第六話 夜を越えて
第六話 夜を越えて
翌日も雨と風は止まなかった。めでたく缶詰だ。
エリーゼが隣の部屋から出てくる。
「おはよう」
「おはようございます」
僕はまたあの食事を用意している。ちなみに暖房用の魔石は一晩中つけている。
「独特の味のする食べ物を、また献上してくださるのですね」
「はい、お嬢様におかれましてはご機嫌麗しく」
大げさにかしこまる。
ちなみにエリーゼは平民が着るような服を着ている。僕が魔法で作ったやつだ。さすがにずっと毛布でいるわけにはいかず、かといって着ていた服はずぶ濡れで、ただいま干している最中だ。
しばらく二人で食事をしながら、他愛のない話をする。
飲み物代わりに沸かしたお湯を渡す。
「ありがとう」
エリーゼはそれを受け取り、僕が腰を下ろすのを待ってから口を開いた。
「ところで、ミリアさんや王子達はどうやって私を婚約者の座から降ろすのですか?」
なるほど、そういう手口はあまり知らないらしい。市井と前世で見聞きした知識を総動員して考えてみる。
「まぁ、僕の考えなんですが、まずあなたに失態を犯させたことにします。そして公式の場かそれに準ずる場で王子が言うのです。『お前は私の婚約者にふさわしくない』と」
「失態?」
「はい。無理矢理、失態を犯したことにするんです。曰く、ミリア嬢を人前で罵倒した。曰く、身分を理由にミリア嬢を侮辱した。曰く、ミリア嬢を階段から突き飛ばした。曰く、王子からいただいた贈り物を奪った。等々。あなたの罪状をでっち上げるでしょう」
「子供じみてるわね」
ふーっと、ため息がどちらともなく漏れる。
「はい。子供じみてます。しかし、ここであなたが反論すれば『王族に公然と歯向かった令嬢』、黙っていれば『罪を認めた』、泣けば『場の空気を乱した』、退出すれば『公式の場から王族の許可なく退出した』となって、婚約破棄の口実になります」
「口実?」
エリーゼがしかめっ面になる。
「それで問題を大ごとにして、陛下に弁明するんです。『冗談だった』『ほんの余興のつもりだった』とか、幾らでも言い訳できます。そして言うのです。『しかし、この程度のことに耐えられなければ、私の妃には向かない』とね」
「最悪ね。でも、それなら普通に婚約破棄されておしまいでは?」
「はい。普通の婚約破棄ならそうです。たぶん、陛下と閣下が秘密裏にお話をして、エリーゼ様が『静養』という名目で、ほとぼりが冷めるまで社交界から姿を消す。その後、時期を見て正式に発表するでしょう」
「たしかにそうね。しかし、今回はそうはならないと」
声のトーンが下がる。
「はい。昨日話しましたが、『エリーゼ様が外国の殿方と、とっかえひっかえ逢瀬を重ねている』という噂を立てている奴がいます。これは単なる浮気話では済みません。外国との内通、場合によっては亡命や政変の準備だと見る奴まで出てきます」
「……」
「王子があなたに婚約破棄を言った瞬間、別の奴らがその噂をここぞとばかりにぶちまけるかと。そうなれば、あなたの立場はものすごく悪くなります」
一息つく。そして続ける。
「ローレンス公爵は全力であなたを守るでしょう。しかし、そうすれば今度は王家とローレンス家の対立になります。そうなれば、内乱一歩手前まで行くでしょう」
「……続けなさい」
「だから、そうなってしまったら、エリーゼ様に消えていただいた方が丸く収まる。なんていう意見をする奴もいるかと思います。そうなれば……もう説明は不要かと」
沈黙が流れる。確かにありえる話だからだ。
「身分を捨てて、外国に逃げるのはいけないの?」
「それもありですが、あまり期待しない方がいいかと。エリーゼ様は大変美人でいらっしゃる。そして立ち振る舞いが高貴な方のそれです。どうしたって、ものすごく目立つのです」
「あら、うれしいけど、そうなるとどうなるの?」
あまりいい話ではないのですが、と前置きし、
「まずは街の有力者かなんかに目をつけられます。まぁ、嫁になれとかそんなんです。そうなれば身元を徹底的に洗われるでしょう。そしたら必ず素性がバレます。そうなれば、あなたを『保護』して、この国に色々とちょっかいをかけてくるかと。戦争一歩手前まで行く可能性もあります」
「確かにそうね」
考えられる話だ。
エリーゼが考え込みながら提案する。
「仮に向こうの王子様に見初められて妃になったとしたら、どうなるの?」
「なーんも後ろ盾のない小娘が、国の最高権力者の跡継ぎの隣にいることになりますよ」
沈黙が流れる。どうやら、彼女も同じようなことを考えていたらしい。
「よっぽど上手くやらないと……」
「はい。胸焼けするほどの大量の幸運と、天より高い才覚がないと上手くいかないと思います」
下手すりゃ処刑台送りですね。とは言わなかったが。
「私には無理?」
「まぁ、お勧めはしませんね」
エリーゼは少し考え込んでから、別の可能性を口にした。
「ならば、他国でひっそり生きるのは?」
「何かにつけて居場所を追われ、逃げ回る生活になります。一生流浪の旅ですよ」
エリーゼは黙って天井を見上げた。その程度のことは分かっていただろう。
「賭けてみますか?」
