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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 翔一行が理子の料理に舌鼓をうち、杏奈と健と彩乃が孫論争をしている頃——
 梅川梓は会合場所と言えばいいのか町の集会などをとり行う会館にいた。
 長テーブルを四台並べてある二◯畳の殺風景な部屋に、青年団の法被を着た男性が五人、着物を着たお年寄りが五人、佐渡の衣装を着たタライ舟の女船頭が五人、それぞれテーブルを前にして座布団に座っている。
 テーブルはEの字に並び、上座には狸の置物のようなデザインのフード付きパーカーを着た子供がいる。
 そんな一同を、梓は部屋の端で正座しながら見ていた。そして、梓の膝元には縄でぐるぐる巻きに拘束された蓑虫お濃が転がっていた。

 数十分前、小木港——

 梓とお濃は小木港に到着し佐渡島へ上陸すると、タヌキフードのパーカーを着た子供がキャンピングカーの行く道を塞ぐように現れた。
 道を塞いだと言っても子供が飛び込んできたわけではなく、誘導員に他の車とは別のルートに誘導され、法被や佐渡の衣装や着物を着た大人の一団を従えるように立つタヌキフードの子供がいる駐車スペースに移動させられたのだ。
 梓は従うままにキャンピングカーを移動させたが、誘導員が駐車スペースまで誘導するのか? と訝しみ、タヌキフードの子供とその一団を見て更に訝しんだ。
 お濃は一団を見ながらタヌキフードの子供を一瞥すると、
「佐渡島は相変わらずのようじゃな」
「お濃様、あの集団はなんでしょうか? 観光客への歓迎にしては盛り上がりがなく、危険性は感じられませんが、奇妙というか、目的がわかりにくいというか」
 青年団の法被を着た男性、着物を着たお年寄り、たらい舟の女船頭が歓迎ムードもなく、タヌキフードの子供に出迎えられたら、奇妙の一言。目的も想像できない。しかし、座敷童の世界、『佐渡島での座敷童の世界』を知る者なら、この一団が出迎えるのは、八童三郎の法律の元に歓迎されざる者が佐渡島に上陸した、と理解できる。
 すなわち、キャンピングカーが他の車とは別ルートに誘導されたという事は、八童三郎の法律の元に歓迎されていない事を意味する。
「戦国時代と変わっていなけば、あやつらは佐渡島で座敷童が見える者達よ。先祖代々、三郎と共に佐渡島をオロチから守る者達じゃ」
「私達は歓迎されていない気がするのですが?」
「三郎のヤツめ、私等が佐渡島に入る前からこやつらを使わしておるという事は、ヤツの目はにゃ〜(がた)……中部すべてに行き渡っておると考えた方がよいな」
(にゃ〜潟? ……新潟の事かな)
 梓は戦国時代から変わりに変わった地名や言葉使いに不慣れなお濃の言葉を自己解析すると、
「お濃様。あのタヌキフードの子供が三郎ですか?」
「違う。アレは三郎と話すことができる者、佐渡島の人間の間では三郎の仮の家主、代弁者として扱われておる者じゃ。私の知る時代と同じなら……梓、座敷童管理省の支署を佐渡島にも作るなら、あのガキに何を聞かれても喋るな」
「何故ですか?」
「佐渡島は三郎を中心に人間側もオロチ対策に動く。言葉を変えると、佐渡島は座敷童管理省のような国からの援助なく、昔から、人間もオロチと向かい合っておるのよ。現状、三郎やあやつらから見れば、座敷童管理省の存在は佐渡島に不要。じゃが、聞かれた事全てを応えないわけにもいかないからのぉ……座敷童管理省としてオロチ対策時の避難誘導などを学びに来た、という事にしたらいい。それ以外は喋るな」
「私の言葉一つが今後の支署建設に支障が出るという事ですね」
「ヘソを曲げられて断固として座敷童管理省は必要ないと思われる前に、座敷童管理省は佐渡島にも必要になる、とわからせた方が交渉がたやすいという事じゃ。交渉の下準備に順序を間違えれば私のように失敗する」
「失敗……ですか?」
「うむ。人間だった平安時代に梅川の者を佐渡島に向かわせたが、佐渡島には必要無しと返され、本腰を入れて私も向かったが結果は同じ。戦国時代に平安時代の復讐をしようと超本腰を入れて織田軍と佐渡島に入ったが、座敷童という事で私だけ追い帰された。……おそらく、私は警戒されておるから監視付きにされたのよ」
(警戒され過ぎな気がする。お濃様が佐渡島で何かをやらかしたとしか思えないのだけど……)
 梓は言葉を内に秘め、お濃に気を使うように、
「あの一団と事を構えても良い方向に話は進まないから、今は言う事を聞いておいた方がいい、という事ですね」
「そのとおりよ。とりあえず、三郎の使いっぱしり、あのガキに挨拶でもさせてやるかよ」
「上から目線なのですね」
「当たり前じゃ。本来なら、三郎(クソダヌキ)をぶん殴るために、邪魔する者を肥やしにしてくれるところよ」
(なんで織田軍と一緒に佐渡島へ……って思ったけど、もしかして、お濃様が三郎を殴るために攻め込んだとか?)
