1.陰陽師、封印を解く
「朔、今日も肝試しに行くか?」
俺、葛城朔は友達の佐伯悠真に声をかけられた。
相変わらず田舎のこの町で暇を持て余しているのだろう。
「どこでやるつもりなんだ?」
「朔の家の裏にある山に廃神社があるらしい」
「あの山にそんなのがあるのか……」
どうやら俺の住む家の真裏にある山に廃神社があるらしい。
廃神社であれば、俺のこの体質がわかるかもしれない。
俺は視線を佐伯背後に向ける。
今日も小さな子狸が佐伯の服を引っ張っていた。
きっと佐伯の守護霊なんだろう。
肝試しをするときはいつも守護霊が警戒しているからな。
「朔、どこ見てるんだ?」
「いや、ぼーっとしてただけだ」
そんな俺は自分の守護霊を見たことない。
鏡を見ても何も映らないからな。
……いや、そもそも見てはいけないものが見えていることの方がおかしいか。
「じゃあ、また夜に朔の家に行くからな」
「わかった」
そう言って、悠真は走って自分の家に帰って行った。
その後ろ姿は相変わらず楽しそうだ。
守護霊の子狸は困っているけどな。
俺は玄関の扉を開けて、物音一つないひんやりとした家の中に入っていく。
「ただいま」
小さな仏壇の前に座り、帰ってきたことを伝える。
「ばあちゃんが死んでからもう三年か……」
そこには両親と祖父母の遺影が置かれている。
祖母は俺が中学生の時に病気で亡くなり、親戚もいない俺は一人で暮らすことになった。
幸いなことに遺産と家があったから、高校も進学でき、どうにかやっていけている。
「悠真が来る前に飯でも食っておくか」
俺は悠真が来る前に夜飯を作る。
そもそも悠真と肝試しに行くようになったのは、この体質が変わるかもしれないと思ったからだ。
祖母が亡くなってから、その日を境に霊が見えるようになった。
初めは目を疑ったが、時間が経てば自然と慣れてくる。
できれば記憶がない両親や祖父、そして祖母に会えるならよかったが、いまだに会えたことがない。
肝試しに付いて行くのも、心の中では亡くなった家族に会えるかもしれないと、淡い期待でも抱いているのかもしれない。
そんなことはないとわかっているのに。
「さーくー、あそび――」
俺は急いで玄関に向かう。
「お前、うるさいぞ!」
「よっ! 絶対朔の声の方が大きいからな」
相変わらず悠真は大きな声を出して、俺の家に上がり込んでいく。
その手には懐中電灯だけでなく、お札やお守りを持っている。
肝試しに行く準備はしっかりできているようだ。
ただ、背後にいる子狸の守護霊は震えていた。
たまに俺と目が合うと驚いた顔をしているが、声が伝わらないってわかるとよくいじけている可愛いやつだ。
「おっ、今日は切り干し大根か」
「お前な……。飯食ってきたんだろ?」
「成長期を舐めんなよ」
勝手に台所に向かった悠真は、残った夜飯を食べていた。
本当に勝手気ままなやつだ。
俺は斜めがけの鞄にスマホやモバイルバッテリー、懐中電灯、虫除けスプレーなどを詰め込む。
そして、小さな袋に塩を入れて、ポケットに忍ばせた。
「お前はいつまで食べてるんだ?」
「ぬぁ!? 美味かったからついつい」
切り干し大根を食べていた悠真を連れて、自宅裏にある小さな山に登っていく。
小さな山と言っても、近所のハイキングコースになるぐらい緩やかな山だ。
「本当に廃神社なんかあるのか?」
小さい頃に祖母とここで遊んでいたけど、神社があった記憶はない。
わずかに町の街灯で照らされているのもあり、肝試しって気分でもないしな。
「あー、まあ……きっとあるんだよ」
「また夜遊びしたかったやつか」
「すまん!」
悠真は手を合わせて謝った。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
悠真は家にいたくない理由があるのだろう。
時折り、肝試しと言ってただ夜遊びすることはある。
悠真なりに声をかける理由にちょうどいいんだろう。
しばらく俺たちは住む町の景色を楽しみ、帰ることにした。
「なあ、朔?」
「なんだ?」
「あれって鳥居じゃないか?」
そんな中、突然悠真が山奥を指差した。
だが、俺にははっきりとその姿は見えない。
まるで霧の中にいるような感覚でぼやけている。
