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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 佐渡島、某ホテル。
 翔といち子は一通り身体を洗い終わり、入浴剤を贅沢に入れた湯船に浸かっている。
「ホテルの部屋風呂にしては広いな。それに部屋も広いし、調理台もある。住ませる前提に部屋を作ったとしか思えねぇな」
「うむ。三郎との約束がなければ長く居たいもんじゃ」
「いち子、その三郎との約束ってなんなんだ? 他の座敷童が常駐するのも長く滞在するのも禁止して、三郎だけ佐渡島に住むというのは三郎は一人が好きな座敷童なのか?」
「三郎は一人が嫌いじゃ。一人になりたくないから三郎は一人でいるんじゃ」
「……? なぞなぞだな」
「うむ」
「八岐大蛇が原因か?」
「秘密じゃ」
「母さんにも秘密にしているのか?」
「ママにも秘密じゃ」
「そうか。それなら三郎に聞くしかないな」
「うむ、そうじゃな。……むっ?」
 いち子が視線を横に向けるとお風呂場の扉が開く。
「いち子ちゃん。一緒にお風呂に入ろう」
「ぶっ!!!!」
 吹き出した翔の眼前には全裸の理子。湯煙の無い風呂場に下半身をタオルで隠す事なく、裸族此処に有りと威風堂々に入ってきた。
「テメェ、なに入ってきてんだ!」
「時間は有限と言われる時代に長風呂なのよ。私の時間は私の時間よ。あんたに私の時間を無駄にされる筋合いはないわ」
 リコはシャワーをかけ湯変わりにすると、浴槽へ足を突っ込み、翔の眼前——正確にはいち子の眼前——に太腿の付け根、V字部分をおおっ広げ、お湯との反発で胸を揺らしながら浴槽に浸かる。
 翔は涙目になる程に瞳孔を高速で踊らせ、人生初の、幼女いち子の裸は見ているため初ではないのだが、記憶がある限り初めて女性と言える裸体を見て、カチーンとモアイ像のように固まった。下半身ではなく全身が。
「いち子ちゃん。お風呂上がったら私の混ぜ御飯食べてねぇ」
 モアイ翔の腕の中からいち子を抱き寄せ、湯船に浮く胸の谷間にいち子のおかっぱ頭を挟める。
「うむ。ワタキは混ぜ御飯にはうるさいぞ。オカズはなんじゃ?」
「アイヌネギのお浸しとブリアイヌネギとニンニクとアイヌネギのホイル焼きと岩ガキのニンニクアイヌネギ鍋とブリの刺身!」
「絶品じゃな!」
 いち子はダラダラとヨダレを垂らし始める。
「ぶ、ブリ、アイヌネギは、ブリ大根、に、すべきだろ」
 翔は真っ赤になる顔を理子から逸らしながら途切れ途切れに呟く。
「あんたさ、ブリ大根を短時間で作れって言ってるわけ? それはカレーを煮込むなって言ってるのと同じよ。言っとくけどレンジや圧縮鍋なんて野宿を愛する野女(のじょ)は使わないわ。いや、使ってはならないのよ!」
「熱く語っているところ悪いが今すぐ出て行け」
「あんた。頭おかしいんじゃないの? お湯に浸かってはいお終いってカラスじゃないのよ」
 理子は湯船からあがると鏡を前にし、備え付けのボディソープを手に垂らして念入りに胸の谷間や脇の下、オヤジさながらにV字から大腿部を泡立てると、全身を泡だてたままムダ毛処理を開始する。
 広い風呂場と言っても部屋風呂の範囲での広いになり、翔の視界の端には理子の一部始終が見えている。翔は恥ずかしさと呆れが混ざる複雑な気持ちになり、
(眼前にあるのは女の裸体なのに、女の裸体なのに……なんか違う。前に青少年育成条例を無視する発見をしたアーサーと同レベル。自分に恥じらいが無いだけでなく、思春期男子への気づかいが皆無!)
