13話:私、頑張るよ。絶対、シリウスと仲直りしてやるんだから!・後編
そんな彼の背中を見つめるレイ。彼女は、セレスティアの背中が小さくなっていくのを見届けながらも、ぽつり。
(セレスティア、ありがとう)
胸の奥で、彼に届くことのない謝意を示しながらも、踵を返す帰路を辿り始める。
夕暮れを過ぎた王都の街ロヴィーナ。そこは、昼間とはまた違った趣きがあり、あちらこちらに露店を構える店主らが、せっせこと店仕舞いの準備を進めていた。
そんな新鮮さを覚えながらも、チラリ。とある路地裏を視界に留める。
(そういや、レイムンド帰ってきてるのかな?)
内心で彼のことを思い返しながらも、不意に足を伸ばしかけた。
しかし、あの路地裏は確か――不審者に命を狙われた場所。もしあの時、セレスティアが助けてくれなければ、きっとシリウスに首を刎ねられる前に死んでいたことだろう。
レイは、半年前のことを振り返りながらも、ぽつり。
(うん、流石にあそこ危ない。私、ちゃんと覚えた。学習した。だから……ちゃんとレイムンドに報告はしたいけど……うん。危険が危ないから、今は止めとく)
あんなことは二度とごめんだと内心で続けながらも、寄り道することなくヴァーティン邸へと戻るのだった。
◇◆◇
やがて、ヴァーティン邸の玄関前。レイは軽く深呼吸を繰り返しながらも、ごくり。微かに喉を鳴らし、玄関を潜り抜ける。
それと同時に現れるのは、何やら落ち着かない雰囲気を放つメイドたち。
彼女らは、レイの帰宅を認めるや否や、何かを急かすような視線を送り続けてくる。
だが、その視線は察しろがすぎるもの。
(……。うん、何を言いたいのかめっちゃわかる。わかるよ? 妖怪火吹きハゲ太郎のとこ行けでしょ? でも、どーせ怒られるの確定だから……うん。私、知らない。聞いてないから、知らないもん)
レイはそう自己弁護で武装し、ソォーッと自室に戻ろうとした。
しかし――
「お嬢様!」
その声で、すべての歯車が狂ってしまう。
(……。なんか、この感じちょー嫌な予感がする)
そう思いながらもレイは、恐る恐る首を回し、声の主を確認する。
彼女の眼前、そこには嬉しげな笑みを浮かべるアリスの姿が。
しかしレイには、どうにも悪魔の笑みのように思えて仕方ない。
そして、「どうしたの?」と普段通り接しようとしたが最後。
「旦那様がお待ちですよ?」
と、他のメイドたちが決して口にしなかった禁句を平然と告げた挙句、逃げないためだろうか。ガシッと腕を掴んで、そのまま強制的に火吹きハゲ太郎の元へと連行されてしまう。
(うう……。アリスのあんぽんたん。きりたんぽになっちゃえっ!)
レイが内心で渾身の悪口を言っていることなど露知らぬまま――
◇◆◇
トントン――
妖怪火吹きハゲ太郎の執務室前。アリスが軽くノックをするものの、ハゲ太郎からの返事はない。
「あれ? おかしいですね」
それに疑念を覚えるようにして、キョトンと小首を傾げるアリス。だが、これはレイにとってまたとない幸運。ゆえに彼女はすぐさま問いかけた。
「ハゲ――じゃなくて、えっと……お、とう……様はその、今いない感じ?」
だが、ついうっかりいつもの癖で、“ハゲ”と言ってしまったからか。アリスは怪しむようにレイを見つめる。
だが、すぐさまピンッと来たのだろう。彼女は、僅かに身体を震わせると、笑いを堪えるようにして答えた。
「……可能性は大いにありますね」
その反応から察するに、アリスも少なからず妖怪火吹きハゲ太郎のことをハゲだと認識しているのだろう。
とはいえ、レイはなぜアリスが、身体を小刻みに震わせているのかわからない。
(……? なんか思い出したのかな?)
