第九話 評判を上げることにしました
十一月に入る。
エリーゼからメモを通じてメッセージをもらった。解読すると、
「婚約破棄は、王命によってのみ果たされる」
とのことだった。
メモをいつものように焼いてから教室に戻り、何食わぬ顔で本を開く。
さて、ここからはエリーゼの評判を上げる作業になる。
と言っても難しいことをするわけではない。
僕みたいな平民にも、他のみんなと変わらず接してもらえばいい。
「いけ好かない平民にも慈悲の手を差し伸べる公爵令嬢様」
という肩書きは不動のものとなるだろう。
泣いてなんかないやい。
十一月の初旬、エリーゼがみんなに語りかける。当たり障りない会話だが、僕の前を素通りすると見るや、
「あら平民さん。授業にはついてこられて?」
「はい、皆様のご指導のおかげでなんとか」
「そう? 平民には大変だと思うのだけど、頑張ってね」
「はい、ありがたいお言葉、ありがとうございます」
扇子を口に当て、その場から去る。なんか笑っていたような?
「流石、令嬢さま」
と、
「平民ざまぁ」
が聞こえてくる。
うるせー、保存食食わせるぞ、と言いたかったが我慢した。
十一月の中旬、教室でエリーゼが女子と談笑していた。半年前までは見られない光景だった。
ふと、僕と目が合う。僕が指を2本立てて合図を送る。
そして、目の前にいる男の貴族たちが、問題に対してあーだこーだ言っているのを見て、わざと聞こえるようにため息を漏らした。
目ざとく見つけた貴族が絡んでくる。
「おい、平民、何か言いたそうだな」
「いえ、皆様があまりにも長く悩んでおられたので、もっと難しい問題なのかと」
一人の貴族が問題を突きつけて、
「だったら、お前が解いてみろ」
「僕がですか? でも、平民の答えなんて参考にならないでしょう?」
貴族の一人が顔を赤くする。
「何! お前ごときにできるのか?」
突きつけられた問題は、転生者の僕にはそう難しくなかったので、
「はい、これはこうじゃないですかね?」
目の前の問題を解いてみた。
「平民のくせに」
「その態度は何だ!」
いい感じに火がついてる。
「申し訳ありません。どのあたりが生意気でしたでしょうか?」
流石に襟首は掴まないが、その寸前までになる。
「おまえ、どういうつもりだ!」
ケンカ売ってるのか、とまでは言われなかったが、まぁ言いたかったんだろうな。
「すいません。平民の私には、分かりかねます。どのあたりが気に障ったのかお教え願えませんか? 今後の参考にしたいので、具体的にお願いします」
貴族達が発火寸前になった時に、エリーゼが仲裁に入った。
「そこまでになさい」
凛とした美しくも冷たい声が辺りを支配する。
エリーゼはまっすぐ貴族達を見つめ、はっきりと言った。
「あなたも貴族なら、軽はずみに声を荒らげるものではありませんわ。ここは学びの場ですから、多少の未熟さも許されます。ですが、学園の外ではそうはいきませんわ」
そして僕を見て言った。
「あなたもです。言葉遣いが丁寧なら何を言ってもよいわけではありません」
僕は素直に頭を下げる。
「申し訳ございません。皆さまに謝罪いたします。今後、二度とこのようなことがないよう、言動を慎みます」
貴族も興が削がれたのか、エリーゼの気迫に押されたのか、
「わかった、謝罪を受け入れる」
と言った。
なんとか収まった。僕の株は下がったけど。
僕は彼女に右手で丸を作って合図を送った。
学園には毎年12月に、学園の外から国内のそれなりの地位のある人を招いて晩餐会を催すしきたりがある。
そしてその準備を生徒たちだけでする、という明文化された規則がある。
ただ招いて一緒に食事をするだけではない。会場の準備から席順、出迎え、給仕の手配、客人との会話、見送りまで、生徒たちだけで行うことになっている。