 理子のあまりのオヤジっぷりに、
「お前、恥じらいとか無いのか?」
 と女性としての神経を疑う。
 理子は脇の下の処理を終わらせてシャワーで流すと、シャンプーを手に垂らしながら、
「恥じらい? あんたみたいな子供に裸を見られてもトイレットペーパーの芯に残った紙程度にしか勿体無さを感じないわよ。芯まで使う私ぐらいになれば、平常時と変わらないわ」
「…………、」
 翔は、理子の髪を洗いながらのサムズアップに親指をへし折りたくなる。だが、親指の影から見える第二次性徴期中とは思えない胸から目を背け、
「お、女なら、男に……簡単に裸を見せるな」
「いち子ちゃんだって見せているじゃない」
「いち子は、子供だろ」
「座敷童は大人にもなれば子供にもなるって言ってなかった? それって見た目は子供みたいでも大人としての感性はあるって事じゃないの?」
「感性があったとしても精神年齢は見た目そのままなんだ。それに、大人いち子と思春期の俺が一緒に風呂とか……見た目の問題があるだろ。普段の生活に支障が出る」
「それなら私とも支障が出るわけね」
「一応、女の裸だから見るわけにはいかないって思うけど、おにぎりには女らしさを感じないからな……」
「私には、てその辺はお互い様だけど、失礼ね。でも、いち子ちゃんの世話役のあんたがそんなヘタレな感じじゃ、いち子ちゃんがあんたに遠慮しないで一緒にいられる時っていつになるの?」
「!」
 胸の中、心臓が冷える感覚に翔は内心で動揺。その冷えた感覚は波状するように全身へと伝い、湯気の立つ湯船の中なのに水風呂だと錯覚する。
「お前に……そんな事を言われる筋合いはない」
「そうね。筋合いは無いわね。でも……」
 理子は立ち上がり、翔の眼前で全身全てを翔に魅せるように仁王立ちする。右手で乳房を持ち上げながら動揺する翔を見下ろすと、
「あんた。私の裸程度で、そんなヘタレになって座敷童最強のいち子ちゃんに漢を魅せられるわけ?」
「は、裸は違うと、思う」
「そんなちっさい事を言ってるんじゃないわよ。あんたさ、私は深い事情はわからないけど、人間だった織田信長と座敷童お濃に恋愛感情が芽生え、結婚してるのよ。もし、いち子ちゃんが心からあんたに甘えられて恋愛感情が芽生えた時、大人の姿になりたいって思ったらどうするの? あんたみたいなヘタレな世話役や家主に対して座敷童はどうしたらいいのよ? いち子ちゃんは妹ではなく座敷童。一人の女であって、あんたを大好きな女の子の一人なのよ。私ぐらいの裸で目を逸らすお子ちゃまのままじゃ、座敷童最強のいち子ちゃんはいつまでも子供のままって事よ。ねっいち子ちゃん?」
「うむ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いておるのじゃ」
「そうね。深淵を覗く覚悟もない子供に!」
 理子はダンッと浴槽の端に足を置き、ビシィと翔を指差すと、
「深淵は覗かせられないわ!」
「大股を開いて言うな!」
 翔はあまりの光景に動揺が吹っ飛び、間髪入れず声を挙げると、
「わざと毛深い深淵の入口を見せてんのかテメェ!」
「なに見てんのよ!」
 翔の頰にバシンッと平手打ちする。
「理不尽!」
「処理前でよかったわ。ギリギリセーフね」
「アウトだバカ!!!!」

 閑話休題————

 いち子とリコは脱衣所でバスローブに着替えると、廊下に出てダイビングへと行く。キッチンがあり、調理場にはリコが作った料理が鍋やタッパや皿に盛ってあった。
 トントントンとノック音がするとリコといち子は客室の出入口へと行く。壁に備え付けてあるインキー防止のためのセキュリティ装置からカードを抜き取り、扉を開ける。そこにはバスローブ姿の達也と吉法師がいた。
「お腹空いたよぉ。混ぜ御飯食べさせて」
「我はブリの刺身と酒を頼む」
「織田信長、お酒を飲むなら大人になりなさいよ。今の見た目で飲んで飲んでなんて言えないから」
「うむ」
 吉法師の身体はグググッとたちまち逞しくなり、二十歳過ぎの体型になる。
「ちょっとあんた!?」
 理子は吉法師の胸ぐらを掴むと上半身をさらけ出す様に浴衣を脱がし、
「なにこの刀痕と弾痕!?」
「うむ。ほとんどは人間時代に戦でもらった傷だが、この肩から胸を通る一番大きいのは座敷童になった後、幼少期の龍馬に付けられた」