 梓は現状を作ったのは座敷童管理省ではなく、お濃だと確信する。だが、言葉に出すわけにはいかない。何故なら、
(吉法師や世話役がいない今、お濃様が暴れる事あれば最悪の事態を生む。今はおとなしくしていてほしい。でも、突発的に何かやらかしそう……)
 考えはまとまらないが、一言だけ、
「ほどほどにお願いし……〜」
 口端を吊り上げて凶相を浮かべるお濃に内心で諦めると、運転席のドアを開ける。膝上で悪どい顔を作るお濃を抱きながら車外に出ると、お濃をアスファルトに下ろし、一歩下がる。
 お濃は悪どい顔のままタヌキフードの子供を前にする。幼女お濃がタヌキフードの子供を見上げる形になっているが、その差は多少。顔は確認できないが、タヌキフードを着ている分、お濃よりも幼さを感じる。
(年の頃は五、六歳か。こんな幼子を仮の家主に……いや、ソレだけ優秀なガキという事かよ)
 お濃はタヌキフードの子供を自分にある知識の中で見定めると、
「三郎がおらぬようじゃが、お主等だけで私になに用よ?」
「…………」
 タヌキフードの少女はフードの中からジッとお濃を見る。
「なんじゃ。今日の私は機嫌が良い、言いたい事あるなら遠慮なく申せ」
「…………」
 タヌキフードの子供は顔を隠すようにフードを深く被り直すと、肩からぶら下げてある布地のバックから一冊の古本を出す。パラパラとページを開きながら、小さな唇を動かす。
「危険指定座敷童、八慶、八太」
 幼い少年、少女の声音とも判断できるソプラノで淡々と言葉を繋げると、梓とお濃に見えるように古本を見せる。そこには筆で描いたとは思えない絵と、危険指定座敷童という文字と共に名前が描かれていた。

【危険指定座敷童•八慶】
 スキンヘッドの任侠者風青年八慶が、タヌキの置物に拳をめり込ませている絵が鮮明に描かれている。

【危険指定座敷童•八太】
 頭頂部で長髪を纏めた山賊風の青年八太が、タヌキの置物に回し蹴りを炸裂させている絵が鮮明に描かれている。

「危険指定座敷童は佐渡島へ入島した際は滞在期間二週間です。他に、東北最強グループ大悪童の五人と巴四天王が危険指定座敷童になっています」
 タヌキフードの子供は梓とお濃に一位から二位までの危険指定座敷童を見せると、古本を最初のページに戻し、二人に向けて開く。
「特別危険指定座敷童、しずか、さと」

【特別危険指定座敷童•しずか】
 美女白拍子、静がオロチの口の中にタヌキの置物を投げ込んでいる、絵が鮮明に描かれている。

【特別危険指定座敷童•第一位•さと】
 背中に赤子(かぼちゃ)を背負いながら横笛を吹くさとが、タヌキの置物を咥えたオロチの頭に乗っているシュールな絵が鮮明に描かれている。

 タヌキフードの子供は次ページを開きながら、
「特別危険指定座敷童は佐渡島への入島禁止です。お濃は……」
 開かれた古本には、

【特別危険指定座敷童•お濃•(人間)】
 ぐったりとしたオロチの口端でぐったりとしたタヌキの置物を高笑いしながら足蹴にする女性、お濃が鮮明に描かれている。

 梓は、筆字でお濃と書かれた横に(人間)と書いてあるのに困惑し、
(ざ、座敷童になってからではなく、人間の頃から危険指定だったという事?)
