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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 翔一行が二つ岩大明神を後にした頃、岩手県平泉では……。

 座敷童管理省東北支署の庭に建てられていたテントは全て畳まれ、座敷童は貫太(かんた)のグループ一九人と他四◯人程度を残して中尊寺と毛越寺へと行った。
 東北支署に残された座敷童は被災地を縄張りにしていたため、能力はおろか戦闘力も低下し、魔獣相手に足手まといになるということで東北支署に残った。
 そんな東北支署の大広間ではミーティングが開かれていた。
 杏奈は一同を前にして黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると、
「それでは皆さん。今から私達にもできる魔獣との闘い、後方支援の説明をします」
 特務員を先頭に座敷童が整列し、廊下に健と彩乃が座布団を敷いて座っている。
 一同を正面にする杏奈の右隣には正座が板についてきた龍馬が座り、文枝とジョンが続く。左隣には貫太が座っている。
「まず、おばあちゃん。高田さんと茅野さんが持ってきたいち子ちゃんの小豆飯おにぎりを、ジョンに佐渡島へ届けさせてほしいのだけど」
「うむ」
 文枝はジョンの頭を撫でる。
 ジョンは立ち上がり座敷童の間を抜けて廊下にいる彩乃の前に行く。彩乃が風呂敷袋を前に出すと、縛ってある部分を咥えて非実体の風呂敷袋を取る。
「ジョン。咥えていくより首に縛った方がいんじゃねぇか?」
 健は非実体の風呂敷袋に手を伸ばし、ジョンの首に風呂敷袋を巻く。
『健、彩乃。お前達を信用しているから母上様を任せるんだ。頼んだぞ』
「私達も、ジョンを信用しているからいち子と翔を任せるんだ。絵に描いたドジをする翔といち子を頼んだぞ」
『うむ』
 ジョンは玄関へ向かうとそのまま屋敷を後にする。そして門を通り抜けて中尊寺の方角へ顔を向けると、
『しずか、巴。母上様を頼むぞ』
 と呟き、首をストレッチするように左右に動かし、地面を蹴る。一歩二歩と地面を蹴る度に速度を上げ、佐渡島へ向かう。
 大広間では、アドバイザーとして健と彩乃が文枝の隣に座る。
 加納以外の特務員からみれば素性のわからない高校生なのだが、翔の友人という事で受け入れられている。
 杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げる。一同を一瞥し、視線を特務員で止めると、
「特務員の皆さんに確認します。東大寺でのオロチ戦から一ヶ月半、龍馬さんが常にいたとはいえ、皆さんが魔獣と闘うための武術を体得しているとは思えません。間違いはありませんね?」
 特務員一同が肯定するように頷くのを見ると左隣にいる貫太に視線をやり、
「貫太君。ここにいる座敷童も闘えない、で間違いない?」
「闘えない事はない。が、中尊寺と毛越寺に向かった連中の邪魔になる」
「一つ聞きたいのだけど、闘わないで逃げ回るなら邪魔にならないようにできる?」
「ばば様のおかげで力は半分ぐらい戻っている。魔獣と闘わないで逃げ回るだけなら邪魔に邪魔を重ねただけだと思うが……足の速い者なら邪魔にならない程度に逃げ回ることは可能だ」
「わかった。……」
 向き直り、一同を見渡すと、
「それでは後方支援の説明をします」
 一同の視線を集めるとタブレット型携帯情報端末を向ける。
 画面には、中尊寺•金鶏山•毛越寺•東北支署の位置が大まかに記された地図が表示されている。杏奈が人差し指で画面をタッチすると、東北支署から中尊寺と毛越寺へ続く道に赤い矢印が表示される。
「座敷童の皆さんには補給と救助をやってもらいます。絶対に魔獣と闘わないでください」
「補給と救助とは?」
 一同が疑問符を浮かべるのを見た健が杏奈に聞く。
「東大寺でのオロチ戦で魔獣と対峙した時になりますが、魔獣は倒しても倒してもオロチが沈黙するまで大仏池から出てきました。魔獣の数が不明な点から、佐渡島で白オロチが沈黙するまで、平泉では魔獣との闘いが続くと予想できます。それは魔獣が蘇った時から一時間かもしれませんし、数日かもしれません。後方支援とは、長期の闘いに備えた兵糧の確保と救助になります」
