5話:アリスとお掃除! アリスって掃除のスペシャリストだったのかもしれない!・後編
まずは空気の入れ替えでもと、新入りは窓を開け放ち雑巾を片手に机へ直行。
「あ、こっちは私がやるから床の方お願いしていいかな?」
しかし、レイは自分で汚した部分は自分で。という考えがあるのか、そう指示を出してモップを彼女へと手渡した。
「かしこ……まり、ました?」
そんな彼女の態度に、新入りは内心おどおどとしながらも、ここで下手に反論を示すのは――得策ではない。ゆえに、取り敢えずのところはレイに机の拭き掃除を任せ、床に零れた赤い蝋なんかを掃除していく。
だが、想定以上に蝋というのは厄介極まりない。
軽く拭いても蝋は既に固まった後。つるるんぴかーんと、すぐに落ちてはくれない。必然的に、ゴシゴシと強く擦る羽目に。
そんな手強い蝋に、やる気を失いつつあるレイは、ふと談笑感覚で口を開く。
「あ、ねー! そう言えば、あなたの名前なんて言うの? 私はレイ!
……って、知ってるか……あはは」
そう言いながら、よくよく新入りの容姿を見れば、どこにでもいそうな町娘。黒に限りなく近い藍色の髪と瞳を持ち、光にあてるとハイライトにほんのりと青が混じる。そんな彼女の鼻から頬周りには、そばかすがついており、何故か可愛らしく思えてくる。
レイはそんな新入りとどうやって仲良くなろうかと画策するが、最近この世界にやってきた異世界人と、屋敷に来たばかりの新人。
会話の種というものがかなり少なく、何を聞けばいいのかわからない。もし名乗るのを拒否られれば、話はまったく続かないだろう。そんなドキマギした気持ちを隠しながらも、せっせこと机を磨いていく。
そんなレイのことを新入りもチラリ。軽く一瞥する。
その様子から察するに、新入りも新入りでレイのことが気になってしょうがないと言ったところなのだろう。若干、躊躇いながらも、おずおずとした態度で口を開いた。
「えっと、AliSと申します……」
「アリスか〜。いい名前だね! 不思議の国のアリスみたい!」
「不思議の国……?」
「うん! あれ、でも鏡の国もあったっけ?
なんかねアリスって子が、鏡とかうさぎ追っかけてたりとかしたらさ、変な世界に迷い込んじゃうお話!
めちゃくちゃ面白いから、今度観る機会あったら観てみなよ! 多分、ネ〇フリとかア〇プラとかにあるかもだし!」
そう言って、必死に会話を広げようと試みるも、当のアリスは、ア〇プラ? ネ〇フリ? と脳内で疑問符を大量生産し、話が続かない。
それでも何度か会話を試みてみたものの――やはりどこかズレているレイとの会話は難易度が高く、一言、二言のドッジボールで呆気なくノックダウン。豪速球をぶつけられて、終了である。
そんな続かない会話を早々に見切りをつけたのか、レイは無我の境地に達した人のように、一点集中で机を磨きはじめてしまう。
「あ、あの……お嬢様……?」
そんな彼女の異変を察し、アリスは恐る恐る声をかけてみるも、今の彼女には届かない。
お嬢様はどうなさったのでしょうか? と内心で不安を募らせるものの、この時のレイは超絶真面目モード。頭の中で考えを巡らせていた。
(シリウスに手紙届いたかな? ていうか、なんでレイってクローウィン? いやなんかウィーンみたいに自動ドアが開く感じ……音楽がある場所の名前っぽい感じだった気が……なんだっけ?
まあ、名前は今はいいや。なんで、カラス殺したんだろ? 仲間外れにされちゃったとか? シリウスがカラスのことを溺愛しすぎて、拗ねちゃったとか? それとも、ヒヒーンガオーってなんかトラとウマ戦わせてたのかな? それとも単に性格?)
まったく交わらないレイとアリスの心の声。
それでも彼女の手は、無我の境地に達するようにして、自動で汚れを検知し続ける。いわゆる高性能型お掃除ロボットのように。
とはいえ、彼女の行動は何も机という殺人現場の後処理だけに留まらず。その後も自動検知を続け、アリスに任せていた床や窓付近など、部屋全体の清掃を行っていく。
そんなレイの行動を直視してしまったアリス。彼女は、内心でぽつり。私、いる意味あったのでしょうか? と、モップを片手に、苦笑を浮かべざるを得なくなってしまった。
けれど、無我の境地は永続的なドーピングにはなり得なかったらしい。
あるていど、清掃を終えた頃。レイはハッと我に返ってしまうことに。
「あれ……いつの間に、もうこんなに綺麗になってる……?」
そんな彼女の眼前に広がるのは、清掃前とは異なる幾分マシな空間になった、自室。
けれど、無意識的にやっていたレイは、自身がやったとは毛頭思わない。キラキラと瞳を輝かせアリスを見遣ると、一言。
「アリスって、お掃除の達人だったんだね!」
そう言って、自身の手柄には無頓着な様子ですべての責任を彼女へと擦りつけてしまう。
だが、もちろんやったのはレイ本人。アリスは恐れ多いと言いたげに、首をぶんぶんと横に振り否定する。
しかし、レイはそんなアリスの反応をまったく、信用していない。
「またまた〜! そんなに照れなくていいんだよ? アリスは掃除の天才! 私、知っちゃった!」
そう言って、掃除の仕方教えて! と、瞳をキラキラと輝かせ、ぐいぐい彼女との距離を詰めていく。それは物理的にも心の距離的にも。
そんな尊敬の眼差しで詰め寄られては、新入りメイドの立場であるアリス如き、適当な対応であしらうということなどできるはずもなく。
内心で、誰か助けてぇぇぇぇぇ! と絶叫しながらも、必死に愛想笑いを取り繕うことしかできなかった。
とはいえ、アリスの心の叫びに気づいてくれる神など存在せず。眼前の魔王は、未だにこにこ不気味な笑みを浮かべ続けている。
彼女は、そんなレイに恐れ戦きながらも、必死に言葉を絞りだし――
「きょ、今日はもうこんなにピカピカになっちゃったんですから、また汚れてしまった時! その時一緒にまたお掃除しましょう!
その代わり、まだ何かお手伝いできることがあれば、何なりと申し付けてくださいませ!」
ついうっかりと口を滑らせ、墓穴を掘ってしまうのだった。
次回18:00以降に更新予定です。よろしくお願いします