 タヌキフードの子供は、古本を一瞥したお濃がふんっと鼻を鳴らすのを見ると、淡々と言葉を繋げる。
「お濃は特別危険指定に名前を並べる唯一の人間。そして、座敷童になってからも、戦国時代に佐渡島を侵略しようとした悪行も伝わっています。お濃は入島禁止です」
「入島してから禁止と言われたら、強行するしかないかよ」
「わかっています。三郎は、『お濃はオロチの腹の中に数百年もいたから、現代を知ってもらうために特例として、今回は条件を呑むなら入島してもいい』と言ってます」
「おもしろい余興よな。その入島条件とはどんなものよ?」
「『動くな』です。約束するなら入島許可。約束しないなら漁船で帰ってもらう」
「……それは厄介よ」
 お濃が考え込むように両腕を組むと、後ろで会話を聞いていた梓が、
「お濃様。ここはひとまず、言う事を聞いておきましょう。タヌキの置物が三郎だと思いますが、八慶と八太とさとは兎も角、しずかは三郎をオロチに食わしてます。おそらくお濃様も……。そもそも佐渡島のオロチには手を出してはいけないはずなのに……」
「オロチの口にクソダヌキを入れたしずかも、オロチの頭の上でクソダヌキを癒していたさとも、オロチには手を出しておらんよ。わからず屋のクソダヌキにしびれを切らした八慶と八太が殴っただけよ」
「違います」
 お濃の言葉を否定したタヌキフードの子供は、ギロリと睨んでくるお濃を警戒するように一歩下がると、古本をギュッと握り、
「佐渡島のオロチとは闘ってはいけないという三郎の法律に腹を立てたしずかは、オロチに味方して三郎を口の中に放り込んだ。さとは金を掘らせると言い出してオロチを蘇らせただけでなく、魔獣一匹を相手するのに町を半壊させた。そして、三郎はしずかにイジメられているのに、しずかがオロチから三郎を助けている、と勘違いして、オロチが不快になる音を出しながら頭に乗った。結果、さとは魔獣を一匹も倒さず、オロチを余計に暴れさせ、町を全壊さした。そんな三郎の不幸を目の当たりにした八慶と八太は、三郎を助けるためにオロチを殴った。でも、どんな理由があっても佐渡島のオロチに手を出すのはダメ。三郎は佐渡島での法律を二人に教えたけど、逆ギレされて殴られた」
「わかったわかった。口うるさいヤツよ。私は動かなければ良いかよ?」
「三郎が入島条件に出した『動くな』をのむということでいいですか?」
「うむ。条件をのむ」
「わかりました。それでは動けないようにします」
「?」

 時間は戻り、会館内——

 梓は縄でぐるぐる巻きになった蓑虫お濃が暇そうにゴロゴロと転がっているのを見ると、
「お濃様。これから何が始まるのでしょうか?」
「クソダヌキがこの場に来るなら、ガキは上座の中心に座らんよ。三郎からの伝言、私らが連れてこられたということは、私にも関係ある伝言があるのよ」
 お濃の視線の先では、タヌキフードの子供がバックをテーブルに置いて、中から一冊のノートを出していた。
 ペラペラと適当にページを開いたタヌキフードの子供は、
「それでは、三郎からの伝言を伝えます」
 正面に居並ぶ大人達に畏まらず、堂々と話を始める。
「いち子は、松田翔•梅田達也•見知らぬ女性を同行させて新潟港へ到着すると、吉法師と合流し、両津港から佐渡島へ入島しました」
 言葉を区切りながらいち子の動向を丁寧に言うと、テーブルにあるお茶で口の中を潤し、更に言葉を繋げる。
「二つ岩大明神で三郎の家が火事にあった事を知り、後日改めて二つ岩大明神に出向くということです。そして、東北のオロチになりますが、東北座敷童は『松田翔と梅田達也に丸投げ』し、平泉で魔獣対策に専念する模様です。三郎はこの東北座敷童の動きに合わせて、町衆には封印箇所に繋がる道の交通規制と、避難を要求しています。松田翔と梅田達也がタライの貸し出しを求めてきたら貸してやれとのこと。ここまでで質問はありますか?」
 タヌキフードの子供はフードの中から一同を見回す。
 長テーブルで向かい合う一同は、お互いの顔を見合わせて理解を示すと、質問は無いとタヌキフードの子供に目礼で伝える。
「二つほど質問があります?」
 梓はタヌキフードの子供からの情報——正確には三郎からの情報——に訝しむ。お濃からは『何を聞かれても喋るな』とは言われているが、何を聞いてもダメだとは言われていない、と思って口を開いた。しかし、お濃は、
「あ、梓……?」
 予想外というように顔を引き攣らせて梓を見上げる。
 タヌキフードの子供は、お濃の反応に理解を示すようにふうと息を吐くと、
「梅田家の後見人であり座敷童管理省特務員の梅川梓さん。質問は受け付けますが、梅田家後見人という立場でも、あなたは座敷童管理省の特務員です。我々は、あなたの言葉を座敷童管理省の総意としてしか受け取りませんが、よろしいですか?」
「かまいません」
