18話:はぁ……っ! 良かった! ほんっと婚約破棄されちゃったらどうしよ!? って思ってたから、ほんと良かった!・前編
「ふう……今日は晴れててよかった! 前みたいにびしょ濡れで風邪ひくとかもう勘弁すぎる。ていうか妖怪火吹きハゲ太郎が本気で怖かった。急に、聖職者連れてきて、私を売ろうとするんだもん。あんなんだから本当のレイが悪嬢にならなきゃダメだったんだよ。ほんと、親としての自覚無さすぎでしょ」
と、ブツブツ文句を連ねながらも、レイの足取りは何処か軽やかだった。
そんな彼女が向かう先――目的地は王宮。
まだシリウスと正式に仲直りしたわけではないため、彼に突き放される不安はあるものの、考えたところで始まらない。
「あんな妖怪火吹きハゲ太郎のことなんて頭からぽーい! 今日こそシリウスと仲直りしてやるんだから!」
レイはそう意気込みながらも、軽足のままシリウスのいる王宮へと向かうのだった――
◇◆◇
「〜〜♪」
やがて、ご機嫌な鼻歌を紡ぎながら、レイは王宮の門前に到着すると、いつも通り形式ばかりの謁見を申し込もうとした。
「こんにちは〜!」
同時。
門衛は、どこか安堵したような笑みを浮かべ、開門するとにこやかな笑みを添え告げる。
「お待ちしておりました。“シリウス第三王子”が、お待ちです」
それは、彼女自身が想像していなかった結末。ゆえにレイは、「あっ、そうですよね〜! って、え―――!?」と声を上げ、思わず面を食らい口をポカーン。そのまま思考を停止させるようにして硬直してしまった。
そんなレイの反応に、つい苦笑を浮かべてしまう門衛。けれど、1ヶ月以上も婚約者であるシリウス第3王子から拒絶し続けられていたのだ。その反応になるのも無理はないだろう、と思い直すと、放心状態であろう彼女を門の中へ入るよう促した。
「お入りください」
「あっ、えっと……はい」
そう促され、これは夢なのかと頬を抓りたくなる気持ちを必死に堪え、レイはそのまま王門を潜りぽつり。
(なんで急にシリウスは、私にあってくれる気になったんだろ?)
内心で疑問を抱えながらも、ホッと一息。胸がいっぱいになってしまう。
とはいえここで露骨に喜びを露わにするのはナンセンス。なんせ相手はシリウスだ。もしかすると、婚約破棄の可能性さえ捨てきれない。
彼女は、浮き立つ気分を抑えつつ、王宮の使用人に案内されるままシリウスのいる応接室へ向かい、
「おっ邪魔しまーす!」
と元気に部屋へと入室した――のだが。
応接室に入ると同時。
「なぜまた来た?」
シリウスの突き放すようなカウンターがお見舞されてしまう。
そんな彼の発言に、再びレイは口をポカーンと開いたまま。内心で焦りを露にする。
(えっ、待って待って待って!? なんで!? めっちゃツンツンしてるんだけど!? へっ、まだ怒ってる感じ!?)
けれど、よくよくシリウスを観察してみると、言葉の冷たさと噛み合っていない。というよりも、どこかぎこちない。
まるで隠しきれない“尻尾”を振っているかのように、ほんのり嬉しそうに見えてしまうのは気のせいだろうか。
(……? なんだろう、なんか機嫌良さそう?)
そう内心で訝りながらもレイは、無邪気な笑顔で応じた。
「そりゃ、シリウスに会いに来たんだよ!」
その言葉に彼は、ふいっと顔を背けると、「あっそ」と一言。ぶっきらぼうな態度を貫いてしまう。
けれど、その内心では嬉しさを込み上げさせていた。
(ちゃんと、来てくれて……良かった。あの後パタリと来なくなって……レイが死んでたらって思ってたから……ちゃんと、元気な姿見れて……うん、良かったと……思う)
本当は、婚約破棄の申し出をされるかもしれないと思っていた。いや、されても同然なことしかしていなかったのだ。もし、彼女の口からそれを望まれれば、それを甘んじて受け入れたことだろう。
まあ……淑女のための聖域にシリウスを連れ込んだレイに対し、そこまで厳重な罰を下さなかったリゲル国王陛下が、受け入れてくれたのか――わからないが。
なんせ、あの後『レイ嬢ならばやりかねん。昔っからあの子は少しばかし抜けていたからな』と、彼女のことを好意的に言っていたのだから。
とはいえ今回の来訪は、婚約破棄の申し出でなさそうなのは、レイ・ヴァーティンの態度から察するに明らか。
シリウスは、どこか心をぽかぽかとさせながらも、嬉しそうに頬を綻ばせかけるのを必死に堪え続けるのだった。
けれど、その表情はレイからすれば、あまりにも硬い。いや、硬いよりも嫌な圧が滲んでおり、殺意のような不穏な気配が滲み溢れている。
(……ひぇっ、えっ、なんで!? なんかさっきめっちゃ機嫌良さそうにしてたじゃん! 柴犬みたいにしっぽ振って機嫌良さそうにしてたじゃん! なんで!? この短時間? 短時間ってなんだっけ……えっと、この短い時間の中で何があったの!?)
