17話:真実の告白。ちゃんとシリウスに、クローウィンのこと伝えられたよ! ってあれ……? 私なんでシリウスのとこ行ってたんだっけ……?・前編
ふと意識を戻すと、そこはふかふかのベッドの上だった。
(ここ……どこだろ?)
そう思うが、体の節々が痛み火照りがひどい。頭はぐわんぐわんとして思うように焦点を結べない。
レイは再び目を閉じ、眠りに落ちかける。
けれど脳裏に先ほど見た夢がちらついて――うまく寝付くことができない。
(……わかんない。なんもわかんないけど、多分……あれが“本当のレイ・ヴァーティン”なんだ、と思う……。エトプリでは、彼女が悪逆非道だ、って書いてあったけど、実際は……不器用なだけだったんだと思う……)
脳裏に過ぎり続ける彼女の悲痛な叫び。
『ダメ、死んじゃうと彼が悲しむから……だからお願い……死なないで。シリウスにはクローウィンが必要なの。だから、あの時みたいに息を吹き返してよ。お願いだから、シリウスを独りぼっちにさせないで。悪い子の私の命でいいならあげる。だから……』
そう言って、“シリウス”のためだけを思って、必死に治癒魔法をかけ続けようとしていた。
もし、本当の悪嬢ならば人がいないところであんなことはしない。そもそも一人の時こそ本音が漏れる、はず。
(自分のこともよくわかんないのに、他人のことなんてもっとわかんないよ。でも……だけどね、レイのあの姿を見れば、誰だって……うん。多分、殆どの人が、レイを悪嬢なんて言わない。私はそう……思っちゃう)
意識を何度も沈ませながらも、なぜか“レイ・ヴァーティン”のことを考え続けてしまう。しかし、なぜ彼女が“悪嬢”と呼ばれるようになったのか、それだけはいくら考えてもわからない。
(あの時、タイミング悪くシリウスがやってきちゃった時。レイは、なんで『……やっぱり、私は悪い子なんだね』なんて言って、嘘をついちゃったのか。あの時のレイ、は……何かを諦めようとしたように、うん……思えちゃう)
しかし、考えずとも理由を推測することは可能だった。本来、“神代かぐや”だった彼女が、車に轢かれレイ・ヴァーティンになった時。レイは既に悪嬢として、周囲から敬遠されていた。
8歳の子供が、何をしでかしたのか。それはわからない。しかし、あの頃から《本当のレイ・ヴァーティン》は、妖怪火吹きハゲ太郎やメイドたちの、冷やかな対応に押し潰され、わざと悪さをして気を引こうとする子供だったんじゃないのか。
その結果、軽い悪戯が積もり積もって「何を言っても嘘だ」と疑われるようになり、苦しいまま八方塞がりに……。
それに追い打ちをかけるようにして、シリウスの“怒り”がさらに彼女の心を閉ざした。
(どうせ誰も本当の自分を見てくれない。信じてもらえない……。きっと、あのときのレイはそう思い込んで、クローウィンは“自分が殺した”って嘘をついちゃったんだ)
そう考えると、レイはシリウスに真実を伝えなきゃいけないという衝動に駆られる。
(うん……多分そう。なんで私にその真実を教えようとしたのかわかんない。それに、どうして私はクローウィンの真実を知る前。誰かわかんない人に、『お前は誰だ?』って聞かれて、『レイ・ヴァーティン』って答えたのか――わかんない。あの時、私自身……“神代かぐや”だって名乗れたはずなのに……どうしてか、その名前を思い出せなくて……そう答えてた。あの人は一体、誰だったんだろ? なんで私は、神代かぐやだって……言えなかったんだろ?)
そう思いながらも、ぐらりと揺れる視界の中。レイは“うっ……”と、吐き気が込み上がるのを堪えながらも、なんとか体を起こした。
同時、付近で小さく影が揺れた――気がした。
「だ、れ……?」
恐る恐る問いかける声。それは普段のような力強さはなく、命の雫が枯れかけているような儚さがあった。
しかし、その揺れた影は、レイの声色には気づかなかったのだろう。いや、気付く努力を惜しんだのか。
レイが目を覚ましたことに気づいた影は、ボロボロのレイのことなど気に留めることなく。冷ややかな言葉を投げつける。
「ようやく起きたのか。ならばさっさと出ていけ」
冷えきって、温かみの一切が排除されたその声色。それは紛れもなく彼のモノで――
(シリウス、傍にいてくれたんだ……)
レイは、僅かに安堵した。しかし、すぐさま違和感に気が付く。
(でも、なんで私の傍にいるんだろ?)
だが、考えてもわからないこと。レイは静かに目を閉じ自問しようとした。
刹那。瞼の裏側に幼き頃のシリウスが浮かび上がりはじめる。
複雑な心境を抱え瞳を揺らす幼き頃のシリウス。彼は、頭ごなしに本来のレイを糾弾し、終いにはそんな彼女に手をあげようとした。
それを見て思わず体を動かそうとした矢先、クローウィンの真実を知る前に聞いた声とはまったく異なる、無邪気ながらも何処か不穏を孕む少年の声が聞こえて――あの後どうなったのか、わからない。
もしかしたらそのまま幼き頃のレイに手をあげてしまったのかもしれないし、寸前のところで思い留まったのかもしれない。
だが今現在のシリウスとの間に生まれた確執は、確実にあの時彼女が言い放った台詞。
『ええそうよ。まだあんな汚らわしいカラスを大切にしていたのね。……感謝、しなさい』
その言葉が原因なのは間違いない。
(シリウスが、偽物のレイじゃなく、本当のレイをどう思っていたのかはわかんない。でも、ちゃんと誤解を解いてあげなきゃ……)
レイはそこまで思考すると、必死の思いで声を絞り出した。
「うん、今日は出ていく。でも――」
しかし……
「もう二度と、ここへ来るな。お前を金輪際、屋敷に入れるつもりはない」
言葉を最後まで紡ぐことなく、シリウスがレイの言葉に言葉を重ね遮ってしまう。
その態度からして、本当にレイ・ヴァーティンという存在が大の嫌いなのだろう。
公衆の面前で、ハッキリと『お前なんか大っ嫌い』だと言ってしまうほどには。
だが、今言わなければもう……2度と本来のレイの真実を伝えることができない気がする。
レイはそう直感すると、首を小さく横に振って言葉を続けた。
「……シリウス、お願いだから聞いて? 話したいことがあるの」
だが、話を聞くことすらも煩わしいのだろう。彼は、勢いよく立ち上がると、そのまま強い拒絶を示した。
「お前と話すことなんてない! 帰れ、そして2度と僕の前に現れるな!」
その瞳は激しく揺れ、何か――葛藤のようなものを抱いているよう。しかしレイには、彼が何をそんなに思い悩んでいるのかわからない。
けれど――
(……今、シリウスに何を言っても意味がないかも……。ううん、かもじゃなくて、絶対そう。そんな気がする。だけど、ここで言う通り帰っちゃえば、一生すれ違いのままな気がする……)
レイは内心でそう結論付けると、彼の拒絶などには動じず。ぽつりと前振りを口にした。




