3.陰陽師、鬼神と一心同体になる
「なっ……なんで食べられないんだ……」
フォークを持っていた朱羅はその場で項垂れる。
「霊と同じで姿形が実体化していないのか」
物は持つことはできるけど、切り干し大根を口元まで持っていっても口に入らず、足元に散らばっている。
「ったく……もったいないな」
そんな朱羅の足元に落ちた切り干し大根を拾って片付ける。
「うぅ……無念……」
よほど食べたかったのか、朱羅はテーブルに顔を伏せていた。
切り干し大根が食べたい鬼神っておかしなやつだ。
そもそも鬼神が何か俺にはわからない。
悠真は朱羅の姿が見えないと言っていた。
それなら霊と同じような扱いなのかもしれない。
俺は朱羅と繋がれた手枷を見つめる。
まずはこの右腕に繋がれている鎖をどうにかしないと何もできない。
「なあ、朱羅」
「なんだ……」
顔を上げた朱羅は俺と目が合う。
鬼神って言っても、奇抜な髪色や角、爪が尖っているだけで和装なのもあり、見た目は普通の人間と変わりはない。
「この鎖ってどうやって外すんだ?」
俺は手で鎖を掴もうとしても、指先は鎖を捉えることなく、そのまま通り抜けてしまう。
まるで鎖自体が存在していないかのようだ。
「陰陽師なのにそんなことも知らないのか?」
「さっきから俺のことを陰陽師って言ってるけど、なんのことだ?」
俺は陰陽師になったつもりもないし、記憶もない。
そもそも陰陽師すら存在したとは思ってもない。
「この時代には陰陽師がいないのか?」
俺が頷くと、朱羅はニヤリと笑う。
「ははは、それならこの封印を解いてしまえばいい」
朱羅は俺と繋がっている手枷を見せつけるように腕を上げた。
「それは朱羅の腕を切り落とせばいいのか?」
「なっ……貴様、おおお鬼よりもあぶないやつだな!?」
どうやら俺は鬼神に危ない奴と認定されたようだ。
朱羅は俺から距離を取るが、鎖で繋がっているため、あまり離れることもできない。
俺はゆっくりと朱羅に近寄る。
「いや……我の腕は大事な――」
両腕を後ろに隠す朱羅に俺は笑みを深める。
「それでどうすればいいんだ?」
「えっ……」
朱羅は怯えながら、俺を見つめる。
なんかまるで俺が鬼になった気分だ。
いくらなんでも朱羅の腕を切り落とす気はない。
そもそも触れられないのに、そんなことができたら俺もびっくりだ。
「陰陽師として霊力を集めればいいだけだ」
「霊力ってなんだ?」
「貴様、霊力もわからないのか?」
俺が頷くと朱羅は大きくため息をついた。
だが、俺が笑うと怯えたように話し出す。
「霊力は陰陽師の力の源だ。結界や術を使うときに必要になる」
「じゃあ、この鎖も霊力でできてるのか?」
「ああ。霊力で編まれた鎖――霊鎖だ。我と貴様を繋いでいる」
どうやら朱羅は山にある祠に繋がれて封印されていたが、封印が弱まったことで俺と霊鎖で繋がっているらしい。
それまでは祠の中でいくつもの霊鎖と繋がって身動きも取れなかったと。
「鎖に繋がれた人生だったんだな」
「くっ……」
朱羅はどこか悔しそうな顔をしていた。
「でも、なぜ俺と繋がってるんだ?」
「それは貴様が陰陽師……いや、陰陽師の末裔だからじゃないか?」
俺が陰陽師の末裔ってそんなことあるのか?
