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TS転生したら邪神の花嫁になったけど、龍に助けられて幸せになります  作者: yorukane


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第8話 新居

「……本当に、今日から住める家が見つかっちゃうなんてね」


 立派な木製の扉を見上げながら、アリアは半ば呆然と、半ば途方に暮れたような声を漏らした。

 目の前に佇んでいるのは、街の外れに建つ、広大な敷地を備えた二階建ての邸宅だ。周囲は豊かな緑に囲まれており、大通りの喧騒からは完全に隔離された静寂が保たれている。


 数時間前の出来事を思い返し、アリアは再びイグニスの行動力に内心でため息をついた。


 ◇


 再び商人ギルドの門を叩いた二人は、先ほどとは別の不動産仲介も兼ねる窓口へと向かった。

 イグニスが受付嬢の前に立ち、開口一番に告げた言葉は、実に彼らしい傲慢さと合理的精神に満ちていた。


『土地と家を買いたい。今日からすぐに住める場所を用意しろ』


 突然の要求に、受付嬢は目を丸くしながらも、プロとして丁寧に対応を始めた。

『か、かしこまりました。お探しの物件のご予算はどれほどでしょうか?』

『予算に上限はない。我の資産が尽きるなどということはあり得んからな。条件は、家自体の大きさは問わぬが、敷地となる土地の広さは広ければ広いほど良い。そして何より、今日すぐに引き渡しが可能であることだ』


 受付嬢は慌てて分厚い資料をめくり、いくつかの条件を精査した末に、一枚の図面を引っ張り出してきた。

『……条件に完全に合致するものは、現在ひとつだけございます。街の最外れにある二階建ての比較的大きな邸宅です。元々は隠居された大変裕福な商人の持ち家でしたが、少し前に亡くなられ、親族の方がすぐにでも処分したいと売りに出されたばかりの物件です。敷地は非常に広く、庭も十分ですが、デメリットは大通りから少し離れていて少々不便な点だけでございます。ただ……価格が高めに設定されておりまして、白金貨1枚となりますが……』


 白金貨1枚。それは金貨100枚分に相当し、平民なら一生かかっても拝めないほどの天文学的な金額だ。アリアがその額に少し目を見開いた瞬間、隣のイグニスは何の躊躇もなく手を差し出した。


『決まりだ。これで手続きを進めろ』


 ドン、とカウンターに置かれたのは、鈍く妖しい輝きを放つ本物の白金貨だった。

 あまりの即決ぶりに受付嬢の手はガタガタと震え、引き攣った笑みを浮かべながらも、猛烈なスピードで契約書を作成し始めた。アリアとイグニスがサインを済ませると、そのまま物件の場所まで案内されることになったのだ。


 ◇


「――では、こちらが鍵となります。本日は誠にありがとうございました!」


 案内を終えたギルドの受付嬢は、何度も深々と頭を下げながら、嵐のように去っていった。


「そういえば、一度宿へ戻らないとね」

「あぁ。部屋を借りたままというわけにもいかん」


 新居をあとにした二人は、宿へと引き返した。


 高級宿の受付では、昨日応対してくれた男性の受付係が、二人の姿を見ると穏やかな笑みを浮かべる。


「お帰りなさいませ」


「チェックアウトをお願いします」


 アリアがそう告げると、受付係は少しだけ驚いたように目を瞬かせた。


「お部屋は三泊でご予約いただいておりますが、ご予定を変更なさるのでしょうか」


「はい。急ですが、今日から住む家が見つかりまして」


「……なるほど。お住まいをご購入されたのですね。おめでとうございます」


 受付係はさすが一流の宿らしく、驚きを表情に出しすぎることなく、丁寧に一礼した。


「ご宿泊料金につきましては三泊分を前払いで頂戴しておりますため、一泊のみのご利用であっても、残り二泊分の返金はいたしかねます。何卒ご了承ください」


「はい、大丈夫です。もともと規約ですし」


 アリアが素直に頷くと、隣のイグニスも興味なさげに口を開く。


「その程度の金額など誤差にもならん」


 受付係は営業用の微笑みを崩さないまま、静かに頷いた。


「かしこまりました。それでは、お部屋の鍵をお預かりいたします」


 アリアはポケットから鍵を取り出し、受付係へと手渡す。


「短い間でしたが、大変快適に過ごさせていただきました。ありがとうございました」


「そのように仰っていただけて光栄です。またこの街へお越しの際は、ぜひ当宿をご利用くださいませ」


 二人は宿をあとにし、新たな住まいへと戻った。


 玄関の前まで来ると、イグニスは改めて広々とした敷地を見渡し、満足げに口元を緩めた。


「ふん……。これだけ広大で静かな敷地なら、誰に聞かれる心配もなく、存分に『ことに及べる』な」


 イグニスの端正な顔に、獰猛で愉しげな笑みが浮かぶ。アリアが驚いて声を上げるよりも早く、彼の美しい唇がアリアの唇を完全に塞いだ。


「ん……っ、んぅ……」


 ようやく唇が離されると、アリアは真っ赤になった顔を隠すように、少し息を切らせながら焦って提案した。


「ちょっと、待って……! まずは、家の中を見ない? ほら、片付けとかもあるし!」

「ふむ、焦る必要はないか。よかろう、まずは我らの城を確認するとしよう」


 イグニスは満足そうに頷き、アリアの腰を抱いたまま玄関の扉を開けた。

 中に入ると、隠居した金持ちの家だっただけあって、シンプルながらもしっかりとした品のある作りだった。華美な派手さはないが、落ち着いたおしゃれな内装で、古い感じは一切しない。


