13話:私、頑張るよ。絶対、シリウスと仲直りしてやるんだから!・前編
やがて時間は過ぎ、オレンジ色の夕陽が空を染めていく。
セレスティアは、チラリと夕空に視線を向けるとぽつり。レイへと告げた。
「そろそろ日が沈む。ガキは帰る時間だ」
「あ、もうそんな時間?」
彼女は今まで溜めていた本音を吐き出せたからか、少しだけスッキリしたらしい。赤く腫れた目元を押さえながらも、その表情には先ほどより前を向こうとする、意志が宿っているように思える。
だが、ここで感傷に浸っても意味はない。ゆえにセレスティアは、わざと皮肉めいた態度で口を開いた。
「ああ。ま、最後の方お前泣いてばっかだったからな」
そんな彼の発言に、レイはムッとした顔でセレスティアを睨み付ける。
「泣いてないもん!」
その態度は、白の庭園に来る途中。串焼き店で、盛大に腹の虫を騒がせた時の同じもの。
(……ほんと、強情なやつだ)
彼は内心で呆れを募らせながらも、とはいえこれもレイの素なのだろうと受け入れると、ふっ。軽く頭を撫でてやった。
だがどうやらレイは、子供扱いされるのが嫌らしい。
「もう、急に頭撫でないでよ。髪がぐしゃぐしゃになったじゃん!」
と、頬を膨らませ抗議を示してきた。だが、その声には照れや安堵が混じり、何処からどう聞いても怒っている気配は皆無。
(だいぶ元気になったみたいだな。ほんと、ガキは面倒だ。とはいえまあ、たまにの子守りなら……別に悪くねえのか)
セレスティアは、ほんの少しだけ。爪の先ほどの安堵を覚えながらも、未だに頬を膨らませるレイの頬をぷにっ。軽く摘みながらも念を押した。
「ま、あんま無理すんなよ」
しかし、まだ素直に受け取るだけの余裕はないのだろう。やや拗ねたような態度を示してきた。
「う、うるさい!」
そして、帰り道を覚えていないのか。それとも、一種の反抗期か。ロヴィーナとは違う方角へと足を進めようと、くるりと踵を返してしまう。
(こいつはまだ、何処か行きたいところがあるのか?)
そんな彼女の不可解な行動に、一拍だけ疑念を抱くものの――もうすぐにでも日が沈む。そんな時間帯に、9歳のガキを一人にさせるわけにも行かず……。
(まあ、反抗する気力が戻っただけ、良しとするか)
そうぽつりと胸の奥に投じると、すぐさま「おい」と一言。彼はレイの腕を優しく引き、さりげなくエスコートするようにして街へと連れ戻してやった。
そんな帰り道は賑やかで、かなり煩わしいものだった。恐らく、庭園に張り付けていた鉛を落としてきたのだろう。行きのような重い足取りは消え、代わりにお転婆の血を騒がせるように、軽やかな歩調を見せていた。
(やっぱりこいつは、こっちの方が合っていそうだな)
セレスティアは、ほんの少しだけ心を弛ませるように呟くと、その後も一人でぺちゃくちゃと意味のわからないことを口にするレイの相手をするのだった。
◇◆◇
そんな2人の様子を認めたのはひとつの影。
(なぜ、あいつがこんなところにいるんだ? いや、そんなことよりも。またあの男か。なぜあの男は、ずっとあいつの近くにいるんだ?)
