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絶対主従の儀式と、究極の省エネ生活

「マスター。咀嚼による顎の筋肉のエネルギー消費を防ぐため、本日は完全流動食に加工しました。お口を開けてください」

「……ん」


昼休みの学生食堂。私は椅子に深く背中を預けたまま、専属メイドを自称するノヴァが匙で運んでくる栄養食を、ただ静かに飲み込んでいた。

最初は「他人に食べさせてもらうなんて面倒くさい」と思っていたけれど、いざ任せてみると、これが驚くほどマナの節約になる。腕を上げるカロリーすら惜しい今の私にとって、ノヴァの緻密な計算に基づくサポートは悪くない。


「マスターの心拍数、安定しています。この調子で午後もマナ消費を最小限に抑えましょう」

「ええ。助かるわ」


そんな私たちの様子を、食堂の太い柱の陰から、血走った目で凝視している影があった。

サキュバス族のエリート、リゼだ。彼女の手元には『シャルル観察記録』が握られ、ペンが猛烈な勢いで走っている。


(……信じられませんわ。あの誇り高き旧世界の戦闘兵器に、食事という名の『魔力供給』を直接行わせている!? しかもあんなに無防備な姿で……! あれは伝説に聞く『絶対主従の儀式』! シャルルさん……なんて恐ろしい支配力なのですか!)


ただご飯を食べさせてもらっているだけの光景が、リゼの曇りなき(ポンコツな)眼には、恐るべき闇の契約に映っていた。


* * *


食後。私は少しでも日光を避けて体力を温存するため、中庭の大きな木陰のベンチに横たわっていた。

木漏れ日が心地よく、浅い呼吸でマナの均衡を保つのに最適な環境だ。……そう思っていたのも束の間。


「シャールールっ!! お昼寝なんてズルい! アタシも一緒に寝るー!!」


頭上から、純白の塊が猛スピードで降ってきた。

天使族のシエルだ。彼女は私の真横にドスッと着地すると、大きな羽をバサバサと羽ばたかせながら「構ってオーラ」を全開にして騒ぎ始めた。


「ねぇねぇ起きてよ! 今日ね、飛行訓練でアタシが一番だったんだよ! 褒めて褒めて!」


シエルが羽ばたくたびに、強烈な風圧と、天使族特有の神聖な『天力の光』が容赦なく私に降り注ぐ。

ただでさえ光属性は魔族の血に反発する。おまけにこの騒がしさだ。普通なら文句の一つも言って追い払うところだが……私は目を閉じたまま、微動だにしなかった。

(……眩しいし、風圧で体力が削られる。でも、起き上がって口を開くカロリーの方が勿体ないわ。嵐が過ぎるのを待つのが一番効率的ね……)


私はただひたすらに、息を潜めて「無」になっていた。


一方、その光景を少し離れた茂みの陰から双眼鏡で覗き見ていたリゼは、ガチガチと歯を鳴らして震えていた。


(ば、馬鹿な……!! 魔族である吸血鬼の血を引いているのに、天使族の純度100%の天力をあんな至近距離で、しかもノーガードで浴び続けて平然としている!?)


サキュバスであるリゼにとって、天力は天敵中の天敵だ。

(わたくしなら、あんな神聖な暴風を浴びれば、1分で浄化されて灰になってしまいますわ……! それを一切表情を変えずに耐え抜くなんて、なんという強靭な精神力! そして底知れぬマナの器……っ!)


(ただ寝たふりをしているだけ)という真実など知る由もなく、リゼの中でシャルルへの畏怖は限界突破しようとしていた。


* * *


放課後の静かな廊下。

私はノヴァを先に寮へ帰らせ、一人でゆっくりと歩を進めていた。一歩一歩、足の裏全体を使って衝撃を逃がす、究極に無駄のない歩行術だ。


「……シャルルさん」


ふと、甘い声が廊下に響いた。

立ち止まると、そこには壁に背を預け、色っぽいポーズを決めたリゼが立っていた。タイトな制服のブラウスが、彼女の規格外の双丘をこれでもかと強調している。


「少し、お時間よろしいかしら? わたくし、あなたともっと『深い』お話がしたくて……」


リゼは潤んだ瞳で私を見つめながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

同時に、サキュバス特有の甘く熟れたフェロモンが廊下に充満した。男なら一瞬で理性を奪われるであろう、極上の色仕掛けだ。彼女は直接接触することで、私の底知れぬ強さの秘密を暴こうとしていた。


リゼの豊満な胸が、私の華奢な身体に触れそうになった、その時。


「……あなた」

「はい……? なんでしょう、シャルルさ――」


「歩くたびに、その無駄な脂肪が揺れてるわ。重心がブレて空気抵抗が増えてる。歩行エネルギーの無駄よ」

「…………え?」


リゼの甘い笑顔がピシリと固まった。


「あと、香水がキツすぎるわ。嗅覚が刺激されると無駄なマナを使うし、何より息苦しいの。もっと効率よく、静かに歩けないのかしら?」


私はサキュバスのプライドたるダイナマイトボディを「無駄な脂肪」と切り捨て、魅惑のフェロモンを「キツい香水」と一蹴した。一切の感情を交えない、純粋な『効率』と『省エネ』の観点からの物理的なダメ出しだ。


「む、無駄な、脂肪……!? 香水が、キツい……!?」


リゼは顔を真っ赤にして、ワナワナと肩を震わせた。

学園中の男を虜にしてきた彼女の美貌と色気が、これほどまでに完膚なきまでに粉砕されたのは、生まれて初めての経験だった。


「ひ、ひどいですわーっ!!」


リゼは涙目で叫ぶと、先ほどの優雅さなど見る影もなく、ドタバタと大きな音を立てて走り去っていった。


「……はぁ。本当に、騒がしいわね。余計なカロリーを使っちゃったじゃない」


私は深大なため息をつき、静かになった廊下を再び、省エネ歩行でゆっくりと歩き出すのだった。

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