第十話 夜の酒場にて
一月になる。
エリーゼ嬢は本来の温和な笑顔を取り戻した為か、常に誰かが彼女の周りにいる。
翻って僕の周りには誰もいない。
泣いていいですかね?
殿下の周りには相変わらずミリアと、王子の取り巻きがいる。最近はお小言が入らないから、調子に乗ってるようだ。
あからさまにエリーゼへ当てつけをやってる。
講師の皆さまにも教えておく。渋面どころか揃って頭痛でも始まったような顔になった。
話は変わるが、僕は平民のため、生活費は自分で稼がなければいけない。学費や寮費は無料だが、その他もろもろの細かい出費は自分持ちだ。
それなので、冒険者ギルドや商業ギルドで細かい依頼を受けて、チマチマと稼いでいる。
11月中旬くらいから、冒険者ギルドの隅っこで見知った顔を見るようになった。王子の取り巻きで、その筆頭のハリス侯爵家の跡取りのロイド・ハリスだ。
彼はレオン殿下の側近候補で、幼少の頃からの付き合いらしい。
入学当初は見かけなかったから、このころから、通い始めたのだろう。
そして、彼は安酒をチビチビと飲んでいた。侯爵家なんだからもっといい酒飲めるだろうと思ったが、どーやらそういうことでは無さそうだ。
12月くらいは3回に一回見かけたが、今年に入ると、僕がギルドに行くたびに見るようになった。
ナルホドね。悩んでらっしゃるわけだ。これはクラスメイトとして彼を救ってあげなければ。という善意から、彼に声をかけることにした。
まぁ、半分どころか八割嘘だが。
「ハリス様、一杯奢らせて貰っても?」
ロイドは顔を上げる。僕の顔を見るとバツが悪そうに伏せる。
「なんだ、平民か。何の用だ」
「悩んでいらっしゃったようなのでお声をかけさせていただきました」
「お前に話すようなことではない」
ロイドはお酒をあおる。
「そう邪険に扱わないでくださいな。酒の席です。しかもここは宮廷でも学園でもない。ただの酒呑みと酒呑みですよ」
ヘラヘラ笑って見せると、ロイドは吐き捨てるように声をかける。
「お前は酒を呑むのか?」
「はい。平民ですのでね。平民は嫌なことがあると酒で洗い流すのです」
ちなみにこの国に飲酒に関する法律はない。
「嫌なこととは?」
「肉親が死んだりとかですかね」
ロイドが僕を凝視する。
「…どういうことだ?」
「僕の上には二人いました。でも今では僕が彼らより年上になりましたよ」
僕が彼に笑いかけるが、彼は唖然と僕を見つめる。
「貴族の皆様には結構ショックな話だとは思いますがね」
「…待ってくれ、ここ十数年、大きな飢饉も戦乱もなかったはずだ」
ロイドが首をひねるが、
「はい。ありませんでした。でも平民にとってはそれくらい身近なものなんです」
ロイドが呻くように言う。そりゃね。そんなのだれも話さないしね。
「…初めて聞いた…」
「はい。だから、両親も兄弟も喜んで送り出してくれました。僕がそれなりの地位に就けば、彼らから遠ざかることができますからね。これでも結構真剣なんです」
ニコニコと笑って見せてる僕とは対照的に、ロイドの顔色が少し悪くなっている。
「…戦乱が起こったらどうなる?…」
「酒量が増えるかと」
僕が頭をさげてみた。
「歴史物で千の損害とか書いているが…」
「はい。紙の上ではただの数字ですが、そこには千の人生と、それに倍する涙と酒がついてます」
沈黙が流れる。
ロイドが記憶から、歴史書のページをめくって言う。
「歴史には愚王に率いられて負けた戦争もある。そこには沢山の損害が書かれているが……」
どうやらそこまで考えたことがなかったらしい。まぁ当たり前と言えば当たり前だが。
ロイドがエールをあおって言う。
「……ロイドだ……」
「はい?」
「ここではロイドと呼ぶことを許す…」
「ありがとうございます。では私の事もダニエルとお呼びください」
大げさに礼をする。そして、注文する。
「おやじ、エールとソーセージを二つ」
「オイ…」
「僕からの奢りです。でもあんまり持ち合わせてないのでほどほどに。ちなみに粗野で野暮ったいけどおいしいですよ」
「…そうか…」
しばらくの沈黙、そして料理が運ばれてくる。
「焼きたてのソーセージですよ。油がのって美味いですよ」
と紹介すると、
「そうか」
と、ナイフとフォークで切り分けようとしたので、それを止めて
「こう食べるんです」
と、フォークをソーセージにぶっ刺し、左手にエールを持って、交互に食べて飲んでしてみせた。
「……行儀悪いな……」
「誰も咎めないですよ」
ロイドはしばらく逡巡した後に、平民スタイルで食べ始める。
「…これは…いいな…」
「お、ようやくお笑いになられましたな」
ロイドが自らの顔を触り、
「……そうか、今俺は笑っていたのか…」
そう言うと彼はしばらく平民スタイルで食事を楽しんだ。
「なるほど、平民はこうやって洗い流すのだな」
どうやら気に入ってくれたらしい。
