17話:真実の告白。ちゃんとシリウスに、クローウィンのこと伝えられたよ! ってあれ……? 私なんでシリウスのとこ行ってたんだっけ……?・後編
「……まだクローウィンのこと、怒ってる……よね」
だが、その前振りは突拍子もなさすぎたからか、シリウスの口から発されたのは、「は?」という一音のみ。
しかし、そんな彼の言葉にいちいち反応などしていられない。今はまだ、シリウスにこの真実を“今”伝えなければいけない。そんな気持ちだけで何とか意識を保てているが、正直いって、体がダルすぎてしんどい。視界はぼんやりと霞み、体の芯が冷たく痺れるようにジンと痛む中で、どれだけ意識を保てるかなど予測不可能。
ゆえにレイは、シリウスに一瞥さえもくれることなく言葉を続けた。
「信じて貰えないかもしれないけど、私……本当は、クローウィンを殺してないんだよ」
瞬間、彼の気配に怒りが乗った。その怒りの気配に視線を上げれば、苦しそうな表情のシリウスが。
それは、自身の信じていたものが、嘘だったのかという疑念と、それでもレイを信用しないという確たる意思のように見受けられる。
けれど、今のシリウスは、レイの言葉を上手く飲み込めないのだろう。
「……っ!? 何をデタラメな――」
そう言って、頭ごなしに糾弾しようとする。だが、レイはその言葉がすべて放たれる前に、チョンッと彼の服の裾を摘みながら言葉を継いだ。
「シリウスも、本当は気づいてる、よね? あの時の真実に」
直後、シリウスの瞳がほんの少し見開かれる。とはいえ、その反応を指摘し、彼自身に推理を促すことなど、今の――いや、レイにはできるわけもなく。
彼女は、ほんの僅かシリウスに微笑みかけながらも、ダル重くなっていく体に鞭を入れながらも本当のレイを救うため。本当のレイの無実を証明するため、息を入れながらも再び言葉を投じた。
「あのときの傷、どう見ても人間の仕業じゃなかったと思う。それに、爪痕に近いものが、あちこちにあったし、クローウィンとは違う羽も――」
シリウスの眼前、苦しげな表情を浮かべながらも、必死に状況を説明するレイ・ヴァーティン。そんな彼女からは、嘘を吐いているような嫌な気配は感じられない。
だが彼は認められない。いや、認めることなどできはしない。なんせ認めてしまえば、今まで築いてきた“彼女を恨む理由”が崩れてしまうから。
(どうして今更……。そんなこと、薄々気づいていた……ううん。調べればすぐわかったことだと思う……。でも……)
シリウスは、心の奥で葛藤した。
しかし、彼女の口にした言葉を飲み込んでしまえば、きっと自身の中にあった“レイ・ヴァーティンを憎む”理由が、音を立てて崩れ落ちてしまう。
(そんなの……そんなの認められるか!)
ゆえにシリウスは、怒号した。
「今更そんな嘘をついて、なんの意味があるんだ! 僕に許しを乞うために、そんな嘘をでっち上げて楽しいのか!? お前はあの時、ハッキリと僕にクローウィンを殺したと言ったんだ! 今更殺してないなど信じられるわけがないだろ!?」
そんな彼を見つめるレイ。そんな彼女の瞳に映るシリウスは、本心を押し殺すような苛立ちが宿り、自分を守ろうとする弱さが見え隠れしているようだった。
だが、それを伝えても恐らくは、薪を抱いて火を救う。否、よけいにシリウスとの溝を深めてしまう要因になり得てしまう。
ゆえに、レイは肯定する。
「そう……だよね。でも、これは本当のこと」
だが、否定しようが肯定しようが、もしかすると彼は同じ反応を示したのかもしれない。
シリウスは、レイの発言を聞きよけい声を張り上げ怒鳴りつけてしまった。
「じゃあどうして、あの時自分がやったって嘘をついたんだよ! 別に嘘をつく必要なんてなかっただろ!?」
「あの時の私はきっと、誰も信じてくれないと思ってたから。自分がやったって言えば、それで丸く収まる。弁明するよりそっちの方が――楽、でしょ?」
そう言い苦しげに笑うレイ。シリウスはそんな彼女の笑みに、ギュッと胸を掴まれるような感覚を覚え、奥歯を立てる。
(あの時……ちゃんと言ってくれれば僕は……。ううん、きっとレイが本当のことを言っていれば、僕は壊れてた……)
