エピローグ タブルバインド その2
パーティーから数週間がすぎる。レオンとミリアがいなくなったこと以外は、特に変わりなく過ごしていた。
11月のある日、エリーゼから呼ばれた。なんでも約束を果たすと言うのだ。そして私も同行するといい、馬車に乗せられた。
恐らくはローレンス閣下の部下の部下あたりを紹介してくれるのだろうと思ったが、それでも馬車で移動とは。
エリーゼがすこぶる上機嫌なのが気になるが。
「さぁついたわ」
そこは、ローレンス公爵家の別邸だった。頭がフリーズする
「はい?」
「さぁ、パパに紹介するからきて」
満面の笑み、という題名がつきそうな笑顔でいってくる。
「パパ?」
「さぁ、はやくはやく」
エリーゼはローレンス公爵を父上と呼んでいたはずだ。何故にパパ?
エリーゼが手を引っ張って応接室に『突撃』した。
おそらく人類史上初めてだろう。挨拶なしに公爵家当主にあった平民は。
「パパ。連れてきたよ♪」
しかし、その『パパ』と、隣にいる女性、おそらく『ママ』さんは友好とは程遠かった。
「初めまして、ダニエルといいます。公爵閣下にはご機嫌うるわ―」
「おまえか。エリーゼの結婚相手は?」
へ?人は想定外の事に出会うと固まるのね。
動け、動くのだ。僕の口よ。
「違います。なんの話ですか」
「なるほど、うちの娘を傷物にしておいて責任を取らないというのか!」
「してません!断じてそんなことはしてません」
「肌を見たそうだな。しかし何もしなかったというのか!」
え、あの遭難した時の?エリーゼのほうを見ると、なぜかそっぽ向いてた。
「はい、なにもしてません。だからその剣を収めてください。閣下」
そこまでいうとママさん参戦。
「あら、私の娘の肌をみて何もしなかったというの?それはいけないことね」
「へ?」
「これは名誉にかかわることよ。もし手を出してないのなら、貴方を魔法で焼かないとね」
「はい?」
なぜそうなる。
「うちの娘は私に似て、とっても美しいのよ。手を出さないなんて私達にたいして屈辱だわ」
どこの世界に手を出さないことで殺される人がいるのかと。
「あーと、えーと」
これは知ってる。ダブルバインドってやつだ。
レオンもこんな気持ちだったんだろうなぁ、かわいそうなことしたなぁと現実逃避をする。
「それでどっちだ?」
とパパさん
「どっちなの?」
とママさん。
剣と魔法が迫ってくる。
わーいボス戦かな?腕のいい冒険者に迫られるボスの気持ちを味わえたぜ。
そんなバカなことを考えてる場合ではない。何とかしなければ。
しかし、これはもうおしまいなのかもしれない。あーおとーさま、おかーさま。先立つ不幸をお許しください。
「パパ、ママ、もうその辺にしておいたら」
エリーゼの天使の声が部屋に響き渡る。その声で、パパさんは剣を収め、ママさんの手から炎が消えた。
「えーと、あの」
戸惑っていると
「なに、私の可愛い娘の夫になるやつだ。すこしからかってやろうと家内と話しててな」
「そうそう。ちょっと意地悪したくなっちゃうのよ」
なるほど、そういうことか。そうならわかる⋯⋯夫?