 肯定すると、本気か!? という驚愕の表情を作るお濃を視界に入れずに、自分に厳しい視線を向けてくる一同に涼しい表情を向ける。
其方(そちら)は神童いち子の動きだけではなく、平泉の動きまでわかっているようですね。何故、私達も知らない情報を知ることができたかは、其方の事情なので聞きません。それを踏まえた上で、私から二つほど質問をよろしいですか?」
「はい。しかし、質問の前に知ってほしい事があります。まず、あくまでも東北のオロチは東北の事情で蘇りました。此方(こちら)は、交通規制と避難経路の確保はしますが、もし、オロチとの闘いで家屋や施設などに被害があれば、あくまでも東北のオロチが原因になりますので『竹田家と梅田家』に損害分を請求します。梅川さんの発言一つで……」
「その請求先に座敷童管理省を入れてくれてかまいません。佐渡島に座敷童管理省の支署はありませんので、東北支署への請求になります」
「それは東北のオロチが原因で生まれた被害は東北支署に請求するのが筋という事ですか?」
「筋を言うなら、座敷童の世界で起きた事象からの損害なので、どこのオロチが原因だろうと、佐渡島に座敷童管理省の支署が無い限り、そちらが被った損害を座敷童管理省が被る理由はありません」
「それでは何故、座敷童管理省東北支署に請求してもかまわないと言われたのですか?」
「其方が、梅川家の私と特務員としての私を同じに見ているように、私は私が梅川家として動いた結果で生まれた損害を特務員として座敷童管理省東北支署に出してもらいます。簡単に言えば、特務員の私と梅田達也と松田翔が佐渡島にいる時点で、座敷童の世界で起きた事象からの損害分を座敷童管理省に請求できるという事です」
「佐渡島……三郎に貸しを作ろうとしても、三郎の法律は変わりません。座敷童管理省の利があるとは思いませんが?」
「座敷童管理省は人間の組織です。そして人間の組織な以上は、利益は人間からしか得られません。そもそも、座敷童に利益を求めるのは本末転倒。座敷童管理省に誤解がある其方側の認識に、座敷童管理省は座敷童からの実益は求めていない事をわかってもらうための請求の受諾です」
「我々からの実益は?」
「相互では無いとわかっている現段階では、其方側から実益を得られないのは百も承知です。その上で、請求の受諾を口に出したつもりですが?」
「リスクに対するリターンが無い交渉に、立場が特務員の梅川さんでは説得力に欠けますね」
「これは交渉ではなく、座敷童管理省の存在理由の説明です。もちろん、東北の震災レベルの損害には対応できません。が、私達特務員が原因で生まれた損害、被害も含めて、座敷童管理省は活動をしなくてはならないのをご理解してもらわなければなりませんが」
「……なるほど。『松田家と梅田家に入島制限が無い』以上は、特務員でもある松田翔と梅田達也と梅川梓さんがいる事で、オロチ被害は座敷童管理省にも責任があるという事ですか」
「座敷童管理省への認識を改めた上で、返答をお願いします。それとも、子供では決められない?」
 梓はタヌキフードの子供に向けていた涼しい表情を厳しい視線を向けてくる大人達に向けると、ため息を吐き、瞳を細くして睨むと、
「あまり座敷童管理省をナメないでほしいわね。私達は座敷童や人間の子供には甘くても、政治では大人に甘くしないわよ? 特に相互関係に無い相手に対してはね」
「梅川さん、我々を敵に……」
「政治の話よ。今は大人達に聞いてるから、子供は黙りなさい」
 タヌキフードの子供の言葉を切ると、
「そもそも、人間側の組織である座敷童管理省には、其方側の意見や八童三郎の法律は関係ない。国家機関の仕事に地元人がガヤるのはわかりきった事だけど、それも、工場や施設を造るわけではない座敷童管理省の活動に『法律的な立ち退き命令』をする権利が其方側にありますか? 相互関係ではない以上、座敷童管理省は其方側の意見を聞く必要なく、八童三郎の法律も座敷童管理省として容認はしても従う理由は無い。その上で座敷童管理省の存在理由を説明し、我々の活動に理解を得てもらおうと譲歩しましたが……子供の言葉でも政治の上では責任が乗るのを理解し、返答をお願いします」
 梓は東北支署で杏奈と翔が巴に論破された時を思い出していた。今の状況は、子供に責任を背負わせて大人が傍観するという、自分が経験したあの時と同じなのだ。けして大人達を蔑んでいるわけではない。タヌキフードの子供から、少年か少女かもわからない子供から、井上杏奈のような賢さと松田翔のような姑息さが伝わるのだ。この子には油断してはならない、と。
 タヌキフードの子供はフードの中からジッと梓を見ると、顔を隠すようにフードを被り直し、
「我々を敵に回すような口ぶりでしたが、より座敷童管理省を理解させるため、そして対立を辞さないという意思表明でしたか。安心しました」
(!?)
