5話:アリスって掃除のスペシャリストだったのかもしれない!・前編
メイドがいなくなった部屋は静寂に包まれ、どこか寂しさが込み上げてくる。
「もしかしてレイは、寂しくてわざわざ問題を起こしてたとか?」
そんな考えが頭をよぎるが、思い出すのは本に記された悪逆非道の悪役令嬢像ばかり。
(うーん……そんな単純な理由じゃないっぽいよね?
えっ、でもまだ8歳の子供だし……でも、クローウィン惨殺って時系列的に考えると、7歳までの話なんでしょ?)
レイは悶々としつつ、赤い蝋がべっとりと付着した机へと視線を流した。
何度見ても殺人現場のようなその机。
「はあ……流石にこれは……一緒に掃除しよとはいったけど……」
そう小さく呟きながらも、ふとそういえば――
「確か、廊下の隅っこに掃除道具みたいなのあったような……。ちょっとくらいならいいよね?」
ボソリと呟いたが最後。体は無意識に部屋の扉を開け、当然な様子で隠すように置かれた掃除道具の元まで向かってしまう。
けれど運が良いのか、悪いのか。モップを手に取ったと同時――
「あの……」
どこか自信なさげな声がレイの背中にぶつけられた。
その声に思わずビクリと肩を揺らし、ギギギッと効果音をつけるようにして、恐る恐る振り返るレイ。
そんな彼女の眼前には、今朝いつものメイドと共に部屋へとやってきた誰かが。
それを認めたレイは、瞬時にこの状況は良くないと考えたのだろう。まずっ! と焦りを覚え、とっさに頭を下げてしまう。
だが残念ながら、新入りにはなぜ急にレイが頭を下げたのか――わからない。ゆえに彼女は、キョトリと小首を傾げながらも軽く会釈をすると、掃除道具をどこかへ持ってどこかへ行こうとしてしまう。
「あ、ちょっと待って!? えっと、干支……じゃない。それ借りてもいいかな?」
そんな新入りの行動に、思わず待ったを掛け要件を告げるものの、主語が完全に取っ払われたその言葉。その為、新入りはこの掃除道具で何をするのか。疑心暗鬼に陥りながらも眉を下げるばかり。
瞬間。脳裏に蘇るのは、エトプリに記された、レイ・ヴァーティンの悪行の数々。
(……もしかして、本当のレイはこの子にも酷いことをしたのかな? だから、ちょっと困ってる感じ?)
内心で訝しみながらも、若干の少し寂しさを覚えてしまう。
とはいえ――
(まあ……。気に入らなければ、コップとかぶつけたり、服に糸くずが着いてるだけで暴言吐いて、怪我させちゃったって書いてたし、仕方ないのかな? はあ……なんか私損すぎる!)