「えーと、夫?⋯」
僕の困惑をよそに、ローレンス夫妻は話を進める。
「まずはお礼だ。私たちの大事な娘を救ってくれてありがとう。ローレン家を代表していう。君に最大限の感謝と敬意を」
「私からも言わせていただくは。本当にありがとう。あのままだったらうちの娘はとっても酷いことになってたわ」
パパさんとママさんにお礼を言われた。
「いえ、私も自分に利があると思い手を貸したまでです」
さすがにこの場で『僕』なんて使えないので、一人称を改めた。
「たしかにな。私の覚えがめでたければ、出世も間違いなしだしな」
「はい、ローレンス閣下の末席に加えていただければ、私はもとより、家族も安泰かと思いまして」
ローレンス閣下は、ほうと一息つき聞く。
「ほう。ではなぜ私を選んだのだ?忌憚なく話してくれたまえ。ここでは無礼講だ」
さすがに開けっぴろげに話す訳では無いが、まぁ本心話せということだろう。
「選んだというか、そのーなんというか、それしか選択肢が無かったんです。まぁ友達づくりに失敗しまして」「娘が言ってたな。確か、喧嘩売りまくってたとか」
「そんなつもりはなかったんですが、少々腹が立ちまして。はい」
ローレンス閣下とその奥方様はゲラゲラと笑う。
「まぁ渡りに舟といいますか、不幸中の幸いといいますか、お嬢様と接点を持つことができたんで、お願いする事にしたんです」
「なるほどな。しかし私たちがお前との約束を反故にすることだってあり得ただろう。その時はどーするのだ?」
ローレンス閣下が聞く。
「はい、私の望みは『閣下の派閥の末席に加えて欲しい』という、ほんの些細な事です。しかし、私はお嬢様の命を救いました。また社会的な危機からも救うのをお手伝いしてます」
「確かにな」
「もし反故にされたら、閣下の対抗する方々にそのままお伝えします。閣下の権益を欲しいと思う貴族の方々は沢山いますからね」
「なるほどな。しかし、そやつらがお前の話信じるとは思えないのだが?」
「彼らにとって私の話は本当でも嘘でもどちらでも良いのです。致命的な一撃にはならずとも、ローレンス閣下の牙城を崩す一端にはなるかと思います」
「なるほど」
「この程度の計算もできなければ、余り長くはないかなと」
ローレンス閣下はエリーゼの方をむく。エリーゼはドヤ顔で
「ねぇ、私の目に狂いはなかったでしょ」
「たしかに、これは拾い物だな。よくやった」
心の中で首をひねってると
「ダニエル。陛下も君の話をきいて非常に興味をもってな。相談の結果、君には卒業と同時に男爵の地位を下賜することが決まった」
「ありがとうございます。しかし陛下のお子様を、言い方が悪いですが、罠に嵌めたわけですがね⋯」
「確かにそう言う側面もある。だが自分の身内の不祥事を学園内だけにとどめてくれた、と言う側面もあるのだよ」
「しかし、陛下の御心を思うと⋯⋯」
「確かにな、だがまかり間違えば、私と陛下で殺し合いになったり、陛下と殿下で殺し合いになった可能性もあるのだ。そういう状況にならなかっただけでも御の字というものだよ」
気にするなと、閣下は言いたげだった。
「そうですかね。ところでレオン殿下はどうなるのですか?」
「ミリア嬢との結婚は認められるそうな。その後セレーヌ公に封じられる」
「セレーヌ公?」
そんな都市、あったかなぁと首をひねる。
「西の端にある、王城より少し大きめの城だ。そこに封じられる」
後で知ったのだが、セレーヌ公とは死罪にならないが、もう二度と表舞台には立てないくらいの犯罪を犯した王族が入るところなんだそうな。
風光明媚で、乗馬も楽しめる面積があるが、厳重に管理されており、監視もされる。
気候と設備だけで見たら、人生の終わりに住めるなら最高なところではある。
若いうちに行くところでは無さそうだ。
「ところで、聞き間違いでなければ、私をお嬢さまの婿になれと聞きましたが」
「そうそう、この家は兄のラインハルト(仮)が継ぐことになる。君はこの家を外から支えてほしい。これは君にとってもいい話だと思うのだが」
「えーと、どういうことですか?」
ローレンス閣下がニヤニヤしながら言う。
「ローレンス家としては、人材が欲しい」
指を一本立てる。
「娘にはできれば幸せになって欲しい」
二本目を立てる。
「この条件を満たせすために最良な手はないかと考えたわけだ」
「はぁ」
頭がまわらない。
「と、そこに君が来てくれた。君は平民だ。しがらみは何もない」
「ハイ」
「そして頭の回転はすこぶる早い。目的のためなら手段を選ばずなどと言うが、自らを駒にするやつなんぞ見たことない」
「はぁ」
ローレンス閣下が指を折る。
「そして、エリーゼが君にとんでもなく惚れておる」
「ハイ?」
なんかしたか?
