表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/33

屋台とお化けと、遅れてきた青春

「――というわけでシャルル様! 本日のシフトは我々にお任せいただき、どうか存分に学園祭をお楽しみくださいませ!」


学園祭二日目の朝。

私たちのクラスの委員長が、もみ手をする勢いで私に深く頭を下げた。

昨日、たった一日で学園祭の過去最高売上記録をぶっちぎりで更新し、金貨の山を築き上げた私たちの『メイド喫茶・シャルル』。クラスメイトたちはすっかり私を「富と勝利をもたらす女神」として崇拝しており、今日は私にゆっくり休んでもらおうと気を利かせてくれたらしい。


「……そう。じゃあ、お言葉に甘えて適当に遊んでくるわ。売上の計算、間違えないようにね」


「ハッ! 命に代えましても!」


大げさなクラスメイトたちに見送られ、私はメイド服から動きやすい私服に着替えて、賑わう学園のメインストリートへと足を踏み出した。


「わぁぁっ、シャルル見て! あっちにクレープ屋さんがある! あ、こっちは魔獣の丸焼き串だって!」


私服のシエルが、純白の羽をパタパタと揺らしながら目を輝かせている。

彼女は昨日のメイド服も似合っていたけれど、オーバーサイズのパーカーにショートパンツというラフな格好も、年相応の学生らしくてすごく可愛い。


「シエルさん、走ると迷子になりますわよ。……マスター、本日の巡回ルートですが、わたくしが全150の出店から『疲労度ゼロ・満足度MAX』の黄金ルートを構築いたしましたわ」


秘書モードのリゼが、タイトスカートを揺らしながら魔導タブレットを掲げてドヤ顔をする。


「……マスター。不測の事態に備え、空間収納の容量を空けてきました。荷物持ち、食べ歩きのゴミ処理、および害虫の排除はすべて当機ワタシにお任せください」


そして私の真後ろには、完璧なメイド服姿のまま、両手にすでに十個以上の紙袋(シラヌイが買い食いしたもの)を抱えたノヴァがピタリと追従している。


「ノヴァはメイド服のままなのね……まぁ、便利だからいいけど。みんな、今日は難しいことは考えずに、適当に楽しむわよ」


「ふふっ、そうじゃな。昨日しこたま稼いだんじゃ、今日は豪遊と洒落込もうではないか!」

リンゴ飴をかじりながら、シラヌイが楽しそうに笑う。


神族の脅威も、絶対階位の反動も、今日だけは全部忘れる。

私たちはただの「特級学園の生徒」として、お祭りの喧騒の中へと飛び込んでいった。


* * *


「……なによこれ」


最初に向かったのは、死霊魔術科の生徒たちが本気で作ったという『超本格・恐怖の館(お化け屋敷)』だった。

「学生のお化け屋敷なんて、可愛いものよね」と高を括って入ったのだが、そこは本物の低級霊やゾンビが徘徊し、血の臭いまで再現されたガチすぎるホラー空間だった。


「ひぃぃぃっ! シャルルぅ、怖いよぉぉっ!」


シエルが涙目になりながら、私の右腕にギュッと抱きついて離れない。

昨日の夢の件があってから少し距離感がバグっている彼女の、柔らかい胸の感触が腕に押し付けられて、少しだけ歩きにくい。


「……シエル、羽が邪魔よ。それに、ただの幻術と低級霊の寄せ集めでしょ? 埃が舞うから静かに歩きなさい」

「だって、だってぇ……! ほら、あそこから首のない騎士が……!」


暗闇の奥から、ガシャァァン! と鎖を引きずる音を立てて、巨大なデュラハンが現れた。

客を脅かすための、死霊魔術科の切り札らしい。


「――対象の敵対行動を検知。これより、物理的除霊を開始します」


「待てノヴァ、腕の機装刃ブレードをしまいなさい。ただの出し物よ、学園の備品を粉砕する気?」

即座に首無し騎士をバラバラにしようとしたノヴァを制止する。


だが、首無し騎士は私たちに襲いかかってくるどころか、私の目の前まで来ると「ヒッ……!」と短い悲鳴を上げ、ガタガタと震えながらその場に正座してしまった。


『……っ、も、申し訳ありません、絶対階位の覇王様……っ! わ、我々のような下等な死霊が、脅かそうなどとおこがましい真似を……! どうか、浄化だけはお許しを……!』