「刀痕弾痕付きナチュラルマッチョにイケメン!! 私ぐらいの高度成長期中の女じゃなかったらほっとかないわよ!」
「妻がいる。不義な恋慕はしない」
「シブいっ! 古風な感じが漢Max」
「とりあえず入るよ」
 達也はテンションを上げるリコを吉法師に任して歩を進める。
 いち子は達也の後に付いて行くと、
「達也……」
 達也を見上げながら声をかける。その時、達也はダイビングキッチンまで続く廊下を進まず、何事もないように横の扉を開いて脱衣所に入る。
「あちゃぁ……のぼせてるね」
 達也の眼前では、トランクスを履いた時点で力尽きたであろう翔が倒れていた。
「た、達也。深淵を、見た事、ある、か?」
「深淵? ……とりあえず水を飲みな」
 洗面所にあるコップに水を入れて翔の口元に付ける。
「バスローブを着せるよ」
 達也は翔にバスローブを着せると、コップを洗面所に置いて翔を背負う。
「悪いな」
「遊びすぎただけなんだし気にしない気にしない」
「女が全裸で股を開いてアソコを見せてくるのが遊びなら、俺は女という生き物に夢を持ち過ぎていた事になる」
「アソコ? ……なるほど、深淵ってそういうことか」
 はははと笑うと更に、
「理子ちゃんならやりそうだね」
「達也、軽くないか?」
「軽いというかさ、翔は女の子の裸に興味ないの? それはそれで、そっちの方が引くけど」
「違う。女の裸が目の前にあれば……その、アレだろ、恥ずかしいだろ」
「その辺は裸同士ならお互い様だと思うけど、ラッキーじゃない?」
「ラッキー……?」
「女の子の裸を見たいと思った時に見られるぐらい翔はモテるの?」
「モテないし、見られるわけないだろ」
「翔の年で女の子の裸なんてそうそう見られないからね。これはアレだね。ラッキースケベだよ」
「ラッキースケベ……? アレがライトノベルでは鈍感主人公にしつこいぐらい発生するイベント……アレがラッキースケベ?」
 一部始終を思い出し、記憶を振り払うように首を振ると、
「ラッキーというより恐怖。ライトノベルや漫画やアニメでラッキースケベなイベントがある度に鈍感主人公の反応にイラっとしていたが……あの反応は正しい! あんな動揺、恐怖、驚愕の三段構えを前に対応できる思春期男子はいない!」
「イベントは兎も角、ソレを乗り越えないと松田家は翔で終わりになっちゃうよ」
「重い! いち子、どうしよう!?」
「ママとパパに兄妹が欲しいと言えば解決じゃ」
「それはそれでなんかヤダな……」
 翔は松田家の跡取り問題(?)に複雑な気持ちになる。
 三人がダイビングに入ると吉法師は椅子に座り、理子は長方形のテーブルに皿を並べていた。
「早く座りなさいよ」
 テーブルには混ぜ御飯、アイヌネギのお浸し、ブリアイヌネギ、ニンニクとアイヌネギのホイル焼き、岩ガキのニンニクアイヌネギ鍋、ブリの刺身が並んでいる。
 席順は、子供用椅子に座るいち子を挟むように翔と理子が座り、その向かいに達也と青年吉法師が座る。
 いただきます、と一斉に手を合わせると、吉法師はブリの刺身にわさびを多めに乗せ、掠める程度に醤油を付けて口内に運ぶ。二、三度咀嚼し、湯飲み茶碗に入った日本酒で喉に流す。
 達也の前にも日本酒が入った湯飲み茶碗はあるのだが、お酒には口を付けずにいち子と競うようにがむしゃらに食べてる。
 翔はそんな三人の食事風景、特にいち子が満足している食事に安堵していた。
 翔はブリアイヌネギの皿に箸を付け、ほつれるブリの実にアイヌネギを絡ませて口に運ぶ。咀嚼し、アイヌネギの歯ごたえと優しくほどけるブリの実に気持ち良さを感じる。直後、出汁の旨味が口の中に広がり……、
「マジかよ。ブリとアイヌネギの組み合わせがこんなに美味いなんて予想外だ。それにこのアイヌネギの食感はただ一緒に煮込んであるだけじゃないな」
「やるわね。そのとおりよ。アイヌネギは生姜一欠片を入れた冷たい出汁に浸けておいて、ブリだけを出汁で煮込む。完成したら浸していたアイヌネギを煮込んだブリに乗せて余熱で温める。アイヌネギの臭みに慣れた人じゃないと楽しめない食べ方よ。覚えておきなさい」
「なかなかやるな。この混ぜ御飯の具材はなんだ? 椎茸とゴボウ、鶏肉はわかるけど……この歯応えあるの」
