異端の混成パーティーと、迷宮のグランピング
「……なぁ、おい。あのパーティー、なんだよあれ……」
「頭がおかしいんじゃないか? マナが反発して自滅するぞ……」
薄暗い『大迷宮』の第一階層。
演習がスタートして早々、周囲の生徒たちは私たちの姿を見て、ヒソヒソと怯えたような声を漏らしていた。
無理もない。この学園におけるパーティー編成の「常識」は、『同族で固めること』だからだ。
吸血鬼は吸血鬼と。妖族は妖族と。それぞれが似た波長のマナを持つ者同士で組まなければ、戦闘中に魔力が干渉し合い、パフォーマンスが著しく低下してしまう。それがこの世界の当たり前だ。
現に、ルシアンのパーティーは純血の吸血鬼のみで構成され、闇のマナを綺麗に同調させて進んでいる。
だが、私たちのパーティーはどうだ。
神聖な光を放つ『天使』のシエル。
甘く熟れた魅惑のマナを漂わせる『サキュバス』のリゼ。
一切の生命反応を持たない『機械』のノヴァ。
そして、得体の知れない闇の底無し沼のような『魔族(?)』の私。
属性も種族もバラバラ。本来なら隣に立つだけでマナが反発し合い、激しい頭痛と吐き気で一歩も動けなくなるはずの、絶対にあり得ない『異端の混成パーティー』なのだ。
「……マスター。周囲からの視線による精神的ノイズを検知。視覚を遮断しますか?」
「……ん。放っておいていいわ。どうせ、みんな自分のことで手一杯になるんだから」
私は、ノヴァの腕の中でお姫様抱っこされたまま、小さく欠伸をした。
マナが反発しない理由なんて簡単だ。私が極限までマナを圧縮して『無』になっていることに加え、リゼの緻密な計算と、ノヴァの完璧な空間制御が、それぞれのマナの境界線を綺麗にコーティングしてくれているからだ。
「さぁ、行きますわよ。……シエルさん、前方30メートルの天井に『酸を吐くスライム』が擬態しています。吹き飛ばしなさい」
「オッケー! アタシに任せて!」
リゼが手元の魔導タブレットで迷宮の構造と魔物の気配を完璧にマッピングし、的確な指示を出す。
それを受けたシエルが純白の羽をはばたかせ、上空から天力の光弾を放ち、魔物を影も形もなく消し飛ばす。
「……マスターへの飛沫を防ぐため、防御フィールドを展開。進行ルート、障害物ゼロです」
そしてノヴァが、一切の揺れを感じさせない完璧なサスペンション歩行で、ただ静かに、一直線に進んでいく。
「……」
私は一歩も歩かず、指一本動かさず、ただノヴァの腕の中で目を閉じているだけ。
他の生徒たちが罠に引っかかり、魔物と泥臭く戦ってマナと体力をゴリゴリ削られている中、私たちだけが、まるで整備された貴族の庭園でも散歩しているかのように、無傷かつ超速で迷宮を攻略していくのだった。
* * *
数時間後。私たちは迷宮の第三階層にある『安全地帯』に到達した。
ここは魔物が入ってこられない魔法陣が敷かれた、生徒たちのための野営地だ。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
「くそっ、マナがもう半分しかねぇ……配給の干し肉、硬くて噛みきれないぞ……」
命からがら辿り着いた他の生徒たちは、ボロボロの制服で冷たい石の床にへたり込み、硬い保存食を水で流し込んでいた。彼らの顔には疲労と恐怖が色濃く刻まれている。
……それが、迷宮探索の「当たり前」の光景だ。
しかし、私たちの陣地だけは、完全に狂っていた。
「マスター、テントの設営が完了しました。内部の温度と湿度は、睡眠に最適な数値に固定されています」
「シャルルさん、特製のハーブティーが入りましたわ。マナの循環を助ける効果がありますの」
ドンッ! と設置されたのは、ノヴァが空間収納から取り出した、旧世界の遺物である『超高性能・自己展開式ラグジュアリーテント』だった。
ふかふかの絨毯が敷かれ、最高級の魔物の羽毛で作られたクッションが並んでいる。
その中央では、リゼが持参した優雅なティーセットで紅茶を淹れ、完璧に栄養計算された温かいスープのフルコースをテーブルに並べていた。
「アタシ、うちわで仰ぐね! ほらシャルル、涼しいっしょ!」
シエルが自慢の羽を使い、そよ風のような極上の微風を送ってくれる。
薄暗くカビ臭い迷宮の底に、突如として出現した『グランピング(超高級キャンプ)施設』。
「……咀嚼するの、面倒くさいわ。顎が疲れる」
「はい、あーん、ですわ」
「……ん」
私が絨毯に寝転がったまま口を開けると、リゼが嬉々としてスープを匙で運んでくれる。至れり尽くせりの、究極の省エネ空間だ。
「おい……なんだよ、あいつら……」
「迷宮で、フルコースのスープだと……? しかもあのテント、城のベッドよりフカフカじゃねぇか……」
ボロボロの生徒たちが、手元の硬い干し肉と私たちのグランピング施設を交互に見比べ、絶望と羨望の入り混じった顔で愕然としている。
「ふざけるな……! ふざけるなァァァッ!!」
その様子を、安全地帯の端から血走った目で睨みつけている男がいた。ルシアンだ。
彼もまた、純血のプライドを守るために魔物と戦い、制服は汚れ、疲労で息を切らしている。それなのに、自分が「孤立して泣き叫ぶはずだ」と見下していた忌み子が、誰よりも優雅に、誰よりも快適に迷宮を満喫しているのだ。
「……絶対に許さん。あの小賢しい取り巻きごと、この結界石で闇に沈めてやる……っ!」
ルシアンは懐の『光喰いの結界石』を握りしめ、ギリギリと歯から血が出るほど食いしばった。
「……シャルル。お前が笑っていられるのも、今のうちだけだ……!!」
究極の甘やかしと、快適すぎる迷宮の夜。
その裏で、憎悪で完全に理性を失ったルシアンの『最悪の罠』が、ついに牙を剥こうとしていた――。