「ええ」
しばらく彼は何かを考え込む。
さて、助け舟を出してやろう。
「ロイド様、何かありましたね。殿下の事ですね?」
「よくわかったな……いや、わかるか。そうだ殿下のことで悩んでいる。殿下は幼少の頃は、まぁそれなりの子供だったが、ちゃんと聞き分けてくれたし、俺たちの話も聞いてくれた」
なるほど。
「しかし、いまはミリア嬢に入れ込みすぎてる。何をおいてもミリア嬢だ。この国を支えて行かなければならないお方なのに」
そして、自分が知る人間が転落していくさまは悲しいと。
「俺はどうしたらいいのか分からない。だからここで酒を……」
心底参ったように首をふる。
しばしの沈黙が流れる。
「よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「主従関係とは何でしょうか?」
「それは、我々は王に忠誠を誓い、その見返りに王は……ということでは無さそうだな」
「はい、主従関係とは、天秤のようなものです。貴族の皆様は忠誠心と能力を乗っけます。もう一方には王族のみなさまが『何か』を乗せます。それが領土なのか、金なのか、あるいは別のものか」
「確かにそうだ……」
「そして、どちらが重すぎても軽すぎても天秤は傾きます」
「……そうだな……」
「そして、一番厄介な事は、この天秤、双方で見え方が違うんです」
「違う?」
「はい。一方では釣り合ってると思ってても、もう一方では釣り合って無いと感じてしまう事も有ります」
「確かにな、そんなのが見えたら謀反なんて起こり得ないからな」
ゲームじゃないからね。だからこそ『幼少のころからの側近』とか『血縁者』が重要になってくる。
ロイドが腕組みをする。
「しかし、王族のみなさまが乗っけるものに、金と地位以外あるのか?」
「ありますよ、人間性とか器の大きさとか」
「確かに」
「しかしこいつはマイナスになることもありますよ」
顔が曇る。心当たりがあるのだろう。
「まぁ人間性だけで乗り切った領主もいましたけどね」
「そんな奴が?教えろ」
ロイドが身を乗り出す。
あ、やべ、前世の知識だった。濁すか。
「私のもう亡くなってしまった祖父から聞いた話で、真偽の程は不明なのですが、そこの領主は『のぼう様』と呼ばれてました」
「『のぼう様』?」
「はい。『木偶の坊』から取ってのぼう様らしいです。『木偶の坊』とは現地の言葉で、でっかいだけで役に立たないという意味です」
「悪口なのでは?」
「普通なら悪口ですね。何かあればふらっと領内をみて回ってたそうです。『何か手伝おう』とか言うと『邪魔だから立ってて下さい』とか言われてたそうです。ちなみに軍事も政務もからっきしでした」
「そんなのが領主だったのか?大丈夫なのか?」
「そして、とある日、敵の勢力が攻めてきたんです。はじめは降伏しようかと言ってたんですがね」
「どうなった?」
「敵の使者が気に食わんとか、領民の田畑を荒らしたとかで、戦うことにしたそうです」
「領民は怒らなかったのか?」
「それがですね、『のぼう様がやるってんだ!俺たち領民は従うもんだ』とか言ってやる気満々になったそうです」
「なぜだ?」
「さぁ?そして」
「まだあるのか」
「はい、城の周りを水攻めにあったそうです。そしたらのぼう様、舟を出してそこで踊ったそうです」
「へ?」
「そしたら、敵から矢の攻撃を受けてしまったんです。そこからですよ。面白いのは」
「どう面白いのだ?」
「敵方についていた領民の一部がブチギレて堤防を破壊して、水攻め出来なくなりました」
「その領民はどうなったのだ」
「敵に捕まって処刑されたとか。『のぼう様を傷つけたんだ、ざまぁ見やがれ』っていって死んでいったそうです」
「『のぼう様』の何が、彼らを引きつけたのだ?」
「さぁ?分かりません」
ロイドが顔をしかめる。
「その話と俺はどう関係するのだ」
「逆も然りって話です」
「逆?」
「はい。報酬完ぺき、地位ももらえた。でもあいつに愛想が尽きたから、ついていけない。というのもあっても良いんじゃ無いですかね?」
「天秤か?」
「ハイ」
僕はここで学んだ知識と、前世の知識を引っ張り出して、彼をつついてみた。
「それに、浅学ながら、暗愚と呼ばれた方でも『あれさえ直れば』と言われる方は少なくないと聞きます」
「……確かにな」
ロイドはしばらく考え込んだ。
「最後に、もう一つだけよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「私の親が言っていたんですが、『難しい選択はどちらを選んでも後悔するもんだ』らしいです」
ロイドはしばらく視線を彷徨わせる。そしてつぶやいた。
「そうか、そうだよな。どっちを選んでも後悔か……そうだよな……」
しばらく彼の視線は戻ってこなかった。
王都の夜はふけっていった。




