2.陰陽師、鬼神がストーカーになる
閉じた瞼越しに眩しさを感じる。
日差しがこんなに強く感じたのは初めてだ。
「うっ……」
俺は顔をしかめながら、ゆっくりと目を開けた。
だが、あまりの眩しさに再び目を閉じる。
「よし、生きてるみたいだな」
そこには懐中電灯で俺の目を照らす悠真がいた。
「やめろよ……」
「早く帰るぞ」
澄んだ空気が肌に感じるほどの心地良い風。
どうやら俺は眠っていたようだ。
チカチカとした目を開けると、視線の先には生い茂った草木。
そして、体育座りをしている朱羅。
「……朱羅!?」
俺は勢いよく体を起こすと、警戒して一歩後ろに下がる。
それと同時に朱羅は姿勢を崩した。
一体どういうことだ。
「悠真、ここにいるやつ見えるか?」
「いや、何も見えないぞ?」
不思議な顔をして首を傾げる悠真。
だが、守護霊の子狸が朱羅の方を見て怯えているから、存在しているのは確かだ。
「いつのまにか俺たち眠ってたみたいだな」
「えっ……」
俺は周囲を見回すと、街を見下ろしていた場所に立っていた。
鳥居もなく、祠の姿もない。
いるのはこっちを睨む朱羅だけだ。
ああ……やっぱり赤鬼の朱羅がいる。
「早く帰らないと母さんに怒られちまう」
そう言って、悠真は山を下っていく。
今はこの場を離れた方がいいだろう。
そう思い、歩き始めると鉄の塊が地面を引き摺る音が響いた。
「なんだこれ……」
俺の右手首には鎖のようなものがついていた。
そして、目で追うと朱羅の左手首にも鎖のようなものが繋がっていた。
「我はまた封印されたのか……」
落ち込む姿がどこか可哀想に見えてしまうほど、あの時のように大きな声で笑う朱羅はいない。
「どういうことなんだ?」
俺の言葉に朱羅は睨みつけてくる。
「お前がやったんだろ!」
「俺がやった?」
何を言っているのかわからず、俺は首を傾げる。
「陰陽師のくせに……」
……陰陽師?
良からぬ悪霊が憑いてないか周囲を確認するが何も見えないぞ。
「我をその辺の悪霊と同じにするな」
別に朱羅が悪霊だとは思ってもいない。
ただ、朱羅はなぜ悪霊を探しているとわかったのだろうか。
まるで俺の考えがわかっているような……。
「ん? そういえば、お前の考えが伝わってくるな」
なぜか朱羅も驚いていた。
まさかコスプレイヤーじゃなくて、本当に赤鬼ではないのか。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
「コスプレイヤーってなんだ? それに我は赤鬼ではない。鬼神だ!」
やっぱり俺の思ったことが伝わっているような気がする。
それなら――。
『朱羅ってコスプレイヤーじゃなければなんなんだ? まるでラスボスみたいな名前だけど、明らかに厨二病を拗らせたコスプレイヤーだし。角も欠けているから、鹿よりショボイし、デカいのは図体と態度だけ――』
「ぬああああああ! やめぬか!」
朱羅はその場で頭を振り、俺の言葉から逃れようとしていた。
どうやら心の声が聞こえていたのは本当のようだ。
「おい、我を侮辱しているのか!」
低く唸るような声が響く。
手枷で繋がっているから、襲われたら厄介だ。
「いや、コスプレイヤーは人気だぞ」
俺はスマートフォンでコスプレイヤーがカメコに囲まれている画像を検索する。
ちょうどSNSで鬼のアニメキャラで人気になった人がいた気がする。
「なんだそのチカチカするものは」
「スマートフォンだ。ほら、人気だろ」
画像を見せると、朱羅の目はどこかキラキラと輝いていた。
まるで喜んでいるような――。
「ほぉ、この世界では鬼姫が人気なんだな。なら、我も人気に……くくく」
小さく笑う洒落は思ったよりも幼く見えた。
やっぱり人気になりたいコスプレイヤーのような気がする。
「おーい、朔! まだこんなところにいたのか!」
俺がいないことに気づき、悠真が戻ってきた。
「ちょっと考えごとをしていた」