 梓はゾワッと寒気がし、安心しました、という言葉に鳥肌が立つのがわかった。だが、その寒気と鳥肌は畏怖からではなく、敬意から。お金では得られない安心感を梓に与えてくれた。
(見た目幼稚園児なのに、どれだけの知識と知能があるのよ。でも、時間はかかるかもしれないけど、この子となら……)
「梅川さん。返答は、松田翔•梅田達也•梅川さんが佐渡島にいる時点で、座敷童管理省の活動に対しては三郎含めて我々にはお手上げです。三郎の法律の元、座敷童は三郎しかいない佐渡島で、座敷童管理省がどのような活動をできるかはわかりかねますが」
「座敷童管理省は相互であれば協力的だけど、無下にするなら強行を辞さない。というのを、理解していただけただけで十分」
 大臣は別だけど、と思いつつ、更に、
「これで、遠慮なく、請求書を東北支署に送れますか、名無しの権兵衛ちゃん? 君かしら?」
「はい。遠慮なく請求書を遅らしてもらいます」
「名前と性別を聞いたつもりだったのだけど?」
「……トキとお呼びください。性別は男です。日本一広い離島と言われる佐渡島ですが、三郎の代理人という立場から顔を知られると座敷童が見える島民に気を使われるので、フードは取れません。ご理解ください」
「普段はただの子供という事ね。今は八童三郎の代理人みたいだから、改まった方がいいかしら、トキ君?」
「いえ。三郎が勝手に決めた代理人ですので、改まる必要はありません。……それでは、話がだいぶ逸れましたが、梅川さんの質問をお願いします。いや、その前に、今は敵でありませんし、今後も敵にはしたくない相手なので、どなたか梅川さんとお濃にお茶を出してあげてください」
 トキは正面に向けていた身体を梓の方へ向けると、梓の膝元でゴロゴロしながら自分の顔を覗こうとしているお濃が視界に入り、フードを深く被り直す。
 梓は二十代前半の女船頭に出されたお茶を一口飲んで喉を潤すと、
「オロチが今どこにいるか、いつ小木にくるか、今の大きさはわかる?」
「質問が三つになっていますが?」
「一つと受け取ってください」
「どこにいるかは海。いつ小木にくるかは其方次第。大きさは不明。小木海岸、オロチの封印場所を闘いの場にするなら、東北のオロチが小木海岸に向かってきた歴史から明朝、遅くても昼頃には着くでしょう」
「歴史からの判断という事はあくまでもトキ君の予測よね。三郎の言葉では無いということ?」
「はい。一つ、わかっていただきたい事があります」
 トキは言葉を区切ると、フードの中から梓の頷きを確認し、
「現在、我々と三郎は佐渡島のオロチが蘇った時のために備えています。言葉を変えると、佐渡島の座敷童は三郎一人なので、東北のオロチが佐渡島に向かっている、という事だけわかれば良いだけなのです。東北のオロチの情報を梅川さんが細かく知りたいのなら、梅田家や座敷童管理省がヘリコプターで東北のオロチを追っていればよかっただけです」
「ごもっとも。それでは二つ目の質問。お濃様と吉法師が東北のオロチを対処している間、佐渡島のオロチが蘇った場合、『座敷童以外』ならその対処をしてもいいの?」
「人間と神使も例外ではありません。それと、お濃への入島条件は『動くな』になりますから、お濃がオロチの対処をするのは入島条件に違反します」
「入島条件に引っかかるお濃様には他地域のオロチとの闘いでもダメなの!?」
「八慶と八太のような危険指定座敷童までは、他地域のオロチなら倒してもかまいません。ですが、特別危険指定座敷童のしずか•さと•お濃はダメです。理由は、八童や八童レベルの座敷童は莫大な力を理解した上で闘うのですが、しずかの能力の使い方は災害そのもの、お濃は騒音という人災、さとは論外、さと自身が災害です」
「吉法師だけで東北のオロチを……」
