する。
 気を使ってくれた事にホッとしたが、俺は一日に何回気を使わしてるんだ。自分がバカに思えてくる。
「本来はそのままでいた方がいいんだ。アーサー含めて俺の友人にも見える側の人間が二人いるけど、書庫には入れてないし」
「何故、私を書庫に入れてくれるのですか?」
「アーサーみたいな変人になってからだと手遅れになる」
「手遅れ、ですか?」
(変人の残念な女になる。とは言えないな)
「アーサーは色々と手遅れなんだ。それに、ばあさんの家にはしずかもいるし……正確な座敷童の情報を知っててほしいんだ」
「……、わかりました」
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