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おでこ越しの直結と、絶対階位の光

「シラヌイッ!!」


冷たい石畳に崩れ落ちた大妖怪の身体。

私は悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたが、一歩踏み出した瞬間に呪いの紫霧が私の肺を焼き、激しく咳き込んで膝をついてしまった。


「……マスター! 呼吸を浅く! 結界の濃度が限界を超えています!」


私を庇うように立ち塞がるノヴァの背中も、もはや限界だった。

美しい銀髪は焦げ焦げに縮れ、左腕の機装刃は根本からへし折れている。絶対の防御を誇っていたはずの人工皮膚の至る所から、青い冷却液と火花が痛々しく噴き出していた。

それでも彼女は、大天狗の放つ呪いの暴風から、一歩たりとも退こうとしない。


「……ヒハハハッ! 愚かな。血を持たぬ人形が、いつまで『主』を護り切れるかな?」


大天狗が玉座の上で嗤う。

呪いが濃くなるにつれ、彼の周囲に展開された紫色の『腐食の結界』は、物理的な壁のように分厚く、禍々しい層を形成していた。


(……このままじゃ、全滅する)


倒れたシラヌイ。ボロボロのノヴァ。学園で苦しんでいるシエルとリゼ。

私のために傷つく彼女たちを見て、私の中の『怒り』が、呪いの苦痛を塗り潰すほどに膨れ上がった。


(……やるしかない。私の全マナを、完全に一つに溶かし込む)


魔族の闇、天族の光、妖族の気。

今まで「頭痛」を恐れて無意識に制限をかけていた、そのリミッターを完全に外す。

三つの力を完璧に融合させた、私だけの、神すら超える力。


「ノヴァ……どいて」


「マスター……? ダメです、今の環境で無理な出力を――」


「いいから!!」


私は立ち上がり、ノヴァの横をすり抜けて大天狗を真っ直ぐに睨みつけた。

全身の血管が沸騰するような痛みを無視し、体内の全マナを極限まで圧縮する。空間が軋み、浮遊神殿の空気が私の放つ異常な重圧に耐えかねて震え始めた。


「……なんだと!? そのマナの波長、貴様……!」

大天狗の顔色が変わる。


「私の安眠と、私の大事な家族を傷つけたこと……あの世で後悔しなさい。……『絶対階位ゼロ・ティア』!!」


バァァァァァァンッ!!


私の中から、純白でも漆黒でもない――すべてを飲み込むような『無色透明な光』が噴出した。

それは、世界の理そのものを書き換えるほどの絶大なエネルギー。


だが。


「――っ、ぁ、ああああああああっ!!」


技を放つ直前。私の脳細胞が、一斉に断末魔の悲鳴を上げた。

圧倒的なマナの出力に対して、三つの属性を極大融合させるための『計算式』が、私の有機的な脳の処理限界を瞬時に突破したのだ。

目、鼻、耳から、ツーッと赤い血が流れ落ちる。

視界が白濁し、意識がブツンと途切れそうになる。術式が崩壊し、このままでは私自身が自らの力で自爆してしまう――。


その絶体絶命の瞬間だった。


「――マスターッ!!」


ボロボロの銀色の機体が、私を正面から強く、強く抱きしめた。

「ノ、ヴァ……?」


「私が、マスターの『脳』になります」


ノヴァは両手で私の頬を優しく包み込むと、そのまま自分の顔を近づけ――彼女の冷たく美しいおでこを、私の熱く焼け焦げそうなおでこに、コツンと合わせた。


ドクンッ!!


その瞬間、私の胸の鼓動と、彼女の胸の『統括演算コア』の駆動音が、完全に重なり合った。

おでこ越しに、彼女の思考回路と私の神経が直接繋がる。物理的なケーブルなんてない。けれど、マナという絶対的な絆を通して、私たちは『一つの生き物』になった。


『――演算領域、完全同期。並列処理を開始』

『……痛覚の遮断。マスターの脳への負荷を、当機がすべて引き受けます』


「ダメよ、ノヴァ! そんなことしたら、あなたのコアが……!」

「問題ありません。……私には血がない。でも、こうしてマスターの『思考』と繋がり、マスターの『力』の一部になれる。……これ以上の幸福は、ありません」


ノヴァの赤い瞳が、至近距離で私を見つめ、優しく微笑んだ。

おでこから流れ込んでくる彼女の冷たくて静かな演算が、私の脳を焼き尽くそうとしていた熱を瞬時に冷却し、複雑怪奇な『絶対階位』の数式を、完璧な最適解へと組み上げていく。

痛みが、嘘のように消え去る。


(……ノヴァ。あなたって子は、本当に……!)


「――照準、固定完了。マスター、撃ち抜いてください。私とあなたの、すべてで」


「……ええ! 吹き飛びなさい!!」


おでこを合わせたまま、私はノヴァと共に右腕を突き出した。

ノヴァの演算サポートを受けた『絶対階位』の無色の光が、巨大な奔流となって放たれる。


「バカなァァァッ!! この我が結界が、ただの力押しで破られるなど――」


ズガァァァァァァァァァンッ!!!!


大天狗が張り巡らせていた分厚い呪いの防御など、薄紙と同じだった。

無色の光は紫の霧を瞬時に『無』へと還元し、玉座もろとも大天狗の身体を飲み込み、浮遊神殿の半分を宇宙の彼方まで消し飛ばした。


轟音が響き渡り、空を覆っていた赤黒いカビ色の結界が、ガラスが割れるようにパリンッと砕け散る。

美しい夕焼け空が、再び私たちの頭上に広がった。


「……終わった、のね」

「はい、マスター。脅威の完全排除を確認しました」


ノヴァはそっと私のおでこから離れると、安心したように力を抜き、膝をついた。

私もその場にへたり込み、荒い息を吐く。


「……シラヌイ! シラヌイ、しっかりして!」

私は慌てて倒れているシラヌイの元へ這い寄り、彼女の身体を揺すった。

「……ん、ぅ……。うるさいのう、せっかく気持ちよく寝ておったのに……」

シラヌイが微かに目を開け、かすれた声で文句を言う。呪いの供給源が断たれたことで、彼女の強靭な妖力が自己修復を始めたのだ。私は涙ぐみながら、彼女の狐耳を撫でた。


「……クハッ、ハハ……見事、だ……」


瓦礫の奥から、掠れた声が聞こえた。

見れば、下半身を完全に消し飛ばされた大天狗が、己の死を悟りながら不気味に嗤っていた。


「だが、遅かったな。……貴様がここで、その『理不尽な力』を見せつけたことで……確信に変わったはずだ」


「……何の話よ」


私は冷ややかな目で大天狗を見下ろした。


「……上だよ。遥か上空……。あの『10種族のトップ』たる、神族の絶対者が。貴様という存在を、本格的な脅威か……あるいは、世界を再編するための『利用すべき駒』として……すでに、ロックオンした……」


大天狗は血反吐を吐きながら、空を指差した。

「……我ら天狗の呪いなど、児戯に等しい。……本物の『理(神)』が、貴様を狩りに、来るぞ……」


その言葉を最後に、大天狗の身体は完全に灰となって風に消えた。


私は、夕焼け空を越えた遥か上空――見えない『神の領域』を睨みつけた。

背後でノヴァが私の肩を支え、シラヌイがゆっくりと立ち上がる。


(……誰が来ようと、関係ないわ。私の大切な居場所を脅かす奴は、神様だろうと例外なく叩き潰す)


私は静かに決意を固め、ボロボロの仲間たちと共に、学園へと帰還するのだった。

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