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前夜の狂騒曲と、天使たちのパジャマパーティー

「……ああ、もう。学園祭なんて、明日が本番じゃなくて今日で終わりでいいじゃない」


特級学園、学園祭前日の夜。

本来なら、準備を終えた生徒たちが期待に胸を膨らませて眠りにつく時間だ。けれど、私のクラス『メイド喫茶・シャルル』の準備会場――演習室は、いまだに眩い光と、怒号に近い熱気に包まれていた。


「却下です、シエル様! その羽のボリュームでは、入り口の装飾をなぎ倒してしまいます! 即座に0.3パーセントの圧縮を!」


「無理だよノヴァぁ! これ以上小さくしたらアタシ、バランス崩して転んじゃうもん!」


まず始まったのは、衣装の最終フィッティングだった。

ノヴァが徹夜で仕立てた最高級のメイド服を前に、シエルが巨大な純白の羽をバタつかせて四苦八苦している。背中の布地がどうしても羽の付け根に干渉してしまい、無理に着ようとすると「ビリッ」と不穏な音が響くのだ。


「ふふふ……そんな悩み、わたくしが解決して差し上げますわ!」


そこに、自身の完璧なプロポーションをこれでもかと強調した、際どい(というかほぼ背中の布面積がない)メイド服を纏ったリゼが、妖しく魔導書を開いて割って入った。


「シエルさん、そんな窮屈な服は脱ぎ捨てて、わたくしの考案した『開放型・ストリングメイド』に改造しましょう! これなら羽の邪魔にもなりませんし、お客様……いえ、シャルルさんの視線も釘付け間違いなしですわ!」


「えっ、そ、そんなエッチな服、アタシ着れないよ! シャルル、これ、どう思う……?」


シエルが顔を真っ赤にして私に助けを求めてくる。

私はソファに沈み込み、半分意識を飛ばしながら答えた。


「……リゼ。それをシエルに着せたら、学園祭が始まる前に風紀委員に連行されるわよ。露出は控えめにしなさい」


「マスターの指示を受理。……リゼ様の卑猥な設計案を破棄し、裁断裁縫を開始します」


その瞬間、ノヴァの指先が視認できないほどの超高速で動き始めた。

「シュシュシュシュッ!」という乾いた音とともに、ノヴァはシエルの羽の可動域を完璧に計算したスリットを秒速で刻み、さらに特殊なマナ糸で補強。一分後には、清楚さと可憐さを両立した、シエルにぴったりの『翼神メイド服』が完成していた。


「わ、わわっ! すごい、ぴったり! さすがノヴァ!」

「当然です。……さて、衣装の次は『味』の最終調整です。マスター、こちらへ」


* * *


衣装トラブルが一段落したかと思えば、今度はノヴァによる『無限テイスティング地獄』が幕を開けた。


「……ノヴァ。私、もう紅茶は一生分飲んだ気がするんだけど」


「否定します。マスターの味覚データによれば、先ほどの第1042番試作アールグレイは、わずかに渋みが強すぎました。こちらの第1043番……ベルガモットの配合を0.01ミリグラム調整したものを、再度チェックしてください」


「……んぐっ。……もう、全部同じ味にしか思えないわよ……」


私は目の前に次々と差し出されるカップを、機械的に口に運んでいた。

マナが回復したことで体調は万全だけど、精神的な疲労はマナでは癒せない。リゼも「わたくしの淹れた特製媚薬……いえ、ハーブティーも試してください!」と割り込んでくるし、演習室はもはや液体だらけだ。


