緋色の部屋で巡る第一の謎
扉を開くとまず、鮮やかな赤色が目に入ってきた。廊下のような分岐ある通路ではなく、緋色のカーペットが敷かれた六角形の大きな部屋である。受け付けのような場所には二体の白色マネキンが構えており、どうやらロビーのような体裁をなしている部屋のようであった。
部屋全体としては壁が針の先ように一点に収束する形をとっており、ちょうど錐の形をとっていることが見て取れる。その頂点からは豪華な装飾が施されたシャンデリアが煌々と内部に明かりをもたらしていた。
「なんか血のような赤黒さがあって、不気味な部屋ですね……綺麗なんですけど」
コタロウは、少しおびえた様子であたりをきょろきょろ見まわしていた。
「全く、いきなり趣味の悪い部屋ですこと。真っ赤っ赤じゃありませんの」
と、シャルが呟く。皆の総意もそのようなところであった。
「とりあえず、壁に絵画がかかっているな。近づいてみよう」
時計回りに、壁を順繰りにまわっていく。
一枚目。
「一枚目は……お花見の絵ですわね」
どこかの公園だろうか――数人の男女が月の光を淡く受け止める夜桜の下で談笑している風景画であった。
「それにしても、閑散とした花見じゃのう。周りに誰もおらんみたいだしな」
満開の桜が大きく絵を彩る中で、確かにマイケルの言うとおり、根元にブルーシートを敷き花見に興じているのはたったの一組だけであった。
「これだけの花見なら、いくら夜とはいってももっと見物客が来ていても良さそうですよね? うーん。桜を描きたかったようにも、わたしには思えるのですが……」
「ピナの言うとおり、人をみせる、というわけではなさそうだな。だとしたら、絵の大半を占めている桜が主体なのかもしれないね……次に行こう」
二枚目。
「これは……どうみても醤油ラーメンですわね」
「イメージの世界だからだろうか、やたらとこの絵――」
コタロウの言葉を引き継ぐように、マイケルは渋声で言った。
「ああ――これは、美味そうだの」
「……(だの、ってなんだよ)」
その背で爆睡しているアイとマイケル自身を除いた四人は同調し、思った。
三枚目。
「今度は、ウサギですわね」
「あぁ、どうみてもウサギだな」
白ウサギが草原をかけている絵。
「お父さんウサギとお母さんウサギに、子供ウサギが一匹ですね!」
「ピナさん……ウサギの数え方は『一匹二匹』ではなくて『一羽二羽』ですわよ」
「あちゃ、そうなんですか」シャルの訂正に、ピナはやらかしましたとばかりに苦笑する。
「……次に行こう」
タマキが一行を促したその時であった。急にコタロウが立ち止まる。
「あれ、何だコレ? 待ってください皆さん」
「ん? どうしたんじゃ、コタロウ」
「いや、なんか気になるものが落ちてて……」
コタロウは握っていた拳を開き、皆の前に差し出した。ころころと、灰色のものがコタロウの掌で転がっていた。
「おしゃぶり?」
「そうみたいだね。一応、持っておくことにしよう」
四枚目、二体のマネキンの立っている受付までやってきた。マネキンの後ろには一枚の絵が飾られており、受付横には、次の部屋に続いているであろう木製のドアがあった。タマキは開くかどうか確かめたが、当然開かない。やはり、この部屋に隠されたミステリーを暴く必要があるのだろうと判断する。
「絵の方は……お寺ですかね?」
古びた寺社を眺めつつ……アイが三色団子をほおばっている絵だった。
「あら、ピナさん。ちゃんとご覧なさいな。下に絵の題名が書いてあるじゃありませんの……センスは毛ほどもありませんけど」
「あ、ほんとですね……むむっ?」
ピナが目を凝らした真鍮製のプレートには『Ginkakuji』とゴシック体で書いてあった。シャルの言うとおり、センスの有る無しを問うならば、百人が百人センス無しと答えるであろうが、ひとまずこの寺が『銀閣寺』であることは分かる。
一方、タマキとマイケルとコタロウ、男メンバーはマネキンカップルとにらめっこをしていた。
「こいつら、なにがおかしくて笑ってんだろうな――なんだか少し気味悪いね」
タマキがマネキンの男の方を指さして言った。『こいつら』と言った通りで、傍らに佇む女のマネキンも笑っている。
「表情も……プッ……カカッ!
