4話:なんかレビュタント? やるらしいから、シリウスに手紙書く!・後編
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翌朝、ようやくうとうとしていた頃。部屋の外から控えめなノック音が響く。
(ふにゅ……? もうそんな時間?)
大きく欠伸をしながらもレイは、のそり。目を擦る。
それと同時にぎしりと蝶番が軋み、扉が開かれる。その扉から現れたのは、昨日と同じメイドと見慣れぬメイド。
(えっと……誰? いや、これ……2人居るように見えて実質一人とか? なんかさけるチーズみたいな……?)
彼女はキョトンッと小首を傾げながらも内心で訝しむ。
とはいえ、レイの眼前にいる2人のメイドは、実在している。そもそも、普段から彼女の身の回りの世話をしているメイドは、しっかりして頼りになるものの――冷え冷えとしており無機質。一方の、もう一人のメイドは新入りか。どこかおどおどが脱ぎ捨てきれず、頼りない雰囲気を纏わせている。ゆえに、さけるチーズにはなり得ない。
恐らくだが、先輩メイドの執務見学というものをさせてもらっている最中なのだろう。
そんな中、いつものメイドがあっさりとした態度で口を開いた。
「お嬢様、失礼いたします。来月のデビュタントについてなのですが――」
そう切り出された途端、レイの思考は一瞬停止する。そして、0.05秒の刹那的な間を設けると、話を全て聞く前に遮ってしまう。
「……え、レビュタント!? 来月……!? 何それ、どういうこと!?」
思わず声を荒らげる彼女。そんなレイを我知らず半目で見つめてしまういつものメイド。
その内心はあまり穏やかなものではなく、これは揺さぶりを掛けて弄ばれようとしているのではないか。そんな警戒心の色が宿っている。とはいえ、ここで何も答えないという選択肢も取りずらいのだろう。零れ落ちそうな溜め息を飲み込み、淡々とした声音で軽い説明を口にした。
「デビュタントとは社交界デビューのことです」
しかし、それはあまりにも大雑把なもの。ドレスメーカーへの依頼やアクセサリーの選定、マナーやダンスレッスンの再確認など、どれを取っても時間がかかり、通常半年から一年ほどの長期計画を要するものという情報を完全に伏せられていては、欲しい情報に辿り着けないというもの。
(ふむふむ、レビュタントは、社交界デビューね。なんでレビュタントなんだろ? なんのレビューするんだろ?)
レイは内心でそんなことを考えながらも、まったく何も理解できていない。
「え、えっと……えと……干支?」
何が何だかわからないままに別の方へと引き寄せられそうになる思考をグッと堪えながらも、眉を八の字に下げ困惑するレイ。けれど、そんな彼女の困惑など知る気もないといいたげに、メイドは淡々とした様子で続けざまに応じた。
「本来であれば、10歳頃に皆様デビュタントを行うのですが、旦那様は“お嬢様の意向を第一に”とお考えのようで……」
「は……?」
思わず零れ落ちた渾身の困惑。
(いったい、いつそんな約束したの……? いや待って! これ、放置してたら私死ぬやつ! 絶対死ぬ! やだやだ死にたくないんだけど!?)
うんざりの上に絶望という名のふりかけをかけ、内心で不満を露わにするものの、どうやら“わがまま令嬢”だった頃のレイがすでに根回しを済ませているようで、今さら撤回は難しそう。
彼女は、メイドたちが部屋を出ていった後、激しく頭を抱えてしまった。
「社交界デビューって言うことは……多分だけど、新しいドレスは必須でしょ? それから礼儀作法? とかもある……よね? 後は――それにた、ダンスとかもするんでしょ? パートナーとかいるの?
まさか……シリウスとかだったりしないよね!? いや……有り得る。私の勘って一割くらいの高レベルで当たってるから、この勘もなんか当たってそう! ということは……シリウスとの好感度あげなきゃ――なの、かな?
……あと一ヶ月しかないのに、やること多すぎない!?」
そんな小言を洩らしても、どう考えても“自分が蒔いた種”であることに変わりはない。今さら投げ出すわけにもいかず、このままでは遅かれ早かれ処刑一直線。ならば、やれるだけやって破滅フラグを折るしかない。
レイは大きく息を吸い込むと、すぐさま頭を振って自身を奮い立たせた。
(私、死なない! 絶対、生き残ってみせる!)
そう決意を固めたならば、やることはまずひとつ。レイはすぐさま机の引き出しを開けると、ロゼットがあしらわれた可愛らしい便箋を取り出した。
そして、ペンを片手に便箋へと向かう。
その理由は至って簡単。ドレスはスマホがない為、A〇zonでポチれない。加え、礼儀作法? ダンスレッスン? ナニソレオイシイノ状態の彼女でもできる一番簡単なことといえば、シリウスとの関係修復のみ。
本来ならば、バルド――いや違った。ハゲ男に頼み、すぐさま彼の住居へ迎えれば手っ取り早い。けれど残念ながらレイは、前回シリウスを怒らせてしまい、『当分このガリウス家に足を踏み入れないで』そう言われてしまった。
そんなもの無視すればいいのだが――何が原因で死亡フラグを踏むかわからぬこのゲーム。そこでレイが導き出した答えは、手紙を送ろう! だった。
とはいえ、最初の一行目から躓くことに。
(えっと……手紙って、何書くんだっけ? 拝啓? 敬具?)
