080 白き魔物
GM「魔物の王って職業なんですか?」
ミオ「うーん、名乗るときは狩人の方名乗るからなぁ……」
GM「職業:魔王」
ミオ「う、うーん……どうしたものやら」
《霧の大森林》の頂点に立つ白き魔物、種族名を《メンタルラット》というその魔物は自分の目の前に立つ存在が信じられなかった。
彼は霧の大森林よりもはるか西、《無間堂の森》に生まれた突然変異種、稀少個体だった。メンタルラットはその鳴き声で相手にランダムで精神系の状態異常を引き起こすスキルを持った魔物だが、彼は引き起こす状態異常を恣意的に選択することができた。その力でもって彼はこの霧の大森林の魔物を操っているのだ。
彼は自身の強さもさることながら、その擬似軍団のために敵なしだった。ゆくゆくは他の地域も支配して魔物の王国を作ろうとさえ考えていたのだ。
しかし、彼の目の前に立つ存在はそんなことを許してはくれなかった。
慢心ではない。一目見たときからその異常さには気づいていたから、囮を突撃させている間にスキル《メンタルジャック》を発動していた。普通の敵ならばこれで終わりだが、用心深いメンタルラットはメンタルジャックの発動と同時にえりすぐりの配下の魔物10体に標的を攻撃させていた。仮にメンタルジャックに抵抗したとしても、生まれる隙に直接攻撃して屠る算段だったのだ。
それが、結果はどうだろう。
「あはは、随分やんちゃなんだねぇ。わたしはそういうの好きだよー」
自身の最大の強み《メンタルジャック》をこともなげに弾き、魔物10体は鎧袖一触薙ぎ払われた。そもそも、奴は弓兵じゃないのか。なぜ近接戦闘であの魔物たちを一蹴できる!
戸惑うメンタルラットを意に介さず幼い少女はゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。
逃げることもできずに、メンタルラットは少女を見る。まず目を引くのはその美貌。美的感覚の異なる魔物にさえ美しいと思わせる容貌。あどけなさと妖艶が混然となった成長途中の少女特有の美。その中にあって黒目がちな瞳と若干のあひる唇の愛嬌が目を引く。吸い込まれるような漆黒の黒髪はうなじでくくられ、背中までのびている。動くたびに揺れるその動作だけでその髪がどれほど滑らかなのかが分かってしまう。服装は天女の羽衣か妖精のドレスか。濃い霧の中にあってもなお薄く虹色に煌めき、その存在感をアピールしている。髪飾りと腰の宝玉も価値が分かる者なら垂涎の逸品。
総じて少女がただの冒険者でないことはわかる。
『な、なんなんだお前は』
「お、喋れる魔物は久しぶりだ……ってファスザールも話してたっけかー」
『質問に答えろっ』
「ありゃ、ごめんごめん。わたしはミオ。Eランク冒険者の狩人だよー」
『どうして僕のメンタルジャックが効かないんだ』
「あー、あのスキルメンタルジャックって言うんだ。残念だけどわたしに状態異常は効かないよー。この髪飾りがある限りね」
『ッ! ならばその髪飾りを奪ってしまえば僕の勝ちだな!』
「んー、まぁそうだねぇ。じゃあ勝負しよっか。君がわたしの髪飾りを奪うのが早いか、わたしが君をてなづけるのが早いか」
そういうと少女はハーモニカを取り出して地面に座り込み、おもむろに演奏を始めた。メンタルラットは今が好機とばかりに少女へと襲い掛かる。少女が嘘を言っていないことはメンタルラットの種族特性で分かっている。実際のところ、《始原王の髪飾り》さえなくなってしまえばメンタルラットの勝ちは動かない。
――もっとも、それも主人に待機を命じられているしもべ二人が動かなければ、の話だが。
稀少個体ゆえに並の魔物よりは身体能力も優れているメンタルラット。その動きはBランクのガイナスですらも苦戦するだろう速さ。しかし少女にとびかかろうとした刹那、白き魔物の動きはぴたっと静止した。
『(な……これは、僕と同じ精神系の……いや、これはもっと上位の)』