 梓は、吉法師一人だけで東北のオロチを対処するのは可能だと思うが、それだけ時間がかかり、佐渡島への被害や平泉での魔獣被害が広がるとしか思えなかった。
 だが、そんな梓の焦燥を訝しむようにトキは口を開く。
「松田翔や梅田達也が東北のオロチを対処すると思いましたが……? かいかぶっていただけだったようですね」
「世話役と達也がオロチの対処を?」
「いえ、此方の懸念は吉法師が闘うなら減りますので、今のは聞き流してください。他に質問はありますか?」
「いえ、大丈夫」
 大丈夫ではない。言いたい事、確かめたい事は多々ある。しかし、お濃が戦線離脱させられた状況では、翔や吉法師の指示無しには下手な発言は悪化を生む、としか考えられず。予想に予想を重ねた憶測を考えて発言するには、梓にはまだ自分に自信が無かった。
 トキはフードの中から梓をジッと見ると、呆れを混ぜるように浅くため息を吐く。
(先ほどの威勢は、座敷童管理省の特務員として行使できる権限だから強く発言できた、だけ……〜)
 視線を感じて梓の膝元を見ると、お濃がフードの中をジッと見ていた。
 お濃は蓑虫状態でピョンと飛び、トキの膝に乗ると、小声で、
「越後に顔を執拗に隠す引きこもりの虎がおる、と吉法師から聞いた事がある。お主、本当に男子か?」
「……〜」
 トキはため息を吐きながら蓑虫お濃に両手を添えると、煙たがるように梓へ向けて転がす。フードを深く被り直すと、
「梅川さん。今晩からオロチの対処が終わるまで、佐渡島へ渡るための海や空の道は使えなくなります。明日の朝からは、常識ある島民や観光客なら外に出ません。何があっても自己責任な天候になりますので、もし、小木海岸に非常識な者が現れてその場の常識で亡くなっても、我々に非がない事を理解しておいてください」
「非常識な者とは私達の事ね」
「はい。それでは、残りの三郎からの伝言は、我々への指示になりますので、今晩の梅川さんとお濃の予定に移らしてもらいます」
 開いていたノートを閉じると、着物を着た初老の男性に目礼する。男性が立ち上がるのを確認すると、梓へ視線をやり、
「今晩の宿になりますが、此方でお濃を監視するための旅館を用意してあります。キャンピングカーに泊まるならそれでもかまいませんが、監視する方としましては外よりも室内が良いのですが?」
 トキは話しながら初老の男性へ向き、梓は初老の男性が監視役だと理解する。
 梓はキャンピングカーで寝泊まりするつもりだったが、監視付きとはいえ宿があるなら好都合だと思う。しかし、お濃が居心地悪ければ意味は無い。
「お濃様どうされますか?」
「宿の飯は美味いかよ?」
 お濃は自分を見ようともしないトキから、初老の男性へ向き直る。
 初老の男性はお濃の前まで歩を進めると、両膝を畳に付けて一礼する。海で生計を立てているであろう生活感ある浅黒い顔を微笑ませると、
「佐渡島で取れる季節の食材と馬刺しを用意しております。お酒は石川県の菊姫、新潟の雪中貯蔵を地酒と一緒に置いてあります」
「布団は?」
「そばがら枕に固い敷布団、重い掛け布団を用意してございます」
「うむ、大義である」
(大義である、て事は泊まるって事かな)
 梓は時代劇のワンシーンを思い出すと、大義であるが了解と同じ意味だと理解し、初老の男性へ向き直る。
「それでは、お世話になりま……す?」
 ピリリリリリピリリリリリと梓のポケットの中から緊急時を知らせるような着信音が鳴る。一同からは集会中に非常識だなという視線を向けられるが、
「私にも大事な話の最中はマナーモードにする常識はあります。これは座敷童管理省の緊急速報、一般的な地震速報と同じです」
 チラッと画面に目をやると、
「お濃様……いえ、皆さん、平泉で魔獣が蘇ったようです」
