101 海辺にて
ミオ「水着回……?」
GM「水着は着ていますよ。何も間違ったことは言っていません」
ミオ「サービスシーンは……?」
GM「だから体型(ry と言ったじゃないですか」
ハーモニカの音で目を覚ます。照り付ける太陽はギラギラと熱い。しかしまぁ熱耐性を持っている身だ、ダメージは入らないし我慢できないほどではない。メルフィス火山よりは過ごしやすい。
「っと、マスター」
「あ、ジェード君。気が付いた」
寝転がっていた体を起こし、状況を把握するために必死で頭を巡らせる。そうだ、マスターは嫌がる俺を無理矢理オニキスの背に乗せて、……。う、思い出しただけで気分が悪い。
「ジェード君、顔真っ青だよ。大丈夫?」
そう言ってマスターは俺の頭を膝の上にのせた。ああ、マスターに触れているだけで心が落ち着いていく。そもそもの原因の一端がマスター自身でもあるんだが。
ここは、……。波の音、そうか、東の海……。
見上げればオニキスはハイグリフォンの姿となって日光浴をしているのが目に入る。その翼の影が丁度俺とマスターに被っているのはありがたい。ハウライトは近くで砂の城を作っている。なかなかに器用なものだ。
「――ありがとう、マスター。落ち着きました」
「ん、それはよかった。でももうしばらくこうしてていいよ」
そう言ってマスターはまたハーモニカを吹き始める。スキルの発動ではなく、ただ気ままに演奏しているだけだ。マスターは暇なとき、時々こうして即興の音楽を奏でる。それは適当に吹かれているかと思えば、芸術など疎い俺が聞いても分かる、素晴らしいものだ。もとは俺の一部だったハーモニカだけでここまで様々な音を情感たっぷりに奏でられるというのは驚きだ。
俺はマスターの言葉に甘えることにした。マスターの膝の上に頭を預け、目を閉じる。
――綺麗な音色だ。
さざ波の音も消え、ただただマスターの奏でる音楽に没頭する。周囲に感じるいくつかの気配も意識からは消え、ただ自分だけが残る。個にして全たる群体生命体の俺が真に独りになれるのはこうやってマスターの音楽を聴いているときだけだ。街中の喧騒が音楽の邪魔にならないことを考えれば、こうして遠く《東の海》まで来た甲斐もあったというものだろうか。
どれほど時間が経ったか、陽が傾き始めたころ、演奏が終わった。
「んー、久しぶりに気持ちよく演奏したかも。泳ぎはしなくても、これだけで海に来た意味もあるかもね」
「それならばよかったです」
「あ、あたたたた、足、痺れたっ。ずっとジェード君膝枕してたのが、いま急にっ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。あの筋肉痛に比べたらね。……ん、もうおさまった。平気平気」
ん……やけに静かだと思ったら、あの鳥と鼠は寝てるのか。周囲にはまだ魔物の気配がいくつもあるというのに呑気な……とと、俺もあまり他人のことは言えないか。完全に聴き入ってたしな。
しかしまぁ、先ほどからずっと気配はあるものの、敵意もないし案外魔物の方でも音楽に聴き入ってたのかもしれない。言葉を解す知能はなくとも音楽は心を震わせる。マスターの《調べ》スキルがどんな魔物にも効果があるのはそういうことだ。
「そういえばジェード君、せっかく海に来たのに水着にならなかったね」
「水に入る気はありませんからね」
「んー、まぁ様式美だとは思うんだけど。ほら、わたしの水着はどう、似合ってる? 人生初水着なんだけど」
「ええ、似合っていますよ」
「あはは、ありがと」
「しかし、マスターが望むなら今からでも水着になりますが?」
「……ん、んー。いや、いいよ。目が離せなくなったら困るし」
「それはどういう?」
「いや、これ話すのもちょっと恥ずかしいんだけど」
「――是非聞きたいんですが」
「そ、そう? そんなに食いつかれるとは思わなかったよ」
「俺はマスターの事ならばなんであっても知っておきたいです」
「わ、わかったから。いや、わたしね、なんか男の人の筋肉見てると落ち着くって言うか」
