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第四話 公爵令嬢を拾いました

 何気なく唯一あるガラス窓から外を見た。金色の何かが見えたので、目を凝らすと、それは人の髪だった。

「マジかい」

 僕はそれを見て飛び出す。山の鉄則は、助けられる奴は助ける、だからだ。これも親からの教えだった。

 雨の中、その人影に走る。


「おい、大丈夫か?」

 大丈夫なわけがないのだが、とりあえず抱き起こすと、それはエリーゼ・ローレンスだった。

「あなたは……」

「公爵様、大丈夫ですか? 立てますか?」

 立たせようとすると、


「はい。だいじょーぶ、れせ……」

 呂律が回ってない。

「歩けますか?」

「はい……、家に帰らないと……」

 意識が混濁している。これで体の震えが収まり、「暑い」とか言い出すとかなりまずいことになる。

「とりあえず平民に触れられるのは嫌でしょうが、我慢してください」

 彼女の腕を僕の肩に回し、歩かせようとする。

 だが、フラフラして一歩もまともに進めない。

「失礼」

 俗にいうお姫様抱っこで強引に彼女を運んだ。


 家に転がり込むと、僕は彼女に言う。

「今すぐ服を脱いでください。さもなきゃ死にます」

「へ?」

 だめだ、頭が回ってないな。仕方ない。

「失礼」

 そう言うと彼女の服を脱がし、創造魔法で大量に毛布を作り、それで包む。

 あとは、お湯を渡し、

「いいですか、ゆっくりでいいので飲んでください。ゆっくりですよ」

 彼女はうつろな目で頷くと、コップからお湯を少しずつ飲み始めた。


 一時間もすると彼女の意識がはっきりしてきた。そして置かれた状況と僕の顔を見比べて言う。

「ダニエルとかいいましたわよね。助けていただいたことには感謝いたします」

「いえいえ」

「でも、あなた、服を脱がせましたわよね?」

「はい、あのままだと死にますので」

「公爵令嬢の肌を見て、何か言うことないのですか?」


 僕はちょっと考えて、

「いいもの見させていただき、ありがとうございます。ですかね」

 エリーゼはしばらく沈黙したあと、ケラケラと笑い出した。学園では見たことのない笑い方だった。


 ひとしきり笑ったあと、その笑顔のまま語りかける。

「いいものでしたか?」

「はい、極上のものでした」

「なるほど、私の命を救ってくれた褒美として、差し上げますわ」

「ありがたき幸せ。家宝といたします」

 その答えを聞いた彼女は、また楽しそうに笑った。


「ところで、先ほど公爵様と言ってましたわよね? 男性に見えまして?」

「いえ、決してそのような」

「こう見えても、私、容姿には自信があるのよ」

 そう言うと、髪をかき上げる仕草をする。


「失礼いたしました。エリーゼ様はとても美しい方です。あの時は私も動揺しておりまして……」

「あら、そうだったの? しかし私を男性と見間違えることは、あまりよろしくなくて?」

 俗にいう『意地悪い顔』をした。口は笑っていたが。

「すいません、勘弁していただけませんか?」

 恐縮して頭を下げる僕を見て、彼女はまたケラケラ笑った。素はこっちなのかね。


 しばらく彼女は笑っていたが、笑い顔が引く。

「他の皆さんは、どうなりましたか」

「わかりません。はぐれてしまったので」

「探しにはいかないのですか?」

「二重遭難になります。無理です」

 僕がきっぱりいうと

「それはそうよね」


 そう答えたものの、彼女の表情は晴れなかった。

「心配ごとでも?」

「ええ。付き人のアンナとはぐれてしまってね。彼女は大丈夫かと……」

「そうは言いましても、僕にはなんとも」

「そうよね。まあ、彼女のことだから山荘なり学園なりに向かっていると思うわ。彼女、それなりに魔法を使えるので大丈夫よ。きっと」

 と、彼女は自分に言い聞かせていた。

 まあ、公爵令嬢の付き人になるくらいだから、魔法で何とかしているかもしれない。僕が心配してもしょうがない。


 彼女は真っ暗になった窓の外を見た。

 しばらく、雨と風の音が僕たちを支配する。果たして何人亡くなるのだろうか。

 今から外へ出ても、助けられる保証はない。21世紀の地球の装備があるならいざ知らず(それでも危ないが)、今、僕が持ってる装備で探し歩いても、帰ってこられなくなる可能性が高い。

「遭難したときは、まず自分の安全を絶対に確保しなさい」と、親父から叩き込まれていた。

 申し訳ないが、このまま嵐が過ぎ去るのを待つ。


「あなたがこんな大荷物だったのは、これを予想していたの?」

「いえ、予想ではないです。親がよく山に入っていっていました。そんな時に僕に言い聞かせていたんですよ。『山じゃ、準備しすぎて死ぬことはない。準備が足りなくて死ぬことはある』と」

「なるほど」

「あと、僕には創造魔法がございますから、これでも少ない方ですね。普通ならこれに天幕を持っていかないといけませんから。僕の場合は家とかは作れますからね。持っていくものとしたら、暖をとる道具と食べ物ですかね」

「この家は貴方が?」

「はい、これくらいなら何とか作れます。3日は持ちます。城とか城壁は無理でしたけど」


 城壁なら僕と貴族の皆様の間に構築済みだぜ! とか思ってしまったのは、内緒にしておこう。


「なるほど、その食べ物は私に献上してくださるのですよね?」

「はい。献上させていただきます」


 ちょっと大げさに言うと、彼女はまた笑った。


 僕は持ってきた食料を彼女に分ける。冒険者が使ってる保存食だ。かなりまずい。


「冒険者が使用している保存食です。お口に合うか分かりませんが、お食べください」


 干し肉と、何かをレンガ状に固めたものだ。ナイフで切り分け、エリーゼに渡した。


 彼女はありがとうと言ってそれを口に入れると、かなり険しい顔になる。


「よく『口に合うか』と食事を勧められますが、本当に合わなかったのは初めてですわ」

「はい、味は二の次です。日持ちと腹持ちだけを追求してます」

「二の次どころか考慮してないですわよね? あなたたちはこんなの食べてるの?」

「いえ、これはあくまで保存食ですから、緊急事態以外ではあんまり食べないそうです。ちなみに冒険者の間でも『犬の餌にも劣る』とか『豚の餌の方がうまい』とか言われてる、大変評判のものでございます」

「評判って……」

「いいとは言ってませんよ。でも我慢して食べてください。予想以上に消耗してます。食わなきゃ死にますから」

「わかったわ。こう見えても貴族よ」


 そう言うと彼女は食べ始めた。


 とりあえず今晩は生き延びることができた。僕はようやく安堵した。


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