嘘か本当か、架空の物語ゆえその事実を検証することなど叶わない。ゆえにレイは、若干、自身のことに不憫さを感じながらも、掃除道具を必要とする理由を伝えてみることにした。
「机汚しちゃったから掃除しようと思って! ダメ、かな?」
「え? えっと……?」
そんな彼女の発言に対し、新入りは困った様子で言葉を詰まらせながらも、ただ愛想笑いを浮かべるのみ。
けれどレイは、そのままグイグイ自分のペースで言葉を続ける。
「あ〜、えっとね。本当は、別の人と掃除しよ? って話になってたんだけど――早く掃除した方がいいよなぁ〜って! だから掃除道具貸して欲しいの! でも不安なら、一緒にする? あ、もちろん嫌じゃなかったらの話だけど!」
その言葉の中には、下手にでて、何も企んでないという明確な意思が宿っている。
(えっと……前回、王宮内で聞いた話しと全然違うような……? でも、関わるなってかなり釘刺されちゃいましたし……うーん)
新入りは内心で戸惑いを吐き出しながらも、仮配属先が清掃の手伝い。ここでレイだけに掃除させれば大目玉を食らう可能性も、無きにしも非ず。
それに加え、自身が屋敷に来た当日。彼女の寂しげな背中を知りつつも、声すらかけることが許されなかった。
新入りはこういう時、どうすれば良いのか。どのような対応を取るのが最善か。様々なことを考え――結論を導き出した。
「えっと……わかり……ました。
一緒に清掃させていただいてもよろしいでしょうか?」
そう微笑んで、いざレイの部屋へ。
部屋に入るなり、新入りの視界に飛び込んできたのは、赤い蝋まみれの机と、汚れた床。それもかなり埃っぽい。
新入りは、これが令嬢の部屋なのか? と、ギョッと目を開き、困惑する。
「お嬢様、これはいったい……?」
「あ……えっと――」
レイはそこまで言うと、わずかに新入りから視線を逸らし、ボソリ。
「シリウスに手紙送ろうと思ったら……その、思いのほか封蝋が難しかったというか……」
まるで、悪戯がバレてしまった子供のような、その物言い。新入りメイドは思わず拍子抜けしながらも、ぷっ。
思わず、口から息を漏らしてしまう。
そんな新入りの反応にレイは、まん丸お月様のように瞳を見開き、えと……?
何故、急に笑われたのかと戸惑いを覚えてしまう。とはいえ、それは不快感から来るものでは決してなく。
(……なんで私、急に笑われちゃったんだろ?
なんか変なこと言ったっけ? うーん。わかんないし、まあ笑われるていどなら別にいいの、かな?)
彼女は内心でそう呟きながらも、釣られるようにして苦笑を漏らしてしまった。
この屋敷で働くメイドは基本、彼女と一定の距離を保つように、どんな時でも本心を曝け出すことがない。
それは本来のレイがやってきた悪行の数々が原因なのだろうが、その徹底っぷりはかなりのもの。どんなに彼女が歩み寄ろうとしても、毎回一歩引いたような対応をされてしまう。
にもかかわらず、新入りがゆえか。まだまだポーカーフェイスを装うのが苦手だったのだろう。表情豊かな新入りメイドは、レイからすれば、この世界で初めて見るまともな人間のように思えてしまった。
だが赤い瞳に雪のような白い肌は、全体的に不穏の化身。それに加え、彼女は苦笑までもを浮かべている。
新入りは、そんなレイの表情を見ると同時。
「も、申し訳ございませんお嬢様」
内心でやってしまいました! とあたふたしながらも、全身全霊の謝罪連撃をお見舞いしてしまう。
瞬間。
「あははっ! めちゃくちゃ必死じゃん!」
そう言って、レイが大爆笑してしまう。とはいえ、先ほどまでは苦笑していた存在。まさか怒りを通り越して狂ったのか。新入りはそう思いながらも恐る恐る顔を上げる。
そんな新入りの眼前。そこには、どこかツボにでも入ってしまったのか。涙を僅かに浮かべ笑い続けるレイの姿が。
その様子は怒っているとも呆れているとも取れず、新入りの表情はよけいに強ばっていく。
それを認めたのか――いや、偶然か。彼女は特に気にした素振りなど一切見せず、新入りに告げた。
「あ〜、気にしないで! ちょっと新鮮だなって思っただけだから!」
「え?」
何が気にしないでなのか。どうして、何もしてこないのか。もしかすると、先輩メイドが言っていた発言は、嘘だったのか。様々な疑念が新入りの脳裏に駆け巡り、不安がふるふると募っていく。
だが、そんな新入りの内心など知らん、知らん。レイはにこりと笑みを浮かべると、彼女に手を差し出し指示を出した。
「ほら、掃除しよ?」
その言葉に新入りも我に返ったのか、「は、はい!」と言って掃除道具を室内に運び込み、いざ魔王城清掃の開幕である。
5話後半は、明日の12:00-13:00頃に更新予定です。よろしくお願いします




