朧朧たる黄色蛍光の部屋と第二の謎
外界と接続していた扉が閉まり、再び場は謎に満たされた一つの系として遮断される。
仄暗い部屋には、照明は無い。が、すぐそばにろうそくを立てた燭台が見えたので、ピナはいそいそと【マテリアライズ】により、ライターを具現化した。
手のひらにあるライターはヤスリ式で、うまく点火できずにいると、
「すごいね、ピナ。物を出せる能力って、けっこう訓練しなきゃ出来なくない? オレも、パワーアップはともかくとして、そっちは慣れるまでに時間がかかったんだけどなぁ」
「そ、そうかな? えへへ……」
照れながらも、ライターをいじりピナは答える。ようやく擦られたヤスリ石から出た火花がガスに着き、燭台のろうそくにも灯がともる。
穏やかな黄色の蛍光を発する部屋であった。全体がホタルの発光に近いようなおぼろげな色合いを帯びていく。
「綺麗……です。が、廊下は、どこまで続いているんですかね?」
廊下の奥の方は暗く、うかがい知ることが出来ない。
「それにこの部屋そのものが、一つの作品みたいな形でつくられていますわ」
細部には黒い線で、影絵のような柄がびっしりと埋められていた。天井は高く、その様子を知ることは出来ないが、一人分の幅がある通路を除いた床と四面の壁の全てには古代紋様のようなものが刻まれている。
「でもこれは、ペンキじゃあ無さそうじゃの。なんか電気的な発光をそう見せかけているような気がするわ。それに――」
「変なにおいが立ち込めているね。ガソリンか?
一応、不用心にライターを使うのは危険だ。ピナ」
確かに、蛍光塗料では無いと分かった以上は部屋に充満した異臭の正体はシンナー的な物質ではないと分かる。タマキは鼻をぴくつかせ、それをガソリンだと認識し、ピナに注意を促した。
「わかりました、タマキくん。あ、
皆さん。ちょっと、静かにしてもらっても良いですか?」
控えめに右手を挙げて、左手では鼻をつまんでいるピナが言った。
奥の方から、液体が滴り落ちる音が聞こえる。固い壁を反響し、室内全体にこだまする位に音は増幅されていた。
「よし、一列になって通路の上を辿るんだ。奥にいこう」
タマキを先頭に、ピナ、コタロウ、シャル、マイケル(withアイ)の順で並ぶと、先ほどのように見落としているアイテムはないか注意を払いながら一同は前進する。
ふいに、悲鳴が響き渡った。
「ふぎゃああああ!」
ある趣向をこらした肝試しのような、特異の緊張を孕んだ空間に奇怪な怒声を上げたのはマイケルであった。
全員が体をびくつかせて、たたらを踏む。
「な、な、な、なんですか一体!?」とピナ。
「マイケルッ! どうした!?」
短い言葉で、タマキが現状の説明をマイケルに求め振り返る。と、そこには広い背にアイを乗せたまま、マイケルがうずくまっていた。何やらううっとうめき声をあげている。
「足がっ、足っ! シャル、痛い」
珍しくまじめな声色で、単語を並べ立てるマイケル。事態に緊急性を感じた一同が注視する先では、シャルの赤いピンヒールがマイケルの足の親指を突いていた。
「あら、失礼」
シャルは慌てて踏んでいたヒールをあげ、中空に目をそらすとクルクルともみあげをいじくりはじめた。金色の髪を透き通った白に染め上げる蛍光の中で、シャルの顔が赤々と火照らされているのが一目で分かる。
「なんだ……ビックリしたじゃないですか」
と安堵の息をもらし、コタロウは崩れたメガネの位置を直すと、
「ボクは怖いことがニガテなんですから、安全にいきましょう。ね?」と言った。
硬質の石で造られた通路を、コツコツと小気味の良い靴底の音か打ち鳴らされる中、歩いて一分もすると廊下の行き止まりに一行は辿り着いた。
「ここがどうやら行き止まりのようだね――ピナ。もし大丈夫なら、懐中電灯とか出してもらってもいいかい?」
「懐中電灯ですね? 了解でーす」
お勤めするにあたり、いくつかの単純な道具のマテリアライズを、ピナは事前研修で学んでいた。