レイは内心で動揺を示しながらもチラリ。シリウスの顔を覗き込むようにして、恐る恐る問いかけてみた。
「えっと……まだ怒ってたりする……?」
そんな彼女の上目遣いのような視線を認めたシリウス。
刹那――トクンッ。動悸のように心臓が一瞬だけ、乱れる。その心臓の乱れに彼は、思わず顔を顰めながらもぽつり。
(なんなんだ、この感情は……)
内心で自問する。だが、その答えは見えてこない。
だが、自身を上目遣いで見つめるレイの姿が何処か――“可愛い”と、思ってしまった気がする。
だが、なぜ可愛いと思ったのかはわからない。
ゆえにシリウスは、意味のわからない感情に戸惑いを覚えるようにして、ギュッと口を引き結んでしまう。
「えっと……。私、帰った方が……良かったりす、る……?」
そんなシリウスの態度に、よけい不安を募らせるレイ。
(いや待って! ほんと、何があったの!? えっ、そんなに私のこと嫌い!? えっ、ハゲ太郎に私追い出される!? ど、ど、どうしよ……)
あんなに頑張ったのに、やはり自身は報われないのか。そんなやるせなさが募ってくる。
だが、ここにいてもしょうがない。なぜ、彼が謁見を許してくれたのか――それはわからないが、不快な思いをさせているのならば、それも仕方のないこと。
(はあ……)
レイは内心で小さく息を吐き出しながらも、ここにいない方が良いと判断するなり、ソファーから腰を上げ、そのまま応接室を後にしようとした。
しかし――
「待って!」
ガタッという音が聞こえると同時。シリウスが、レイの腕を掴み制止した。
「え……?」
突然のことで困惑を示すレイ。応接室のテーブルに手を付き、彼女を引き留めるシリウス。
一刹那の間、時が止まる。
(なんでシリウス、わたしを引き留めるんだろ?)
内心で答えの見えない疑問が過ぎる。
すると、僅かに顔を赤く染めたシリウスが、意を決した様子でモゴモゴと口を開き始めた。
「……べつ、に……怒ってない。あの後、フィラクスに言われて、ちゃんと……調査したら、クローウィンを……その、殺したのがオオタカだって、わかったんだ……」
よそよそしさの中に、自分の過ちを認めることに対する拒絶心。それから、この事実を理解した上で、どう接すればいいか分からないといった感情を綯い交ぜにするシリウス。
しかし、レイはそんな彼の機微など読むことなく、ホッと一息。心底安堵した表情を浮かべると、キラリと太陽のように眩しい笑みを浮かべ茶化すように言い放つ。
「怒ってない!? あー、よかった! もし『婚約破棄だー!』なんて言われてたら、私泣いちゃうところだったよ!?」
そんなレイの発言を受けたシリウスは、目を軽く瞬かせながらも一言。
「なんで?」
そう一言、僅かに首傾げ問いかけた。
その短い言葉の中には、様々な感情が滲み、自身の未熟さに対する罪を求めるような響きが宿っている。
しかし、その理由の本質を理解することなく。彼女はあっけらかんとした態度のまま、喜色満面な笑みを浮かべ応じてしまう。
「えっ、だって私、シリウスのこと“大好き”だし?」
それは、レイからすればLOVEという恋愛感情ではなく、ペットや家族――それから友達に対するようなLIKEの感情。
だが、その呟きが今後、シリウスの胸に火花のような何かを灯らせるなど、この時のレイはまだ知る由もない。




