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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【近畿編•東大寺に眠ふ愛】

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 井上のばあさん宅は座敷童しずかのために建てられた家といっても過言ではなく、神社の本堂を思わす外観とは反した内装になる。
 玄関に入ると廊下が左右に分かれ、左側に行くと庭を見渡せる縁側と井上のばあさんの生活スペースになる。
 廊下を右側に行くと四メートルほどで左に直角に曲がり、その先は右側に襖が並び四部屋ある。室内の襖を全て取れば畳四○畳の大部屋になり、今はジョンの葬儀準備を喪服を着た男性と女性がしている。
 廊下を進みながら視界を左側に移すと、井上のばあさんの生活スペースと繋がった台所、いや、台所という規模ではない。
 二○畳のスペースに、プロ御用達の調理台が中央にあり、壁際にガス台•冷蔵庫•冷凍庫•釜戸がL字に並ぶ。一段上がった畳六畳のスペースには囲炉裏、休憩室付きの厨房と言った方がいいかもしれない。
 厨房とジョンの祭壇を横目に廊下を奥に進むと、左に直角に曲がる。
 突き当たりまで行けば井上のばあさんの生活スペースになるため、廊下は厨房を中心に四角形になった構造ということになる。
 そして、玄関のちょうど正反対の所に、奥座敷に繋がった廊下がある。
 廊下の長さは一○メートル、横幅も広く左右の窓からは桜の木が植えられた風情ある裏庭が見える。
 奥座敷に続く両開きの襖には家紋丸に揚羽蝶が描かれ、初めて見た人は『一の間じゃないのか?』と疑問符が浮かぶことだろう。
 だが、それは仕方ない。
 家主の井上のばあさん自身が、この家の家主は座敷童しずかであり、自分は給仕係として住まわせてもらっていると思っているのだから。
 その井上のばあさんが設計した奥座敷(しずかの部屋)は、やはり奥座敷ではない。
 家紋丸に揚羽蝶が描かれた襖を開けると視界に広がるのは一○○畳総畳み。壁は出入口側にしかなく他は全て障子。内装は平安時代の貴族が居住する部屋をイメージしてほしい。障子を全て取れば春には満開の桜、夏には葉桜、秋には枝桜、冬には雪桜をパノラマで楽しめる。
 もちろん、ここは座敷童の部屋になるため、貴族の部屋のように豪華な物はない。
 糸車•風車•竹とんぼの座敷童御用達オモチャや童話が敷き詰められた本棚。座敷童らしくない若者向けのファッション雑誌などもあるが、それらは座敷童しずかの趣味だ。
 豪華な物がない代わりに、凡ゆるオモチャやゲームや童話があるため児童施設を思わせるが、ここは座敷童しずかの部屋、所謂、子供部屋だ。
 俺といち子と井上のばあさんと井上さんは、急須と湯飲み茶碗が乗った御膳台を前にして座椅子に座る。
 ここは座敷童の部屋になるため自動的にいち子が上座になり、いち子から見て左前に俺、右前に井上さん、正面に井上のばあさん。
 俺は座敷童の生態や座敷童管理省の存在などなど『見えるからには知っておくべき事』を井上さんに伝えた。
 その間、いち子は井上のばあさんが用意した食事(黒飯御膳)を食べて、電話の受話器を外し、玄関チャイムを無音に設定していた。一仕事終えた後は、布団の中でヨダレを垂らしながら寝ている。
 そんな自由ないち子を見ながら俺の話を聞いていた井上さんは、ジョンの不幸と座敷童の存在が混雑したのか複雑な表情をしていた。
「————簡単に説明するとこんな感じかな。なにか聞きたいことある?」
 座敷童管理省に関しては俺の中でまとめた話になるが、井上さんに話したのは一ヶ月前にアーサーと話た事とほぼ同じだ。
「ご飯が無くなってないので私が見える側の人間なのはわかりました。けど、なんて言ったらいいか」
 腑に落ちない、と言いたげに黒縁眼鏡の奥からチラッと俺を見る。がその答えはわかっている。
「今まで、この部屋で座敷童しずかを見た事がない、だろ?」
「はい。心霊体験中としか……」
 井上さんはいち子の食事風景を見た事で自分が見える側の人間だと理解した。しかし、この部屋に住む座敷童しずかを見たことがないから納得しきれないようだ。
 井上のばあさんはお茶を一口飲み、井上さんに視線を向ける。
「杏奈は見える側の人間じゃ。心霊体験ではない」
「…………」
