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秘密の精霊使い

「エステル、この先で崖崩れが起きて街道がふさがれている。だが迂回路は森だ。近づく前に野営をし、明日早朝から出立して、暗くなる前に森を抜けてしまうのがいいだろう」


 揺れる馬車の中で豆の皮をむく作業を繰り返していたエステルは、そんなマニの声に顔をあげた。日がやや西寄りに傾き始め、荷馬車を引く仲間達が地図を片手に次の野営地について話し合っている。

 カゴに入った豆をばらまいて仕舞わないよう一緒に豆まきをしていたティルに託すと、エステルは揺れで転んでしまわないようずるずると這うような姿勢で幌馬車のカバーから顔だけを覗かせた。


「キアン、構わないか」

「なんだエステル」


 キアンはエステルの乗っている幌馬車を引いているタウラス族の少女だ。大きな耳と水牛のごとき立派な角が特徴で、まだ十五歳という若さでありながら背丈は180を越えている。

マリンブルーのさっぱりと短く切られた髪型と、見事な胸筋と呼んでも差し支えのなさそうな胸部せいか、少女と言うよりは青年のようだ。馬車の引き方も様になっていて、休憩を挟みつつであっても朝から夕刻まで馬車を引きっぱなしだというのに疲れた顔一つ見せない。

 だが、これでもタウラス族の中では小柄な方だ。事実彼女の引いている幌馬車に乗っているのは、エステルやティルを初めとした若くて体つきの小さい仲間や、さして重量のない食材が主だ。

 最もかさばる舞台道具やテントなどを乗せた荷車は大人のタウラス族が引いている。


 キアンは大きな耳をぱたぱたと揺らし、前を向いて幌馬車を引きつつもエステルの声に耳を傾けた。


「この先の道が、崖崩れで通れなくなっているみたいだ」

「え、それは大変だ!」


 キアンは疑う様子一つ見せずに足を止めると、他の仲間にも聞こえるように首からさげた大きな鈴をカランカランと振り慣らした。

 その音を耳にして、他の荷車や馬車も動きを止める。


「崖崩れだ! 先の道が封鎖されてる!」

「エステルか?」

「うん、見えたみたいだ」

「その、迂回路は森だから森に近づきすぎる前に今日は野営して、明日、陽が出ているうちに森を抜けるのが、いいかもしれないと……思うんだが」


 仲間達の視線が集まるのに耐えられず、じわじわと声が小さくなる。

 しかし、地図を眺めていた仲間はエステルの言葉になるほどと頷きあうと、すぐさま予定の変更を仲間達に通達した。程なくして座長の許可も下り、いつもより少しはやい野営の支度が始まった。


 エステルは遠くを見通す力がある。

 閉ざされた室内から一歩も出ることなくティアラを見つけ出した、というエステルの功績は、ティルによって瞬く間に一座に広まった。

 最初は半信半疑だった仲間達も、実際に見てもいない遠くの様子をぴたりと当ててしまうエステルの言葉を何度か耳にする内に、全幅の信頼を置いてくれるようになった。


 長く運動というものと無縁だったせいもあり、荷下ろし一つまともに出来ない不甲斐なさと戦う日々ではあるが、エステルは例えようもなく満たされた気持ちだった。

 彼らはエステルの素性も、生い立ちも、なりそこないという性質すらなにも気にしない。それでいて、信頼を寄せ、笑顔を向け、言葉を交わし、触れあってくれる。

 それを喜ぶと「そんな当たり前のこと」とティアラはころころ笑い、エステルのこれまでの生活や素性を知るティルは、ただ黙って嬉しそうに微笑んだ。


「エステルが来てから旅が前にも増して安定してるって、座長も喜んでたッス」


 一座の座長であるヘクサ・リーティア・ドーンも、ティルが話して聞かせてくれた通りの人柄だった。いつも穏やかで物静かだが、仲間を見る目がとても温かい人だ。

 語る声は低く、それでいてよく通る。公演の際にステージの中央で座長が口を開くと、ざわついていたテント内が一瞬にして静まりかえり、誰もがその口上に耳を傾けるのだ。

 ティルに連れられて、座長に一座に加えてもらえないかと頭を下げたとき、何も言わずに優しく頭を撫でてくれたその手の大きさを、エステルは今でもよく覚えている。

 彼はエステルを、家族を救ってくれた恩人と称し、快く一座に迎え入れてくれた。


 近くの川で水をくみながら、一座に報いるためにもっと頑張らなければ、とエステルはかけ声と共に水で満たされた桶を手にさげる。


「手伝うか、エステル」


 そう言いつつマニが桶に手をかざすと、ずっしりと手に食い込んでいた桶が急に軽くなり、エステルはたたらを踏んだ。


「マニ、お前がそうやって甘やかすと、いつまでたっても私は貧弱なままだ」


 おかげでキアンに食事を大盛りにされるんだぞと叱っても、急ぐんだろう、というマニの言葉一つでそれ以上文句が言えなくなる。

 どうせマニが手伝うなら四つくらいまとめて桶を持ってくるんだった、とエステルは溜息をついた。

 もっとも、マニの存在は秘密なので、実際にはそんな目立つことは出来ない。それが冗談だと分かっているので、そんなことをしたら荷車を引かされるぞ、とマニは声に出して笑った。


 やがて仲間達の姿が見えると、エステルだけでなくマニも自然と口をつぐむ。すでに火がおこされ、小さなテントが張られていた。エステルは汲んできた川の水を使って芋を洗う。

 野菜の皮むきはまだ少し慣れない。特に芋は皮が厚くて堅いので、過去に何度か指を切ってしまっていた。


「もう少し楽に切れればいいんだが」


 そんな呟きを耳ざとく聞きつけたマニが目を輝かせながらこちらを見つめてくるので、エステルはなんとかなるのかと期待を込めて、そっと芋をかかげてみる。

 マニがなにやら芋に手をあてがい、ぎゅっと押し込めるような仕草をすると、なにやら芋の触り心地がふにゃふにゃしだした。

 いったい何をどうしたのかとナイフをいれてみると、手応えが柔らかい。さらにナイフをいれると、皮の大きさに比べて実が小さくなっていることに気付く。

 皮はぺろりとむけた。

 むけはした、が。


「ちょ、お、この芋、なんか石みたいに固いんスけど!!」


 隣で芋を一口サイズに切っていたティルが、一回り小さくなった芋を手に大騒ぎし、マニは物言わぬエステルの視線から逃げるように明後日の方向を向いていた。


 誰にも秘密のこの精霊は、相変わらずどうにも不器用なようだ。

これにて秘密の精霊使いは完結です。閲覧、お気に入り登録、評価など沢山ありがとうございました。話数を重ねるごとに少しずつ読者が増えていくのが感じられて、とても嬉しかったです。もし宜しければ、感想や批評などお気軽に頂けましたら幸いです。

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