どこか、わしらを笑わせにかかっているような感じじゃのぉ。目がイッとるわ」
「そーんな、おかしいかい? マイケルさんよー」
マイケルだけマネキンの表情がツボにはまったらしく、時折こらえきれずに吹き出していた。そのすぐ横で、一番に閃いたのは背の低いコタロウであった。
「目がイッてるというよりか――目線が、どこか――
あっ! もしかして……タマキさん。少し受付カウンターの下を覗いてみてください!」
タマキもコタロウの発言を受けて気が付いたのか、身を乗り出してカウンターの下を見やる。すると、そこにはベビーカーに乗せられた赤ちゃんマネキンがあった。
「男女マネキンの目線が斜め下を見ていたのは、こういうことか……そして、この歪な形で口をすぼめる赤ちゃんマネキン。と、いうことは――」
おしゃぶり。まさかこんなところで役にたつとは……と言うほどのことは、正直山ほどタマキ達は経験してきていた。なんてことない落し物が、先に進むための重要なキーとなることなんてリユニオンではざらにある。
ポケットからおしゃぶりを取り出して、赤ちゃんマネキンに咥えさせる。すると、受付横のドアが欠け、なにやら文章が記されていた。数字を入力するテンキーもついている。
『作品とは異なり、物体には必ず始まりと終わりがある。ぐるりと一周。
ここは何番目?』
下手な入力による間違いはそれだけでかなりの痛手となる。おそらく、六面の壁の構造から1~6のいずれかであることは推測できるが、確信がもてないうちのあてずっぽうは避けたい。【記憶の反発力】に完全に呑みこまれれば、一発ゲームオーバーということもありうるからだ。
「わ、なんかドアに文字が書かれていますね!」
絵を鑑賞し終わったピナとシャルがグループへと合流した。
「お、お帰り二人とも。
そっちはどんな具合だったんだい? あの寺の絵、何か分かった?」
「それがですね――」
タマキはピナたちと情報を交換すると、残る二枚の絵に目をやった。そちらを見たうえで、推理し、数字を入力する必要があるのは明らかであった。
「次の絵に、行ってみよっか」
五枚目。
否――『枚目』という表現は間違っていた。なぜなら、次の作品は造形物であったからだ。壁の一角では屋台骨が組まれ、『じゃがばたあ』と掘られた木製の看板が掲げられていた。屋台の主たるは、頑固そうな中年親父のマネキンである。
全てが部屋の雰囲気にそぐわない木製のつくりではあったが、一つだけ白金のように美しく、受けた光りを照り返す金属物があった。実際、白金で造られているのかも知れない……夢の世界だから何でもアリと言ってしまえばそれまでなのだが。
拳骨大の大きさのそれは左右からライトアップされ、普段祭りごとで見かけるときとは次元を異にした存在感を放っている。ジャガバター。
「まぁ、ただのポテトに過ぎませんのですけどね」
誰が見ても、まごうことなく。
それは歴としたジャガイモの上にバターが乗っけられているジャガバターそのものであった。マイケルの背で悠々と幸せそうな寝顔を浮かべるアイを一瞥すると、タマキは一つため息を漏らした。
「ったく……こいつのコレクションとやらは、食いもんばっかしなんだな」
「可愛いじゃないですか――アイちゃんは、食べ盛りの一言で片づけられますからイイですよね」
「まったくですわ。もう、そんな気ままに甘味を食せるお子様には戻れませんもの」
女性陣は腹をさすり、表情を少し翳らせていた。もちろん、この鈍感な男性陣が彼女たちの悩みに気付く余地はない。
六枚目。
タマキ一同が館に入った門扉には侵入者を捕えて逃がさないように、ちょうどドアを塞ぐ形で、大きな掛軸がかけられていた。
ひとことで表現するならば、達筆、だろうか。流れるような筆遣いで、たたみ一畳ほどの大きさの掛軸にはこう書されていた。
『あさ』
その横には、【AI.Shinonome】と小さく作者名が付されていた。
「まるで小学校一年生のひらがなお習字ですね、ハイ――上手いんですけどね」
コタロウがメガネを光らせて、見上げる。コタロウの視線の先には、いつになく真顔で思孝の海に深く潜り込んでいるタマキの姿があった。
「タマキさん?」
タマキはこめかみを指先でとんとんと叩きながら真剣に頭を回転させている。
「……最後は、『あさ』、か」
全ての作品を鑑賞した一同は、いったん男女マネキンのいる受付カウンターのところにやってきていた。
