無機質な随伴者と、賑やかすぎる通学路
「……ん、ぁ……」
朝。カーテンの隙間から差し込む陽光の眩しさに、私は重いまぶたをゆっくりと持ち上げた。
極悪な燃費のせいで、目覚めた瞬間からマナ残量は心許ない。息をしているだけでカロリーが奪われていく私の身体は、無駄なものが一切削ぎ落とされた、ひどく華奢で細身な作りをしている。手首や足首はすらりとしていて、全体的に線の細いスレンダーなラインを描いているけれど、胸元だけは平坦で、起伏らしい起伏はほとんどない。
今日も一日、この燃費の悪い身体でどれだけエネルギーを節約して過ごせるか……そんなことを考えながら、だるい上体を起こそうとした、その時だった。
「おはようございます、マスター。起床時間から3分遅延しています。ただちにバイタルチェックを開始します」
「……っ、なっ、……え?」
視界に飛び込んできたのは、ベッドのすぐ横に直立不動で佇む、銀髪の美少女だった。
昨日、訓練場で私を凝視していた機械族の少女――ノヴァだ。
彼女の姿は、ひと言で言えば『完璧』だった。
旧世界の遺物である彼女の身体には、造物主の偏執的なまでの美意識が詰め込まれている。メイド服に包まれたそのプロポーションは華奢で凹凸が少なく、まるで精巧に作られたマネキンのようだった。けれどそれは決して未熟なわけではなく、頭の先から爪先まで、完璧な黄金比の造形美を体現している。戦闘用ロボットとしての極限の機能美を追求した結果生み出された、一切の無駄がない無機質な美しさがそこにあった。
「……あなた、なんで私の部屋にいるのかしら。不法侵入で通報していい?」
「否定します。私はマスターの専属メイドとして、マナ消費を最小限に抑えるための環境構築を任務としています。すでに部屋の清掃、室温の最適化、およびマナ効率に特化した朝食の準備を完了しました」
見れば、散らかっていたはずの部屋は塵一つなく磨き上げられ、テーブルには昨日私が食べていた『鮭蕎麦』をさらに高効率に昇華させたような、見た目にも美しい完全栄養食が並んでいる。
「……頼んだ覚えはないわ。私は一人で静かに過ごしたいの。他人が近くにいるとマナの波長が乱れるから、出て行ってちょうだい」
冷たく突き放して、私は再び布団に潜り込もうとした。マナの波長もそうだが、私は何より、他者から発せられる生々しい『血の匂い』と熱を本能的に嫌悪している。
けれど、ノヴァは表情一つ変えずに、透き通るような声で言葉を重ねた。
「私は機械族です。生物のような鼓動も、マナの揺らぎも、不快な『血の匂い』も存在しません。私はただの、最も効率的で無機質な『道具』です。……それでも、排除しますか?」
その言葉に、私はピタリと動きを止めた。
確かに、シラヌイやルシアンのような強烈な生体反応が、ノヴァからは一切感じられない。私が最も忌み嫌う、あの鼻をつくような血の匂いもしない。ただ、そこにあるのは澄み渡った静謐な空気と、微かに香るオイルのような清潔な匂いだけだ。
一緒にいても、マナを削られる感覚がない。それは私にとって、ひどく都合のいい存在だった。
しかし――。
「……道具なんて、言わないの」
私は布団から顔を出し、小さく、深大なため息をついた。
血も涙もない機械。そう自称するマネキンのように美しい彼女の瞳の奥に、なぜかひどく不器用な意志の光を見た気がしたのだ。
「……勝手にしなさい。ただし、私の睡眠を妨げないこと。いいわね?」
『了解しました、マスター』
ノヴァの瞳の奥で、微かに光が明滅した。まるで感情を持たないはずのAIが、微かなエラーを起こしたかのように。それが彼女なりの「喜び」の表現だとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
* * *
「マスター、現在のあなたの筋肉量では、歩行によるマナ消費が非効率の極みです。階段は私がお運びします」