「いや、私は堅実に生きることにしてるの」
「そうでしたか?」
エリーゼが「なんで疑問形なのよ」と言いたげな顔で僕を見る。
「私はどうしたらいいの? 提案してみて?」
「はい。あなたが生き残る方法は二つあります」
「聞かせて」
「王子をもう一度振り向かせるか。それとも見捨てるか」
エリーゼはほとんど間を置かずに答えた。
「じゃあ、見捨てるわ」
どうやら僕が説明している間に、いや、朝になった時点で、とっくに結論は出ていたらしい。
そして、
「さぁ、私は何をしたらいいの?」
と聞いてきた。
実際の行動にどう移せばいいか分からない、といったところか。僕は姿勢を正して説明した。
「では、事の詳細をすべて公爵閣下にお伝えください。すべて、包み隠さずにです。そして、その都度報告もしてください。できれば週一回」
「お父様に?」
「はい。いいも悪いも全部報告してください。レオン殿下やミリア様にあなたがやられたこと全部です」
「そこまで?」
「はい。エリーゼ様は今までのことを濁して報告していると思います。ここは公爵閣下に全部報告してください。そうすれば公爵閣下も対策が取れます」
彼女が頷く。納得してくれたらしい。
「次に、公爵閣下を通して国王陛下から言質を取ってください。レオン殿下とエリーゼ様の婚約破棄は、誰の権限で行うものなのかと。『そんなことはあり得ない』までの言質が取れたら万々歳です」
「わかったわ。それはお父様にお願いするわ」
他には、と聞いてきたので、僕は少し言い淀む。
「まぁ、これが一番難しいかもですが……」
「難しいの?」
「はい。結構。えーと、機嫌よくしてください。今のエリーゼ様は近寄りがたい存在になってます。いつもニコニコしててください」
「それは……そのつもり……あ、そうかミリアさんと殿下をいつも注意していたから……」
「はい。詰問する言葉ってかなり残るんですよ」
「なるほど。それはそうね……」
「はい。なかなか切り替えられないとは思いますが、切り替えてください」
「精進するわ。ところで、私ってそんな怖いイメージついちゃってるの?」
「ええ、まぁ。結構がっつりと」
「そうなのね」
エリーゼは両手の人差し指で口の端をぐいっと持ち上げた。
「こんな感じかしら?」
「僕からは何とも……」
なんか睨まれた気がしたが、とりあえず無視しよう。
「最後、僕をレオン王子派の対抗派閥の、下っ端の下っ端でいいので繋げてください。『平民に貴族社会を教える』とか何とか、適当に理由をつけてください。彼らに噂を流します」
「なるほど。で、上手くいった場合の見返りは何が欲しいの? 私の肌は高貴なものだけど、そこまでの価値はないと思うのだけど」
「はい。公爵家の末席に加えさせていただければ」
「あら、そんなのでいいの?」
「はい。恥ずかしい話、友達作りに失敗しまして」
頭をかくと、エリーゼは一瞬固まり、そのあとブッと噴き出した。
そして、
「いいわよ」
と言った。
その笑顔を見せればいいのに、と思ったが、言うのはやめておいた。
その後、連絡の取り方などを相談した。
簡単な暗号でやり取りすることに決めた。受け渡しには図書室の本を使う。メモを本に挟むという、至極単純なものだ。
あとは外で会う時にどうするか、という話もした。まぁ、あまり使う機会はないと思うが。
◇ ◇ ◇
その次の日、晴れた。
「晴れましたわね」
「晴れました」
家の中とはいえ、暖房をガンガン効かせていたためか、初日にずぶ濡れになった衣服は完全に乾いている。これで何とか帰れそうだ。
「じゃあ、行きますか」
山を登ろうとすると、エリーゼが首をかしげて聞く。
「こういう時は下るのでは?」
「いや、登ります。登れば知った場所に出られるかもしれませんし、出なくても全景が見られます。まずは帰る方向を見ないといけません」
「それもあなたのお父様の教え?」
「はい。『山は、人が本能のまま助かろうとすると、優しく殺しに来る』とよく言われました」
「こわいわね…」
「はい、山は平等なんです。王族にも貴族にも平民にも平等に優しく包み、優しく殺しに来るんです」
「……平等って時と場所によるのね……」
しばらく坂を登り続ける。
なかなか大変だったが、ついに見知った場所に出ることに成功した。
一日目に昼食を取った場所だ。
「ここなら帰り道は分かりますわね」
「はい。ここからは道なりに行けば帰れます」
僕は彼女に向き直って言った。
「さて、ここからは離れて行動しましょう。平民風情が公爵令嬢と一緒にいると、いらん噂を立てる奴がいますからね」
「確かにそうね。それではご機嫌よう。先に帰らせていただくわ」
「はい。僕は少し、この景色を堪能してから行きます」
エリーゼはちょっと笑うと、歩いていった。
僕はその後ろ姿を見送ったあと、どかっと腰を下ろして景色を楽しんだ。
学園に着いたのは、その日の夜だった。
今日は朝から捜索隊が出ていたらしい。
しかし、四十名のうち三名が亡くなり、十名が後遺症の残る怪我を負ってしまったそうな。
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