「花見。ラーメン。ウサギ親子。銀閣寺。ジャガバターの屋台。そして、あさ……のぅ」
マイケルは剃り残した無精ひげをじょりじょりといじりながら繰り返し呟く。
「いったい、何を表しているんですかねぇ?」
ピナも腕を組み、うーっと唸っていた。
「人形さん、教えてくれたりしませんかね?」
「ピナさん、いいこと? マネキンがおしゃべりするハズないでしょうに、全く……ヒントを貰えたら苦労なんてしませんわ」
「あはは、ですよねぇ」
シャルが手をひらひらとさせ返事する。それを受けてピナも調子よく微笑み返したところで、思わぬ声が室内に反響した。
「ようこそ、みなさんいらっしゃいました。
ええで、ヒント出したる」
口を開いたのは男マネキンである。全員が瞠目し、口をぽかんと半開きにしていた。
「しゃ、喋った!」
中でもマネキンの突然の不意打ちに、相当驚かされたのか腰を抜かしてコタロウは言った。
「そら、わいらは作品ちゃうさかい。しゃべることもありますがな
いうて、うちら解答そのものは、回答できんさかい。凍ったナゾナゾはあんさんがたで解凍したってぇな」
「おまえさん、関西弁上手じゃのう。けっこう、けっこう。
標準弁は飽きますさかいでんがな」
さっそくマイケルは新たな方言の吸収にかかるが、まだ完成には程遠い。マネすら満足に出来ていないぞ、この外人。侵入者のそんな態度を見かねたのか、男マネキンは表情を固めたまま、機械音声でツッコんだ。
「自分、うちらなめくさっとりますやろ。
そんなんいうてると、うちら気分屋さかいヒント教えへんで?」
「あ、ゴメンナサイ」
素直に謝罪の弁を述べるマイケル。
「それで、ヒントっていうのはなんだい? この、ドアに彫られた言葉について教えてもらえると助かるんだけど――」
タマキが、場のやり取りが収束したのを見計らってマネキンに問う。
「せやせや、ご明察。本題に入りましょか、タマキの旦那。
『作品とは異なり、物体には必ず始まりと終わりがある。』ちゅうことなんやけど、
これは、作品の中の焦点となっている主体に注目せぇっちゅうこっちゃ。そして始まりから終わりへの流れを確認する。
あとはまんまやな。『ぐるりと一周。』それで終いや。おのずと、答えは明らかになってきまっせ。この『Ginkakuji』が何番目かっちゅうことが」
「主体に注目する……主体――
花見――『桜』
醤油『ラーメン』
草原を走る三羽の『ウサギ』
『銀閣寺』とお団子をたべるアイちゃん
『ジャガバター』の屋台
お習字の『あさ』――あっ!」
ぴーん。ピナの頭に電球が灯るように天啓が閃いた。
「ピナさんあなた……何か分かりましたの?」シャルが聞く。
「分かりました! 分かりました!
最初に見た絵から順番に
桜・ラーメン・ウサギ・銀閣寺・ジャガバター・あさ
なんです!
つまり、始まりはウサギで終わりはラーメン。銀閣寺は2番目です!」
「むむっ? 言っている意味がさっぱりなんじゃが……」
皆が依然と疑問符を頭上に示している中、一刻の間をおいて、次に答えに辿り着いたのはタマキであった。ふっと安息の息をもらし、ピナを見据える。
「『しりとり』……だね?
うさぎ→ぎんかくじ→じゃがばたあ→あさ→さくら→らーめん」
「あー! そういう……ことですの」「ん~、なるほど! よく分かりましたねピナさん」「むむっ、良く分からんのじゃが」と種々の反応を見せる一同。マイケルには一度、タマキが詳しく解説し、ようやくの理解を得た。
「ありがとうございます、マネキンさん!」
ぺこりと頭を下げ、ピナはヒントをくれた礼をマネキンに述べる。
「ええんよ、あんたがたはうちの坊やのおしゃぶり見つけてくれたさかい、そんな気にせんといてぇな。
人生もちつもたれつなんやで?――ふふっ」
女マネキンが無表情の仮面のままで答える。それでも無機質な機械音声の内側には温かな響きがあるのをピナは感じていた。
「ほんま、こちらこそありがとな。うちら坊やほうって動けんさかい、助かりましたわ。
ちなみにタマキの旦那。子持ちの老婆心ながらもう一つ。核心に迫るほど、『反発力』は増すことはあんさんも知っての通りや。この先は、自力で解くという覚悟が必要だということ、ちゃんと肝に銘じといてぇな?」
「うん、分かったよ。いろいろと、ありがとう」
見送りの視線を背に受けつつ、テンキーに『2』と入力し、一行は次の部屋へと進んでいく。




