屋台とお化けと、遅れてきた青春
「――というわけでシャルル様! 本日のシフトは我々にお任せいただき、どうか存分に学園祭をお楽しみくださいませ!」
学園祭二日目の朝。
私たちのクラスの委員長が、もみ手をする勢いで私に深く頭を下げた。
昨日、たった一日で学園祭の過去最高売上記録をぶっちぎりで更新し、金貨の山を築き上げた私たちの『メイド喫茶・シャルル』。クラスメイトたちはすっかり私を「富と勝利をもたらす女神」として崇拝しており、今日は私にゆっくり休んでもらおうと気を利かせてくれたらしい。
「……そう。じゃあ、お言葉に甘えて適当に遊んでくるわ。売上の計算、間違えないようにね」
「ハッ! 命に代えましても!」
大げさなクラスメイトたちに見送られ、私はメイド服から動きやすい私服に着替えて、賑わう学園のメインストリートへと足を踏み出した。
「わぁぁっ、シャルル見て! あっちにクレープ屋さんがある! あ、こっちは魔獣の丸焼き串だって!」
私服のシエルが、純白の羽をパタパタと揺らしながら目を輝かせている。
彼女は昨日のメイド服も似合っていたけれど、オーバーサイズのパーカーにショートパンツというラフな格好も、年相応の学生らしくてすごく可愛い。
「シエルさん、走ると迷子になりますわよ。……マスター、本日の巡回ルートですが、わたくしが全150の出店から『疲労度ゼロ・満足度MAX』の黄金ルートを構築いたしましたわ」
秘書モードのリゼが、タイトスカートを揺らしながら魔導タブレットを掲げてドヤ顔をする。
「……マスター。不測の事態に備え、空間収納の容量を空けてきました。荷物持ち、食べ歩きのゴミ処理、および害虫の排除はすべて当機にお任せください」
そして私の真後ろには、完璧なメイド服姿のまま、両手にすでに十個以上の紙袋(シラヌイが買い食いしたもの)を抱えたノヴァがピタリと追従している。
「ノヴァはメイド服のままなのね……まぁ、便利だからいいけど。みんな、今日は難しいことは考えずに、適当に楽しむわよ」
「ふふっ、そうじゃな。昨日しこたま稼いだんじゃ、今日は豪遊と洒落込もうではないか!」
リンゴ飴をかじりながら、シラヌイが楽しそうに笑う。
神族の脅威も、絶対階位の反動も、今日だけは全部忘れる。
私たちはただの「特級学園の生徒」として、お祭りの喧騒の中へと飛び込んでいった。
* * *
「……なによこれ」
最初に向かったのは、死霊魔術科の生徒たちが本気で作ったという『超本格・恐怖の館(お化け屋敷)』だった。
「学生のお化け屋敷なんて、可愛いものよね」と高を括って入ったのだが、そこは本物の低級霊やゾンビが徘徊し、血の臭いまで再現されたガチすぎるホラー空間だった。
「ひぃぃぃっ! シャルルぅ、怖いよぉぉっ!」
シエルが涙目になりながら、私の右腕にギュッと抱きついて離れない。
昨日の夢の件があってから少し距離感がバグっている彼女の、柔らかい胸の感触が腕に押し付けられて、少しだけ歩きにくい。
「……シエル、羽が邪魔よ。それに、ただの幻術と低級霊の寄せ集めでしょ? 埃が舞うから静かに歩きなさい」
「だって、だってぇ……! ほら、あそこから首のない騎士が……!」
暗闇の奥から、ガシャァァン! と鎖を引きずる音を立てて、巨大なデュラハンが現れた。
客を脅かすための、死霊魔術科の切り札らしい。
「――対象の敵対行動を検知。これより、物理的除霊を開始します」
「待てノヴァ、腕の機装刃をしまいなさい。ただの出し物よ、学園の備品を粉砕する気?」
即座に首無し騎士をバラバラにしようとしたノヴァを制止する。
だが、首無し騎士は私たちに襲いかかってくるどころか、私の目の前まで来ると「ヒッ……!」と短い悲鳴を上げ、ガタガタと震えながらその場に正座してしまった。
『……っ、も、申し訳ありません、絶対階位の覇王様……っ! わ、我々のような下等な死霊が、脅かそうなどとおこがましい真似を……! どうか、浄化だけはお許しを……!』
なんと、お化け役の死霊たちが、私から無意識に漏れ出ているマナの圧に恐怖し、次々と土下座を始めてしまったのだ。
「……あら、これじゃただの謁見の間ですわね」
リゼが呆れたように眼鏡を押し上げる。
