15話:ネガティブな葛藤なんて雨で流しちゃえ! いや待って!? 今のなしで! こんな豪風雨が来るとか私、聞いてないんだけど!?・後編
◇◆◇
翌日。
朝から空は分厚い雲に覆われ、昼を迎える頃には豪雨が街を飲み込んでいた。
雨粒が滝のように窓を叩き、風が木々を大きく揺らし続け、不穏を孕む歌曲を奏で続けている。
だが、この激しい雨の中、屋敷を飛び出そうとしている破天荒な少女が一人。
「レイお嬢様、お待ちください! 今日はお止めになられた方がよろしいかと!」
メイドたちが必死の説得を試みるも、レイはその制止を振り切り、ずぶ濡れになりながらもヴァーティン邸を飛び出してしまう。
そんな彼女と入れ違うようにして、バルドフはメイドの1人に問いかける。
「自室にレイの姿がなかったが、どこに行った?」
だが、予想外の行動に出てしまったのか。メイドは顔を青く染め、震える声で報告してくれた。
「それが……王宮に行くと仰り……」
しかし、それは予想外を通り越した斜め上の行動。思わずバルドフは、目を点にしながらも「は?」と一言。額に手を添え呆れ返ってしまう。
けれど、そういえば――
『おハ――父様。“私”、シリウス様が許してくださるまで、毎日でも彼の元へ通おうかと思います』
娘はあの日、そう宣言していたような気が……。
(……毎日王宮へ行くとは言っていたが、この大雨でも行くとは……正気の沙汰ではない)
なぜそんな無謀なことをしでかしたのか、一切その理由がわからない。
いや、心当たりがないわけではない。恐らくだが、『勘当する』と半ば脅迫のようなことを口にしてしまったことが起因しているのだろう。
しかし、どう考えても豪雨の中を飛び出すなど異常でしかない。否、異常を通り越して阿呆の極みとして感心すら覚えてしまう。だが、こんな大雨の中。9歳の子供が外に出るとどうなるか――
バルドフは、そこまで思考すると、迷いなくメイドたちへと命じる。
「早く連れ戻せ! 何としてでもだ!」
しかし、外は豪風雨。ゴウゴウと不気味な風が音を立て吹き荒み、ものの数秒で全身がびしょ濡れになってしまう。
加え、目をしっかり開くことも叶わない。ゆえに、どう考えても現実的ではない。
だが、メイドたちはどうにかレイを連れ戻そうと四苦八苦した。しかし、雨足はよけいに強まり――
◇◆◇
――そんなメイドたちの苦労など露知らぬレイはというと。
冷たい雨がバケツをひっくり返したように降りしきる中、彼女の周囲には人影など皆無。
いつもなら半分ほど進んでいる道のりも、この荒れた天候では三分の一も進めない。
雨に打たれて足元は滑りやすく、ゴーゴーと吹きすさぶ風が体温を根こそぎ奪っていく。
「うう……めっちゃ寒いんだけど……」
小さな声で嘆きながら両腕をさすり、レイはなんとか王宮へと足を進めた。
道端には割れた樽や陶器片、読み捨てられた新聞や布切れが散乱し、風に煽られ転がっていく。
彼女は、それらを踏みつけぬように慎重になりながらも歩を進めていたのだが――
どうやらその中に刺客がいたらしい。突然、なんの前触れもなく、読み捨てられたであろう新聞紙が、勢いよく顔に貼り付いてきた。
そんな突然の攻撃を受けたレイは、思わず「ぶへっ!?」と素っ頓狂な声を上げながらも、それを慌てて引っぺがし、投げ捨てながらも、文句を連ねる。
「どーして私の顔に張り付いてくるの!? 私を食べても美味しくないよ!? 後、ゲームでもないんだけど!?」
だが、そんな文句を連ねたところで、風に煽られるゴミたちは、次から次へとレイに襲いかかってくる。それはまるで、高レベルのモンスターが、うじゃうじゃといるマップを進む時のように。
そんなモンスターの奇襲を受けながらも、何とか前に進み続けるレイ。
しかし、いくら倒しても湧き続けるせいか、段々シリウスの元に行くのが億劫な気持ちになってくる。
(はあ……もう、ほんと寒いし、なんか攻撃されるしもうやだ! おうち帰りたい! そんで、暖炉の前でぬくぬくして体温めたい!)
だが彼女は、妖怪火吹きハゲ太郎に、『“毎日”でも彼の元へ通おうかと思います』と言ってしまった後。
(シリウスの屋敷に行かないで戻ったら、ぜぇぇぇったい、あの妖怪火吹きハゲ太郎に文句言われる。それはなんかヤダ。ていうか理不尽)
レイは、自身の軽率な発言を悔やみながらも、妖怪火吹きハゲ太郎に負けぬため、根性と気合いだけでシリウスの元へと歩を進め続けるのだった。
◇◆◇
やがて、一時間後。
ようやく王宮の門前に到着したものの、さすがにこの暴風雨では勤務が成り立たないのだろう。門衛の姿はどこにも見当たらない。
(……門番さん、なんでいないんだろ? 今日は王宮の定休日? それとも雨だから?)
そう内心で疑問を投じるものの、彼女の体は既に限界を迎えつつあった。
そもそも、ここまで来れたのは、妖怪火吹きハゲ太郎への反骨精神と、根性のみ。
目的地に着いた安心感も手伝い、緊張の糸が緩んでしまったのだろう。突如、彼女の視界が霞みはじめ――
(あ、れ……?)
世界がぐにゃりと歪み、耳鳴りのような音が頭を締め付け――プツンッ。
気づいたときには、レイの身体は石畳の上へと倒れ込んでいた。
豪雨に打たれながら、門前で動かない小さな影。
そばを通り過ぎるのは、同じように雨に濡れた野良犬や猫のみで、人は誰1人として通りかからない。
しかし――
そんなレイの“非常識”な行動を認めてしまった存在が1人。
(はあ……こんな大雨だっていうのに、ここまで歩いてきたのか?)
シリウスは、複雑な心境を抱えながらも、呆れを孕んだ息をひとつ。続けざまに考えを巡らせた。
(とはいえ、普通。この大雨の中で出歩くバカはいない。だから、あいつの頭のネジが、数十本……いや、数百本ほど吹き飛んでいるのは理解した。だが、僕には関係のないこ……いや……)
こういう時、どうするのが最善か。本当ならば、僕には関係ないと切り捨てたい。だが、本当にそれで良いのだろうか? もし、ここで見捨ててしまえば、なぜか後悔してしまう気も。
だが、なぜ後悔すると思うのか――わからない。
シリウスは、じっと門前で力尽きたように倒れるレイを見つめ続け――
(門前で死なれては後味が悪すぎる。だから、これは必要な処置になるのだろう。ほんと、あいつには振り回されてばっかりだ……)
そう内心で毒づきながらも、すぐさまフィラクスへと命じた。
「レイ・ヴァーティンが倒れている。……介抱してやれ」
「かしこまりました」
フィラクスは腰を折り、胸に手を当て忠義を示すと、それ以上の言葉は発することなく、速やかに執務室を後にするのだった。
そんなフィラクスの背を見遣りながらもシリウスは、再び窓の外へと視線を投じ、石畳の上に倒れ動かぬレイを見つめ続けるのだった。