 井上さんは腑に落ちない気持ちが頭の隅にあるため、座敷童管理省や座敷童問題の話が漫画や小説のように感じてしまうようだ。
 その気持ちはわからないでもない。
 座敷童が存在し、その座敷童のノラ化が人知れず社会問題にまでなっているから国が座敷童管理省を作った。と言われても、俺なら三流小説でも読まされてる気分になる。
 その辺のフィクション感は、生まれた時からいち子といる俺でも理解できる。
 俺の幼稚園の頃からの友人二人がいち子を見えているのだが、その友人と座敷童が見えない側の友人が橋渡しになり、年数を掛けて俺の隣にはいち子がいると周囲に認識させる事ができた。
 幼稚園の時から始まったその活動は、小学校高学年の時には俺の隣にいち子用の机と椅子が用意され、中学生の時には座敷童が見えない側の先生まで出席確認でいち子を呼ぶまでになった。
 幼稚園、小学校、中学校という好奇心が旺盛な時期に年数を重ねてやっと座敷童が見えない側の人間に『座敷童は存在するかもしれない』という認識を与えれる。
 その経験があったから俺にも理解ができるし、急に見える側だと言われた井上さんが受け入れるには確信が足りないというのも理解できる。
「今までしずかを見たこと無いから納得できないのは仕方ないよ」
「申し訳ありません」
「しずかが都合よく帰ってきたら簡単に納得させれるんだけどなぁ」
 この場に友人二人かしずかが居れば解決する問題だが、都合よく友人二人やしずかが現れて話が進むなんてコトは現実ではあり得ない。
 そんな御都合が成り立つのは妄想の中だけで、主人公の御都合で話が進む素人の小説でも山あり谷ありを弁えている。投稿サイトで小説を読み込む俺にはお見通しだ。
 従って、進まない話は棚置きして話題を変える。
「そんなの期待しても仕方ないし、とりあえず井上さんがしずかと会えなかった理由は教えれるよ」
「理由があるのですか?」
 黒縁眼鏡のフレームを右手親指と人差し指でつまむ。
「あるよ。……」
 やっぱり変わった子だな……というのが、俺が懐いた井上さんに対しての印象だ。
 いる前提で理由があると言った俺に対して、会った事がない理由の有無よりも、最初から『いない前提』の疑いを持つのが人間だ。
 しかし、井上さんの反応や黒縁眼鏡の奥の垂れ目には理由の有無に対して疑いを持った様子はない。
(そういえば、ばあさんも物事の有無を疑ったりしないな……見えない座敷童を信じてるし)
 井上さんに井上のばあさんとの血の繋がりを感じつつ、
「幼少期から俺はここに毎日通ってるけど、井上さんに会った事がない。俺が会った事ないって事は、井上さんは年初めの一週間だけここに来てた事になる。間違いない?」
「はい。実家が高知県なので年に何回も来れなく、年初めの三日間だけですが、おばあちゃんの家に来てました」
「毎年恒例なんだけど、いち子としずかは年越し蕎麦を食べる。それに餅を入れるんだけど……俺等より長く生きてても身体は見た目どおりの子供、毎回餅を喉に詰まらせるんだ」
「?」
 脈略の無い話に疑問符を浮かべ、
「…………、魂や気持ちになった餅が詰まるのですか?」
 餅も魂や気持ちになるため詰まるとは思っていなかった。更に、もっと重大な事を想像していたため額から一滴の汗を流す。
「現実と同じく食感はあるし味もする。期待を壊して申し訳ないが、事実なんだ」
 そして、と付け加え、
「餅に関したら詰まらない時はないってぐらい詰まる。普通は年明けの雑煮に餅だと思うんだけど、いち子としずかは年越し蕎麦に餅なんだ。見える側の人間じゃないと大変だから、しずかは大昔から年末と年初め一週間は松田家にいる」
「子供なので餅は入れないほうが……」
「俺は試してないけど、挑戦的な先祖が天ぷら蕎麦を出した時に『餅を食わずして年は越せない』と断固餅推しされたみたい」
「細かく切り分けて……」
「それも挑戦的な先祖が試した。たちまち赤面して『餅への冒涜だ』っていち子としずかが怒り出したみたい。他にも餅に切り込み入れたりアレンジを加えたけど『噛んで•伸ばして•食べて•飲むのが餅だ』って怒ったみたい。その先祖のせいでつきたての餅以外は受け付けなくなった」
「大変ですね……」
「年越しに餅を食べることに断固たる決意を持ち、詰まらせて気絶しても尚、食べ続けて詰まらせ続ける自虐。意味のわからない執念を燃やした二人の命を救うのが我が家の正月だ」
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