「……ちょっと、やめなさいって言ってるでしょ」
寮を出て校舎へ向かう道中。ノヴァは私を「お姫様抱っこ」して運ぼうと、虎視眈々と私の脇や膝の裏にその細く力強い腕を差し込もうとしてくる。完璧な黄金比のメイドに抱き抱えられそうになっている私の姿は、どう見ても滑稽だ。
「拒否は非論理的です。私の駆動マナを使用することで、マスターの歩行エネルギーを100%削減可能です。私のボディは高いショック吸収性を備えており、マスターの華奢な身体に負担はかけません」
「目立つのよ。私は静かに……っ」
「あーーーっ!! ズルイ!! ノヴァ、アンタばっかりシャルルにベタベタして!!」
空から純白の羽をバサバサと羽ばたかせ、猛スピードで降臨してきたのは天使族のシエルだった。
ドンッ! と、少し粗削りな着地音と共に彼女が私の前に降り立つ。
「アタシだってシャルルを運びたいもん! ノヴァが歩いて運ぶなら、アタシは空飛んで運ぶ! そっちの方が絶対速いし、景色もいいんだから!」
シエルはノヴァを指差して顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
健康的にうっすらと日焼けした肌、短めのスカートから伸びる引き締まった太もも。そして、バサッと羽を揺らすたびに、スポーティな制服の下で思いのほか豊満な胸がブルンッと大きく揺れる。天使という神聖な種族でありながら、彼女の体型はひどく肉感的で、生命力に溢れていた。私やノヴァのような凹凸の少ないスレンダーな身体とは正反対の、エネルギッシュなプロポーションだ。
「シャルル、アタシの背中に乗りなよ! ね!? 絶対落とさないからさ!」
「……。二人とも、朝から騒がしいわよ。マナが響いて頭が痛いわ」
無機質で完璧なプロポーションを持つ機械メイドと、生命力とボリューム感に溢れる天使。
両極端な魅力を持つ二人に左右から腕を引っ張られ、私は今日何度目か分からない深大なため息を吐き出した。
周囲の生徒たちが「おい、あの階位なし、シラヌイ様だけじゃなくノヴァとシエルまで侍らせてるぞ……」と驚愕と嫉妬の視線を送っているのが、肌を刺すように痛い。
「ちょっと、羽を散らさないで。」
「えっ、あ、ごめん! ……アタシ、また図々しかった……?」
私が冷たい声でピシャリと撥ね退けると、さっきまでの威勢が嘘のように、シエルの真っ白な巨大な羽がふくらみ、彼女自身の豊満な体をすっぽりとドーム状に覆い隠してしまった。羽の隙間から、涙目でチラチラとこちらを窺っている。防御力ゼロのその反応に、私は思わず毒気を抜かれてしまった。
その喧騒を、少し離れた校舎の窓から静かに見つめている影があった。
眼鏡の奥の鋭い瞳で、シャルルのマナの波形を冷静に分析しているのは、サキュバス族のエリート・リゼだ。
彼女の手元の書類には、シャルルに関する詳細な観察記録がびっしりと書き込まれている。
タイトな制服のブラウスは、彼女の規格外に豊かなバストを下から押し上げるように窮屈そうに悲鳴を上げており、交差させた脚は色気のある艶やかなラインを描いていた。まさに男を狂わせるサキュバスの完成形とも言える体型だ。
「……華奢で細身な身体。マナの残量も常に底辺。だというのに……ノヴァをあれほどまで従順にさせ、天使族のシエルすら手懐けている。……シャルル、あなたはいったい何者なのですか?」
リゼは不敵に、けれどどこか苛立たしげに豊潤な唇の端を吊り上げた。
「階位なしという『偽り』の裏に隠された真実……わたくしが必ず暴いてみせますわ」
当の本人の私はといえば、左右で張り合う二人の美少女をどうにか引き剥がそうと、重い足を引きずりながら、また一つため息をこぼしていた。
「……はぁ。やっぱり、今日もお休みすればよかったわ」




