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畏怖の眼差しと、嵐の前の学園祭

大天狗が最期に遺した『神族のトップにロックオンされた』という不吉な言葉。

私はあの日以来、空を見上げるたびにどこからか見えない刺客が降ってくるのではないかと、マナの波長を尖らせて警戒していた。ノヴァの演算コアも常に上空の異常をスキャンし、リゼも学園の防衛結界の強化に奔走していた。


……だが。

一週間が経ち、学園の復旧工事が終わっても、空からは神族の羽一枚すら降ってこなかった。


「……拍子抜けね。あのカラスのおじいさん、負け惜しみでハッタリをかましたのかしら」


「マスター。現在の上空および成層圏における神族の天力反応、ゼロです。引き続き警戒レベルは維持しますが、直接的な脅威は観測されていません」


学園再開の日の朝。

私はノヴァの淹れてくれた紅茶を飲みながら、自室の窓から青空を見上げて小さくあくびをした。

神族が動かない理由は分からない。本当にただのハッタリだったのか、それとも何か別の意図があって泳がされているのか。

どちらにせよ、今すぐ私から動く理由はない。平和に眠れるなら、それに越したことはないのだから。


「さぁ、行きますわよシャルルさん! 本日から学園再開。わたくしの完璧なスケジュール管理で、遅れを取り戻しますわ!」

「ア、アタシも! 今日はシャルルの荷物、全部持ってあげるからね!」


部屋に迎えに来たリゼと、相変わらず私を見るたびに顔を赤くするシエルと共に、私は重い腰を上げて寮を出た。


* * *


学園の正門をくぐり、校舎へと続く石畳の道を歩き始めた時だった。


(……なんか、すごく見られてるわね)


私は気怠げな瞳で周囲を見渡した。

以前の私なら、他の種族の生徒たちから向けられる視線は「階位なしの忌み子」を見下す嘲笑か、あるいはルシアンのように敵意に満ちたものだった。


だが、今は違う。


「……おい、見ろ。あいつだ。天狗の結界を、一撃で消し飛ばしたって……」

「特級階位すら超えてるらしいぞ……。近づいたら、消されるんじゃないか……?」

「でも、あんなに綺麗だったっけ……。なんというか、神々しいというか……」


すれ違う吸血鬼、魔族、妖族……あらゆる種族の生徒たちが、私を見るとハッとして道を譲り、モーセの十戒のように人混みが割れていく。

彼らの瞳に宿っているのは、嘲笑ではない。

圧倒的な暴力と、文字通り『世界を救った力』に対する、純粋な『畏怖』。そして、規格外の存在に対する遠巻きな『敬意』だった。


「……ふふん。当然の反応ですわね。皆様、ようやくわたくしのマスターの真の価値に気づかれたようですわ」

リゼが誇らしげに豊満な胸を張り、私を護衛するように堂々と歩く。


「……マスター。周囲の視線によるストレス値が上昇するようであれば、視界を遮断しますか?」

「いいわ、ノヴァ。視線だけでカロリーは消費しないもの。……ただ、ちょっと面倒くさいわね。目立つのは好きじゃないのに」


私はため息をつきながら、割れた道の中央を歩いていく。

誰も私を「忌み子」とは呼ばない。ルシアンのように絡んでくる無礼な輩も、もう学園には一人も存在しなかった。


* * *


ホームルームの時間。

担任の教師(彼もまた、私と目が合うとビクッと肩を震わせていた)が、教壇に立ってプリントを配り始めた。


「えー、諸君。天狗族による襲撃という未曾有の事態を乗り越え、こうして無事に学園を再開できたことを嬉しく思う。……つきましては、沈んだ空気を吹き飛ばし、学園の結束を高めるため……来月末、『特級大学園祭』を開催することが決定した!」


「「「おおおおおっ!!」」」


その瞬間、教室中の空気が爆発的に沸き立った。

特級学園の学園祭。それはただのお祭りではない。各大陸から要人や貴族が訪れ、各クラスや種族が自分たちの魔術や特技を披露し合う、一年で最大のビッグイベントなのだ。


「シャルル! 学園祭だって! 出店とか、出し物とか、すっごく楽しいんだよ!」

シエルが私の背中から身を乗り出し、目をキラキラさせて羽をバサバサと揺らす。


「わたくしたちのクラスも、当然何かやるべきですわ! シャルルさんの威光を世界に示す、最高のステージを用意しなくては!」

リゼも魔導タブレットを取り出し、猛烈な勢いで企画案のタイピングを始めている。


「……マスター。イベントにおける消費カロリーの予測を計算します。……非常に高い数値が予想されます。屋台での栄養補給ルートの構築を推奨します」

ノヴァは相変わらず真面目に私のエネルギー管理を始めていた。


「ねぇ、シャルル! アタシたち、何やろうか!? シャルルの絶対階位を使ったド派手な花火とか!? あ、メイド喫茶とかもいいかも!」

シエルが私の腕に抱きつき、嬉しそうに顔をすり寄せてくる。

つい数日前までの、世界の終わりみたいな絶望と呪いの空気が嘘のように、教室は明るい熱気とワクワク感に包まれていた。


「……ふふっ。青春じゃのう。お主ら、若いうちにせいぜい楽しんでおくことじゃ」

窓の外の木の上から、授業をサボっているシラヌイがクスクスと笑いながら煙管を吹かしているのが見えた。


(……学園祭、か)


「……絶対に、私が一歩も動かなくてよくて、一番疲れない出し物にしなさいよ。……メイド喫茶なら、私は『置物』の役しかやらないから」


私が呆れたようにぼやくと、シエルとリゼが「えーっ!」と笑い声を上げた。


神族の影はまだ見えない。大天狗の警告も、どこか遠い世界の話のように思える。

今はただ、この騒がしくて、愛おしい仲間たちと一緒に。

嵐の前の、最高に平和でワクワクする『お祭り』の準備を楽しむことにしよう。

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