「なるほど。後方支援とは座敷童の空腹対策と闘えなくなった座敷童の救助という事か」
 彩乃は補足すると、杏奈に視線で先を促す。
「はい。闘う座敷童におにぎりを配給し、傷を負った座敷童や眠気や空腹で存分に闘えない座敷童をここに運んでもらいます。問題は……」
「前線に行くメンバーだな」
「はい。足の速い座敷童を五人一組、理想は六組を組織して、毛越寺と中尊寺への後方支援にしたいです。貫太君。条件に合う三◯人を選抜できる?」
「三◯……」
 貫太はチラッと座敷童一人一人に視線を向ける。
 貫太が視線を向けた座敷童は自分が選抜しても大丈夫だと思っている以外の座敷童になり、それは条件に合う座敷童が三◯人もいないという事になる。
 貫太と目が合う座敷童は苦笑いしながら左右に首を振る。その中で頷く座敷童もいるが、貫太が強い視線を向けると目を逸らす。
「一◯人だ」
「一◯人……」
 杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、
「「意外にも多かった、な」」
 杏奈と彩乃と声音が重なる。
 キョトンとした杏奈と無表情の彩乃だが、二人は何かを通じ合うように視線を合わせる。
「高田さん。どちらを受け持っていただけますか?」
「私は中尊寺、健に毛越寺だ。私と健で常に連絡し、緊急の対処をその都度する。そのため、井上さんには私達が判断した後の事後報告になると思う」
「座敷童にも端末を渡してあります。私と高田さんと茅野さんと座敷童でスピーカー通話すれば更に時間を短縮できます」
 座敷童デジタル化計画。
 座敷童側への携帯端末の普及は東北支署に来た座敷童だけだが、電波の拝借は平泉だけでなく巴の神使白黒のおかげで東北全土に行き渡り、東北内なら座敷童同士の通話は可能になっている。
「コレは座敷童デジタル化計画という……」
 杏奈は座敷童デジタル化計画を彩乃に説明しようとした、が。
「すでに電波塔を拝借しているのだな」
「!」
 杏奈は彩乃の一言に畏怖を感じる。
 座敷童にも端末を渡してある、と言っただけで電波塔の拝借を口に出した彩乃は『座敷童にも携帯端末を使わせる事ができる』事を知っていた事になる。そして、先ほどから話の簡潔化を図るように的を得た質問をし、一同に納得させる言葉を繋げている。
 杏奈には初めての経験だった。
 自分が言葉に出すよりも先を理解され、その先を見られている感覚になる。まるで、東大寺でのオロチ戦を前に自分が達也に対して使った会話の誘導だ、と寒気と同時に思い出す。
 だが、今は自分の内情よりも、
(高田さんの知識と知能から無駄な説明が必要なくなった)
 と割り切り、
「座敷童管理省では座敷童デジタル化計画を進めています。現在、巴さんの神使白黒の御助力から、東北内でなら座敷童同士の通話やメールが可能です」
「それなら、私が受け持つ中尊寺班は四人で充分だ」
 彩乃はキョトンとした杏奈へ向けていた視線を貫太に向けると、
「三人の内の一人を貫太に頼みたい」
「わかった」
「高田さん。中尊寺への後方支援に三人だけというのは何か理由があるのですか?」
「中尊寺には最前線に巴がいる。巴がいるなら、おばあちゃんや小夜がいる東北支署に野獣が向かわないように巴四天王というアホ共が関所を設けるようにいる。この関所はオロチの元へ向かう魔獣対策も兼ねているため、中尊寺ルートにいる座敷童はアホ共が取りこぼした魔獣を狩るだけだ」
「ここまでのルートが磐石でも、反対側は……」
「魔獣はオロチの元に向かう、というのを覚えておくといい。そして、もう一つ覚えておいてほしいのが、希少種という方向音痴な魔獣もいる事だ。この希少種が厄介なため、巴は魔獣が向かう方向とは逆側に待機し、大池全体に対応する。もちろん巴ならこちらから言わずとも中尊寺の外周に他の座敷童を待機させる。本来なら、巴と巴四天王という単純な武力から、中尊寺の後方支援は貫太一人で足りる。だが、巴の能力に不安がある今は緊急時も考えないとならない。その緊急時が起きた時、貫太を巴の代わりにする。そのための貫太、そのための二人だ」
「魔獣はオロチの元に……そして希少種……初めて聞いた情報です。ありがとうございます……しかし」