「よし、まずはこれを終わらせるか。――『ピュリフィケーション』」


 アリアが短く呪文を唱え、魔力を解放する。強力な浄化魔法の波が家全体を一瞬で駆け抜けた。これにより、数ヶ月間放置されていたはずの埃や汚れが完全に消滅し、新築以上の清潔空間へと生まれ変わる。


「家具は何も残っていないね。イグニス、前の家で使っていたものを出そう」

「あぁ、我のストレージにある」


 二人は家の中を回りながら、リビングや書斎に家具を設置し始めた。キッチンに行き、魔導具である火起こしのコンロや水道の蛇口を捻ってみると、魔力の供給も問題なく、勢いよく水と炎が出た。


「お風呂は……うわぁ、広い!」


 浴室の扉を開けたアリアは歓声を上げた。そこには、大人10人は同時にゆったりと浸かれそうな、大浴場のようなサイズの立派な石造りの湯船が据えられていた。


 そして二階へ上がり、一番日当たりが良く広大な個室を主寝室に選ぶ。その部屋の中央に、一年の間、毎晩二人の身体を受け止めてきたあの大きなベッドを設置した。

 ベッドが配置された瞬間、イグニスの赤金の瞳がワクワクとした肉食獣のような光を帯びるのを、アリアは見逃さなかった。


「……イグニス」

 アリアは腰に手を当て、毅然とした態度で彼を指差した。

「まずは夕飯! そのあとにお風呂! ……恥ずかしいから、そういうアレをするのは、全部綺麗に終わってからって決めてるの!」


「ふん、律儀なことだ。我はお前が望むなら今すぐでも構わんのだがな」

 イグニスは少し呆れたように肩をすくめたが、アリアの強い主張に渋々了承した。

「ならば風呂は一緒に入るか? その方が時間の短縮になる」

「入るわけないでしょ! 」


 慌てて拒絶するアリアを愉しげに見送った後、二人はアリア特製の豪華な夕食を堪能し、それぞれ別々にお風呂を済ませた。


 ◇


 深夜。

 主寝室の大きなベッドの上で、二人は隣り合って座っていた。

 お互いに宿で用意されていた、あるいはストレージから出した清潔なバスローブを身に纏っている。部屋の明かりは落とされ、窓から差し込む満月の光だけが、二人のシルエットを淡く浮かび上がらせていた。


 お風呂上がりのアリアの肌は、ほんのりと上気して桜色に染まっており、金色の瞳が湿り気を帯びて美しく輝いている。


 イグニスが静かにアリアを見つめ、その大きな手でアリアの髪を優しく梳いた。その声には、いつものおちょくるような気配はなく、龍としての絶対的な重みがあった。


「アリア。……もう、後戻りはできんぞ」

「え……?」


「我ら龍族は、一度『つがい』と定めた存在に対して、執着とも言えるほどに一途だ。魂の底からその存在を欲し、生涯かけて愛し抜く。……お前が我を番と認めた以上、我はもう、お前を離してやることはできん。この先、何があろうとも、我から逃げることは不可能だぞ」


 逃げたら、世界の果てまで追い詰めて捕まえる。その眼光には、最愛の存在を絶対に手放さないという、龍としての苛烈な本能が宿っていた。


 アリアが、その程度の脅し文句に怯むはずがなかった。アリアはフッと柔らかく微笑み、イグニスの手を自らの両手でぎゅっと包み込んだ。


「逃げるつもりなんて、最初から一ミリもないよ、イグニス。……逆に、私からも忠告してあげる」


 アリアはイグニスの顔に近づき、彼の美しい赤金の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「イグニスが私を手放せないように……私の味も、私の身体も、私の心も、全部使って、あなたの全部を私で埋め尽くしてあげる。私なしじゃ生きていけなくなるくらいにね」


 その強気で、この上なく情熱的な愛の告白に、イグニスは一瞬目を見開いた。

 そして、これまでにないほどに歓喜に満ちた、極上の笑顔を浮かべた。


「――ククッ、ハハハハ! 面白い、こちらのセリフだ、アリア……!」


 イグニスがアリアの肩を掴み、そのまま柔らかいベッドの上へと押し倒した。

 長い赤髪がアリアの視界を覆い、彼の心地よい熱と濃密な気配が全身を包み込む。


 月光が照らす部屋の中で、重なり合ったイグニスとアリアの影が、静かにひとつへと溶けていった。新しく始まった二人の終わらない旅路の夜が、甘く、深く更けていく。

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