馬車の中。無感動に外の景色を見ていた影は、内心で訝しげてしまった。
嬉しげな笑みで男へと何かを話す黒髪の少女。そんな彼女の手を引きながらも、優しげな瞳で少女へと視線を投じる銀髪の青年。
それは親子のような親しさが溢れ、何故だか妙に腹が立ってくる。
(……婚約者がいる癖に、他の男と手を繋ぐとはいい度胸だ)
影は内心で苛立ちを募らせながらも、すぐさま馬車を止めようとした。
しかし、今ここで馬車を止めてなんになる? そもそもあの2人の関係性など何も知らない。そんな状況で軽挙妄動な振る舞いは、却って悪手になり兼ねない。
影は、胸に湧き上がった不快感をグッと飲み込みながらも、一言。
「……調べてみるか」
あえて無視を決め込むと、そのまま帰路を辿るのだった。
◇◆◇
そんな誰かの視線など気づかないまま。やがて2人は、ロヴィーナの街へと戻った。
セレスティアは、少しだけレイの一方的なおしゃべりに付き合っていたものの――
「……でね〜。アリスが、テッセンとクロッカスを定期的に変えてくれ、この前は、なんかスノードロップ? って言う美味しそうな花を飾ってくれたんだ〜。あっ、後はね! 珍しい黒い薔薇も1本だけくれてね! それから、それから!」
そんな感じで息継ぐ暇もないくらい喋り倒す始末。これでは夜が更けても、ずっと話続けている未来しか見えてこないと判断するや否やセレスティアは、「そうか」と一言。会話の主導権をさりげなく奪いに行った。
「もう日が落ちるんだ。その話はまた今度聞いてやる」
それは、もう帰れという意味を込めている。だが、レイはまだ帰りたくないのか。それとも、何も考えていないのか。突然、意味のわからないことを口にし始めた。
「ぶー! 日が沈むって言っても後数時間くらいあるじゃん! なんかセレスティアってお母さんみたい!」
だが、セレスティアは男。女のような容姿をしているわけでもなく、髪も短い。
ゆえに彼は、内心で俺が母親ってどういうことだ? 戸惑いを覚えつつも、あっさりとした態度でそれを否定する。
「……俺は一応男だ。母親にはなれねえ」
しかしどこからの自信か。いや、レイの中の根拠の不具合か。彼女は、「え〜! セレスティアならきっとなれるなれる!」と、いつも通りのおちゃらけを口にし、何が面白いのか。ケタケタと声を上げて笑い出す始末。
そんな彼女の理解不能な発言に、セレスティアは僅かに眉を落とし苦笑するものの――これ以上は本当に日が沈む。
(……こいつがわけのわからんことを言うのは、今に始まったことじゃねぇな。それに、見た目じゃなくて役割ならばなれるのかもしれねぇ)
セレスティアは、内心で考える方向性を微調整すると一拍。レイと目線を合わせるようにして腰を折り、母親の真似ごとをしてやった。
「んじゃあ、お前の母親として言っておく。もし抱え込んで泣きたくなったら俺に言え。またあの庭園に連れてってやるから」
だが、その反応は想定外だったらしい。いや、彼女の発言を逆手に取ったのだから、当たり前か。
「あはは〜、セレスティアが自分でお母さんって言うの、なんかジワるんだけど! でもそんなに心配しなくていいと思うよ? 私こー見えて強いから!」
レイは道化の仮面を纏うようにして、全面的に茶化そうとした。だが、今回は偶然出会したからいいものの、毎回声をかけてやることは叶わない。
セレスティアは、自己犠牲的な強がりを口にする彼女に、呆れと僅かな腹立たしさを覚えながらも注意を促してやる。
「うるさい。お前は普段バカみたいなことしか言ってねぇけど、溜め込みすぎる癖があるのを自覚しろ。ていうか、お前はまだガキなんだから、溜め込むな」
そして、再度頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。
そんな彼の言動に、レイは一瞬ムッとした表情を浮かべながらも、結局のところ、ガキはガキなのだろう。
「あははは……」
と、乾いた笑いをひとつ。視線を逸らしながらも嘘を連ねる。
「善処、うん。します……多分……」
(はあ……絶対する気ねぇだろ)
セレスティアは、内心で苦笑を漏らしながらも、これがレイ・ヴァーティンという少女の本質なのだろうと諦めを選択すると、くるりと踵を返す。
そして「んじゃ、気をつけて帰れよ」と、強制的に会話を終了させ、彼女の元を後にするのだった。




