075 ジェード
GM「吹っ切れたあなたですが、まだまだ燻ったものもあります」
ミオ「そうなの?」
GM「はい。そのために恥ずかしい姿を見せることになります」
ミオ「えー」
「ビスチェちゃんはまだ歩けないかな?」
「す、すいません。体にうまく力が入らなくて……」
「いいのいいの。それじゃあジェード君、ビスチェちゃんをおぶってあげて」
「了解です、マスター」
「ガイナスさんはキース君をお願いね。足の怪我はもう大丈夫でしょ?」
「ああ、オニキスさんに治してもらったからな」
「それじゃあ火口までもどろっか。後方警戒はオニキスに任せたよ」
「任されたのである」
ミオ達一行は来た道を逆にたどり、ファスザールと戦った火口へと向かう。道中に湧く魔物は全てミオが打ち払う。その様子はまさに鎧袖一触、ひどいときには2,3体まとめて一撃で吹き飛ぶ。ガイナスたちとて、本来のパーティーの実力を発揮できればこの程度の魔物は簡単に対処できるが、今目の前で起こっている光景は次元が違う戦闘だ。ケリーは驚きのあまりだらしなく口を半開きにして固まっているし、ビスチェはミオの強さに目をキラキラと輝かせている。そしてガイナスはその強さの秘密を少しでも暴こうと、ミオの戦闘をじっと凝視していた。冒険者としてこの高みへと少しでも追いつきたいと、憧れを抱くほどにそのミオの戦闘は綺麗で力強かった。
ミオのスキル《神弓術》はただ矢を射ることに補正をかけるスキルではない。敵を躱す俊敏性、どんな体勢からでも射ることのできるバランス感覚、そういったものにもスキルレベルに応じた補正がかかっている。そして、驚くべきことに近接戦闘にもその補正はかかる。
《究極の弓兵は接近されれば無能などという弱点をもたない。近距離において剣士を圧倒し、遠距離において魔導士を圧倒する。それこそが神射手の在り方》
神射手の職業説明にこうある通り、現在のミオはゼロ距離での矢を用いない戦闘すらこなす。その動きはまさに妖精の舞。見る者を魅了する華麗さと、相対するものを許さぬ苛烈さが内包された極上の舞である。
剣の代替とするには弓は強度が弱すぎるが、このダンジョンに出る程度の敵ならばほとんど問題はない。むしろ5000越えのVITを持つミオは素手でも十分すぎるほど圧勝できるだろう。
なお、矢を使わないのは単にアイテムボックス内の在庫が心もとないという理由による。
「さて、そろそろ火口付近かな」
「マスター、お疲れではありませんか?」
「んー、これだけ動いても別に疲労感とかはないんだよね。不思議なことに」
「VITは体力。5000以上あるマスターでは疲労は感じないのかもしれませんね。しかし、くれぐれも装備は外さないで下さいよ。急激な疲労で倒れられても困ります」
「あいあい」
自力で動けない者を二人連れてのダンジョン踏破ではあったが、すでに一旦通り道の魔物を全滅させていることと、その圧倒的な実力差でもって予定よりもかなり早く目的地に到着する一行。
そして、サリーとクックの死体は、やはりそこにあった。
黙祷をささげるガイナスとケリー、泣き崩れるビスチェをちらと見て、ミオは静かにその場を去る。“念話”でジェードについてくるように、オニキスに周辺警戒を任せることは忘れない。
「マスター……」
冒険者たちから距離を取った彼の主人。その横顔がどこか寂しそうに見えて、緑の従者は思わず声をかけた。
ミオはうん、と振り返り、ジェードの顔色を見て怪訝な表情をした。
「ん、なに深刻な顔してるのジェード君。別に深い理由があって離れたわけじゃないよ?」
その言葉を聞いて、ジェードは、先ほどの事を話しておくべきだろうと考えた。
彼の主人の、頭の中を見てしまったことについて。
「――いえ。マスターは、あの二人を悼めないから去ったんですよね」
「……なんでわかるの?」
「すいません。実は先ほどあの男と言い争いになっているとき、マスターの過去が見えてしまって……」
「……うぇっ?! っと、変な声でた。え、ていうかそれほんと?」
「はい。《魔物の王の悟り》のためかと。恐らくはオニキスも見たことでしょう」
「――あ、いや、その、あのね、わたしは、わたしは」
そうしどろもどろに言って、ミオはその場を逃げ出そうとする。その行動を読んでいたジェードはミオの腕を掴み、逃がさない。
ミオは、普段の彼女らしくもなく、激しい動揺を見せ、怯えたような眼差しでジェードを直視しようとしない。
その行動。記憶を他人に見られたことに対する激しい拒否反応だけで、彼女の過去が彼女に与える影響の大きさが分かってしまう。
ジェードは、主への敬愛ゆえに、主の心を慰めたいと願った。
「は、離してっ」
「離しません。ずっと俺の腕の中にいてくださいと言ったじゃないですか」
「でも、わたしは、わたしは」
「確かに、他の人間からすれば、マスターの過去は重くて受け入れがたいかもしれません。どうしようもなかったとはいえ、人を殺していることに忌避感を抱く方もいるでしょう」
「なら、」
「ですが俺は魔物です。そのくらいで動揺したりはしません。それに俺はマスターの事が知れて、とても嬉しかったんですよ。ちょっと感動して、喧嘩の仲裁に入るのが遅れたくらいです」