《システムロール:“隷属の調べ”によるPOW+1/2LUCの対抗ロール。楽器演奏スキルレベルをボーナス加算。対象の“状態異常耐性:精神”加算。判定。(5010+1780+200)-(950+325+1900)=3815 自動成功。種族名“メンタルラット”の隷属に成功しました》
『な、なんだと……。僕はPOWが高いメンタルラットで、《状態異常耐性:精神》も持っているんだぞ。その僕が』
次の瞬間、メンタルラットが感じたのは圧倒的な“畏れ”の感情。敬意や信仰にも似たその感情は彼の精神をたやすく作り変える。気づけば彼は、少女の前に跪いていた。
『ああ、偉大なる魔物の王よ。あなた様の前に跪けることを光栄に思います。そして、数々の非礼をお詫び致します』
「これでわたしの勝ちだねぇ。あはは、そんな畏まらなくてもいいよー」
『はっ、王の命とあらば』
「王って……。あー、そうだ、ガイナスさんたちまだ戦ってるんだっけ。よーし」
少女は再びハーモニカに口を付ける。そして、今度は周囲の魔物すべてに対して《隷属の調べ》を発動する。隷属の調べの効果範囲は楽器演奏スキルレベルに比例し、彼女のスキルレベルはマックスの200。その気になれば少女は1キロ先の魔物さえ支配下におけるのだ。
そうして、彼女が森に入り、半刻も経たないうちにメンタルラットの支配下の魔物は全て少女のものとなる。
「あーあー、全員に通達。君たちは今から自由。好きに生きなさい―」
少女は全員を隷属させつつも自由を与える。その姿を見ていたメンタルラットは驚愕した。自分にもできない完全支配。それをいともたやすく為して、しかもそれを放棄する。だが、それはただの放棄ではない。
一度自らの力を知らしめて、支配する。その経験を刻まれた魔物たちは“自由に生きろ”という命令に従っても、あのガイナスとかいう冒険者たちには襲い掛からないだろう。このミオという少女の――否、ミオという魔物の王の関係者に手を出せば自身が辿る運命が容易に想像できてしまうからだ。
白い魔物は、「ああ、これこそまさしく王の振る舞いだ」と、一人勝手に感動していた。少女の行いに対して自分がなろうとしていたものは、意志のない人形たちの王。その差を感じずにはいられない。
少女はハーモニカをしまうと、白き魔物の頭をなでてうっとりとしたあと、彼に問いかける。
「さて、あとはガイナスさんたちを拾って村に戻るけど、君はどうする?」
『どう、とは?』
「んー、わたしは村長さんの頼みで君を止めなきゃならないっていう事情にかこつけて君をモフモフしたかっただけだから。君がもう人の村を襲わないって約束してくれるなら君も好きに生きたらいいよ。ガイナスさんはああ言ったけど、わたしは命まで取る気ないし」
『王について行ってはいけませんか?』
「お、あら、それは想定外。わたしは動物に懐かれないと思ってたんだけど……。まぁ、君がそうしたいならいいよ。おいで」
そういうと少女は白い魔物に抱き付く。白い魔物は少女の2倍はあろうという体格なので、少女はモフモフとやわらかい毛を全身で感じることができる。同じく全身で少女の喜びを感じていた白い魔物もなんと光栄なことかと打ち震える。
「よし、それじゃー名前付けたげる。あの子は真っ白いからユキってつけたけど、君はそだねー、おなじみ宝石シリーズで行こう」
少女はうーんとすこし悩み、ぽんと手をたたく。
「決めた。君の名前はハウライト。霊的で精神に作用する石だったはずだから、メンタルラットの君にはぴったりじゃないかな。真っ白だしね」
「はっ。王に名を賜るなど、この上なくありがたき幸せ」
白い魔物、改めハウライトはその言葉とともに徐々に体を変質させていく。否、体だけではなく精神も。
少女に名を付けられ、心の底から屈服し、忠誠を捧げたことで“魂の隷属”を得た彼は、称号:魂を捧げし者を得て、自身の性質と主のイメージを掛け合わせた存在へと変質していく。
……隷属の調べと魂の隷属。この二つの歪みに、少女はいつ気づくのだろうか。
「ぼ、僕の名前は今日からハウライトですっ。ご主人様、ありがとうございますっ」
そんなわけで3匹目はおっきな白いネズミのハウ君です。
次はちょっと番外編? でもないかな。