「もう遅いんだから帰るぞ!」
スマートフォンの画面には23時と書かれていた。
俺は悠真と共に山を下りていく。
ジャラジャラと鎖が地面や木に当たる音が鳴り響くが、悠真は特に気にならないのだろう。
「なあ、さっきのコスプレイヤーってやつはどうやったらなれるんだ?」
それよりもずっと付いてきて、声をかけてくる朱羅の方が気になる。
手枷で繋がれているが、まさか俺から離れられないとは思わなかった。
……いや、むしろ自分から楽しそうに付いてきているような気がするぞ。
「なぁ、我を無視するな! 誰が楽しくてお前に付いてきていると思ってるんだ? 我はコスプレイヤーになるために付いてきてるんだぞ!」
胸を張る朱羅にどこか笑いそうになってしまう。
『あー、はいはい。コスプレイヤーね』
付いてきていることは認めているし、一緒に下山しているのも楽しいらしい。
それに本当にコスプレイヤーになりたいとは思いもしなかった。
朱羅と心の中で会話をしていると、すぐに俺の家の前に立っていた。
「じゃあ、今日はしっかり休めよ!」
「そっちもな!」
そう言って、悠真は自分の家に帰っていく。
やっと朱羅と離れられたからか、さっきまでずっと怯えていた子狸はホッとした顔をしていた。
「ただいま」
俺はいつものように家の中に入っていく。
「うげっ!?」
背後から朱羅が何かにぶつかったような声が聞こえたと同時に右手が後ろに引かれる。
すぐに振り向くと、玄関の扉は開いているのに何かに遮られている朱羅がいた。
「まるで結界みたいだな」
俺が歩けば鎖が伸びるわけでもなく、朱羅の顔は潰れていく。
透明な壁に顔をつけて、変顔をしていると思えば面白いがだんだんと可哀想に見えてきた。
俺は朱羅の元へ戻ると、強く睨まれた。
「貴様、我を恨んで――」
「あー、もう部屋に戻って寝よ――」
「すみませんでした!」
朱羅はその場で頭を下げて謝っていた。
相当顔が押しつぶされて痛かったのだろう。
ただ、このまま俺も玄関でずっといるわけにはいかない。
「これってどうにかできないのか?」
「陰陽師なら結界ぐらいどうにかできるだろ!」
どうやら俺の家には結界が貼られているようだ。
それに俺のことを陰陽師だと思っているが、どういうことだ?
「いや、俺はどうすればいいかわからんぞ?」
「むっ……」
朱羅は顎に手を置くと、何かを考え始めた。
「陰陽師と繋がっているなら、霊力を馴染ませればいけるのか?」
朱羅と目が合うとニヤリと笑った。
「貴様、ちょっとこっちに来い!」
「えっ……嫌なんだけど……」
俺は一歩下がる。
「お願いしますううう! それ以上下がると、我の角が粉々になってしまう」
確かにさっきより欠けていた角が短くなっているような気がする。
それだけ我が家の見えない結界が強いのかもしれない。
「仕方ないな」
俺は再び朱羅の元へ近づくと、そのまま腕を強く引っ張られた。
「何するんだよ?」
「そのまま入れ」
朱羅は俺と手を繋ぐと、家の中に入れと言ってきた。
俺は言われたまま足を進めると、さっきまで手枷に腕を引かれていた感覚はなくなった。
「うおおおお! これが家ってやつか!」
すぐに右手が引かれる。
家の中に入ってきた朱羅は楽しそうにキョロキョロとしていた。
なんだか鬼って思ったよりも、精神年齢が低いようだ。
「おい、朔! これはなんだ?」
朱羅が指差したのは、テーブルに置いてある皿だった。
「切り干し大根だけど……」
「切り干し大根?」
そういえば、悠真が勝手に食べてから置きっぱなしにしていたか。
朱羅は不思議そうに皿を覗き込んでいる。
「食べてみたい!」
「……はぁん?」
鬼神って切り干し大根を食べたがるものなのか?
「早く食わせろ!」
朱羅は椅子に座り、まるで駄々をこねる子どものように待っていた。
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