 杏奈は訝しむ表情を作りながら貫太をチラッと見て、彩乃へ視線を戻すと、
「貫太君が巴さんの代わりというのを詳しく聞いてもよろしいですか? 私は貫太君の事を詳しく知らないので、後方支援の中心は兎も角、緊急時に最前線へ向かわせるのに心配があります」
「もっともだ」
 彩乃は一言の後に貫太へ視線をやる。貫太から頷きで肯定が返ってくると杏奈へ視線を戻し、
「平泉を中心に岩手県の座敷童を統括するのが貫太だ。そして、グループの連中に気を使って家主の元に帰っていないから弱くなっているだけだ。特務員に家主の元へ行かせて適当な飯でおにぎりを作ってもらい、貫太に食わせればいい。家主は竹田家の旅館で働いているから五分で貫太の力は戻る」
「か、貫太君……本当?」
「背に腹はかえられぬ、だな」
「何が背に腹はかえられぬだ。巴としずかは、巴四天王がしくじった時のためにお前をここに残したんだ。災害の日、巴がいない平泉で『第一から始まり第三形態になったオロチから直接的な被害を座敷童に与えなかった』という話は、東北座敷童永遠のナンバー二という栄誉と一緒に聞いている」
「貫太はそんなに強かったのか」
 加納は貫太に対して感嘆を漏らす。
「俺が強いんじゃない。今までの家主、今の家主が強いんだ」
「加納。貫太は巴が東北に住むまでは一番だったんだよ」
 美代はふふんと自慢気に鼻を鳴らすと更に、
「東北を制覇するために暴れ回っていた大悪童弁慶が平泉だけ落とせなかったのは貫太がいたからなんだよ。単純な強さなら今の八慶とも変わらないし、東北座敷童からの信頼もあるから貫太を八童に推したい……けど、貫太は力が弱くなるのをわかっていて仲間のために自分から家主の元を離れるようなアホだから、オロチに備えないとならない八童としては失格。だから永遠のナンバー二!」
 美代は自慢するように貫太の武勇伝を話し、ピースサインを加納に向ける。
「貫太は、漢だな。永遠のナンバー二、いざという時の縁の下の力持ち、漢だ、漢だ!! 俺を弟子にしてくれ!?」
 加納は貫太に暑苦しい視線を向けながら頭を下げる。
「弟子って……俺は美菜と美代の弟子だから、加納も美代の弟子になればいいだけだと思う」
「なに!!?」
 バッと美代を両手で持ち上げて自分に向けると、
「美代はそんなにすごい座敷童だったのか!?」
「座敷童はすごくないよ。すごいのは家主なんだよ。でも、今の私とお姉ちゃんの力は半分の半分ぐらい。今の家主は災害後に仕事辞めて会社を作ったから忙しいから、今戻っても力は半分ぐらいしか戻らないかな。それでも私とお姉ちゃんを大切にしてくれるから嬉しいんだけど、家主に負担はあるからね。卵焼きが美味しいから持ってきてくれたら多少は役に立てるよ」
「か、か、感動したぁぁぁぁ!!」
 加納は美代を抱きながら立ち上がり、
「卵焼きなら二回ぐらい俺も作った事がある!」
「その卵焼きは絶対美味しくないよ」
「任せろ!」
 加納は美代を肩車しながら厨房へ向かう。
 そんな二人を微笑みながら見ていた文枝は健へと視線を向ける。
「健。毛越寺の後方支援は七人で大丈夫か?」
「毛越寺はしずかだからな。……厄介だな」
「厄介じゃな。しずかが手に負えないなら、ワシも一緒に行くぞ」
「ばあさんが前線に行っちまったら俺と彩乃がここにいる意味が無いだろ。座敷童七人は交代しながら後方支援すればいい。とりあえず、ばあさんがやるよりは劣るけど、中尊寺よりは座敷童の安全を保障してやる」
「その保障を見せてください」
 杏奈は言葉をキツめにしながら健を見やる。
 祖母文枝が第三形態のオロチを圧倒した話を杏奈は聞いているため、戦力の一人として文枝に頼る事も考えていた。しかし、健から出た言葉は、巴や巴四天王や後方支援の貫太がいる中尊寺よりも安全を保障する、という杏奈には戯言にしか聞こえない発言。この人は何を言ってるんだ? と内心では思っている。
 健は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げる杏奈に気楽な表情、運動会でのみ活躍できる男子みたいな顔を作ると、
「ばあさんの一番弟子茅野健に……任せろ!」
 右手親指を上げてサムズアップし、白い歯をキラッと見せる。