「シメジよ。でもただのシメジじゃないわよ。濃い出汁でブリと一緒に煮込み、食感が残るギリギリのラインを見極めて細切れにする。完成した混ぜ御飯と一緒に混ぜれば、濃い味のシメジがご飯をガツガツと進ませる混ぜ御飯の完成」
「……美味い。初めて深淵おにぎり女の女子力を見たな」
 感心する翔だが、理子は箸を止めてため息を吐く。
「女子力? あんたバカじゃないの。女子力なんて自分を良い子に見せたい建て前力よ。私のは野力(のりょく)。その場にある食材と知識で生きる力。言っとくけどコレ全部で三◯分かかってないわよ」
「マジか!?」
「混ぜ御飯の早炊き三◯分の間にブリとシメジを煮込んでおけば、アイヌネギのお浸し作ってブリのブロックを刺身にして、お風呂上がりにシメジを細切れにして混ぜるだけ。ホイル焼きなんてホイルに具材を入れるだけだし」
 それと、と加えると、
「時間は有限と言われる世知辛い世の中で、長風呂したりお金をかけて手の込んだ料理を作ったりする女子力も結構だけど、そんな付け焼き刃な建て前力なんて長続きしないわ。私のは野力。そして本当の意味での生活力を備える私みたいな女を野女(のじょ)と呼ぶわ」
「本当の意味かどうかはわからないけど、野宿じゃなくサバイバルだろ」
「どっちも一緒よ。それとあんた、女子力女子力とか言ってる女には気をつけなさいよ。そんな女に限って金のなる木になる男かどうかしか見ていないから気持ちは薄いし、腹黒いわ。もちろん男も同じよ。それを見極める眼力を鍛えるのも野宿が一番よ」
「野生に近い生活をして人の本質を見る力を付けるってことか……。俺もいち子の趣味で野草や山菜を採ってるし、家での食事は採ってきた野草や山菜や蕎麦屋で残った野菜天ぷらだ。野宿ではないけど似た感じだな」
「私の野宿理論だと、親御さんは人の本質を見られる男にしようとしてるって感じね」
 どういう事だ? と疑問符を浮かべる翔に、
「人間の一番強い欲望は食欲。その食の大切さ、苦労を知ってるのと知らないのとでは相手に向ける好意と行為に差が生まれるのよ。簡単に言うと、今までに備わった自分の素養からの行動が、好意と行為になるという事よ」
「…………。俺をベジタリアンにしていたのは母親の嫌がらせで、いち子は俺の食を満たそうとしていると思っていたけど、おにぎりの野宿理論だと母親の嫌がらせは俺のためになるな」
「あんたねぇ。母親が成長期の息子に自分の手料理を食べさせてあげたくないって思ってるわけ? そんなんだから、いち子ちゃんに気を使われているのよ。親をその程度にしか見られない貧相な心を鍛えて、本質を見られる力を付けなさい。そうよね、織田信長?」
「うむ。松田家としていち子をお世話する、翔としていち子をお世話する、どちらもいち子をお世話する事になるのだが、まったく別。翔はいち子を中心に考えるあまり、周りを客観的に見る傾向がある」
「その辺ほ今回の事で思い知らされた」
「そうだな。だが、いち子を疎かにしていいという事ではない。逆にもっといち子を知るべきなのだ」
「いち子を知るべき……?」
「うむ。いち子は全座敷童の長、全座敷童の友達、全座敷童はいち子に全幅の信頼を持っている。その信頼にいち子は答えてくれる。そんないち子をお世話する松田家……いや、翔が、出会ってきた者達をいち子という理由で距離を置き、関係を希薄にしては、いち子に『自分だけ友達に恵まれていては申し訳ない』と思わせてしまう事になる」
 それはそのまま、と繋げると、
「アーサーや杏奈や小夜や達也の本質を見つける事ができない、という事になる」
 従って、と加えながら湯呑み茶碗に口を付けて酒を一口飲むと、
「松田家の教育は、いち子を通して相手を思う気持ち、分け与えて手を取り合う心、繋がりの力を学ばしている。今回のように、平泉にいる皆に秘密にし自分だけで解決しようとするのは勇敢ではなく無謀、好意ではなく教育から逸れた行為なのだ。これは翔だけではなく達也や小夜にも言えることだ。二人は旅先でたまたま出会った理子に松田家や梅田家の心を教われた事に感謝するのだな」
 理子の言葉に丁寧な補足を加えた吉法師。青年の姿というのもあり、威厳がある。
 理子が非実体の日本酒の瓶を吉法師に向けて酌をする中、翔はがむしゃらに料理を食べているいち子を見て、
