12話:セレスティアのバカ! 誰も私のことなんて見てないし、悪者なんだよ!? 仕方ないじゃん!?・後編
◇◆◇
そんな楽しくもない記憶を思い出しながらも、セレスティアは内心でぽつり。
(同じか。俺は逃げ場所を見つけられたが、こいつにはない。だから抱え込むしかなかったってところだろうな)
すべてを理解してやることは叶わないが、何となく納得してしまった。
それと同時。
「……ってる」
彼女が小さく何かを呟いた。
しかし、それは誰かに聞かせるものではなく、ただの独り言も同然。セレスティアは、若干目を細めると、訝しげに問いかけた。
「は? 聞こえねえよ」
だが、その態度が火に油を注いでしまったのだろう。突然、レ――いや。野猿は、勢いよく立ち上がったかと思えば、怒気を滲ませるように声を張り上げ始めた。
「――わかってるってば! でも大人にならなきゃいけないの!」
その表情はぎりぎりまで追い詰められた人間のようで、助けを求めるような色が浮かんでいるようにも思える。しかし、決して『助けて』とは口にしない。
だが一度爆発した感情は、もう彼女自身にも止められなかったのだろう。いや、もしかすると、感情を爆発させたことが良かったのか。
「誰も私のことなんて見てないし、いつも悪者扱いするだけ……! しかたないじゃん!」
そう怒りの丈をセレスティアにぶつけながらも、彼女は肩で息をする。
彼はそんな野猿を横目で見遣りながらも、上半身だけ起こすと、あっさりとした態度で告げてやる。
「まあ、そうかもな」
そんなセレスティアの態度を野猿は、肯定として受け取ってしまったのだろう。
苛立ちや失望、『やっぱりセレスティアも……』そんな複雑な感情を抱えるようにして、大きく瞳を揺らした。
とはいえ、別に野猿の発言を 肯否するつもりなど毛頭ない。セレスティアは、僅かに息を漏らすと静かな声音で問いかけた。
「……で? お前が悪者だって誰が決めた?」
あまりに淡々とした物言い。けれどその瞳にはいつもの冷たさだけではなく、微かに優しさにも似た光が宿っているように見える。
そんな彼の問いかけに、レイは思わず唇を噛み、一瞬だけ言葉に詰まってしまう。
本当は、そこで止まれば良かった。いや、止まるべきだったのかもしれない。しかし彼女は止まらなかった。否、止められなかった。
「……っ! それは……。シリウスだって……いっつも怒ってばっかだし……それにハゲ……お父様も……っ!」
そう言って、気づけば八つ当たりも甚だしい態度で、セレスティアへと怒鳴りつけてしまっていた。
だが、彼は動じることなく。ただ、普段通りの声音で問いを重ねる。
「だからなんだ? お前が勘違いして大人ぶって、その反動で辛いだけに見えるがな」
その言葉は、今のレイにとっては言い返しようがないほど、真っ直ぐで悪意の一切が乗らぬ正論。ゆえに彼女は、その言葉に反論することが叶わなかった。
(ムカつく……。なんでセレスティアなんかに、そんな正論言われなきゃなんないの。セレスティアは面倒臭がりなのに、なんでそんな優しくするの……バカ。セレスティアのバカ……おたんこなす、かぼちゃの佃煮、冷奴……)
レイは内心で、思いつく限りの罵倒を彼へと吐き捨てる。
それと同時。
雨でも降ってきてしまったのだろうか。生温かな水が、小雨のように頬を伝う。
その雫が頬を叩く度、なぜか胸がギュッと辛くなり、思わず声が漏れ落ちてしまう。
「………ぐす……うっ……」
どうすればいいかわからない。心がぐちゃぐちゃに掻き乱されるような不快感が溢れ、喉の奥が圧迫されるように息苦しくなっていく。それに加え、視界がボヤボヤと歪み、ガンガンと頭が重くなっていく。
そんな体の異常にレイは、思わず膝をつくと、そのままの勢いで頭を抱え込む。
なぜそうしたかはわからない。だが、そうしていた。もしかすると、そうすることで雨が止むと思ったからかもしれない。
