18話:はぁ……っ! 良かった! ほんっと婚約破棄されちゃったらどうしよ!? って思ってたから、ほんと良かった!・後編
◇◆◇
やがて、ひとしきり談笑した後。レイは王宮を後にし、王都の街ロヴィーナへと繰り出した。
理由は単純明快。セレスティアに会って、シリウスと仲直りできたよ! と報告したいから。
とはいえ、セレスティアの住処などレイは何処にあるかなど知らない。
ゆえに、会えるかどうかもわからないのだが――
彼女は会えたらいいなという軽い気持ちで、街をぶらりと放浪することにした。
◇◆◇
王都の街ロヴィーナは、行き交う人々や露店の呼び込みがあちらこちらで響き相変わらず活気づいている。
そんなロヴィーナの市井をふらり、ふらふらと彷徨いながらも、視線をあちらこちらへと向け、注意散漫な様子でキョロキョロしていた。
そんな中で歩いているとどうなるか――
ドンッ!
レイは前を見ずに歩いていたせいか、大きくも柔らかい壁にぶつかってしまう。
「……いてて。ご、ごめんなさい!」
そう言って、鼻面を押さえながらもすぐさま謝罪するレイ。
だが耳に飛び込んできたのは、どこか聞き覚えのある冷めた声だった。
「痛ってえな。お前、どこ見て歩いてんだ?」
その声に既視感を覚えたレイは、そっと視線を滑らせ――ピカリ。
お尋ね者を視界に認めると、満面の笑みを咲かせ告げる。
「あっ、セレスティアじゃん! 元気だった? てかさっきの台詞、なんかそこら辺のチンピラみたいで草生えそ〜!」
そんな彼女の態度にセレスティアは「お前か」と気怠そうに言葉を返した後、レイの頭をわしゃわしゃ撫でながらも言葉を続けた。
「今日は前みたいに落ち込んでねえんだな。元気そうだ」
その声音は先ほどよりもほんのりと穏やかで。本当に、母親のような慈愛の念が込められているように優しい。
しかし、優しさなど二の次である。
「あっ、ちょ! 髪の毛ぐちゃぐちゃになるじゃん、セレスティアのばーか!」
レイはそう軽く文句をひとつ。あっかんべーと、セレスティアへ渾身の皮肉をお見舞いしてやる。
だが、そんな彼女の皮肉など気にすることなく。セレスティアは小さく息を吐き出すと、ポンポンッと頭を撫でるように叩きながら問いかけた。
「……で、なんか俺に用か?」
その問いかけに対しレイは、再び満面の笑みを浮かべると、すぐさまクイズ形式の問いを出題する。
「えへへ〜じゃあ二択問題ね! 用があるかないかどっちでしょう!」
しかし、どうやらセレスティアは取り扱うつもりはないらしい。肩を竦めて鼻を鳴らすだけで、クイズの回答者にはなってくれない。
そんな彼の態度に、レイはちょっぴりだけむくれっ面を見せながらもニカリッ。すぐさま答えを投じてしまう。
「ぶっぶー! 時間切れ! 正解は――ドゥルルルルルルルル……ジャン! セレスティアに会いに来たんだよ? へへっ」
だがその回答は、用事が『ある』か『ない』かの二択ではなく。三択目の答え。
流石のセレスティアも一瞬目を丸くする。
だが、その発言自体が彼女らしさの塊。ゆえにセレスティアは、微かに頬を綻ばせながらも「なんだそれ。話にならん」と、ぽつり。再び問いを重ねた。
「まぁいい。で、なぜ俺に会いたかったんだ?」
その問いかけに対しレイは、その疑問を待っていました! と言わんばかりに笑みを深めると一言。
「それはね〜!」
そう言って、言葉を続けようとする。
だが、この流れは長話になる。そう彼の直感が囁くと同時。
セレスティアは、レイが言葉を紡ぐ寸前で口を開き提案した。
「あ〜、立ち話はダルい。店に入るぞ」
「えっ? わたし財布持ってきてないよ?」
「お前、いっつも持ってねえだろ。奢ってやるから付き合え」
「えっ、マッ!? わぁい! やったー!」
そんなやり取りをしながらも二人は、さほど高くもないが落ち着いた雰囲気のカフェ・サロンへと足を運んだ。
店内ではちょうどハープの生演奏が始まったようで、柔らかな音色が耳に心地よい。
そんな音に耳を癒しながらも席についた後。手短に注文を済ませると、早速セレスティアが本題に入った。
「はあ……。で、どうして俺に会いたかったんだ?」
「んとね〜セレスティアのおかげで、シリウスと仲直りできたよ! 本当にありがと! って報告したくて!」
にこにこと笑顔でそう告げるレイ。
セレスティアは、そんな彼女の様子を認めながらも、「そうか」と一言。さりげなく視線を逸らし、内心に呟きを落とす。
