14話:『あんなやつ、大っ嫌いだ』・2
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あれはまだ、シリウスが幼かった頃のこと。
当時、第一王子のプロキオン派と、第二王子のベテルギウス派が熾烈な王位継承争いを繰り広げていた。
その理由は、現国王リゲルが流行病に感染した疑いが浮上したため。そのせいで、はるか先に起こるはずだった問題が早々に表面化してしまったのだ。
もっとも、まだ年端もいかぬ王子たちに実権はない。それでも”もしも”の事態が起これば、シリウスにも王位が転がりこむ可能性が十分にある。
それを恐れた過激派の支持者たちが、彼を暗殺しようと密かに謀を巡らせ、その命を奪おうとした。
ある時は食事に毒を混ぜられ、ある時は野盗の奇襲を装われ――そんなことが何度も繰り返された。
そのせいか、シリウスは常に何かを警戒するような子供となり、周囲に対しても笑顔を見せることはほとんどなくなった。
いや、違う。笑顔を作ろうにも、本心を押し殺した取り繕いの笑みになってしまい、それが却って周囲を遠ざける一因になってしまったのだ。
そんな折、ヴァーティン家の令嬢レイと顔を合わせる機会が訪れる。
初めて会ったレイ・ヴァーティンは、どこかつまらなそうな表情で、すべてを諦めているような――いや、魂自体がその身体から抜け落ちてしまっているような、そんな冷めた瞳をしていた。
そのせいか、レイ・ヴァーティンはその当時からあまり良い印象を持たれていなかった。とはいえ、今のような悪評は立っておらず。ただ、『何を考えているかわからない』そう評されていただけだった。
そんな彼女にシリウスは、自己投影してしまったのかもしれない。
いや、艶やかな漆黒の髪に、赤の瞳を持つレイ・ヴァーティンが、自身の抱える闇を吸い取り、幸福に導いてくれる女神になってくれるかもしれない。そう縋ろうとしてしまっただけなのかもしれない。
ただ、はじめてレイ・ヴァーティンを見た時から、どこか強く惹かれ、この子とならば上手くやって行けるかも。そんな期待を持ってしまった。
だが、初回の顔合わせ時は、言葉を交わせなかった。
何を話せば良いのか。どう接すれば良いのか。この少女を本当に信用していいのか。ぐるぐると色んな考えが脳裏で渦巻き、一言も言葉を発せなかった。
しかし、周囲はそんなシリウスたちに対し、似た者同士、奥手なのだろうと都合の良い解釈をし、自分たちのペースで仲良くなってもらおうと放任してくれた。
そのおかげか、彼はゆっくりと、だが着実にレイと言葉を交わせるようになっていった。
最初は一言、二言だった会話も、顔合わせから1年経った頃には、自然と続くようになり、それと比例するようにシリウスは、レイに会うことを心待ちにするようになっていた。
そんなとある日。2人は王宮が所有する森へ足を伸ばしていた時のこと。
どこからか、「くわぅ……くわぅ……」という、細い声が二人の耳に伝わった。
最初の方こそビクビクしていた2人だったが、意を決して恐る恐る近づいてみると、巣落ちしたであろう小さなカラスが、瀕死の状態でうずくまっていた。
それを偶然見つけたシリウスたち。彼らは、自分たちと同じような境遇のカラスを見捨てることができず、助けようとした。
しかし、カラスはほとんど虫の息。手を施せる状態ではないのは明らかだった。
だが、レイは諦めなかった。
「死なないで……」
彼女はか細くも、祈るように言葉を紡ぎ、高くもない治癒魔法を必死にかけ続けた。そんなレイを認めたシリウスは、彼女を悲しませたくなくて、自分ができることは何かないか、たくさん、たくさん頭を巡らせ考えた。けれど、子供にできることなど、何もない。
それどころか、シリウスは薄々だが気づいていた。
(……もう、無理だよレイ)
本当は助けて上げたかった。けれど、力のない彼にはどうすることもできなかった。
(お兄様たちのように、僕にも力があれば……)
聖職者並の力を持つ治癒魔法士を動かせたかもしれない。そう非力な自分に腹が立った。だが、いくら腹を立てたところで、何かが変わることなど皆無。
シリウスは、この時初めて生まれてきたこと以外の後悔をした。
瞬間――“ヴェレリウス”は本当に存在していたのかもしれない。いや、もしかすると、レイの助けたいという気持ちが奇跡を呼び起こしたのかも。
「お願い、死なないで! 死んじゃダメ!」
珍しくレイが、大きな声でカラスに呼びかけたと同時。突然、ピカリとレイの手が強い光を放った。
その光は眩しく、森全体を包み込むようにして広がっていた。
やがて、その光が消失したかと思うと、虫の息だったはずのカラスが、最初からそうであったと言わんばかりに、小さく胸を上下させていた。
だが、それは唐突すぎて理解できなかった。
(……さっき、レイの手から溢れた光はなんだったの? ううん。それよりも……さっきまで、このカラスは死にそうになっていたんじゃ……)
シリウスは、瞳を揺らしながらも、必死にどういうことなのかと考えを巡らせ続けた。
しかし、考えてもわからなかった。なんせ、突然光が放たれ、気づけばカラスの息が安定していたのだから無理もない。
だからシリウスは、じっと固まって動けなかった。
けれど、レイは違った。彼女も最初の方こそ驚いた様子で固まっていたが、カラスが息を吹き返したことを理解するや否や、大粒の涙をその瞳に浮かべ、「良かったね……死ななかったよ。神様が、カラスに生きなさいって赦しを与えてくれたんだよ……」そう言って、ギュッとシリウスへと抱きついた。
そんなレイの行動に、思わず瞳を丸くしてしまったシリウス。彼は、何があってこうなったのか。まったく理解が及ばず再び硬直しかけた。
けれど、何度も何度も、レイが「良かった……ほんと、良かった」と大粒の涙を流し言うものだから、シリウスもようやくカラスが息を吹き返したことを理解し、「うん、僕も良かったって……心からそう、思えるよ」そう言って2人はちょっとの間。抱き合いながらも喜びを分かちあった。
やがて、喜びを分かち合った後。2人はすぐさま王宮へ戻った。
その理由は至極簡単なもの。
「神様が生きなさいって言ってくれたカラスに、名前付けよ! そして、私たちがお世話するの!」
レイがそう言ったから。
シリウスは、彼女の喜ぶ顔が見たくて。いや、彼女の役に立ちたいという一心で、古い言語が記された書物をたくさん王宮内の図書室から持ち出し、繰った。
けれど、ピンとくるものは少なく。2人してあーでもない、こーでもないと悩み続けること数十分。
「ねぇ、これ!」
レイがそう言って、嬉しそうに一つの綴りを指さした。
それは、“Growin”――幸福、という意味を持つ、アビスグーフルで古い時代に使われていた言葉。
神に救われた命に、“幸福”という名前を与える。
(……レイらしい名づけ方だな)
シリウスは内心でぼそりと呟きながらも、微かに微笑んだ。