「いち子……俺はいち子の事もちゃんと見えていなかったんだな」
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いておるのじゃ」
「いち子をお世話する翔を全座敷童は見ているって事だね。……でも、俺が見る限り、座敷童は翔に懐いているけど……」
「達也。今の翔は鏡花水月の中で迷った子羊。いち子は、今のままでは三郎の深淵に呑み込まれる、と言いたいのだ」
「いち子ちゃんの世話役なんだから深淵で野宿するぐらい日常にしなさいよ。言っとくけど深夜の森の中はある意味深淵よ。見られてると思って振り向いたらデカイ蛇登場なんて私ぐらいの野力がないと気絶ものよ。あんたはアレよ、今までの環境からの経験値はあっても本質を学んでないから野力レベル二ね」
「森の中で遭遇したデカイ蛇と写メを撮ろうとしたり、鱗を剥がして一緒に寝るという図太い神経を持ち合わせる変人には裏付けされた野力があったからなのか。たぶんオロチが相手でも……いや、……」
 翔は考えをまとめるように一拍置くと、
「ちなみに、その野力レベルはいくらまであるんだ?」
「一◯◯よ」
「……。戦闘力とイコールなのか?」
「戦闘力? 野宿している最中に熊やイノシシと出会って対処するのを、狩りではなく戦闘力と言うならイコールね」
「ちなみに、五◯メートル以下のオロチなら野力レベル二の俺でも対処できる。おにぎりの野力レベルはいくらだ?」
 翔は確認を取るように、見定めるように理子を見る。
 理子はそんな視線を払うように手を振ると、ふふんと鼻を鳴らし、
「野力レベル二で五◯メートルなら、私はレベル二◯ね」
「……。オロチは五◯メートル以上になると、第一形態から第二形態になる。おにぎりが見た白オロチが第二形態になれば風を操り、第三形態になれば自然災害レベルの風を……」
「晴れている時や安全を確保している状況で野宿をするのはレベル◯のアマチュアよ。評価は変わらないわ。あんたがレベル二ならわたしは二◯。信長は五◯、達也は経験値が低すぎてレベル一ね」
「……オロチをナメてるな」
 翔は理子の発見に呆れると、ため息を吐きながら食事を再開する。
「心外ね。私は実際にオロチを見ているのよ。その上で妥当な評価を出してるわ。あんた、野力ナメすぎよ」
 鋭い視線を翔に向けると、
「野力の本質を教えてあげるわ」
「本質?」
「野力レベルとはどんな状況でも生き残る力を数値化したモノ。肉体、精神、知識からの順応性や応用力など個人に備わっている力を総合したモノよ。格闘家みたいに肉体や精神が強くて戦闘力が高くても、知識が乏しく順応性や応用力が無かったら野力レベルは低いのよ。あんたで例えると、お風呂場で見た肉体から一般レベルではまぁまぁ、でも、精神が弱く、順応性や応用力も無い。そんなあんたが五◯メートル以下のオロチに対処できるという事は、オロチと同じく何かの力があってソレで対処できるって事よね?」
「……松田家秘伝だ」
「それってチートよね?」
「チートって言うな!」
「なんのチートかはわからないけど、わたしはチートが無くてもわたしだけの力で五◯メートル以下なら対処は楽勝、第二第三で風を使われても台風の中で野宿経験あるから応用力でなんとかできるわ」
 翔をバカにするように鼻から息を吐く。
「それで、野力の本質は総合力つう事でいいのか?」
「違うわよ。今のは、本質を知る前に野力レベルは総合力を数値化したモノだと理解させるために教えただけ。本質は、野力の源にある原動力。野力レベル一◯◯の女の子の武勇伝を教えてあげるわ」
 湯呑み茶碗にお茶を入れて一口飲むと、ふうと息を吐いて、言葉を繋げる。
「野力レベル一◯◯の女の子とその兄は、家族と出かけた湖畔で両親とはぐれ、山で遭難し、近所のおばあちゃんが飼っていた土佐犬に見つけられるまでの二週間、森の中で野宿をしていたの。ここまでなら、私にもできるわ。でもこの兄妹、特に驚くのは……」
「吉法師。なんか聞いた事ある話だね」
「うむ」
 達也と吉法師が翔を見ると、黙って聞きなさい、と理子は言い、話を続ける。
「この兄妹、特に驚くのは、野力レベル一◯◯の妹は三歳なのに山菜や野草の知識が豊富で小動物の狩りもできる強者なのよ。幼稚園児の兄は妹思いなだけで頼りないんだけど、妹にお腹いっぱい食べさせて自分は妹の余り物しか食べないの。その気持ちに野力レベル二ね。そして、この兄妹がすごいのは遭難してから四日目」
