090 王国薬泉院
GM「こっちの話も久しぶりですね」
ミオ「あくまでもこっちが主役だから!」
GM「しかし、今回からはあまり目立たない鳥と鼠が主役ですね」
ミオ「わたしの出番は……」
オニキスとハウライトは王都の花街、その中央通りをのんびりと歩きながら会話をしていた。ミオとジェードはすでに別の目的地へと向けて出発している。彼らは竜素材の加工に必要な魔物素材――具体的にはレベル200相当のワイバーンなどを狩りに出かけた。
その間にオニキスとハウライトにもやるべきことがある。すべてジェードの指示ではあるが、オニキスもジェードの知恵は認めているので素直に従っていた。なにより今回の目的は彼らの主の新装備である。協力的にもなろうというものだ。
「あの、オニキスさん」
「うむ、なんであるか、ハウ」
「ご主人様とジェードさんは大丈夫でしょうか?」
「心配いらぬよ。我が主の強さは我らの想像のはるか上であるし、ジェードもあれはあれでそれなりに強い。レベル200程度の魔物討伐程度余裕であろうよ」
「ああいや、僕もご主人様たちの強さは心配して無いです。心配なのはお二人の仲……」
「うむ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
自分の勘ぐり過ぎかとハウライトが引く。
ハウライトは何も自分がミオの一番になろうとは思っていない。ミオに拾われたのもジェード、オニキスに次いで3番目ではあるし、実力的にも二人にははるかに劣っている。そもそもハウライトがミオに向ける感情は恋愛感情ではなくただひたすらの忠誠心だ。
それでも、ジェード一人にご主人様を独占されるような真似をされると快いものではない。
そのあたり、どう思っているのかオニキスにそれとなく聞こうとしたハウライトだが、そもそもオニキスはそのことに気が付いていないようであった。よく言えば純真、悪く言えば頭が足りていないのだろう。
このヒトは理知的な風貌とは裏腹に頭を働かせるのは苦手だからなぁ……などと若干失礼なことを考えるハウライト。先輩二人に対して敬意は払うハウライトだが、立場は対等だと思っている。ゆえにこういったことも結構素で考える。言葉には出さないが。
ちなみに、オニキスの頭が多少残念なのはミオの潜在意識に「鳥頭」という言葉があることと無関係ではないだろう。グリフォンがただの鳥であるかどうかはさておき。
ゆえに出会った当初のオニキスはいまよりずっと頭は良かった……のかもしれない。
それからさらに歩くこと半刻ほど。
「えーと、ここでいいんでしたっけ」
「王国薬泉院、うむ。合っているのである」
鳥と鼠は目的地へと到着した。
※ ※ ※
王国薬泉院。リュシノン王国に属する組織であり、各地に支部が点在する。ゲーム風に言えばプレイヤーの治療を担ってくれる組織といったところか。その中でもここ王都に存在する本部は一際巨大な白亜の建築物で有名だった。巨大な建物をいくつも繋げたような本部内では、常に300人以上が働いている。
そしてその薬泉院のトップに存在するのがジーラ伯爵だった。見た目は冴えない50過ぎの中年男性ではあるが、その実、貴族としての位も王国内における権力も強い。
女神キャルオリアを信仰するリュシノン王国の国教“キャルオリア教”(通称は女神教)のトップでこそないものの、女神教の信者たる神官を多数配下に従え、薬の流通もある程度は彼の采配通りにできるのだ。リュシノン王国はそこまで宗教色の強い国ではないが、宗教内で彼は教皇に次ぐナンバーツーである。
加えて領地も広く、彼自身も優れた神官魔法の使い手である。妻がいないこと以外は全てにおいて成功者、勝ち組であった。なお、妻がいないのは宗教上の問題で、その気になれば彼は伯爵なのだからいまからでも若い娘を選り取り見取りだろう。
女神教では神官の男性は女神にその身を捧げた者であるゆえに、独身を推奨している。そのため彼はだれとも結婚していないのだ。
女神教は決して結婚を禁止しているわけではなく、実際に結婚している者も大勢いるのではあるが、彼は自分が宗教内のナンバーツーであるという自覚もしっかりと持った大変できた人物であるため、頑なに縁談を断っているのだ。
単に彼が女性嫌いという噂もあるが。
その日、彼は薬泉院の奥の研究施設で新たなポーションの開発に注力していた。ここ数年の研究テーマであるそれは、完成まであと一歩と言うところまでこぎつけながらもブレイクスルーが得られずに彼を悩ませているものだった。
「伯爵、大変ですっ」
「何事だ。騒々しい」
開け放たれた扉から彼の部下が駆けこんでくる。ただならぬその様子に伯爵は考え事をやめ、頭を切り替えた。
「わかりません。何者かの襲撃を受けているようなのですが……」
「わからないとはどういうことだ」
「それが、襲撃者の姿も見えず、ただ職員が次々と昏倒させられているのです」
「なんだそれは」
訳が分からない状況をいぶかしみつつも、ひとまず退避しようとする伯爵。部下の報告は迅速だった。その選択も間違っていなかった。しかし、それでもいささかばかり遅すぎた。否、相手が早すぎただけだろう。
急に頭にもやがかかるような感覚。伯爵はすぐにこれがなんらかの魔法攻撃であるということを察する。しかし、同時に心の中は疑問符でいっぱいだった。
高位の貴族は基本的に精神操作系の魔法や呪術を防ぐための魔道具を持っている。それは彼とて例外ではない。むしろ、薬泉院の長という立場を利用して他人よりは数段堅い守りを身に纏っているはずだ。それが、なぜ。
となりで部下が地に倒れ伏す。彼が報告した通り、昏倒しているようだった。
「うん、さすがはトップの人ですか。簡単には行きませんね」
どこか楽しげな少年の声が響く。しかし、音は歪んでどこから聞こえてくるかはわからない。伯爵は頭に手を当て、状態異常の解除魔法を唱えながらあたりを見回す。
「あ、オニキスさんありがとうございました。もう解いて大丈夫ですよ」
再びの少年の声とともに伯爵の目の前に2人の人影が現れる。背の高い、眼鏡をかけた学者風の男と、背の低い真っ白な鼠人族の少年。オニキスが風魔法と光魔法を駆使して姿を隠していたことなどわからない伯爵には、ただ唐突にその空間に現れたように感じられた。
「貴様ら……何者だ……」
「我はオニキス。こちらはハウライト。いやなに、少々聞きたいことがあったものでな。用が済んだらすぐに立ち去るであるよ」
「く、……舐めた口を……」
伯爵は苦々しげに吐き捨てるが、さきほどからかけている浄化魔法も効果は感じられない。彼らが仮に暗殺者であったならばここで彼の命運は尽きていたことだろう。
しかし、暗殺者を騙るのは彼らの仲間の緑色である。ここで、伯爵が害されるようなことはなかった。まぁ、精神魔法をかけられているという点で既に害されているのかもしれないが。
「んじゃ、他の人たちと同じようにあなたにも天国を見せてあげますよ」
「な、にを」
「さすがに直で触れてのメンタルジャックは防げないでしょ?」
少年が伯爵の額に手を当てる。最大級の嫌な予感がして伯爵は後ずさろうとしたが、すでに体はいうことを聞かなかった。
刹那、伯爵は天にも昇るような快楽に包まれた。脳裏に浮かぶのは見たこともない一人の少女の姿。それは、彼らの信仰する“女神様”の姿だった。
あまりな快楽感に、伯爵はあっさりと意識を手放した。
次回はこの続き。
ミオさんとジェード君はしばらくお休みです。