 杏奈はため息を吐きながら、健は戯言に戯言を重ねていると判断する。普段なら、無視するか口撃で健を倒すところだが、健の発言に気に入らない部分があったため、チッと舌打ちする。
「な、なんだ。彩乃は信用しといて俺の事は信用してねえのか?」
「信用? 信用以前に……」
 杏奈は健を見下すように見ると、ポケットから出した眼鏡拭きで黒縁眼鏡を拭きながら、
「おばあちゃんの一番弟子は私です」
「俺は物心ついた時には弟子だった」
「私には産まれた時からの記憶があります。泣きながら意思を伝えるしかできない私はおばあちゃんに弟子にしてほしいと言い、おばあちゃんはよしよしわかったわかったと言ってくれました」
「産まれた時からの記憶があったとしても、ばあさんは孫が泣いてるから適当によしよしわかったわかったと言っただけだろ」
「今の論点は誰が一番弟子か、です。私は産まれてすぐ、弟子入りしました。茅野さんは物心ついた時という事なので、せいぜい三歳か四歳、私が一番弟子です」
「いやいや、俺が一番弟子だ」
「私です」
 眼鏡をかけ直した杏奈と立ち上がった健はバチバチと火花を散らす。
 そんな中、二人の発言に異議ありと言わんばかりに彩乃は立ち上がり、
「産まれた時の記憶があるというなら私は母親の腹の中にいる時の記憶がある。母親の腹をおばあちゃんが撫でた時に私は弟子にしてくれと言った。あの時、おばあちゃんはわかったわかったと言う感じに撫でていた。一番弟子というなら、私が一番弟子だ」
「彩乃。お前、なに盛ってんだ?」
「盛ってますね」
「そう言うならおばあちゃんに誰が一番弟子か聞いてみるがいい。おばあちゃんなら胎児の私の声を聞いて、私を一番弟子にしている」
 三人は意味のわからない意地の張り合いを始めると、文枝を見る。
「翔坊の母親が小学生の頃、将来産まれる子供をワシの一番弟子にする夢はワシがかなえる、と将来の夢を題材にした作文に書いておった。一番弟子は翔坊じゃ」
「それは反則だろ」
「フライングだ」
「私はおばあちゃんの初孫です。一番弟子より上です」
「それはそうだけど……論点はどうした?」
「誰が一番かです」
「一番なら、おばあちゃんに駄菓子を買ってもらった回数が多いのは私だ。これは翔や健が認めた私の記録だ」
「それをいうならばあさんの脛をかじってるのは俺が一番だ。翔といち子と一緒にばあさんのツケで井上精肉店でやってるステーキ屋でたらふく食べてるからな。記憶にある限りだが、だいたい一億は食ったな」
「私はおばあちゃんの会社を初めて任された時に一◯億の損失を出しました」
「損失を言うなら、雨の日にいち子と庭で遊んでいる時に、いち子と一緒におばあちゃんに飛び込んだ。その時の着物が今は亡き人間国宝の最終作だった。億単位……いや、金額では計算できない価値、人間国宝、プライスレス」
 バチバチバチと火花を散らしす三人の孫。二人は自称孫なのだが、譲れない孫魂が燃えているようだ。
 そんな三人の孫を呆れながらも嬉しそうに見ていた文枝はゆっくりと立ち上がると、貫太の元に行く。貫太の優しく頭を撫でると、
「貫太。孫達を助けてやってくれ」
「任された」
「ふ、文枝さん。我々は……」
 特務員の一人がバチバチバチと火花を散らす三人をチラッと見ながら文枝に聞く。現在、杏奈は後方支援の説明から脱線し、特務員は役割を与えていない。
 文枝は厨房に視線をやると、
「大量の米と小豆が必要になる。おにぎりを作る手も必要じゃ。座敷童が元気になる気持ちのこもったおにぎり、座敷童管理省の特務員なら作れるようにならないといかんな」
「ばば様……まずいよ」
 厨房からの声音に一同が振り向くと、口から黒い何かを覗かせながら涙目になる美代が文枝に助けを求めていた。その横ではモクモクと煙りを上げながら卵焼き用のフライパンと折れたさえ箸で不器用に卵焼きを作ろうとしている加納がいる。
 貫太は文枝を見上げると、
「ばば様。気持ちがあってもまずいものはまずいから美代が可哀想な事になってる」
「うむ。貫太。誰かを美菜と美代の家主の元へ行かせるのじゃ。このままでは座敷童管理省が家主に顔向けできなくなる」
「仕事中だと思うけど……」
「大丈夫じゃ」
「……わかった」
 貫太は自分のグループの座敷童へ顔を向ける。