悔しさや後悔。いつまでも未熟な自分。見たくもない自分の醜い部分ばかりが露見しているようで、シリウスは必死に逃避を図ろうとした。
恐らく、そんな彼に呆れを覚えてしまったのだろう。レイ・ヴァーティンは、高熱で体が辛いはずにもかかわらず、フラフラと体を揺らしながらも立ち上がると、何処に行くのか。シリウスに背中を向け、言った。
「今更、許してもらおう……なんて、都合のいいこと、考えてないよ。本当のこと、伝えたかった。ただ、それだけ……。ほんと、ごめんね。じゃあ……」
そして、フラフラな体のまま扉の方へと歩を進め始める。
そんな彼女を前に、シリウスは一瞬「行くな」そう引き留めようと、手を伸ばしかけた。
しかし、あの日以来、彼女を憎むことでしか関われなくなってしまったせいか、“本当は、気づいていたよ”その一言さえ発せない。
結局のところ、彼は何も言えず、伸ばしかけた手を引っ込めるしかなく――パタンッ。
レイはそのまま部屋を後にしてしまった。
◇◆◇
彼女が部屋を後にすると同時、外は雨が止んだのだろうか。シーンと静まり返る室内。気づけば彼の頬を伝う涙。
シリウスは、自身が泣いていることにさえ気づかないほど、心をぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。
(お前の口からその真実を告げられて、僕はどうすればいい……? 許せばいいの? そうしたら、僕はこれから何に縋って生きていけばいい? 誰を憎めばいい? 空っぽの自分だけが残るなんて……耐えられない。そんな自分を直視するくらいなら、このまま憎み続けていた方が楽だった……)
生きる意味にもなっていたレイを憎む理由。それが今、大きく揺らぎを見せている。
もし、自分がレイ・ヴァーティンを許してしまえば、“何もない自分”だけが残る。
いや、それだけならまだ良いのかもしれない。なんせシリウスは、レイ・ヴァーティンという女神に救われた少年なのだから。
そんな女神を信じきれず、偽りの憎しみを抱き続けてきたのだ。自身が空っぽのまま、何もない自分に戻るのならばそれでも良いのかもしれない。
けれど――彼女が自身の元から離れてしまえば……それこそ生きる意味がなくなってしまう。
だが、もう遅い。恐らくシリウスは、レイ・ヴァーティンから婚約破棄の申し出をされ、二度と王宮に来ることはなくなるだろう。
そんな未来を想像したと同時。ズキリ――
彼の心臓が、握り潰されてしまいそうなほどの鈍痛を覚える。
(レイ、ごめんね……。あの時、レイのことを信じていたはずなのに……信じ切ることができなくて……ごめん。巣落ちしたばかりのクローウィンを必死に助けようとしていたレイが、クローウィンを殺そうとするなんて有り得ないって、少し考えればわかったのに、信じることができなかった。頭が真っ白に染まって、何も考えられなかった……)
心の中で必死にレイへの謝罪を落としながらもシリウスは、少しの間、一人取り残された部屋の中で声を殺して泣き続ける。
そんな彼の啜り泣くような声は、微かに廊下まで洩れ続け、従者たちは、フィラクスの指示の元。気づかないフリをしてやるのだった――
◇◆◇
一方、レイはというと。
かなり根性があるのか、どうにか自力でヴァーティン邸に戻れたものの、風邪の症状が悪化してしまったらしい。しばらくの間ベッドから動けない日々を送ることに。
とはいえ、レイの父親であるバルドフは、流行り病に感染してしまったのかもしれないと慌てふためき。
パニックのままに聖職者を手配しようとしたのだが──“ただの風邪”にまでは応じてもらえるわけがなく。
レイは結局、インフルエンザのような高熱に魘され、一週間ほど寝込んだ。
しかし、子供は意外と回復が早い。一週間後にはケロッとした様子で後遺症もなく、普段と変わらない日々を送ることに。
そして、あんなことがあったにもかかわらず、体調が回復するや否や、使用人や父である“妖怪火吹きハゲ太郎”の制止など気にも留めることもないまま、レイは「行ってきま〜す!」と、満面の笑みを浮かべ、ヴァーティン邸を後にしてしまうのだった。