王族や貴族というのは、招かれるばかりではない。いずれは自分が人を招く側になる。
つまりこれは、そのための実地訓練なのだろう。
無論、分からないことだらけなのだが、ゆくゆくはパーティーの主催を務めることになる貴族だ。
ここで失敗する分には、まだいい。なにしろ学園なのだから、失敗することも含めて勉強だ。
だが卒業した後、同じ失敗を相手によってやらかせば、笑って済ませられないこともある。
そのためにも、こういう場所でたくさん練習しておくのだろう。
ちなみに今年も二組の客人を招くことが決まっているため、学園のクラスも二つに分かれて準備することになる。
一組はレオンが、もう一組はエリーゼが班長となり、それぞれのお客人を迎えることになった。ちなみに僕はすったもんだすらならず、エリーゼの班に加えられた。とんでもなく冷たい目で見られたが。
僕たちのところに来る客人は『騎士団長』『副騎士団長』『王室軍務官』『随行員』の4名だ。この席次も間違いなく設定しなければいけないし、それぞれの好みの料理もあるため、間違いなく出さなければいけない。
慣れない作業と確認に四苦八苦しながら当日を迎えた。
いざ客人の馬車が着き、客人が室内に入ると同時に、複数人いるホスト役の令嬢の一人が声を上げる。
「あ!」
「どうしました?」
エリーゼが声をかけると、その令嬢が絞り出すような声で言う。
「席次が……」
そこからのエリーゼは見事だった。
「わかりましたわ」
と言うと、客人のもとに向かい、
「お客様。申し訳ございません。こちらの手違いで、誤った準備をしてしまいました。つきましてはこちらのラウンジで少しお待ちいただけませんか」
客人も慣れたもので、頷くと、パーティー会場の横にあるラウンジの席に着く。
「申し訳ございません。いまお飲み物をお持ちいたします」
と言い、別の令嬢に持ってこさせるように指示を出した。
その後、会場の席のところで何人かが凍っていたが、そこに割って入る。
「みなさま。これは確認しなかった私のミスでもあります。さぁ、反省はあとにして、今、なすべきことをなしなさい」
そうすると、てきぱきと直し始めた。
席次というのは非常に複雑だ。しかも間違えたらとんでもないことになる。
では、間違えないためにはどうするか。この場合は「当人達に事前に聞く」になる。
聞いた結果、『騎士団長』『王室軍務官』『副騎士団長』『随行員』という席次だったのだが、用意されたのは『騎士団長』『副騎士団長』『王室軍務官』『随行員』という席次になっていた。
まぁこれは間違えるわな。
エリーゼを先頭に、てきぱきと席次を直し、改めて客人を呼びに行く。
間違えた令嬢はすまなそうにしていたが、エリーゼは「反省はあとになさい」と背中を押したため、なんとか滞りなく終わった。
終わりに客人役の騎士団長から、
「よい晩餐だった。席次は大切だから慎重にな」
という言葉をいただいた。
また、王室軍務官殿から、
「なかなかにうまい立て直し方だ。さすがローレンス閣下のお嬢さんだ」
という賛辞をいただいた。
エリーゼは、
「私は指示を出しただけですわ。皆様のおかげです」
とにっこり笑っていた。
反省会の時にエリーゼが言った。
「確かに席次を間違えたのは、あなたの失敗ですわ。でも、確認しなかったのは私の失敗です。今後は、このようなことがないよう、皆様で確認していきましょう。席次は大切ですから」
と言ってにっこり笑って締めた。
班員の子息や令嬢たちを見ると、なんだか目がきらきらしていた。少し前までの、腫れ物を見るような視線ではない。まるで、尊敬できる人を見つけた時のような顔だった。
僕は心の中でスタンディングオベーションをした。
トップの仕事は頭を下げることと、腹を切ることだ。なんて言葉を前世の記憶から思い出した。
ちなみに、僕の出番はあんまりなかった。