なんと、お化け役の死霊たちが、私から無意識に漏れ出ているマナのオーラに恐怖し、次々と土下座を始めてしまったのだ。


「……あら、これじゃただの謁見の間ですわね」

リゼが呆れたように眼鏡を押し上げる。

結局、私たちは土下座するお化けたちの間を悠々と歩き抜け、何一つ脅かされることなく出口へと到達してしまった。


「……全然怖くなかったわね」

「うぅ……アタシは寿命が縮んだよぉ……」

涙目のシエルをなだめながら、私たちは次の屋台へと向かった。


* * *


「おっ、あそこの射的、なかなか景品が豪華じゃな」


シラヌイが見つけたのは、的当て魔法を使った『魔導射的』の屋台だった。

棚の一番上には、シエルが欲しがっていた可愛らしい巨大な『天使のクマのぬいぐるみ』が飾られている。


「よし、わたくしの精密魔力コントロールを見せて差し上げますわ!」


リゼが意気揚々とコインを支払い、魔力の弾丸を放つ。

パァン! と見事に的を射抜いた……はずなのだが、的は微かに揺れただけで倒れなかった。


「な、なんですって!? わたくしの弾道計算は完璧でしたのに!」

「……ふふん、残念だったな。この的は特殊な重力魔法で固定されてるんだ。そう簡単には倒れねぇよ」

屋台を仕切っているチャラい上級生が、ニヤニヤと笑いながら煽ってくる。

どうやら、学生の出し物によくある『インチキ屋台』らしい。


「むむむ……っ、卑怯ですわ! サキュバスの誇りにかけて、必ず落としてみせます!」

リゼがムキになって何度も挑戦するが、どうしても的は倒れない。


「……代わってください、リゼ様。確率操作による詐欺行為は、マスターの空間において不愉快です」


見かねたノヴァが、スッと前に出た。


「おっ? なんだなんだ、可愛いメイドさんもやってみるか?」

「……演算完了。的の重力魔法の波長、解析済み。……反作用のベクトルを上乗せし、物理的に破砕します」


ノヴァは指先を銃の形にし、無機質な声で告げた。

バチュンッ!!


放たれたのは、ただの魔力弾ではない。ノヴァのコアで極限まで圧縮され、重力魔法を相殺する『アンチ・グラビティ』の力を持たせた、もはや兵器のような一撃だった。


ドガァァァァンッ!!


「ひぃっ!?」

的が倒れるどころか、棚ごと木っ端微塵に吹き飛び、屋台のテントに大きな風穴が開いた。


「……対象の破壊を確認。景品の『クマのぬいぐるみ』を獲得しました」

ノヴァは何事もなかったかのように、無傷で残った巨大なぬいぐるみを拾い上げ、シエルに手渡した。


「わぁぁっ! ありがとうノヴァ! すっごく可愛い!」

「……お前ら、出禁な……」

真っ白になった屋台の店主を放置して、私たちは大笑いしながら射的屋を後にした。


* * *


夕暮れ時。

学園祭の二日目を締めくくる『後夜祭の花火』を見るため、私たちは中庭の芝生に座っていた。


「……はむっ。この焼きそば、すごく美味しいわね」

私はノヴァが買ってきてくれた屋台の焼きそばを頬張りながら、心地よい風に目を細めた。

隣ではシエルがぬいぐるみを抱きしめ、リゼとシラヌイが買ってきたお酒(学生なのに)でこっそり乾杯している。ノヴァは私の背後に立ち、静かに私の髪を梳いてくれていた。


ヒュ〜〜〜……ドーンッ!!


夜空に、魔法科の生徒たちが打ち上げた色鮮やかな大輪の花火が咲いた。

光が私たちの顔を赤や青に照らし出す。


「……綺麗だね、シャルル」

シエルが、そっと私の肩に頭を乗せてきた。

「ええ。埃が舞わなくて、いい花火ね」


私は彼女の温かい体温を感じながら、ふと思った。

今まで、面倒くさいことは全部避けてきた。誰かと関わるのも、お祭り騒ぎも、私の趣味じゃないって思ってた。

でも、こうしてバカみたいに笑って、美味しいものを食べて、ただ空を見上げるだけの時間が。


(……これが『青春』ってやつなら、悪くないわね)


「マスター。……心拍数が、とても穏やかです。楽しんでいただけたようで、当機ワタシも幸福を感知しています」

おでこを合わせなくても、ノヴァには私の気持ちが伝わっているらしい。


「ええ。最高の二日目だったわ。……みんな、ありがとう」


私が素直にそう言うと、シエルは顔を真っ赤にして私を抱きしめ、リゼは「もったいないお言葉!」と感動してむせ、シラヌイは優しく微笑んで私の頭を撫でた。


特級学園の夜空に咲く花火の下で。

化け物でも、忌み子でもない、ただの学生としての遅れてきた青春を、私は心の中にしっかりと刻み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