数秒もしないうちにピナの掌中に懐中電灯が出現し、タマキへと手渡された。
タマキはあたりをゆっくりと照らし、仲間と一緒に空間の把握を行なう。相変わらず、天井には暗闇が広がるばかりで何もない。
現状、気になる箇所は三か所ほど見つけられた。
まず一つ目。
「この壁伝いに滴っているのは……スンスン。
……ゲホッ、タマキさんの予想通りガソリン――みたいですわね」
勢いよく吸い込んだせいか、シャルがむせながら分析する。
続いて二つ目。
「あと気になるのは……この黒い穴ですかね」と、コタロウがメガネを光らせて言う。
行き止まりでは暗闇をたたえた底なしの穴が大口を開けていて、落ちたらタダじゃすまないことは誰でも容易に察せる。垂れていた首をあげ、正面を向き直るとさらに――
「その先に、青色のドアがあるんですから、どうにかして乗り越えなければならないんでしょうね」
ドアには、トイレの男女マークの札が掲げられているのが分かる。
最後、三つ目。
「何かあるとしたら――蛍光色のパネルが塗りつぶされているこの部分だろうな」
そこだけ部屋から切り取られたかのように、何も無かった。
正確に表すのなら、黒色に塗り固められ、紋様が見えないように工夫されている。
淡い黄色の微光に包まれた空間を進んできたせいか、A3用紙一枚ほどの大きさが真っ黒に塗りつぶされているそのスペースは異質なようにも感じられた。
そして、そこには【記憶の反発力】がこちらを嘲り、度胸を試すかのように、明らかな罠が設置されていた。塗りつぶされた床の中央に、堂々と固定されたロウソク。
引火性の液体が零れるさなかで、灯せるものなら灯してみろと、まるでそんな具合であった。
――良いだろう、その挑戦、受けてたつよ。
一筋の汗を頬に伝わらせ、口許からそう小さく零したのはタマキであった。
「お――おい! タ……タマキ?」
「タマキさんっ!」
一瞬で一本のマッチを具現化させたタマキは、マイケルとコタロウによる言外の制しも振り切ってためらいもなく床のロウソクに火を放った。
塗り固められた部位が、徐々にあぶられ、隠されていた紋様が浮かび上がる。
古き民族の祭り事だろうか。巫女と村人が盛大に雨乞いをし、雲は恵みの雨をもたらす。
「雨の神様が、様々な恵みをもたらし、みんなもそれに感謝している。って感じの絵ですね。わたしには、絵は良く分からないけど……アイちゃんは、ホントに色んな絵が好きみたいですね? タマキ君」
傍らで紋様を眺めているピナも、タマキと同じ感想をこの絵から汲み取ったようであった。だとするならば――
「村か、雨か、祈りか、巫女か」
このうちのいずれかが、場を乗り切るために重要なキーワードということになるが――
「おい、タマキ! よく見ると、この紋様が刻まれている溝……ここをガソリンが流れていないか!?」
思考を中断させたのは、マイケルの声であった。
「……なんだって?」
タマキが自らの侵した失態に気付いた時には、すでに手遅れであった。
あぶりだされた紋様の上に火が落ちる。
瞬く間に、火は油に漬けた導火線の如く勢いで紋様を伝い空間を縦横無尽に駆け巡った。あたりからは穏やかな蛍光色など消えしさり、室内はまばゆいまでに明るく、刹那の内に火の海へと姿を変えた。
「――くそっ、これじゃ……雨……そうか!」
タマキが閃くと同時。
「ピナさん! 上です!」
聡いシャルも打開策を閃いたのか、高い天井を指さしてピナに指示した。煌々と壁伝いに伸びる炎に照らされ、全容をさらけ出した天井には巨大な白い装置が付けられている。スプリンクラー。
「はしごを出して、早く! あれをライターで直接あぶるのよ!」
「え? わわっ、ちょっと……ちょっと待っててください! えーっと……」
シャルの言葉を受けたピナは、腕を伸ばし手のひら広げて念じ始める。しかし、部屋を走る炎はピナのマテリアライズが終了するまで悠長にはしてくれない。