「どこにあるんだ?」
「せっかくだから行ってみようぜ!」
「おっ……おい!」
悠真は俺の言葉を聞く様子もなく、俺の手を引っ張っていく。
「おい、悠真! 帰るぞ!」
なぜか奥に行ったら危ない気がする。
子狸も必死に悠真を止めていた。
「大丈夫だって!」
俺の言葉を無視して、悠真は俺の手を放して一人で走っていく。
まるで何かに操られているようなそんな気がした。
危険を感じた俺はすぐに悠真を追いかける。
だが、すぐに悠真は俺の目の前から姿を消してしまった。
「悠真ー!」
声を出して悠真を探すが、返事はない。
周囲は木が生い茂っており、不気味な雰囲気に俺も呑まれそうだ。
早く悠真を見つけないと、行方不明になってしまう。
懐中電灯とスマホの明かりを頼りに山を登ると、足元に異質なものが目に入った。
「本当にあった……」
そこには色褪せた朱色の鳥居が立っていた。
長い年月を雨風に晒されたのか、ところどころ塗装が剥がれ、黒ずんだ木肌が覗いている。
俺はその場で頭を下げて、鳥居の中を突き進む。
その先に明かりが見えたからだ。
きっと悠真の持っていた懐中電灯で間違いないだろう。
異様に足元からパカパカと点滅する懐中電灯に向かって走っていく。
廃神社は鳥居が残っているだけで、他は特に建造物が見当たらない。
「おい……悠真!?」
きっと悠真は寝ているだけだ。
そう言い聞かせながら突き進むと、倒れている悠真を見つけた。
すぐに息を確認するが眠っているようだ。
「ははは、やっと我の封印が解けた」
ホッと息を吐いた瞬間、近くから声が聞こえた。
目を向けると、祠のようなところに立つ赤い男がいた。
いや、正確にいえば赤髪で赤黒い角が生えた男と言ったほうがいいだろう。
「まるで鬼だな……」
「我をそこら辺の鬼と一緒にするでない」
男の口からも鬼という言葉が聞こえた。
霊は見えるが、そもそも鬼が存在するとは思いもしなかった。
「封印を解いてもらった褒美として名前を教えて――」
「いや、遠慮しておきます」
俺はすぐに悠真を抱えて、その場から逃げるように立ち去っていく。
あれが本当に鬼なのか、それともコスプレイヤーなのかわからない。
ただ、こんな田舎だから夜中にコスプレする変わった人がいてもおかしくない。
むしろ霊と違ってはっきり見えているから、コスプレイヤーで間違いないだろう。
ある意味肝試しに……いや、脅かすのに最適な格好だな。
「貴様! 鬼神の朱羅と呼ばれている我を無視するとは何事だ!」
あの声からしてかなり怒っているようだ。
ちゃんと設定までしっかりしているしな。
「ははは、貴様らはあの世に送ってほしいようだな」
ガサガサと音を立てながら、笑い声をあげて朱羅は近づいてくる。
歩く音が消えた途端、何か大きなものが目の前に現れる。
「ネイルからボディスーツまで準備しているのか」
今にも人を引き裂きそうな尖った爪。
体格は俺よりも大きく190cm近くはあるだろう。
赤鬼の朱羅が俺の前に立っていた。
「貴様、我を侮辱して死にたいのか」
大きな手が伸びた瞬間、俺はポケットに入れていた塩を顔に向かって投げつける。
「くっ……小癪な! 我に清め塩が効くと思うか!」
さすがに食塩を顔に投げつけたら怯むだろう。
その間に逃げようとするが、明らかに感じる雰囲気が人間とは異なる別のものを感じた。
ひょっとしたら、本当に鬼かもしれない。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
「くっ……」
それと同時に浮遊感と苦しさを感じた。
朱羅の手は俺の首を締めつけていた。
「貴様だけは我の手で地獄に落としてやろう」
怒りに染まった赤い目が俺を睨みつける。
その場で暴れるが、全く手すら朱羅に届かない。
意識が遠のいていく中、俺は朱羅の腕を強く握る。
すると、漢字によく似ているのに、見たことない文字が朱羅の腕に刻まれていく。
「貴様、陰陽師だったのか!?」
陰陽師……?
意識が薄れる中、俺と朱羅の腕には鎖のような手枷が着いていた。
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