「ジェード君……」
「しかも、マスターの過去を見たということは、知識を得たということでもあります。俺の名前の由来になった翡翠。とてもきれいな宝玉ですね。俺にはちょっともったいないくらいだ」
「そんなこと、ないよ」
「ありがとうございます。マスターは当然、翡翠の持つ意味を知っていますよね?」
「……忍耐と調和を司る石で、落ち着いた冷静さと揺るぎない忍耐力をもたらす。あとは愛と慈しみ、叡智と安定を象徴する。病気やケガから持ち主を守り、不老不死や再生、復活の力ももつ、幸運の石」
「ええ。それに安らかな睡眠と、持ち主を災いから守るとも言われていますね。東洋ではあらゆる成功と繁栄をもたらすとも言われていたようです」
「それが、どうかしたの?」
「驚くほど、俺と共通しているとは思いませんか? 俺はこのことを知った時、本当に感動したんですよ。俺は、マスターの望んでいる俺で在れている、と」
「ジェー、ド君」
「俺の名の持ち主は俺だ。だから俺にこんな力があるんでしょう。そして、俺の持ち主はあなただ、ミオ。俺はジェードである限り、あなたにあらゆる成功と繁栄をもたらしましょう。だから、安心してください。俺は決してあなたから離れることはない。あなたの全てを、俺は受け入れます」
そう言って、ジェードはミオの腕を引き寄せ、胸の中で抱きしめる。その力強さと温かさ。激しく動揺し拒否反応を示していたミオは、その落差によって大きく心を揺さぶられた。……結果、ミオの涙腺は決壊した。
恥も外聞もなく、見た目相応の幼子のように泣きじゃくった。
「う、うわぁぁぁぁぁん、う、うぁぁぁぁぁ」
「マスター。本当は俺もマスターを独占したいんですが、さすがに怒られそうなので言っておきますよ。きっと、いや、絶対にオニキスも俺と同じ気持ちです。あなたがどんな過去を持っていようと、俺とオニキスはあなたに向ける気持ちを違えることはありません。そのくらいは、俺たちを信じてください」
「うぁぁ、ひぐっ、ぅあぁぁぁ」
「ええ、無理に涙を止める必要はありません。溢れるままに任せて。――そのくらいはしっかりと受け止めますから」
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「うっ、ぐすっ。なんだか今日、わたし泣いてばっかりだね」
「いいんですよ、それで。マスターは自分の事を、心に欠陥を抱えていると思っているようですが、そうやって涙を流せるうちは大丈夫です。その涙はあなたの心の証明です」
「なんだか今日のジェード君は本当にカッコいいね」
「はは、ありがとうございます。さて、そろそろ戻りましょう。彼らも埋葬を終えている頃でしょう」
「遺体は街に持って帰らないの?」
「優れた者の肉体はアンデット化することがありますからね。街の周囲には埋葬しないんです。こうして死に場所に葬るのが一般的ですね。マスターの故郷での墓参り、ですか。ああいった風習はありませんね」
「なるほどねぇ」
火口に戻ると、ジェード君の言ったとおり、墓標が二つ。いや、ファスザールを倒す前にも見た既にあった墓標が一つあるから計三つ。サリーとクックの埋葬は既に終わっていたようだった。
わたしの泣き腫らした目は、ジェード君に《擬態》で隠してもらっているから、どうやらバレはしなかったようだった。
……声が聞こえていなかったことを祈るだけだね。
色々と思うことはあるけれど、一番に思うのはジェード君のことだ。彼がいなければわたしはこの世界にやってきて、壊れていたかもしれない。本当に彼には感謝している。そういえば、(あのガイナスさんとの口論での謎泣きを別にすれば)他人の前で涙を見せたのはジェード君が初めてだった。しかもそのまま抱かれて慰められて……ほんと、恥ずかしいなぁ、わたし。
――ああ、如月夫妻が死んだ時もタイチの前で泣いたっけ。
目をつむって胸に手を当てれば、心の一番温かくて深いところに彼がいるのが分かる。となりにはオニキスも。ジェード君の事を思うとこの場所がぽかぽかと温かくなって安心するのはやっぱり《魔物の王の悟り》の効果か何かなのかな。
さて、王国に戻ろうか。
さて、どうだったでしょうか。黒瑪瑙の持つ意味などは名付けの際にちょろっと出ましたが、翡翠の意味は今まで出ていませんでした。ちょっとでも「おー」と思ってもらえたなら嬉しいですね。個人的には結構山場だと思ってました。
そしてミオさんに訪れる心境の変化。さぁ、どうなることやら。本人は気づいていないようなので特に何があるとも思えませんかね。
それよりジェード君がイケメンすぎる。最初は魔法少女物の小動物的マスコットを目指していたはずなのにどうしてこうなった。
彼(一応性別はない……はず?)はこの作品で一番設定が生えている登場人物です。ミオやオニキスは過去など含めて詳細な設定があるのですが、彼だけは何もない。その結果性格なども含め作者の予想外の方向へと成長しています。
設定は生えるもの。いろいろ吸収するスライムらしいのかもしれません。