「ふふっ。お主ら、真面目すぎるのう。……少し遊び心が足りんのではないか?」


窓枠で月を眺めていたシラヌイが、クスクスと笑いながら私の側に降り立った。

彼女は懐から、琥珀色の液体が入った小さな瓶を取り出す。


「これは妖狐一族に伝わる『霊蜂の蜜』じゃ。これを一滴加えるだけで、どんな飲み物も至高の甘露へと変わるぞ。……シエル、お主に味見をさせてやろう」


「え、いいの!? いただくね!」


喉がカラカラだったシエルは、シラヌイが紅茶に垂らしたその蜜を、勢いよく飲み干した。

その、直後だ。


「……あ、れ? なんだか、身体が、ぽかぽかする……。えへへ、シャルルぅ〜」


「シ、シエル!? ちょっと、近すぎ……」


シエルの瞳がとろんと蕩け、彼女はまるで酒に酔ったように私の腕に抱きつき、顔をすり寄せてきた。

「シャルルのお口、すっごく甘い匂いがする……。ねぇ、夢の続き、しちゃダメかなぁ……?」


「――エラー! シエル様の精神状態に異常な昂揚を検知! 排除します!」

「あら、シラヌイ様……抜け駆けは感心しませんわね! わたくしも混ぜていただきますわ!」


ノヴァがアームを出し、リゼが鼻息を荒くし、シエルが甘えまくる。

カオスを通り越して地獄絵図と化した演習室から、私は「……もう寝る」と一言だけ言い残し、音もなく自室へと脱出したのだった。


* * *


深夜。

私の自室のベッドには、お見舞い品だった『超低反発・無重力クラウドピロー』が置かれ、私はそこに顔を埋めて深い眠り……の直前の、まどろみの中にいた。


「……シャルル、寝ちゃったね」

「ふふっ。あんな騒ぎから一人で抜け出すとは、相変わらず逃げ足の速いお姫様じゃ」


不意に、部屋の中でひそひそと囁き合う声が聞こえた。

薄く目を開けると、いつの間にか私の部屋に、シエル、リゼ、シラヌイ、そしてノヴァの四人が集まっていた。

皆、先ほどのメイド服や制服ではなく、思い思いのゆったりとしたパジャマやネグリジェ姿に着替えている。どうやら、私が逃げた後で片付けを終え、私の部屋でパジャマパーティーを始めたらしい。


「わたくしたちも、明日に備えて休まなければなりませんわね。……でも、シャルルさんの寝顔を見ていると、なんだか安心いたしますわ」

リゼが、シルクのネグリジェの裾を直しながら、私のベッドの傍らに座った。


「うん……。アタシも」

先ほどの蜜の酔いが覚めたらしいシエルが、もこもこのパジャマ姿でクッションを抱きしめ、少しだけ真剣な表情になった。


「ねぇ。……アタシが倒れてた時に見た、シャルルの夢の話……覚えてる?」


シエルの言葉に、部屋の空気が少しだけ静かになった。

私は寝たふりをしながら、そっと耳を澄ます。


「……シエルがキスをしたってやつよね?」

リゼが小声で確認すると、シエルは小さく頷いた。


「あの時……夢の中でシャルルに触れた時、すごく悲しくて、でも温かいものが流れ込んできたの。……ただの夢だって思ってたけど、でも……あの大天狗との戦いで、シャルルが『絶対階位』を使った時……アタシ、寝てたのに、シャルルの心が叫んでるのが分かった気がしたんだ」


「……血じゃな」

シラヌイが、寝巻き代わりの薄い浴衣をはだけさせながら、妖艶に微笑んだ。


「妾の血を吸い、妾の命をその身に宿したシャルルじゃ。……そして、お主らもまた、戦いや治療を通して、あやつのマナと深く深く混ざり合った。……血を分かち、魂を重ねた妾たちには、シャルルの魂の奥底の『孤独』や『悲しみ』が、夢を通して流れ込んでくるのやもしれんな」


シラヌイの言葉に、シエルとリゼが愛おしそうに私を見つめた。


「……マスター」


その時。

ずっと無言で立っていたノヴァが、静かにベッドに近づき、私の顔を覗き込んだ。

彼女のパジャマ姿は、白を基調としたシンプルなキャミソールだったが、その人工の肌は月の光を反射して透き通るように美しい。


「私には、血がありません。シラヌイ様のように、血を通してマスターの夢を見ることはできないかもしれない」


ノヴァはそう呟くと、ゆっくりと顔を近づけ――私の前髪をそっと払いのけ、自分の冷たいおでこを、私のおでこに「コツン」と当てた。


「でも。……こうして演算領域を直結させれば、マスターの脳の波長、心拍の揺らぎ……すべてが、私のコアに伝わってきます。……血がなくても、私はマスターの思考と、誰よりも深く繋がっている」


おでこ越しに伝わってくる、ノヴァの静かな駆動音と、冷たくて心地よい体温。

「抜け駆けですわよ、ノヴァさん!」とリゼが小さく抗議し、「アタシもシャルルにくっつくー!」とシエルが私の背中に潜り込んでくる。シラヌイも呆れたように笑いながら、私の足元に丸くなった。


(……ああ、もう。本当に重いわね、この子たち)


みんなの体温と気配に包まれて、私は心の中で小さく悪態をついた。

孤独で、飢えていて、暗闇の底で死にかけていた私。

それが今では、こんなに温かくて、騒がしい連中に囲まれて眠りについている。


「……おやすみなさい、私の世界で一番大切な人たち」


誰かが、そっと私の頬を撫でた気がした。

明日はいよいよ、特級学園の学園祭。

どれだけ面倒くさいことが起きようと、この温かい居場所だけは、何があっても守り抜こう。


私は静かな決意と共に、今度こそ本当に、深く優しい眠りへと落ちていった。

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