 と指で四を作ると、
「兄妹の前にヒグマが現れたのよ。ヒグマの習性は、とんでもないわがままよ。自分の物と思ったらとことん追いかけて来るんだから。出口のない森の中を彷徨う三歳と幼稚園児に対して弱肉強食の世界は無情よ……ヒグマは兄妹が寝床周辺に仕掛けていた罠を物ともせずに苦労して獲った食料を奪い、逃げる兄妹を更に追いかけて朝昼晩問わずに襲撃し、肉体と精神に披露を与えるの。遭難してから二週間目、瓢箪に入った水しか無くなった兄妹だけど弱肉強食の中で生きる仲間意識がヒグマに対して芽生えていたのよ。逆境の中、この芽生えた意識が野力の本質なのだけど、そんな兄妹が思う仲間意識を嘲笑うように……」
 グッと拳を作り、感情を込めるように視線を天井に向けて表情を作ると、
「ヒグマは一歩、一歩と兄妹の元へ歩を進めた。自然界は人間界とは違うのよ。どんなに崇高な仲間意識が芽生えても弱肉強食。ヒグマは兄妹を獲物としか見ていない。兄は妹に瓢箪を渡して最後の一口を妹に、でも妹は半口だけ飲んで兄に瓢箪を返し、兄は妹の頭を撫でながら半口分の水を口に含んだ。その時、ヒグマは兄妹に覆い被さるように突撃! 兄は妹を背中にヒグマのベアクロウを躱して鼻に右ストレートのカウンター、ヒグマが怯んだ隙に妹を抱いて逃げる。けど……怒り狂ったヒグマは兄妹を追いかけ、木の幹に足を取られた兄は妹に覆い被さり、ヒグマの牙が兄の背中に届く寸前、その刹那……!!!!」
「翔、この話って……」
「だろうな」
 達也と翔の言葉は理子の耳には届かず。
「近所のおばあちゃんが飼っていた土佐犬がヒグマに体当たり! 兄妹へ『もう大丈夫だ』と背中で語るように兄妹の前に立ち、ヒグマと激闘! そして、ヒグマに仲間意識が芽生えていた兄妹の前で容赦無くヒグマを倒したのよ。あとがきに兄妹は空腹に勝てずにおばあちゃんが調理したヒグマを美味しくいただきましたって……」
 理子は熱くなった気持ちを隠す事なく、兄妹とヒグマを思って涙を流す。
 そんな理子を呆れながら見ていた翔は、
「【カケルとコイチの遭難物語/ヒグマとの二週間】だろ」
「映画にもなった名作よ。ちょっと待ってなさい」
 理子は席を立つと部屋の隅に歩を進め、置いてあるウエストポーチを取り、中から文庫本とケースを取り出す。ケースからディスクを出すと、テレビの横にあるDVDプレーヤーにセットし、リモコンを片手にテレビの電源を入れながら元の椅子に戻る。
「私が崇める野神(のしん)、妹に感服しなさい!」
「だから知ってるって。本人なんだし」
「あんた何言ってるのよ。黙って見なさい。原作は後から読みなさいよ」
 翔に文庫本【カケルとコイチの遭難物語/ヒグマとの二週間】を渡し、リモコンのメニューボタンを押して本編を再生する。
 翔は手前に置いてある携帯情報端末を手に取り、画面を何度かタッチする。ふんっと鼻息を出したリコに画面を見せて、
「これは俺の親父が、俺といち子が遭難した時の事を書いたやつだ」
「こ、この三白眼と天パはまごう事なき伊庭(いば)高志(たかし)先生!!!!」
 リコの視線の先、携帯情報端末の画面には、蕎麦処松田と書かれた半袖シャツを着た黒髪天パの男性が三白眼を笑わせながら、顔を引き攣らせた翔の肩に腕を回し、その手には理子の文庫本とは表紙のデザインだけが違う題名が同じの文庫本がある。
「旧姓、伊庭(いば)高志(たかし)。松田家に婿入りして松田高志。本を出す時は旧姓を使ってる。それにしても……出版社に相手にされない駄文書きが自費出版で書いたもんをよく見つけたな」
 翔は理子から渡された文庫本を懐かしむように見る。
「駄文書きってなによ。映画にもなってる名作なのよ」
「おにぎりのコレは親父が自費出版で出した時のだろ。物好きな編集者が見つけて市場に出した時のとは表紙が違う。それにしても……」
 訝しむ翔の言葉を繋げるように吉法師は口を開く。
「高志が自費出版で出した本もだが、理子は何故、高志の顔を知っている? 出版社が市場に出してからの高志は表に出る宣伝活動はしていない。関係者しかわからないはずだが?」
