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天使の羽と、忍び寄る絶対の闇

「……はぁ、やっと座れたわ」


特級学園の巨大な学生食堂。喧騒から少し離れた窓際の席で、私は深く、深大に重いため息をついた。

午前中の授業を受けただけで、私の体内マナはすでにすっからかんのレッドゾーンだ。三つの相反する力を抑え込むだけで、カロリーも塩分も異常なスピードで消費されていく。


私は目の前に置かれたお盆を見つめた。

本日の私のエネルギー補給食は『香ばしく焼かれた厚切りの鮭と、たっぷりの揚げ玉を乗せた冷やし蕎麦』。手早く塩分と良質なタンパク質、そしてカロリーを摂取しつつ、咀嚼のエネルギーすら節約できる私考案の最強の省エネメニューだ。


「いただきます……」

気怠げに箸を割り、鮭をほぐして蕎麦と一緒に口へ運ぼうとした、その時だった。


「お主、本当に無駄のない動きをするのう」


ふわりと甘いお香の匂いが漂い、向かいの席に誰かが滑り込んできた。

視線を上げると、昨日の放課後に勝手に絡んできた妖狐――シラヌイが、艶やかな着物の袖で口元を隠しながらクスクスと笑っていた。


「……あなた、暇なの? 私は今から死活問題のエネルギー補給をするところなんだけど」

「冷たいのう。妾はただ、お主の徹底した『省エネっぷり』を観察しておるだけじゃよ。歩く歩幅、呼吸の浅さ、そしてその食事。すべてが極限までマナと体力の消費を抑えるために計算され尽くしておる。本当に、見ていて飽きない面白い生き物じゃ」


「……悪趣味ね」

ため息をつき、私は再び蕎麦に箸を伸ばす。シラヌイは九つの尾をゆらゆらと揺らしながら、まるで面白い見世物でも見るような目で私を観察し続けている。


その時だった。


「みーーーーーっけたぁぁぁぁっ!!」


ドバンッ!! と、食堂の窓が勢いよく開き、強風と共に「白い塊」が弾丸のようなスピードで突っ込んできた。


「ちょっと、埃が……!」


私は咄嗟に『妖力』を微細にコントロールし、自分の蕎麦と鮭を守るように薄い膜を張った。

テーブルのすぐ横にドンッ!と着地したのは、健康的に日焼けした肌と、背中に巨大な純白の羽を持つスポーティな少女だった。天使族特有の透き通るようなマナを纏っているが、その勢いは完全に野生の獣だ。


「アタシ、シエル!! ねぇねぇ、昨日の入学式のアンタだよね!? どうして吸血鬼の血が混ざってるのに、アタシたちと同じ『天力』が使えたの!? ねぇ、教えて教えて!」


シエルと名乗った天使は、大きな羽をバサバサと羽ばたかせながら、ものすごいテンションで距離を詰めてくる。顔が近すぎる。


「……はぁ。うるさいわね、あなた。声が大きすぎてマナが響くのよ」

「えっ、あ、ごめん! アタシ、気になったら止まんなくて! っていうかアンタ、近くで見るとめっちゃいい匂いするし、お人形さんみたいで可愛い……じゃなくて! 天力の話! あれどうやったの!?」


ガンガンと身を乗り出してくるシエル。そのたびに、彼女の背中からふわりと真っ白な羽毛(マナの光)が舞い散る。


「……っ」

私はあからさまに眉をひそめた。

「ちょっと、羽を散らさないでちょうだい。私のお蕎麦に埃が入るでしょう。……だいたい、初対面でそんなに騒がしいなんて、教養が足りないんじゃないかしら」


冷たい声でピシャリと撥ね退ける。

普通なら怒るかムッとする場面だろう。しかし、シエルは目を見開いた後――。


「えっ……あ、その……ご、ごめんなさい……」


シエルの真っ白な巨大な羽がふくらみ、彼女自身の体をすっぽりとドーム状に覆い隠してしまった。

羽の隙間から、顔を真っ赤に茹でダコのように染めたシエルが、涙目でチラチラとこちらを窺っている。


「ア、アタシ……初対面なのに、図々しかった、よね……うぅ、恥ずかしい……消えたい……」

「……」


なんだこの生き物。さっきまでの威勢はどこに行ったのか。

防御力ゼロのその反応に、私は思わず毒気を抜かれてしまった。


「ククク……っ、あはははは!」

向かいの席で、シラヌイが腹を抱えて笑い出した。

「傑作じゃ! 権力者の一族でありながら学園一のトラブルメーカーと名高い自由人、あのシエルが、一言でシュンと丸まってしまいおった! いやはや、シャルル、お主は本当に天性のタラシじゃのう!」


「意味が分からないわ。私はただ、静かにご飯が食べたいだけなのに」

完全に丸まってしまった白い羽の天使シエルと、愉快そうに笑う妖狐シラヌイに挟まれながら、私は今日一番の深大なため息をつき、冷めた蕎麦をすすった。


* * *


その頃、学園の廊下の片隅にある誰もいない空き教室。

ルシアンは窓枠をドンッと殴りつけ、憎悪に顔を歪めていた。


「……あの、クソ忌み子め。よくも、よくも俺のプライドを泥に塗ってくれたな……!」

「ル、ルシアン様、落ち着いてください! あの天力はきっと何かの間違いか、トリックに決まっています!」


取り巻きの純血吸血鬼が慌てて宥めるが、ルシアンの苛立ちは収まらない。

学食でシラヌイやシエルといった目立つ女子生徒たちに囲まれ、相変わらず気怠げにしているシャルルの姿が、彼の神経をひどく逆撫でしていた。


「分かっている! だから、化けの皮を剥がしてやるんだ」

ルシアンは懐から、どす黒いマナが封じられた小さな石を取り出し、歪な笑みを浮かべた。

「明日の午後は『基礎戦闘訓練』だ。奴が使う訓練用のゴーレムのコアに、この『泥ヘドロの呪石』を仕込んでおいた」


「ど、泥ヘドロ……まさか、あれですか!?」

「そうだ。攻撃を当てた瞬間、ゴーレムは悪臭を放つヘドロとなって爆発し、周囲に飛び散る。血の匂いすら嫌がるあいつのことだ。全身ドロドロの悪臭まみれになれば、泣き叫んで学園から逃げ出すだろうよ」


「ヒハハッ! さすがルシアン様! 忌み子には泥水がお似合いだ!」


ルシアンの濁った瞳に、陰湿な優越感が渦巻く。

「せいぜい全校生徒の前で、無様に泥まみれになって這いつくばるんだな。この俺に恥をかかせた代償、たっぷりと払わせてやる」


表の学園の賑わいとは裏腹に、シャルルを陥れるための陰湿で悪意に満ちた嫌がらせが、静かに仕掛けられようとしていた。

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