 携帯情報端末の画面には、
【岩手県平泉に魔獣発生】
【場所は中尊寺•毛越寺】
【危険度二(推定)】
【オロチの全長四◯メートル(推定)】
【アーサー大臣は不在なため、井上杏奈が代理で指揮を取ります。詳細は随時報告するため、特務員は有事に備えて下さい。佐渡島班は現状報告をお願いします】
 内容を読みあげる梓の膝元では、縄でぐるぐる巻きになった蓑虫お濃が携帯情報端末を覗こうとしていた。梓は、お濃に見えるように端末を畳の上に置く。
「ふむふむ。現代の文字はひらがなとカタカナしかわからない私には難しいが……これはオロチの情報を伝えられるカラクリのようじゃな」
「はい。座敷童管理省では、井上杏奈と元八童の巴を中心に座敷童デジタル化計画を進めています。座敷童側も人間側ほどではありませんが、端末を使えるようになります」
「なるほど……これはよいな」
「梅川さん、座敷童が携帯を使えるとはどういう事ですか?」
「それは……」
「おおっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 お濃は叫ぶと同時に縄を千切りながら二十歳前後の体型になる。梓の端末に手を添えて非実体の端末を取ると、真っ黒になった画面をトキに向けて、
「おみゃーらにゃ関係にゃあぎゃ! 知りたぁにゃ三郎を私と井上杏にゃの前で跪かせろ! あのクソダヌキを『佐渡島以外で遊ばしたい』ならにゃあ!」
「お濃。入島条件を……」
「縄の有る無しなど目を瞑れ。お主等は、このカラクリが有益になるのを理解できないうつけ者ではあるまい。座敷童管理省との橋渡し役に私が必要になるかよ?」
 悪どい表情で一同を見回すと、トキで止めてふふんと鼻を鳴らす。
 トキは一同へ視線をやると、諦めと肯定を目礼に含めるのを確認し、ため息を一つ吐く。
「わかりました。ですが、拘束を解く条件として、監視には僕も付かせていただきます。問題行動を起こした場合は即拘束しますのでお忘れなく」
「ほう、わっぱが私を拘束とは笑止。ここでひと暴れして試してみるかよ?」
 いたずらな笑みを浮かべながらトキを見やる。
 トキはフードを深く被り直すと、内心の呆れをお濃へ伝えるためか、それとも心を落ち着かせるためか、ふうぅと大袈裟に息を吐く。お濃にだけ聞こえる小声で、
「人の落ち目を見て攻め取るは、本意ならぬことなり」
「……〜」
 お濃はふふんと鼻を鳴らすと、畳にどかりと座り、口端を釣り上げる。両掌をトキに向けると、
「虎に噛まれて追い出されるほど大義を見失っておらぬ。おとなしくする事を、クソダヌキではなく、お主に約束してやるよ」
「感謝します。それと、携帯の事は三郎には伏せてください。今はまだ……」
「みなまで言うな。お主に私がどう伝わっておるかはわからぬが、昔は佐渡島の民と私の意思は同じだった」
「いえ。やり方は兎も角、お濃は佐渡島の民、僕と同じだと伝わっています。ですが、座敷童の入島制限や条件は三郎の意思。お濃が危険視されているのはしずかやさとのような災害ではなく人災、三郎の意思に反していることが大半。それをお忘れなく」
「ふっふっふっ。わかっておるよ。わかっておるよ! 苦節うん百年、やっと引きこもりのクソダヌキを外に出せる日が来たのよ! 富士の樹海に捨ててやろうか、それとも鳴門の海に沈めてやろうか! いや、まずは阿蘇山の火口に投げ込んでやろうぞ! 良い湯に浸かれば堅い頭も少しは柔らかくなるかよ! がはははははははは」
 物騒な事を口に出すお濃はそれはそれは嬉しそうに悪どい表情を作っていた。
「お濃様。……ほどほどに」
「皆さん。やっぱりお濃を拘束してください」
+注意+
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