(仲直りできた、か……。喜ぶべきなんだろうが……。あんな公の場で糾弾した挙句、レイを泣かせたことを考えると、なんか複雑な気持ちになるな)
だが、当の本人は納得し、それをわざわざ自身に報告までしてくれた。ゆえにセレスティアは、「良かったな」と大人の余裕を見せながらも、レイの頭をポンポンと叩いてやる。
そんな会話をしているうちに、薔薇の蕾が一輪浮かんだ玫瑰工夫とヤヴァ珈琲、それからケーキがテーブルに届けられる。 ※玫瑰工夫→ローズティーのようなもの※
スモーキーでエキゾチックな力強さを放つヤヴァの芳香。それが、薔薇の仄かな香りを打ち消しつつも、不協和音のような下品な香りには成り下がらない。
むしろ、人工的に香り付けしたフレーバーティーよりも、自然な奥ゆかしさが印象的。まるで、サロンで奏でられる二重奏のような調和を生み出していた。
そんな香りに誘われる蝶のように、レイは鼻先で軽く香りを吸い込むと一拍。ウキウキした気分で玫瑰工夫の入ったティーカップへと唇を落とした。
飲みやすい口触りの後、生花独特の苦味がほんのりとした余韻を齎すその紅茶。
レイは幸せいっぱいな表情を浮かべ短評をひとつ。
「ん〜〜〜めっちゃ、優雅!」
キラリと瞳を輝かせ、ケーキへとかぶりつく。
口いっぱいに頬張る彼女。その姿は、やはりどこからどう見てもただの子供。巷で噂されるような悪嬢の影などひとつもなく、どちらかといえば騙される側に回りそう。
セレスティアは、幸せいっぱいに頬を綻ばせるレイを見つめながらも、無意識のうちに頬を弛ませてしまう。
しかし、すぐさま自身の頬が緩んでいることに気がつくや否や――
(……っぶねぇ)
さりげなく手で口元を隠し、そっと視線を窓の外へと逸らしてしまう。
そんな彼の動揺など露知らず。レイはケーキや玫瑰工夫を堪能しながらも、至福の笑みを浮かべ続けるのだった。
◇◆◇
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行き――
店を出た二人は、短く言葉を交わした後、別れ際のひとときを迎えていた。
「ほんと、ありがとう!」
レイが笑顔で礼を言うと、セレスティアは無言のまま彼女の頭をポンポンと叩く。
その動作はぶっきらぼうながらも、なにかを伝えたいような優しさが滲んでいる。
しかし、彼は片手を軽く上げるだけで別れを告げると、すたすたと踵を返してしまう。
そんな彼の背中を見送りながらもレイは、
「さて……わたしも、そろそろ帰りますか!」
そう言って大きく背伸びをした後、満たされた気持ちに包まれながらも、ルンルン気分で帰路へと着くのだった。
◇◆◇
しかし――
そんな彼女を建物の上からじっと見下ろすひとつの影が。
それはあどけない雰囲気が残る幼い少年。
「本当、レイは悪い子だよね〜。まっ、十中八九、彼の仕業だろうけど――ふふっ。知らなくていいことを知っちゃった罰は受けてもらわなきゃ、だね?」
赤い果実をシャリッと一口頬張ると、軽く指を鳴らした。
直後、影とそっくりな少年が現れたかと思うと、跪きながらも言葉を続けた。
「お呼びでしょうか?」
無機質で魂が宿らぬ声で紡がれるその言葉。影はくすりと笑みを浮かべると、赤い果実を差し出し命じる。
「ふふっ。君はレイと違ってお利口さんだね? そんな君に命令だよ。レイにプレゼント渡しといてくれる?」
その命令に少年は、何の疑問を抱くことなく赤い果実を受け取ると「かしこまりました」と一言。すぐさま行動に移すためか、影の元を後にする。
そんな少年のことなど気にとどめることなく。影はじっとレイを視線に留めながらも、ふふっ。
「そろそろ僕も接触しちゃおっかな〜? ちゃんと覚えててくれたらいいけど……レイって忘れんぼさんだからあんまり期待しない方がいいのかな?」
この先待ち受ける波乱を予兆するような笑みを浮かべると、摩天楼のように沈みゆく夕日の中へと溶けいるようにして消えてしまうのだった。
これにて第1幕完結です。
2幕以降もありますが、とりあえずデビュタント編とシリウス真相編が終わりキリが良いので、ここで一旦完結とさせていただきます。
また修正・加筆が終わりましたら完結を外してこちらでまた連載再開or二幕以降で真実が明るみになるため、別で掲載すると思います。
尚、ダクファン要素を掴みたい方は、レイの認知で取り逃すようにしていた為、レイの認知を飛ばして読めばだいぶ掴めると思います。
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