「つまり、私は君という人材が欲しい。ついでに、親として娘には幸せな結婚はしてほしい。貴族として生まれたからには家に縛られる事は分かってるのだが、やはり親というのは自分の子供達だけはと思ってしまう」
「はぁ」
「だから、君にはエリーゼの夫になって欲しいのだよ」
なぜそうなる。
「私ごときがエリーゼ様のお相手が務
務まるとは思えないのですが⋯」
「あなたなら大丈夫よ」
と母君が割って入ってくる。
「それに今、エリーゼは凄く微妙な立場なの。事の経緯はどうであれ、王族からの婚姻を破棄された令嬢よ。これからまた誰かと婚姻を結ぶとなると、難しい話になるのよ」
なるほど。そりゃそうか。と納得した。承諾はできかねるが。
そこでエリーゼがニコニコしながら言う。
「ダニエルにとっても悪い話じゃないでしょ。でもそんなチンケなことよりもいいことがあるのよ」
なんだろう。
「私って、美人でしょ」
「そうですね」
「知ってると思うけど、ナイスバディでしょ」
「まぁそうですね」
「性格もすばらしいでしょ」
「はい」
突っ込みたかったが我慢した。
「そして、一番大切なことはね。私はあなたに惚れてるのよ」
「なんで?」
閣下も言っていたが、惚れられるようなことは何もしてないが?
多分ものすごく間抜けな顔になってることは自覚できた。
何がどうなって、こうなったかサッパリわからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日、朝起きると、なんか頭痛がした。男爵になれるらしいからそれはめでたいことだが、もう一つのことは忘れたことにする。
寮の扉をあけると、もう一つのなにかが待ってた。
「ダン、みて、髪切ったの♪」
腰まであったエリーゼの髪は、バッサリと切られて肩くらいまでの長さになっていた。
つーかダンって僕のことか?
「私のことはエリーって呼んでね。様もいらないから」
僕が固まってるとエリーゼが腕に絡みついてくる。歩けないし、その、当たってます。
「えーと、公爵令嬢様⋯」
「⋯」
エリーゼが口を膨らます。
「えーと、エリーゼ様」
「⋯」
プイッとそっぽを向く
「⋯⋯エリー様」
こっちを向いてなんか唸ってる。
「⋯エリー」
「何?」
笑顔で返事をしてくれた。
「歩けないので、もう少し加減していただけると」
「えー、仕方ないわね」
緩めてくれなかった。
「あのーアンナさん。これはどういうことですか?」
エリーゼに付き従ってるメイドのアンナさんに聞く。
「ダニエル様。元々エリーゼ様はこういう方でした」
「こういうと」
「よく笑い、よく泣いて、とても元気な方なのでしたよ」
アンナさんが言葉を切る。
「しかし、王子の婚約者になった時に、それ相応の振る舞いをしなければならなかったので、あんな感じになってました」
なるほど。
「で、婚姻破棄されたので、鬱憤が爆発中だと」
「はい。あと、自らの評価を落とすことも気にすることもなく、エリーゼ様の株を上げることに尽力し、あまつさえ盤面を整え、影に日向に支えてた殿方をとっても慕っております。諸々の障害がなくなったので乙女心が大爆発しております」
はぁ。
ちなみにエリーゼはくっついたままだ。
「えーと、どうにかなりませんかね?平民と公爵令嬢がこんなのってまずくはないですか?」
「学園の中の事だから問題無いわよ」
とエリーゼ。
「言葉を選ばずに言えば、今の状態、エリーゼ様は『傷物』です。そんな『傷物』が平民とイチャイチャしても何も言われませんよ」
と、アンナさん。
そうそうとエリーゼが頷く。
「あとね、私ね、とある人から聞いたのよ」
「何をですか?」
「男性は『女性に言い寄られると弱い』とね」
あー心当たりあるぞ。後で鏡見よう。
「あと上目遣いにも弱いって」
誰だそんなことを教えたのは。鏡の中のお前だ!
「あのー、ローレンス閣下はなんと⋯⋯」
「何が何でも捕まえて落とせと厳命をうけたの」
しまった。しかしまだ逃げ道はある。
「しかし、男爵と公爵令嬢では、釣り合いが⋯」
「そこも大丈夫よ、伯爵ぐらいならすぐになるだろうと、あと伯爵にならなかったらどーなるかわかってんだろうなとも言ってたわよ」
おわた。逃げ身ナッシング。遺書、書かないといけなくなったかも。
「それに、貴方、とっても人気なのよ。あなたには能力があるし、しがらみも無いからね。みんな狙ってるわ」
「駒としてですか?」
「そうよ。だから私がこうして捕まえるの」
そう言うと、エリーゼは腕に力を入れた。
その後、凛として美しい公爵令嬢は、ダニエルの前だけは甘々になっているため、学園で大騒動になったのは言うまでもない。
とある日の昼食時。いつものとおり?エリーゼが隣にいた。
「ダン君♪おいしいね♪」
彼女はヒマワリみたいに笑っていた。
お読みいただきありがとうございます。
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