 吉法師は、理子が梅田家の立場を取りに来ている弥生の血筋だと思っている。現に、理子の言葉は出会ってその日の翔に対して的を得ている。更に、味や気持ちも申し分ない料理、それもいち子好みの料理を出している。理子が松田家に近い人物と疑うには十分。オロチが佐渡島に向かっている今この場に『都合よく翔やいち子のプラスになる人間は弥生の血筋しかいない』と確信に近い気持ちになっていた。そして、もし弥生の血筋なら、と手刀を作るように指先に力を入れる。
 しかし、リコは疑うような吉法師の言葉をそのまま受け止める。
「私が小学生の時、お祭りの出店で自分の本だって言って普通に売ってたわよ。私の小遣いでは厳しい値段だったし漢字も読めないから買っても読めないって言ったんだけど、お金は読めるようになって払えるようになってからでいいって言うから受け取ったわ」
「親父……必死だな」
「うむ。蕎麦屋でアルバイトしながら一発当てると言ってた時期じゃな」
「親父……婿入りしてるのに立場はアルバイトだったのか」
「漢字を読めるようになってページを開いたらビックリよ。お金払おうとしたけどお祭りの出店には現れないし、出版社から発売された時も伊庭先生宛に手紙を書いたけど返事は来ないし。それで、一念発起して野宿よ」
「一念発起して野宿する理由はわからんが、おにぎりは親父を探していたんだな」
「伊庭先生の尻尾をこんな所で掴めるとは思わなかったわ。これはいち子ちゃんの御利益ね。ここで尻尾を離すわけにはいかないわね。大切なモノだけど……」
 ウエストポーチから四つ折りに折られた和紙を出し、仕方なしと言うようにプルプルと手を震わせてテーブルに出す。
「なんだこれ?」
「四国へツーリングに行った時のお土産……いや、天使からの贈り物よ」
 四つ折りの和紙を開く。
「こ、コレは⁉︎」
 吉法師は目を見開く。
「いただきまぁぁぁぁす!」
 いち子は間髪入れず手を伸ばして和紙の上にあるモノを取ると、口に入れてボリボリと幸せな顔になりながら咀嚼する。
 いち子に遅れて吉法師も手を伸ばし、指先で摘んだソレを口に入れ、
「座敷童、カリコリ、三種の好物が一つ、コリカリ、和三盆。……それも、コレは……理子、お主、乙女という女と顔見知りか?」
「乙女……?」
 疑問符を浮かべながらキョトンとした顔で吉法師を見る。
「あっ、コレって、カリコリ」
 達也も和三盆を食べて、
「四国で八十八ヶ所巡礼してた時に、乙女さんが俺のために茶会を開いてくれた時に出されたのと一緒だよ。でも、コレッて乙女さん用に作るって言ってたけど……?」
「職人が灰汁を抜き完璧に仕上げる和三盆。その灰汁抜きの後の捏ねる作業で乙女と職人が捏ねたのを重ねる。座敷童の手を使った一味が合わさる乙女の【座•和三盆】だ」
「おにぎり。乙女を知っているのか?」
「乙女って座敷童は知らないけど、連休中に四国をツーリングしていた時、高知県の森の中で野宿してたら、不覚にも野草かキノコに当たったのよ。夢心地に覚えているけど、女の子と背の高い美人が私を介抱してくれていたわ。はっきりと目が覚めた時には夢かと思ったけど、畳の上で寝てたし、この砂糖と竹の水筒と私が作った混ぜ御飯より数倍美味しい混ぜ御飯が入ったオヒツがあったから夢じゃないわ」
 理子は座•和三盆を摘むと歯でカリッと三分の一ほど削る。舌で楽しみながら、和紙を適当に千切ると、手にある座•和三盆の欠片を包む。
「……なによ?」
 自分の行動を見ていた翔を見る。
「乙女がこの和三盆を無条件に出すのは御三家か八童、それ以外は、乙女が認めた人間や座敷童だ。座敷童の世界では八童乙女に認められた人間としての印籠みたいな物だ。大切にすれ」
「だったら食べなさいよ」
 和紙の上にある座•和三盆を摘んでデコピンするように指で弾き、翔の口の中に座•和三盆を入れる。
「ガッ! グッ、ゴクンッ!」
「周りが食べてるのに自分だけ遠慮するのは周りにも提供した相手にも失礼よ」
「しゃ、しゃ、社交辞令だろぅが! 遠慮するのが日本人だろ!」
「時と場合ね。時は今の会話自体が無駄。場合は伊庭先生の尻尾を掴めたから、私は天使の贈り物を惜しげなく出した。ソレをあんたが食べないで他の人が食ってたんじゃ立場ないでしょ。自分の考え、ではなく、時と場合、そして人の本質を見なさい」
