6話: えっ、旦那様? 私もう未婚卒業したの!? って、ハゲメタボの馬油とーふじゃん!・前編
(……? 早く仕事に慣れたいのかな?)
そんなアリスの言葉にレイは、内心で小さく疑念を投じながらも、特にこれといった用事はない。
彼女は、うーんと唸り考え――ハッ!
脳裏でティーバッグタイプの紅茶を抽出しながらも、にこり。
「じゃあさ! 模様替え! 模様替え手伝ってよ!」
周囲にほわほわと花を浮かべながらそう提案した。
けれど、突然“模様替え”と言われたところで述語消失。
目的が明確ではなく、ふと思いついた行き当たりばったりの提案のようにしか思えない。ゆえにアリスは訝しむ。
「模様替え……ですか?」
だが、レイの中では既に点と線が綿密に繋がっている。そのため彼女は、大きく首を縦に振ると、特に動じることなく言い切った。
「うん! この前、心機一転したくて模様替えの小物類を買ったの!」
そして、早く仕事に慣れたいんだよね〜? というお節介も同然なズレた感覚でレイは、何食わぬ顔のまま。ベッドの下から模様替え用の装飾品などを引っ張り出した。
とはいえ何故、クローゼットに仕舞わずベッドの下に隠しているのか。まるで、春色アイテム――否、好奇心を擽る思春期の扉ではないのだからと、僅かに呆れを覚えてしまう。
とはいえ、遅かれ早かれ模様替えはする予定ではあったのだろう。アリスはガラクタのような奇妙な装飾品らを半目で見遣りながらも、「そういう事でしたら」と、一人でもできそう模様替えの手伝いを決行した。
◇◆◇
「お嬢様、こちらの磁器のお人形はどちらに?」
「えっと、それはそこの棚の上に飾ってもらえるかな?」
「カーテンの方は付け替えてよろしいでしょうか?」
「うんお願い!」
模様替えに最初は戸惑っていたアリス。しかし気づけば、二人の距離は自然と縮まっていた。
そんな中。まるで波を閉じ込めたように美しい、青を基調とした白い花瓶を丁寧に持ち、アリスが問いかける。
「こちらの花瓶には何を飾りますか?」
「うーん。なんか可愛いから買う! って言っちゃっただけで、まだなんも考えてないんだよね〜。何がいいと思う?」
商人を家に招いたあの日、気になるものを片っ端から手に取り見ていた彼女。
「これどう思う?」
「お似合いだと思います」
という無意味な会話しかできず――結果、通販感覚で片っ端から気になるものを購入してもらっていた。そのため、特に使う予定のないガラクタが大半を占め、彼女もどうしてこんな物を買ったんだろ? と眉を下げるものまで存在し、計画性の“け”の字すら見当たらない。
アリスは少し悩みつつも部屋を見渡し――くすり。可愛らしい笑みを口角に添え、提案する。
「そうですね……鉄線や蕃紅花などいかがでしょうか?」
「テッチリ? クラッカー? 何それ? なんかめっちゃ美味しそうだね!」
「……テッチリ? えっと……テッセンと、クロッカスですね。どちらもとても素敵な花なんですよ? ふふっ」
「へ〜、そうなんだ! じゃあそれの手配お願いしていいかな?」
「かしこまりました」
やがて――
「お嬢様、こちらの“カーテン”はどうなさいますか?」
模様替えもあるていど終わった頃。アリスがサテン生地でできた、金色のカーテンを拾い上げ、レイに確認を取る。
彼女は、目がチカチカするカーテンをチラリ。一瞬だけ視線を投じると、困り笑いで言葉を濁す。
「え? あーそのカーテンめちゃくちゃダサいよね〜」
本来ならば、そのカーテンは使い道がないため捨てるが吉。いや、捨てずに取っておく方が目の毒である。ゆえにレイは、うーん。と一言。
「どうしよ?」
と、考えを巡らせ……ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん。木魚のリズムで4拍刻むと、ゆるりと口を開いた。
「捨て――」
だが、すぐさまその口は閉ざされ、彼女は再び1拍の間を設けると、別の答えを提示した。
「なんか使えるかもだし、いちおー持っとくよ!」
そして、そのままアリスから金色のカーテンを引き取ると、どういう思考をしているのか。当たり前な様子で、ベッドの下にカーテンを仕舞い込んでしまう。
それを認めたアリスは、苦笑とも失笑とも言いづらい微妙な笑みを浮かべながらも、レイの言動がおかしいのは、清掃や模様替えを通してだいたい理解した。それに加え、噂の凶悪令嬢像とはかなりズレが生じている。ゆえに彼女は、気に留めるだけ無駄だと考え直すと、ぺこりと頭を下げ、そのまま魔王城を後にした。
「聞いていた噂とはまったく異なりますね。まあ、それも……。ふふっ。お嬢様のこと、もっと知りたくなっちゃいました!」
そうルンルン気分で持ち場に帰った瞬間、先輩メイドに叱られることになるとも知らず――
◇◆◇
一方のレイはと言うと……。
「アリス、ほんといい子だったな〜」
そう言って、一人。模様替えも清掃も終えた部屋を見渡しながら、ホッ。軽く安堵の息を吐き出す。
けれど、これで終わりというわけでは決してない。シリウスに手紙を送れば、次にやることと言えば――
「う〜ん! 今日はもうやることないし、この後どうしよ? 残りはドレスとか作法とかダンスとかだっけ?」
そう口に出しながらも天井を仰ぐと、彼女はすぐさまクローゼットへと直行し、ガバッ。
「はぁ―――――――――――――――――――――――――――――――ぁ」
どこぞのローカル銀行CMくらい流〜い、溜め息を吐き出すと、あからさまに眉を落とした。
レイの眼前。そこには、本来の彼女が好んでいたと思われる、毒々しくも装飾過多のドレスがずらり。
「はあ……そうだった。この家ダサいドレスしかないんだ……。まじでセンス疑うし、なにこれ!?
こんな派手な服とか今流行りじゃないよ!? えっ、なに!? ここってバブリー? 扇子振り回して踊る世界なの!?
まぁ、でも言えば用意してもらえるんだよね? 小物類みたいに!」
そんな独り言を呟きながらも、中身はやはり楽観的。ゆえに、思い立ったが吉日だと言わんばかりな様子で、すぐさまハゲ男の元へと向かおうと、ノブへと手を回し――
同時。
トントンッ。と、扉が控えめにノックされる。
(……!? びっくりしたァ!)
その突然の訪問に、レイはドクリと心臓を跳ね上げながらも、これといった悪さなどしていない。
(あっ……そう言えば、一緒に掃除しよって約束したっけ?)
すぐさまそんなやり取りをしたことを思い出すと、若干申し訳なさを覚えながら、扉を開ける。
扉の先。そこにはいつも身支度を手伝ってくるメイドの姿が。彼女は普段通り、真顔を貫きレイを見下ろしている。
その瞳は冷え冷えとしており、アリスとは正反対。レイは、いつものメイドを見上げながらも眉を八の字に下げると、すぐさま謝罪を口にしようとした。
「えっと……掃除――」
だが、言葉を言い終える前に、メイドが言葉を挟んでしまう。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」