結局、私たちは土下座するお化けたちの間を悠々と歩き抜け、何一つ脅かされることなく出口へと到達してしまった。
「……全然怖くなかったわね」
「うぅ……アタシは寿命が縮んだよぉ……」
涙目のシエルをなだめながら、私たちは次の屋台へと向かった。
* * *
「おっ、あそこの射的、なかなか景品が豪華じゃな」
シラヌイが見つけたのは、的当て魔法を使った『魔導射的』の屋台だった。
棚の一番上には、シエルが欲しがっていた可愛らしい巨大な『天使のクマのぬいぐるみ』が飾られている。
「よし、わたくしの精密魔力コントロールを見せて差し上げますわ!」
リゼが意気揚々とコインを支払い、魔力の弾丸を放つ。
パァン! と見事に的を射抜いた……はずなのだが、的は微かに揺れただけで倒れなかった。
「な、なんですって!? わたくしの弾道計算は完璧でしたのに!」
「……ふふん、残念だったな。この的は特殊な重力魔法で固定されてるんだ。そう簡単には倒れねぇよ」
屋台を仕切っているチャラい上級生が、ニヤニヤと笑いながら煽ってくる。
どうやら、学生の出し物によくある『インチキ屋台』らしい。
「むむむ……っ、卑怯ですわ! サキュバスの誇りにかけて、必ず落としてみせます!」
リゼがムキになって何度も挑戦するが、どうしても的は倒れない。
「……代わってください、リゼ様。確率操作による詐欺行為は、マスターの空間において不愉快です」
見かねたノヴァが、スッと前に出た。
「おっ? なんだなんだ、可愛いメイドさんもやってみるか?」
「……演算完了。的の重力魔法の波長、解析済み。……反作用のベクトルを上乗せし、物理的に破砕します」
ノヴァは指先を銃の形にし、無機質な声で告げた。
バチュンッ!!
放たれたのは、ただの魔力弾ではない。ノヴァのコアで極限まで圧縮され、重力魔法を相殺する『アンチ・グラビティ』の力を持たせた、もはや兵器のような一撃だった。
ドガァァァァンッ!!
「ひぃっ!?」
的が倒れるどころか、棚ごと木っ端微塵に吹き飛び、屋台のテントに大きな風穴が開いた。
「……対象の破壊を確認。景品の『クマのぬいぐるみ』を獲得しました」
ノヴァは何事もなかったかのように、無傷で残った巨大なぬいぐるみを拾い上げ、シエルに手渡した。
「わぁぁっ! ありがとうノヴァ! すっごく可愛い!」
「……お前ら、出禁な……」
真っ白になった屋台の店主を放置して、私たちは大笑いしながら射的屋を後にした。
* * *
夕暮れ時。
学園祭の二日目を締めくくる『後夜祭の花火』を見るため、私たちは中庭の芝生に座っていた。
「……はむっ。この焼きそば、すごく美味しいわね」
私はノヴァが買ってきてくれた屋台の焼きそばを頬張りながら、心地よい風に目を細めた。
隣ではシエルがぬいぐるみを抱きしめ、リゼとシラヌイが買ってきたお酒(学生なのに)でこっそり乾杯している。ノヴァは私の背後に立ち、静かに私の髪を梳いてくれていた。
ヒュ〜〜〜……ドーンッ!!
夜空に、魔法科の生徒たちが打ち上げた色鮮やかな大輪の花火が咲いた。
光が私たちの顔を赤や青に照らし出す。
「……綺麗だね、シャルル」
シエルが、そっと私の肩に頭を乗せてきた。
「ええ。埃が舞わなくて、いい花火ね」
私は彼女の温かい体温を感じながら、ふと思った。
今まで、面倒くさいことは全部避けてきた。誰かと関わるのも、お祭り騒ぎも、私の趣味じゃないって思ってた。
でも、こうしてバカみたいに笑って、美味しいものを食べて、ただ空を見上げるだけの時間が。
(……これが『青春』ってやつなら、悪くないわね)
「マスター。……心拍数が、とても穏やかです。楽しんでいただけたようで、当機も幸福を感知しています」
おでこを合わせなくても、ノヴァには私の気持ちが伝わっているらしい。
「ええ。最高の二日目だったわ。……みんな、ありがとう」
私が素直にそう言うと、シエルは顔を真っ赤にして私を抱きしめ、リゼは「もったいないお言葉!」と感動してむせ、シラヌイは優しく微笑んで私の頭を撫でた。
特級学園の夜空に咲く花火の下で。
化け物でも、忌み子でもない、ただの学生としての遅れてきた青春を、私は心の中にしっかりと刻み込んでいた。




