096 ノスフェ渓谷
GM「久しぶりに主人公登場ですね」
ミオ「本当に久しぶり……」
GM「これでまたしばらく従者単体の話はなくなりますね」
ミオ「みんな一緒が一番じゃないかな」
《あなたは魔物の素材を入手するために飛竜が多数生息する“ノスフェ渓谷”へとやってきました。人の手の届かぬ天に棲む彼らに、あなたは挑まなければなりません》
「っと」
軽い掛け声に似合わず恐るべき速度で射出された矢が、ワイバーンの右翼付け根を貫き、地へと落とす。すかさず放たれる2本目の矢が脳天を貫き絶命させる。地面に転がったワイバーンの死体はこれで2ケタを超えた。
「ジェード君、これで必要な量は集まったかな?」
「え、ええ」
にこにこと無邪気に笑うマスターは、自分のしていることの凄さに気づいているのだろうか。
普通、ワイバーンは弓で落とせない。普通の射手ではまず彼らの飛んでいる高さまで矢を放てない。第一、よしんば当たったとしても、彼らの外皮膜はかなりの硬度を持つためダメージは期待できない。亜竜種と呼ばれるだけはあるということだ。並の者では直接剣で切りかかっても傷をつけられるかどうか。
それをやすやすと撃ち落とす。
最初は血気盛んに挑んできた彼らも、いまではマスターを恐れて逃げ回ることしかしない。
「このワイバーンって食べたら鳥肉みたいな味するのかな。ねー、ジェード君どう思う……って、ジェード君に聞いても分からないか」
マスターは決してステータスが高いわけじゃない。レベル1なんだから当然でもある。だからこそこうやって装備を整えようとしているのだ。
今マスターが装備している装備では、DEXとAGIの補正が60。この世界の一般人のステータスが20、30程度ではあるが、戦いを生業にしているものならば200、300はいく。魔物ならばもっと上もいるだろう。少なくともその水準まではステータスを底上げしてもらいたい。自由な行動を、自分の意志を貫き通すにはその程度の力は必要だ。
しかし、現時点で低いそのステータスでワイバーンを軽々落とすのだから、神射手と【久遠の閃き】の飛行大特効の凄まじさが良くわかる。
「俺は味覚があまり発達していませんし、鳥肉というのも食べたことがありませんからね」
「だよねぇ」
「そういえばマスター。一つ聞いてみたいことがあったんですが」
「うん?」
「マスターは他者を害することをあまり好まれないようですが、このワイバーンや他の魔物を討伐することに関してはどう考えているんですか?」
「ん、そだねー。特に何も感じない、ってのが本音かなぁ。例えばさ、獣の特徴を持っていても、姿かたちが人に近い獣人族の人とかは、あんまり殺したくない」
「はい」
「そうやって見た目がある程度人に近い場合のほかには、はっきりと知性を感じられる場合もいやかなぁ」
「知性ですか」
「うん。会話とか意思疎通ができるなら、ちょっとね。それ以外の、このワイバーンとかは殺しても特に何も感じないや。攻撃手段が弓だから殺してるって感覚も薄いんだよね」
歪んでいる、とは思わない。これは正しい在り方だ。
自分に属するものとそれ以外の線引きを明確にして、守るべきものを守る。そうしないとこの世界では生きていけない。人に近いものを害したくないというのは、マスターなりの妥協の表れなんだろうか。
これなら、ハウライトに相談されていた件も了承してよさそうだ。マスターが見境のない博愛主義者ならハウライトの精神操作は認めるわけにはいかないが、こうして現実的な思考をしてくださるのであれば大丈夫だろう。
「ん、ジェード君。なんかおっきいの来たよ」
「少々乱獲しすぎましたか……。あれは、この渓谷の主ですかね」
「ヌシかぁ。じゃあちょっと手懐けてみよっか」
「え?」
上空から俺たちを睥睨し、挑んできたのは全長6メートルはあろうかという巨大な飛竜だ。正直負ける気はしないが、マスターはあれを手懐けると?
