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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
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4

 中尊寺、大池跡。

 中尊寺大池跡は、藤原清衡の中尊寺建立供養願文に伝えられている寺院があった場所とされ、池に面した本堂、続く廊下の先に経蔵と鐘楼、そして三基の三重塔が建てられていたという。現代では跡地になり、建物の代わりに昔の自然を思い出させてくれる場になっている。

 そんな中尊寺大池跡に巴はいる。

 白色の和傘を左手に持ち、セーラー服のスカートとポニーテールを風で揺らしている。平常時から鋭い瞳は昔を思い出すように閉じられ、座敷童が見える側の人間なら風景を濁さない巴の立ち姿に大池跡の風情を更に感じることができるだろう。

 巴は閉じていた瞳をゆっくりと開く。視線を空へと向け、渦を巻くように集まる雲を数秒ほど眺めて口元に微笑を浮かべる。

「当分の間、平泉は雨になるな」

 平泉に留まる厚い雲は地上を暗くし圧迫感を与えている。異常気象。東北全体の雲が平泉に低気圧を作るように集まっているため、初観測や異常気象だと明日のニュースや新聞を騒がせるだろう。先日の雷と強風が平泉を襲ったという話題と共に。

 巴は視線を正面に向けると、芝生に片膝を付けて平伏した四人の少女を見やる。

「カヨコ」

「はっ!」

 青色セーラー服を着た少女、カヨコは顔を上げると、長い前髪から覗くように巴へ視線を向けて指示を待つ。

 巴は真剣な表情を作るカヨコや平伏している三人に湧き上がる呆れをふぅと息を吐く事で抑えると、和傘の先を芝に置き、柄に両手を乗せて四人に付き合うように指示を出していく。

「山形の座敷童は何人が来ている」

「毛越寺に三◯人と中尊寺に一五人、そして秋田のバカに賛同している者が五◯人ほど。未だ到着していない者はまだ平泉に来ていませんが、他地域に放浪している者以外は明日には平泉に」

「毛越寺と金鶏山に行ってる者達の報告は必要ない。山形座敷童一五人の内五人を駐車場に配備。残り一◯人は追尾に特化した神使を連れている者を二人一組で中尊寺に待機させて私が取りこぼした希少種を天に返せ。手に負えない場合はそれぞれの神使に後を追わせろ」

「駐車場に配備した五人の仕事は?」

「『足の速い魔獣のみ』を天に返せ」

「足の速い魔獣とは?」

「猫、犬、リスなどの小動物や空を飛ぶ鳥など、変異した事で翼を得た魔獣もだ」

「私はどこに?」

「駐車場が第一関所だ。カヨコは五人が取りこぼした足の速い魔獣を駐車場、カヨコの行動範囲の制限として中尊寺から出さない事を心がけろ。もし逃しても深追いせずに次の関所の者に任せるんだ」

「了解」

 カヨコは地面にある竹箒(たけぼうき)を右手で取り、ゆっくりと立ち上がると、巴の横を通り過ぎて竹箒に跨る。屈伸するように両膝を曲げると、地面に付いた竹箒の先がしなる。カヨコが地面を蹴ると、しなった竹箒が反発するように跳ね、飛んで行った。

 カヨコが持っているのはただの竹箒になり、特別な機能は備わっていない。だが、能力持ちの座敷童が、この場ではカヨコが使用すると竹箒のしなりから『衝撃波』が生まれ、魔女のようにゆらゆらとはいかないが一蹴りで数百メートルは飛べる。

 巴はカヨコを見送ると平伏する三人の少女に視線を向け、赤色セーラー服を着たショートカットの少女で視線を止める。

「サナ。秋田は何人だ?」

「中尊寺に二◯人。毛越寺に一◯人。他は……」

「かまわない。中尊寺にいる秋田座敷童二◯人は二人一組で関山の周囲に待機し、希少種に備えろ。サナは、第二の関所として駐車場から離れた位置で待機。中型の魔獣とカヨコが取りこぼした足の速い魔獣を天に返せ」