と若干ズレたことを考えながらもニマリ。自室に戻ろうとした。
「そっか〜。おハゲ様がいないんなら、ここにいても意味ないし、一旦自室に――」
しかし、その言葉を最後まで紡ぎ終える寸前。
「レイ!」
妖怪火吹きハゲ太郎の声が背中に投げられてしまう。
まさかの予想だにしていなかったハゲ太郎の登場に、レイは軽く肩を跳ねさせながらも恐る恐る振り返る。
そんな妖怪火吹きハゲ太郎の表情は険しく、かなり圧が滲んでいる。
その表情を見るなり思い返されるのは、今朝ハゲから言われた心ない言葉。
『わからないだと? 会場で『大嫌いだ』と言われた癖にか? くだらない言い訳などせず、何をしでかしたか答えなさい!』
『婚約破棄になればお前は勘当だ!』
そんな威圧的で一方的な言葉たち。
レイはそれらを思い出すと、途端にスッと顔から笑みを消し、戦闘モードへと移行する。
「ただいま戻りました。お父様」
そんな娘の態度を認めたバルドフ。彼は、娘の冷めた眼差しをじっと見つめながらも、軽く息を吐き出し目を伏せた。
(どうやら、第三王子には会えなかったのか……)
どこかモヤりとする心情。けれど、彼はそれを悟られないよう、毅然とした態度で言葉を紡ぐ。
「立ち話もなんだ。書斎で話を聞こう」
その言葉はどこか威圧的。レイはその圧をかけるような言葉に、我知らず。肩をビクリと跳ねさせながらも「はい」と一言。ハゲの後に続いて執務室へと入室する。
いつも通り、古風ながらも整理整頓の行き届いた書斎は、隅々までメイドたちが掃除しているのだろう。塵ひとつ落ちていない。
レイはそんな書斎のソファに浅く腰を掛け、ぎゅっと両手を握りしめながら唾を飲み込んだ。
同時。
「で、どうだったんだ?」
妖怪火吹きハゲ太郎は、前置きもなく核心を突いてきた。
レイはそんなハゲ太郎を視界に留めながらも、セレスティアの何気ない一言を思い返す。
『あんま無理すんなよ』
いつもは素っ気ない彼が見せた優しさ。
(大丈夫。私は強い。私は最強。私は無敵。ハゲはハゲ。セレスティアが背中押してくれたし、妖怪火吹きハゲ太郎から家追い出されても、私生き抜いてやるんだから!)
レイは内心で自己肯定の魔法を紡ぐと、軽く頷き一拍。その瞳に力強さを添え、妖怪火吹きハゲ太郎を真っ直ぐ見据え告げる。
「シリウス様は、本日お忙しかったらしく、会うことが叶いませんでした」
その返答を聞くや、妖怪火吹きハゲ太郎は案の定、か。と言いたげな苦い表情を浮かべながらも一拍。考えるような間を設ける。
だが、その間が妙に長く感じてしまう。どうせ勘当を言い渡すだけにもかかわらず、なにを考えることがあるのか。レイは微かに苛立ちを覚えてしまう。
(はあ……。出ていけって言うなら早く言えばいいのに)
内心で、どこか辟易とする気持ちを吐き出しながらも、ここで下手な行動は却って敗着にしかなり得ない。レイはキュッと唇を引き結ぶと、妖怪火吹きハゲ太郎からの言葉を待った。
数秒後。ようやく考えを纏めたらしい。ハゲ太郎が口を開いた。
「そうか。ではどうするつもりだ?」
その声は冷えており、上辺だけは譲歩してやるという意思を見せているよう。
だがそれは、レイから見た視点でしかなかった。バルドフは、そう告げると同時。
(諦めるというなら、勘当もやむなしという覚悟をせねばならないが……出来ることならば、そんなことはしたくない。だから諦めるとは決して口にしないでくれ)
という矛盾した祈りが同居していた。
お互い無言のまま、数秒が過ぎる。だが、その数秒は、今のバルドフからすれば数時間にも感じられるほど長いもの。
そんな心情と同期するように、微かに揺れる自身の足。
(即答しないということは、やはりそういうことなのか)
バルドフは、内心でぽつりと呟くと、「答えないのならば出て行きなさい」そう口を開こうとした――瞬間。
レイがスッと呼吸を整えるように息を吐き出したかと思えば、顔を上げ強く言い切った。
「おハ――父様。“私”、シリウス様が許してくださるまで、毎日でも彼の元へ通おうかと思います」
それは、覚悟を決めた響きを持つ宣言。
ゆえにバルドフは、思わず安堵の息を漏らしかけた。だが、そんな恥ずかしい姿など娘に見せることなど許されない。
彼は、内心の本音をグッと飲み込むと、表情を硬く引き結ぶと一言。
「……好きにしろ」
再び執務へ向かうため、ソファーから立ち上がり机へと向かい始める。
そんな父の後ろ姿を見つめるレイ。彼女は、妖怪火吹きハゲ太郎のその言葉に、ほんの少しだけ驚きを覚えつつも、「失礼します」と一言。軽く一礼すると、それ以上口にすることなくハゲ太郎の執務室を後にした。
廊下に出ると、外は新月なのか。だいぶ闇に包まれている。
レイはそんな闇夜を映す窓から、夜空を見上げぽつり。
(ありがとう、セレスティア。多分、私頑張れるよ。だから、次会う時は、ちゃんとありがとうって伝えさせてね?)
明日からの行動を固く決意するのだった。