 視線が合った坊主頭の座敷童は貫太と同じ道着を着ている。寡黙そうな少年座敷童はゆっくりと立ち上がると、懐に手を入れながら大広間を後にした。
 一応ではあるが座敷童と特務員の役割は決まった。一同は立ち上がり、後方支援の準備に取り掛かろうとする。すると、
「一つ、」
 健と彩乃と火花を散らしていた杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら特務員一同へと振り向くと、
「特務員二人……三人で手分けして、赤丸の場に行ってください」
 ポケットから四つ折りになったA4用紙二枚を出して特務員に渡す。
 一枚目のA4用紙には平泉の地図。数字入りの赤丸がところどころに書かれている。二枚目のA4用紙には【兵糧提供農家】と書かれ、赤丸の場所にある農家の名前が並んでいた。
「なんだこれ?」
 健は特務員の横からA4用紙を見る。
「農協の組合員名簿です。食材を用意してもらいました」
「農水省から農協に打診……この場合は要望か。座敷童管理省も一応は国家機関だからこの辺の繋がりは利用できるんだな」
「座敷童管理省は極秘機関です。国家機関として打診、要望、依頼はできません。予算だけが秘密裏に流れているだけです」
「……おい。怪しくなってきたぞ。昨日の今日なら兎も角、今日の一時間前に緊急事態が起きてんだ。個人の急な要望に対処するほど農協や農家は暇じゃないだろ。それとも、個人の無理な要望に農協が動いたつうのか?」
「はい。アーサーさんは入院中ですので、私が直接農協へ取り合いました」
「ますます怪しくなってきたぞ! あっ……そういえば、翔が井上さんにハッキングされたとか言ってたな。まさか農水省にハッキングして、農水省のフリをして農協へ要望したのか?」
「正規です。ハッキングしようと思いましたが、組合長の連絡先が私の端末に入っていたので直接連絡しました。井上文枝の孫井上杏奈です、と言ったら快く要望に答えてくれました」
 杏奈はふふんと鼻を鳴らし、これ見よがしに健と彩乃を見やる。
 健が全てを理解してため息を吐くと、彩乃は特務員からA4用紙を受け取り、
「何故、組合長の連絡先を一般人が知っている?」
「おばあちゃんの端末にウイルスが浸入していないかチェックした際、念のために私の端末に既存のデータを保存しました」
「彩乃、諦めろ。ばあさんの携帯は、孫というウイルスに感染されて堂々とハッキングされたってことだ」
「うむ。この孫は用意周到と我田引水をはき違えている。私達は実孫からもおばあちゃんを守ってやらないとならないな」
「ハッキングではありません。祖母孝行からの産物なので、孫康映雪の結果です」
(まご)(そん)をかけてるだけで意味あいがまったく違うだろ」
「笑止。茅野さん、墓穴を……」
「健。コレは引っ掛けだ。孫と孫というツッコミだと、孫康を杏奈と変えた杏奈映雪と言い出す。ここは『高知県出身の孫がどんな苦学をしてきたかわからんが雪深い北海道でおばあちゃんに育てられてきた私達は悠々自適だった』と自慢してやるのが、実孫以上に孫をしていた私達の強みだ」
「〜…………ま、孫は私だけ、です」
「実孫殿。墓穴を掘りましたなあ!」
「実孫殿。実に悠々自適だった。おばあちゃんにはこれからも実孫以上にお世話になるが、気にしないでくれ」
「俺達は実孫以上の孫ぷりでばあさんの脛をかじる所存だ。実孫殿は実孫らしくばあさんにわがまま一つ言えず、ばあさんに心配されるだけの孫でいてくれ」
「祖母孝行は私達に任せてくれ。だが、孝行だけではおばあちゃんも物足りない。祖母不幸は実孫殿に任した。よし、中尊寺に行くとするか」
「実孫殿。俺は毛越寺に行くけど、安心してくれ。ばあさんに甘える分、実孫殿みたいにばあさんには負担をかけないからよ」
「健。実孫殿は世間知らずの箱入り娘なのだ。あまり言いすぎてやるな」
「そうだな。温室育ちの実孫殿、悪かったな」
「〜……〜……〜」
 杏奈は健と彩乃の馬鹿にしたような言葉に言い返そうとするが何も言えず、ニヤニヤしながら大広間を後にする二人を見送る事しかできなかった。

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