「中型の範囲は?」

「イノシシ以下でどうだ?」

「クマが良かったと言えば嘘になる私の気持ちを前向きに検討してほしい、と思い浮かべる」

「カヨコが数を減らすとはいえクマを相手に足の速い魔獣を取りこぼせずに闘えるのか? イノシシもそれなりに早いが?」

「足が速いのを取りこぼしたらダメなら無理」

 サナは納得し、地面にある斧、上半身が隠れるマサカリを軽々と持ち上げながら立ち上がると、

「足の速いのとイノシシで我慢する事を検討した」

 歩を進めて巴の横を通り過ぎる。その表現は暗く、サナには今の秋田座敷童の集まりの悪さに申し訳なさがある。

 巴はそんなサナの気持ちに気づいているため、

「サナ。兄は元気か?」

「八慶と久々に喧嘩できるからお前がなんとかしろ、言われた。検討剤」

「そうか。だが、サナがいるから安心して八慶と喧嘩ができるのだ。私もサナがいるから希少種だけを相手にできる。頼んだぞ」

「了解!」

 サナは表情を緩めながらマサカリを肩に乗せ、軽快な足取りで大池跡を後にした。

 巴は残り二人の少女を見る。左側にいる黄色セーラー服を着たセミロングの少女は平伏しながら……。

「Zzz……Zzz……」

 黄色セーラー服の少女は平伏しながら鼻提灯を作り、ヨダレを垂らしながら寝ている。

 巴の視線は横に動き、緑色セーラー服の少女を見る。

 巴四天王最年少を思わせる容姿は小学生低学年ぐらい。ツインテールをバッと上げ、横にバッと向く。一つ一つの動作が大袈裟な少女は隣で鼻提灯を作る少女を見ると、地面にあるイラストブックに鉛筆を走らせて【姉様o(^_-)Oワタシに任せて!】と書いて巴に向ける。

「ミキ。宮城からは何人が来ているかナナから聞いてるか?」

【平泉に来てる連中は全員ばば様といるヨ*\(^o^)/*青森は中尊寺に三◯人( ^ω^ )毛越寺にいっぱい】

「そうか。それなら、ミキはナナを座敷童東北支署の前に置いた後、三◯人と共に大型の魔獣やカヨコやサナが取り逃がした魔獣を天に返すのだ。一匹たりとも東北支署とオロチの元に向かわせるな」

【北海道のヒグマを津軽海峡から青森に入れないようにするのと一緒?】

「うむ。今回はヒグマではなく月の輪熊だ。平泉を津軽海峡だと思ってくれ」

【わかったp(^_^)q】

 ミキはイラストブックを咥えると、鉛筆をポケットに入れる。鼻提灯を作るナナを背負い、巴にニタァと笑顔を向けると地面を蹴り、ピョーンピョーンと効果音が聞こえてきそうな足取りで大池跡を後にした。

 巴はふぅと息を吐くと、

「今回のような長期戦を視野に入れないとならない状況では、岩手と宮城と福島の座敷童が不在、いや、減少したのは数に優位がある魔獣には不利だな。それに縄張り争いで八慶の元に行ってる連中も……いや、全ては私が力を失ったのが原因だ。……」

 足元に視線を向ける。そこには風呂敷袋があり、巴は風呂敷を取ると和傘の柄に縛り付ける。

 風呂敷袋の中には八太が東大寺大仏池から持ってきた青オロチの鱗が入っている。

 八童としての力を失い、微力しか使えない能力を鱗で補うのが今の巴の闘い方になる。その鱗には、個人差はあるが使用枚数は限られ、現在、巴の持つ和傘や仕込み刀に青の鱗が融合してある。風呂敷袋の中身はあくまでも予備だ。

「いち子から預かる白天黒ノ米に頼る事しかできない今の私にこの鱗は大助かりだ。が……いち子が翔に感じる喜びと同じく、小夜の成長と共に私の力が成長していく喜びを感じる」

 巴は右手を空に向けると、パリパチリと静電気程度の火花を中空に散らす。

「弱い力だな。今の小夜と私では鱗が無ければ雷を落とす事も電撃を出す事もできない」

 静電気を握り締めるように拳を作り、

「……歴代の竹田家当主よ、『いち子が産まれたばかりの子を家主にし、己の力のみで松田の子を守ってきたように、私も小夜を守れると思うか?』……」


 巴が空に向ける拳は薄っすらと赤くなるが瞬時に元の肌色に戻り、その表情は目尻に苦渋が浮く。八童としての力を失った自分が小夜を守っていくという重責が作る苦渋。しかし、巴が見せた苦渋は一瞬、決意が瞳に宿ると同時に目の下は隈のように赤くなっていく。それは座敷童の全身や衣服を変色させるのとは違う部分的な赤。赤や真っ赤や真っ赤っかとは違う、巴が家主と認めた小夜の気持ちから『直接得られる力』を目という部分的に集約させた、小夜から得られる今の巴の力。

 巴の胸を喜ばす小夜の喜び。

 巴の胸を和ませる小夜の小さな怒り。

 巴の胸を高揚させる小夜の楽しみ。

 そして、巴の胸を締め付ける小夜の哀しみ。


「小夜の喜怒哀楽が、私の喜怒哀楽だ」


 赤く変色した瞳から涙が流れ、瞑る目元からは薄いが赤い湯気が漏れる。


 ******************


 岩手県平泉、毛越寺大池が池。

 大池が池の周りには少年少女、青年女性の座敷童が多数いる。それぞれが大池が池にある小島で舞う絶世の美女白拍子を見ている。

 白拍子の扇が左に振られると地上から上空へ向かう風が生まれ、右に扇を振ると更に強い風が生まれる。その風は雲が渦を巻いている上空へ更に雲を集める。

 平泉に留まる雲は人間には天変地異を予感させ、座敷童には白拍子の行為に(汗)と語尾に付けたい気持ちにさせ、小島で待っている絶世の美女白拍子に今後の被害をわかってほしいと思わせる。