書き出しの文言すらあやふや。
彼女は薄ぼんやりと記憶を辿りながら、羽根ペンをクルクルと回し――
「えっと……確か学校で、手紙の書き方を習った気がする……」
思い出せる限りの断片をつなぎ合わせ、ぎこちなく手紙を綴った。
“拝啓
春暖のいそうろう、朝夕はまだまだ肌寒いですが、お元気でお過ごしでしょうか? えっと――一ヶ月後、私レイ・ヴァーティンの社交界デビューが行われます。是非シリウス様にパートナーとしてエス……”
「えーと、なんだっけ……エス、エス……エスカルゴ? ま、いいや、それっぽい単語書いとこ!」
“……エスカルゴして頂きたいと考えております。あと、そろそろ仲直りしたいです。
季節の変わり目、お身体には気をつけてください。
敬具”
そう適当に書き終え、レイは一人満足げに頷く。
「よし、できた!」
しかし、いざ封をしようとするが、封蝋を扱うのは初めて。お湯を沸かすのとほぼ同じはずにもかかわらず、なぜか赤い蝋をひどく散らしてしまう。
「うわわっ……!」
机の上に飛び散る赤い滴。それはまるで、事件現場のような光景であり、どこか不穏な影が薄らと出来上がっていく。
(どうしよう……これ、後でちゃんと掃除しないと)
そう思いつつも、ひとまず手紙を仕上げることを優先し、レイは雑に蝋を固めて不格好な封を作った。
「うーん……血糊みたいになってるけど……まあ、大丈夫だよね!」
そう言って伸びをしたところで、トントンッと、控えめなノック音が響く。
その音を聞くと同時に、「は〜い」
つい、だるんだるんの普段着のような言葉使いで、返してしまう。
とはいえ、そんなレイの発言など、いちいちメイドが気にすることもなく。
「失礼します。この後のご予定なのですが――」
部屋へと足を一歩、踏み入れると同時……えっと? すぐさま疑念を口にしてしまう。
「……レイお嬢、様……あの、その机は一体……?」
その表情は青々とし、若干硬直している。そこから察するに、何かの実験を終えた後――又は、誰かを殺害してしまったのか。そんな、懸念が宿っている。
けれど、彼女は気づかない。それどころか、普段同様にケロッとした態度のまま、ありのままを素直に告白してしまう。
「あっ、えっと……シリウス……様? にね、手紙を書いてみたんだけど、封蝋がちょっぴり難しくて……ごめん。私が汚したし、後で掃除するから大丈夫だよ!」
「……は?」
予想外な言葉。“悪名高きレイ・ヴァーティン”が、自ら汚れを掃除するなど今まで聞いたことがない。今度は何を企んでいるのか。メイドは、そんな疑念を腹の中で抱えつつも、ここは余計な詮索をしない方が吉。
メイドは、軽く愛想笑いをひとつ。内心とは乖離したお仕事モードで何とか乗り切ろうとした。
「そのような雑務は、私たち下働きに任せて頂いて問題ありませんよ?」
けれど、眼前の少女は、悪名高きレイ・ヴァーティンの見た目をした、中身はただのぽんこつである。ゆえに、彼女はいつも通り、他者の機微を読むことなく。
「いやいいよ!」
メイドの提案を素で一蹴してしまった。
だが、メイドからすれば、そう言われても困ってしまう。その為、「いえ、お気になさらず」「これは私たちの仕事で……」「レイお嬢様のお手を煩わせるわけには……」そんな業務感満載の言葉で立ち向かった。
けれど、その度「いや、私がやる!」と言われ、不毛な争いにもならぬ陳腐なやり取りは、延々と地平線の平行線。まったく前に進むことがなかった。
しかし、レイもまったく話題が動いていないことに、ある時ふと気づいてしまったのだろう。
彼女は、何度かメイドとくだらぬやり取りを行った後、うーんと若干、考えるような間を設けると、とっておきの素晴らしき提案を口にする。
「じゃ、一緒に掃除しよ? そのほうが安心でしょ?」
そこまで言われてしまえば、メイドという下働き如きが、それ以上文句や否定など言い続けることは不可能。ゆえにいつものメイドは、内心で鬱々とした息をひとつ。
「かしこまりました」
そう一言。レイに要件を伝え終えると、そそくさと部屋を後にしようとした。
ところが、空気の読めぬぽんこつはそれを許さなかった。
「あっ、ちょっと待って!」
と、呼び止めると、いつものメイドが言葉を返す前に、話を続ける。
「社交界デビューに向けて、作法の確認とかドレスの新調とか、色々手伝ってほしいことがあるんだけど!
あっ、あと……この手紙をシリウス……様に送って貰いたいんだけど……」
そう言って要件とともに差し出してきたのは封蝋だらけの手紙。
さすがのメイドもぎょっとするほかなく。
けれど本人からすれば、見栄えが悪かろうとも、“ちゃんと”手紙を書いたと言っている。それも、シリウス第三王子宛。
「か、かしこまりました……旦那様にも確認してみます」
メイドは口角を若干、引き攣らせつつもそう答えると、内心で何が起こっているのか、と動揺や不安などを募らせながらも、今度こそはと強い意志を持ち、逃げ去るようにして部屋を出て行ってしまうのだった。