「いいよ、ピナ――大丈夫」
「え?」
タマキは焦燥に駆られているピナに腕にそっと手をあてると、長い廊下を思いっきり駆けはじめた。助走をつけ頂点のスプリンクラーを見定めると、思いっきり床を蹴った。
「マジですか? ……5メートルはありますよ?」
皆が各々心配そうな表情を浮かべ、タマキを見やる。
タマキは、設置されたスプリンクラーに手を伸ばすと、やれやれと一息ついてぼやいた。
「ひっさびさに、本気のジャンプだぜ?」
けたたましいまでのアラーム音が部屋中に鳴り響き、スプリンクラーが作動し始める。
「おおっ、タマキのヤツ。やりおった!」
「すっごーい! タマキ君、ホントすご……い」
運動能力――【レインフォース】の閾値をここまで高めているタマキの、『リユニオンへの干渉力』に、ただただピナは息を呑むばかりであった。
彼は、【トゥルース】の住人として、今自分がいる世界をどのように受け入れているのだろうか。どれだけ信じることができれば、ここまでの干渉力を手に入れられるのだろうか。
ふとそんな疑問がピナの頭をよぎる。しかし、頭を左右に振り、ピナはこれからの状況の進展を把握することに集中する。
「とりあえず……風邪ひいちゃうと大変ですよね」
放水を続けるスプリンクラーは火が消えても尚、勢いを衰えさせず一行の頭上に雨を降らす。ピナは、夢の中では風邪をひくなんてありえないよね、と思いつつも傘を人数分具現化させた。
数分ほど事態を静観した後、一行の前にようやく変化が訪れた。行き止まり付近に立っていたコタロウが声をあげる。
「あ、皆さん来てください!」
一行が駆けつけると、ポッカリと空いていた穴は消え、代わりに大きな板が橋のようにかかっていた。
「なるほどのぅ……水で押し上げられて底から板が浮かんできたようじゃな。これでドアの側へ渡れるけんね」
「ふぅ、肉体を酷使するステージだったな――」
壁を背にもたれかかるタマキに、各々がお疲れ様とねぎらい言葉を投げ、一行は先のステージへと歩を進める。
男女マークの表札が下げられた青いドアをタマキがけ破り、続いてピナが入室した――瞬間。ピナのすぐ後ろから、耳を殴りつけるような甲高い金属音が鳴り響く。
「うわっ! いきなりトラップですか!?」
コタロウとピナの間に黒光りする鋼製の格子が出現し、タマキたち一行を分断していた。
「ええっ!? 今なにか、わたし押しちゃいけないスイッチみたいなものでもポチッとしちゃいましたかね?」
タマキは、まるで檻の出現を予期していたかのように表情を崩さず、微かにほほ笑んで冷静に告げた。
「いや、多分ねピナ。これはそういう仕様なんだよ。さっきの青いドアにあったじゃんか? 一対のカップルマーク――きっと、ココから先はオレら二人で行けっていう、館からの強制命令だよ」
格子を挟んで向こう側、シャルが金髪を靡かせながら小さく笑う。
「どうやら、タマキの言っている通りのようですわね。それが仕様ならどうにもしようがないといものですわ」
鋼鉄の格子を破壊せしめんと巨躯を震わせていたマイケルは、諦めて手を離すと深々と嘆息した。
「そのようじゃな……こっから先、ワシとシャルと坊主は行けそうにもない」
「ちょっとマイケルさん! 坊主ってなんですか坊主って」
「あー、あー悪かった。コタロウ、それじゃあ、とりあえず来た道を戻ろうぞ」
がなり立てるコタロウのシャツの襟をつかむと、マイケルは踵を返した。
「それじゃあ、タマキと……ピナさん。あとは、どうにかしてちょうだいね――健闘を祈らないこともないわ」
シャルは遠まわしな応援をピナとタマキに告げた。彼女は素直になるということを知らない。
「ははっ、ありがとな、シャル。アイツらを頼んだぜ?」
「はい! ありがとうございますシャルさん」
固く閉ざされた格子を背に、タマキとピナ――二人は歩きはじめた。先に進むしかないのだ。この館から出て、アイにモチーフの記憶を届けるために。




