第八話 気がつけませんでした
さて、王族、貴族が通うこの学校、かなりの数の慣例がある。そのうちの一つに、婚約者同士は週には1回は2人で昼食をとるというものがある。
その慣習に従い、レオンとエリーゼ嬢が昼食をとっているところにミリア嬢が乱入してきた。勉強でわからないところがあったから、レオンに聞きたいとかなんとか言ってたが、多分口実だろうということはすぐにわかった。
エリーゼがそれを注意しようとしたので、僕はとある模型をミリア嬢の目の前に降らせた
「ぎゃーーーーー むし!!!!!!」
似つかわしくない声があたりを支配する。エリーゼが一瞬だけこちらを見て、わずかに頷いた。
ミリアがなにか言っていたが、大騒ぎしている間に虫の模型を消す。この程度の大きさのものなら無詠唱で出来るため、気が付かれることはない。
「大丈夫ですか?ミリアさん」
エリーゼが優しく声をかける。よし、思い出したらしい。そして立ち上がりレオンにこういった。
「ミリア様が腰を抜かしてしまったらしいですわ。殿下、もしよければ彼女を医務室へ連れて行って上げてくださいな。昼食は私は一人でいただきます」
と言って優雅に去った。
レオンとミリアが拍子抜けした顔をしていたのに気が付いたのは僕だけだった。
「とまぁ、こんなことがありまして」
と、講師の方に世間話をする。
「そうか。殿下も相変わらずだな」
「そうですね」
「ローレンス公爵令嬢は?」
「何も言いませんでしたよ」
「そうか」
講師の人が僕の顔を見て何かを思い出したように言う。
「そういや、俺は直接見たわけじゃないが、殿下が陛下にかなり叱られたらしいぞ」
「そうなんですか」
叱られているうちが華というけれどね。果たして彼は気がつけるのかね。
◇ ◇ ◇ ◇
10月のとある日、ダンスパーティが開かれた。貴族の学校なので、社交界というものに慣れるために、こういうパーティは頻繁に開かれる。
多分、場慣れさせるためだろ。
ダンスパーティにも当たり前だが、慣習というのがある。
音楽が流れ始め、ミリアがレオンとエリーゼのところに近づく。僕はそれを見ると足早にエリーゼに近づき言った。
「公爵令嬢様、私と一曲踊っていただけないでしょうか?」
エリーゼは僕の顔を見た後に、その後ろから来るミリアの顔を見た後、チラッとレオンの横顔を見た。
そして、たしなめる八割、上から目線二割の態度で口を開いた。
「あなたは平民だから知らないでしょうが、慣例というものがあります」
「はぁ」
「慣例というものは口に出すものではないのですが、ここは学びの場です。平民のあなたに分かるよう説明いたしますわ」
「はい」
「こういう場では、夫婦、あるいは婚約者同士で出席している場合、最初の一曲はその相手と踊るのが慣例ですのよ」
「なるほど。つまり私のダンスの申し込みは慣例破りとなり、大変失礼なことになるということですね」
「そのとおりですわ、平民のあなたには慣例というのは中々理解し辛いと思いますが、そこは少しづつ学んでいきなさい」
「はい、この平民にご教示いただき感謝いたします。エリーゼ様」
「あら、どういたしまして。あともう一つ、婚約者がいる異性には、ファーストネームはむやみに口にしてはいけない。特にこういう公の場ではね」
「重ね重ねありがとうございます。公爵令嬢様。婚約者がいる異性の名前を呼ばないようにいたします。迷惑ついでにお聞きいたしますが、この場ではレオン王子はどのようお呼びすればよろしいでしょうか?」
「確かにそうね、教えて差し上げるわ。王族の方がお一人でしたら『殿下』で構いませんわ。複数いらっしゃる場合は、その方の称号を添えてお呼びなさい。レオン様はアルデン公という称号を陛下から頂いております。ですから、仮に他の王太子殿下や陛下がこの場にいらっしゃる時はアルデン公殿下とお呼びなさい。決して『レオン様』などと呼んではいけません」
「重ね重ねありがとうございます。こういう場で王族方のファーストネームを呼ぶのは失礼にあたるということですね。よくわかりました」
「貴族なら常識なことも平民には分からない事は沢山あるでしょ。分からないことがあれば何なりと私たちに聞いて下さい」
エリーゼは頭を下げる僕を見た。
それを待っていたかのようにミリアが割り込んでくる。
「レオン様、私と踊って下さい」
すげーな。話を全く聞いて無い。
「わかった。エリーゼ、いいよな」
こっちもか。いいわけあるか。
エリーゼは僕をチラリと見る。僕は少しだけ首を動かすと、彼女はその意図を察したのかこう返した。
「はい、あくまでも慣例ですし、ここは公とはいえ学園ですからね」
それをオーケーと受け取ったのか、彼等は踊り始めた。
僕は「潮が引く」とはこのことかと理解した。
「とまぁ、こんなことがありまして」
と、講師の方に世間話をすると、彼はとっても渋い顔になった。
そして言う。
「俺は知らないが、最近、殿下は陛下にかまわれなくなったそうだ」
「そうなんですか」
あーあ、気が付けなかったね