「グッ……ま、まぁ、飲みこんじまって味はわからなかったけど、ありがとうな。味は乙女に会った時に……御三家とは関係なく乙女が認めて出してくれた座•和三盆を楽しみにする」
「そんなの出してくれたらいいわね、しか言えないわよ。それと今のあんたは乙女って座敷童より三郎に対してどうするかを考えなさい」
「それは……いや」
 翔は気を取り直すように咳払いをすると、
「俺は目先のオロチをどう対処するかしか考えていなかった。いち子は『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』って答えを言っていたんだ。答えを出すための方程式を俺は自分で難しくしていた。おにぎりには俺としても御三家としても感謝しないとな」
「その方程式は解けたって事?」
 理子の問いに翔は頷くと、
「三郎を探す俺達を三郎は見ている。三郎はきっと俺達の近くにいるんだ。それに、佐渡島のオロチから一人で佐渡島を守る三郎は他の八童や座敷童を信頼しているから一人でいるんだと思う。俺達は三郎を探すよりも白オロチにだけ専念し、平泉に波状する魔獣被害を少しでも早く終わらせるのが役目だ。そうしないと三郎が佐渡島に一人でいる意味がない。明日は二つ岩大明神ではなく梓さんとお濃がいる小木に行く」
「一理ある。だが……」
「吉法師。三郎は佐渡島のオロチが蘇れば現れるけど、俺達が逃がした白オロチに関したらたぶん傍観する。いや、巴の状態を知らない状況なら、巴や東北座敷童がなんとかする、と思ってるだろうな。本来なら、吉法師やお濃に甘えず、東北座敷童と対処するのが筋だし。きっと吉法師かお濃を見た時点で二人がオロチ対策、巴が平泉に残って魔獣対策だと思っている。俺達の前に三郎が現れる理由は佐渡島のオロチが蘇る以外にないだろうな。……三郎に会いたいけど、今の俺には三郎と会う資格はない。御三家という名前に甘え、自分の本質を磨いてこなかった結果だ」
「ソレがわかれば野力レベル三ね。あんたは遭難していた時から成長してなかったのよ。というより、遭難したからいち子ちゃん中心のいち子ちゃんを守る事に片寄った考えになったのね。でも、あんたはいち子ちゃんに守られてるのよ。御三家だから三郎に会える。いち子ちゃんがいるから三郎に会える。あんたが作った実績は一つも無いわ。意味わかる?」
「白オロチで三郎が会ってくれるような実績を作れ、だろ」
「そうね。私の野力的推理では、達也と二人で白オロチをなんとかしたら、三郎も御三家として二人を認めて会ってくれる、と伊庭先生の名にかけて言えるわ」
「いや、親父の名にかけて言われても説得力皆無だ。てゆーか、親父に会いたいなら何とかしてやるから野力レベル二◯の力を貸してくれ。レベル三とレベル一だと、それだけ時間がかかって平泉の被害が広まる」
「アレだけのデカイ蛇が更に倍になるみたいだし、野力レベル三と一には厳しいわね。野力レベル二◯の私が手伝うとなったら、今までに買った伊庭先生の本に理子ちゃんへって添えてサインしてもらうぐらいはしてもらわないとならないわよ?」
「お安い御用だ。成果によっては、蕎麦屋で使っている蕎麦猪口、親父が趣味で作っている蕎麦猪口をやる。なんなら一緒に作れ」
「言ったわね!?」
 ウエストポーチからボールペンを出すと、座•和三盆を包んでいた和紙にバンッと叩きつけ、
「今言った事を書きなさい。私を伊庭先生の愛人として認めるって書きなさい」
「作れって子供じゃなく蕎麦猪口だからな」
「冗談よ。あんたの電話番号も添えて今言った事を書きなさい。次の連休は伊庭先生ツアーに決定よ」
「書くのはかまわないけど、成果によっては、だからな」
「食べられない蛇を倒すのは気がひけるけど、オロチは死なないみたいだし、伊庭先生ツアーには変えられないわ。……なによ?」
 翔の言葉を聞かずに独り言を呟いていたリコは翔の視線に気づく。
「成果によっては、だからな」
「わかってるわよ。あんたと達也はタライでも漕いでなさい。私の野術で華麗に捕獲してあげるわ」
「野術って……んっ?」

 ピリリリリリピリリリリリと翔と達也の携帯情報端末が緊急を知らせるように同時に着信音を鳴らす。
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