「…………は?」
「それも特にこう、背があまり高くない人で、ちょっと渋い感じだと。……いや、だから恥ずかしいって言ったじゃない。そんな顔しないでよ」
「あ、いや、なんというかその、……何といったらよいか」
「わたしもWC世界きてから知ったんだよ。冒険者の人たちって割と街中でも酒場とかで上半身裸だったりするからついつい見ちゃって」
「そ、そうですか」
「…………多分、龍一さんのせいだと思うんだけどさ」
「リュウイチ……マスターのお父様でしたっけ」
「ああ、ジェード君はわたしの記憶見て知ってるんだっけ? 正確にはわたしの戸籍上の父親、太一の実のお父さん、なんだけど」
「リュウイチ氏がそのきっかけなんですか?」
「警察官だったから鍛えてたんだよね。中年だってのにムッキムキで。しかもお風呂上りとか年頃の娘がいても平気で全裸でリビングを歩き回ってて」
「それはまた、豪快なお父さんですね……」
「当時のわたしはかなり不愛想だったから何も言わなかったけど、それでも割と嫌だったんだよ。――のはずだったんだけど、こっちきてからなんか目覚めちゃったみたいで」
「まぁ、実害がなければいいと思いますが」
「うん、そう思うことにするよ。これも一種のホームシックなのかなぁ。むこうに戻っても龍一さんはいないんだけど……」
マスターの呟きは潮風にさらわれて小さく消えていった。俺に、かけるべき言葉は見つからない。それは、マスターの家庭事情が極めて複雑かつ特殊であることに加えて、俺自身が家族のなんたるかを理解していないからだ。
知識はある。この世界における各種族の一般的な家族の在り方なども理解している。しかし、ことマスターの居た世界の情報だけはないのだ。手掛かりはマスターの記憶のみ。しかしそれも、俺とオニキス、ハウライトは見ないようにと決めている。あのときは不可抗力だったとはいえ、マスターの頭の中に侵入して荒らしまわるのは自分がやったことといえど許しがたい。
すでに見てしまった分についてはおとがめなしとされてはいるが。
一度、弟君に話を聞きに行こうか……。
と、思案しているとオニキスとハウライトが目覚めたようだった。口々にマスターへと挨拶をする。
オニキスは久しぶりに十分な日光浴をして力を蓄えたようだった。ハイグリフォンの姿に戻るのも久々だったから文字通り羽を伸ばすこともできたのだろう。
ハウライトは寝入ってしまったのを恥ずかしげに頬を掻いていた。しかしちゃっかりと次は膝枕をなどとマスターにとりつけやがった。せいぜい邪魔してやるとしよう。
そうして俺たちは《始まりの街》へと戻った。ここへの滞在は一週間の予定。その間の宿は、懐かしき東通1番地の宿屋を借りることにしていたのだ。
宿屋の主人はマスターが短期間で王都冒険者組合のランクDまで取得したことをたいそう驚いていた。この街はリュシノン王国の管理下にはない自治都市ではあるが、王国冒険者組合の支部などは存在するらしい。もちろん冒険者という存在の認知度も高い。Dランクといえば若手の注目株から中堅、ベテラン一歩手前までが所属するランク。何か困ったことがあったら頼むよと言い残して宿屋の主人は部屋の鍵を渡してくれた。
さて、マスターは明日、なにをするのだろうか。
作中に「膝に頭をのせる」という描写がありますが、「太ももに頭をのせる」の間違いではないです。念のため。
一般的に膝と呼ばれている曲がる関節部分は正確には「膝頭」といい、「膝」の範囲は太ももの前面、つまり膝枕をするときのあの部位を指します。膝枕という呼称は正しいのです。“太もも枕”じゃないんだ! “膝枕”なんだ!
太ももと描写した方が分かりやすいとは思うんですが、まぁ、ちょっとしたこだわりということで一つ。あとミオさんの太ももは太くない。細い。
最近、我が家の愛猫に膝枕をする機会がありました。膝枕って基本、足を曲げた状態でかつ長時間動けなくなるのでかなりの確率で足が痺れますよね。膝枕の実行には深い愛情とそれに伴う覚悟が必要だと思います。
崇高な行為なんですね。ええ。