マスターがアイテムボックスからハーモニカを取り出したのを見て、俺は慌てて耳をふさぐ。俺はスライム体だが、人型を取っている間は感覚器官などは人のそれとほぼ同じになる。
そして吹き荒れる《戦慄の調べ》。飛竜の主も飛び続けられなくなったようで地に落ちる。周囲にいた数十匹のワイバーンも同じくぼとぼとと地に落ちていく。装備の補正によって人外のPOWを誇るマスターにかかれば、《戦慄の調べ》は弓以上の脅威、音響兵器だ。回避することも難しいし、最上位の精神耐性でも持っていなければ抵抗はできない。対象は指定できるから、調べの対象から俺は除外されているはずだし、耳も塞いでいる。それでもマスターへの恐れが心の中に湧き上がる。
戦慄の調べによって完全に抵抗する気力を奪われ、心を折られた飛竜達に、マスターは容赦なく追い打ちをかける。
《隷属の調べ》が渓谷全体に響き渡る。この瞬間、ノスフェ渓谷はマスターの手に堕ちた。
「はい、君の名前は?」
『はっ。我が名はケイネス。永遠の忠誠を捧げることをお許しください、我らが王よ』
飛竜の主がマスターに応える。ああもう、また知性ある魔物が生まれてしまった。マスターの隷属の調べは対象に命令の理解と意思疎通ができる程度の知性を強制的に付与してしまう。それだけならいいのだ。強い魔物が傘下に入るということなら。
しかしマスターは今回も多分いつものように……。
「ん、好きにしたらいいよー。そして、《隷属の調べ解除》っと」
ほらやはり。こうして強くなった魔物がまた野に放たれることになるんだ。
マスターの隷属の調べは「スキルレベル」=「同時に隷属させておける対象数」だから、どうでもいい相手には解除するというのは正しい。実際、今現在隷属の調べを発動しているのは俺とオニキス、ハウライトだけのはずだ。まだ197体の空きがあるとはいえ管理が大変になるからと、マスターは隷属の調べをかけ続けることはしない。
ではなぜマスターはわざわざ隷属の調べをかけるのか。
マスターの言葉をそのまま言えば、こうだ。
『一回ね、心を折って魂の底から服従させるの。そうやって一回烙印を押されるとね、実際的な縛りとかがなくなっても心は服従したままになるんだよ』
体験談だと言うが、つくづく恐ろしい人だ。
俺としては強制力がないのならいつ寝返るかと心配なのだが、今のところこの方法で隷属させられなかった魔物はいない。今回のワイバーンも、隷属を解かれてもマスターに頭を垂れ続けている。
「えっとね、ケイネスたちは別に今まで通り暮らしてもらっていいんだけど、一つお願いがあるんだよね」
『はっ。我らが王のためならば、いかような命令でも従いましょう』
「うん、ちょっと王都まで飛んでほしくてさ。いやぁ、来るときは歩いてきたんだけど結構距離あってね。オニキスがいないと移動が徒歩で大変だよ」
『承知いたしました。我らが王を背に乗せる栄光を賜ったこと、誇りと致します』
……え、ちょっと。
「そういえば、お仲間を何匹か殺しちゃってごめんね」
『いえ。彼らも我らが王のためならば喜んで命を投げ出したでしょう。我が命も、必要とあらば即座に』
「ん、ありがと」
『我が一族よ、我らが王の帰還である。総員編隊を組め!』
「ほらジェード君、いいってさー。帰るよー」
いや、なんでそんな即座に軍隊っぽく編隊を組んで飛び始めているんですか、っていう疑問もありますが。
「あのマスター、俺は高いところが」
「またまたー。苦手なものは克服しなきゃね」
笑顔でそんなことを言われれば、俺に従う以外の選択肢は存在しない。
数分後、はるか遠くの地上の景色を最後に俺の意識は途絶えた。
本当に、恐ろしい主人である。
そんなわけでミオさんの活躍回でした。
そろそろ装備篇も終わりますね。