考えても俺には祖母以外の記憶は全くない。
祖母が生きていれば、何か聞くことはできたかもしれないけど、その手段すら今の俺にはなかった。
「陰陽師の末裔なら除霊することで霊力を吸収できるはずだ。霊力を集めれば、この霊鎖を解く術も使えるようになるかもしれんぞ」
どうやら〝除霊〟が朱羅と離れる鍵になるようだ。
幸いなことに霊の姿は見えるから、除霊もどうにかすればできるのかもしれない。
そもそも霊や子狸のような守護霊、朱羅のような悪霊との違いが俺にはわからない。
「我は悪霊ではない! 妖だ!」
目で見えない存在には色々な呼び方があるようだ。
まずはその違いを知ることから始めないといけないな。
でも、その前に――。
「もう疲れたから風呂でも入って寝るか」
また明日も朝から学校がある。
時計を見ると、すでに0時を超えていた。
俺は浴室に向かって歩き出す。
「うげっ!?」
背後から何か声が聞こえてくる。
でも、どうせ朱羅の声だから、俺は気にすることなく服を脱いでいく。
「ほうほう、見た目によらず良い体をしているじゃないか」
俺は声がする方へ目を向ける。
「なんで付いてくるんだ?」
「なっ! 貴様が勝手に動くからだろ。我と貴様は一心同体だ」
「一心同体……」
一心同体ってことは常に朱羅が俺に付き纏うことになるってことだよな?
悠真に取り憑いてる子狸の守護霊みたいに可愛ければいいが、目の前にいるやつは大男だ。
どこか不気味でもあるし。
「不気味ってなんだ! 我のようにかっこいい鬼神は珍しいんだぞ!」
「切り干し大根を食べれずに落ち込んでいたようなやつがか?」
「仕方ないだろ! 人間の食べるものが気になっていただけだからな!」
朱羅は視線を逸らしたが、その頬はどこか恥ずかしいのか髪の色のように赤く染まっていた。
人間が気になっていた鬼神か。
そもそも鬼神って言うぐらいだから神様のような扱いをされていたのかもしれない。
「んっ? ひょっとしたら切り干し大根も食べられるかもしれないぞ」
「なっ、なんだって!?」
朱羅は俺に覆い被さるように詰め寄ってきた。
「うぉ!?」
流石に巨体に詰め寄られたら俺も圧倒される。
俺は隙間から抜け出し、裸のまま居間に向かった。
「鬼神の朱羅にお供え物です」
テーブルに置かれた切り干し大根を目の前にして、手を合わせて祈ってみる。
目で見えない存在なら、お供え物なら食べられるのではないか。
さっきの話の時にふと頭をよぎった。
「朱羅、食べてみろ」
「いいのか?」
朱羅はテーブルの上に置いてあるフォークを手に取ると、切り干し大根を口元に運ぶ。
今度は落ちることなく、切り干し大根は消えていく。
「なっ……なんだこれは……」
「切り干し大根だけど」
「うっ……うまー!」
朱羅は切り干し大根をどんどんと口に運んでいく。
よほど気に入ったのだろう。
「なぁ、もっとないのか?」
皿にあった切り干し大根はすぐになくなっていた。
本当に変わった鬼だな。
俺は冷蔵庫の鍋から切り干し大根を皿に載せて、再び祈る。
「うひょー! 今度はたくさんだ!」
朱羅は切り干し大根を嬉しそうに頬張る。
口元に大根が付いていることにも気づいてないのだろう。
俺が心で呟いているのに、取る素振りもない。
これならお風呂もゆっくり入れそうだ。
「おい、移動するぞ」
俺が浴室に向かうと、切り干し大根を持ったまま朱羅も付いてきた。
「こりゃ美味いな」
浴室の扉一枚。
それを境に朱羅は切り干し大根を食べていた。
風呂に入るのも一苦労だ。
「なぁ? 他に美味いものはないのか?」
声がすると思ったら、扉から朱羅の顔が浮かび上がった。
「おい、風呂くらい一人で入らせろよ!」
「なぜだ? 我と貴様は一心同体だろう?」
「そういう意味じゃない!」
一人で少し寂しいと思っていたけど、これから先の生活に早くも不安を覚えた。
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