 雨を降らすも、竜巻を起こすも、絶世の美女白拍子の匙加減。雲の中では、蠢く龍のような稲光がチカチカと見える。今後の平泉には文字通りの暗雲だ。

 今ごろ中尊寺にいる無愛想女が余計なお世話だ、と言ってそうだと思いながらほくそ笑みむ絶世の美女白拍子、しずかは扇をパチンと閉じて扇の先を大池が池の周りにいる座敷童に向ける。そして、

「全員。邪魔でありんす」

 第一声は大池が池の周りにいる全座敷童に戦力外通告。

 しかし、平泉に暗雲を生むしずかに戦力外を告げられた座敷童は黙っていない、特に平泉、岩手県在住の座敷童が、

「お前は空にいる魔獣だけ相手にすれ」

「ついでに全魔獣が平泉から出ないようにすれ」

「毛越寺を倒壊されたらたまったもんじゃない。お前だけ空、いや、宇宙で闘っていろ」

「とんでもない雲を作りやがって。少しは後々の被害を考えろ」

「なんつったコラ?」

 しずかは扇で口元を隠し、ギロリと声のした方を睨むと、

「大気圏に飛ばすぞ?」

 言った瞬間、扇を下から上に振り上げて、口を開いた四人の座敷童を上空へと飛ばす。

 絶叫を挙げながら上空へと飛ばされる四人の座敷童。池の周りにいる全座敷童は上空へ飛んでいった四人を目で追いながら、額から大量の汗を流す。

「疑問系で言いながら飛ばすなよ」

 青年座敷童が言った瞬間、しずかに扇の先を向けられ、烈風が後に続き、木々の中に飛ばされる。

 口を開けば無慈悲に飛ばされるという恐怖政治、傍若無人の行為を執行するしずか。しかし、しずかに罵声を送る者はいない。何故なら、しずかは傍若無人でどうしようもないのをわかっているからだ。飛ばされるとわかっていて、それでも口を開いたのは、毛越寺の倒壊や平泉の被害を前もって言っておかないとしずかはどうしようもない事をしてしまうからだ。

 しずかはパタパタと扇で顔横をあおぎながら周囲を見回すと、

「あきたでありんす」

「ここは岩手だ」

 言った瞬間、ゴウッと烈風に襲われ、ツッコミを入れた少年座敷童は木々の中に飛ばされる。

「わっちはあきたでありんす」

「…………」

「何か言え」

 言うと同時に、しずかは扇を横に一八◯度振り、扇状の烈風を周囲に放つ。

 放たれた方向にいる座敷童はたまったもんじゃない。

 しずかは更に扇を振り、縦に横に左に右に傍若無人に烈風を放つ。

 大池が池の周りにいた座敷童の半分は飛ばされていった。

(((どうすれっちゅうんだ!!!!)))

 大池が池の周りに残る座敷童はしずかの傍若無人な女王様っぷりに内心で叫ぶ。

「わっちはばあちゃんの元に帰るでありんす」

 扇を地面と平行にして花びらを乗せるようにすると、先ほど上空に飛ばされた四人の座敷童が中空でピタと止まり、ゆっくりと地面に落とされる。

 しずかは四人に視線を向け、

「お前等四人は他の飛んで行ったヤツ等とここで魔獣を天に返し、他は毛越寺から出てきた魔獣を天に返すでありんす。一匹でも逃せば、七日七晩は太陽が見れないと思うでありんす」

 欠伸をしながら扇を地面に向けてあおぐと、爆風と共にしずかは飛んで行った。やる事だけやって帰る。それがわっちでありんすというしずかの行為だが。

 はぁと安堵するように息を吐く座敷童達はお互いに顔を合わせる。その表情に怒りは無い。

「破格の助力に感謝ね」

 女性の座敷童は地面にある小石を拾い、掌に乗せる。軽く小石を跳ねらせてしずかが扇を地面と平行にしたように掌をそえると、ふわっと小石が浮く。

「八童八重の恩恵。上空に雲のある内は能力のない座敷童も風を使える」

「能力持ちは自分の能力と一緒に使える優れもの、だな」

「能力持ちは毛越寺の外、能力のないのは毛越寺の内、八重の恩恵付きで魔獣を一匹でも逃せば東北座敷童の恥になる」

「みんなぁ! 魔獣が出る前に風に慣れておけよぉ! 使い方間違えたら八重みたいになるぞぉ!」

 八重みたい、とは余計な被害を生むという意味になり、故意かどうかは別にして、しずかはオロチと闘う度に烈風で歴史的建造物を倒壊させ、竜巻を起こしては民家や農作物を蹂躙し、ゲリラ豪雨を生んでは土砂崩れや防波堤の決壊や氾濫などの被害を生む。それはオロチの力としずかの力がぶつかり合う事で生まれる被害なのだが。

 そして今、座敷童達に与えている八重の恩恵は、しずかが普段から使う程度の風、先ほど四人の座敷童を上空に飛ばし、烈風で個々を飛ばし、扇状の烈風で大勢を飛ばしたりできる程度の風を使えるようになる。力の調整さえ間違わなければ被害を最小にできる優れもの、しずかが巴と喧嘩した時のような遠距離からの圧倒的有利な攻防が可能になる。



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