けれど、雨は止まることを知らず。とめどなく溢れては、頬を、ドレスの胸元を、地面を、ぽたぽたと濡らしていく。
それと比例するように、次第に息が詰まり、声を殺そうとしても、殺せない。胸の奥がギュウギュウと締め付けられ、抱えきれない感情の荒波が、洪水のように牙を剥く。
しかし、そんな不可解な雨はその後も続き――
小さな嗚咽が静かな水辺に染み渡る庭園内。
セレスティアは、抱えていたものをすべて吐き出すように泣き続けるレイを見つめながら、ぽつり。
(ほんと、世話のかかるやつだ。ま、泣きたいなら泣け。ガキだろうが何だろうが、それくらいは許されるもんだ)
何も告げることなく。ただ、啜り泣き続ける彼女を見守り続けるのだった。
◇◆◇
やがて、10分ほど経った頃。
幾分気持ちが楽になったのだろうか。レイがそっと顔を上げたかと思えば、瞳を赤々と晴れさせながらもぼそり。
「……ゴメンね」
鼻をすすりながらも、謝罪してきた。
だが、セレスティアにはなぜ謝罪されているのか理解できない。ゆえに彼は、僅かに首を傾げると一言。若干、声のトーンに気を遣いながらも問いかけた。
「何がだ?」
そんな彼の問いかけに、レイはバツが悪そうに目を逸らすと、まるで独り言の延長線のような声音で、ボソボソと呟く。
「………勝手に怒鳴って八つ当たりしたりして……。私、子供なのに大人ぶってただけで、結局何も上手くいかなくて……」
その態度はまだ普段通りのようには思えないが、レイなりに何処か吹っ切れた部分があるのだろう。先ほどまで沈んでいた気配は薄れ、微かだが雲間から太陽が顔を覗かせるような明るさが宿り始めている。
それを認めたセレスティアは、少しだけ黙り込むと、どう答えるべきかと思案する。
しかし、他人は面倒臭いものとばかり思っていた彼。どう答えていいのか――それをすぐに理解できるわけもなく。結局は普段通りの態度で、思ったことを口にしてしまった。
「別に俺に謝る必要なんてねえだろ」
その返答が良くなかったのか――いや、そんなセレスティアの返答に、何処か戸惑いを覚えてしまったらしい。まるで、どうして? と問いかけるように、目を見開くレイ。
だが、困惑されてもどう反応されていいのかわからない。
(はあ……なんか調子狂う。というかやりにくい)
彼は当惑しながらもさらり。さりげなくレイから視線を逸らすと、軽く前髪を搔き上げ言葉を続けた。
「さっきも言ったけど、誰も大人になれとは言ってねえよ。一人で勝手に抱え込んで爆発するくらいなら、定期的に泣け。お前が泣いてる時だけは、本当に子供っぽくて悪者には見えなかったからな」
しかし、言葉が悪かったのだろう。何故だかわからないが、レイの瞳から再び雫が溢れる。
それを認めたセレスティア。
(……やらかしちまったのか?)
彼は内心で舌を打ちながらも、ガキを虐める趣味はない。それに加え、泣かせるつもりはなかったとはいえ、ガキの涙は罪悪感を募らせてくる。
ゆえに彼は、「おい。泣くな、あ、いや……なぜまた泣く?」そう言って、必死にレイを慰めようとしたものの……。声をかければかけるほど、レイの瞳からは涙がとめどなく溢れ続けてしまう。
そんな彼女の涙に、居た堪れない気持ちを覚えながらも、彼は素直に謝罪をしようとした。
「はあ……悪かった。別に泣かせるつもりじゃ……」
だがレイは、ブンブンと首を横に振り、「違う」と一言。
「ううん……。ちゃんと私のことを悪者でもなんでもなく、一人の人間として見てくれる人がいるんだなって思うと、嬉しくて……っ!」
そう言葉を続けると、涙で濡れた瞳をそのままに。表情を緩めて、にこりと破顔した。
だが、どんな反応を示してやればいいのかわからない。ゆえに彼は、顔を背けながらも皮肉をひとつ。
「……はぁ。泣くか笑うかどっちかにしろ。……いや、泣きたいだけ泣いてろ野猿」
懐に入れていたハンカチを差し出してやる。
そんな彼の言動の不一致を認めたレイ。彼女は、内心で野猿……? と疑問を覚えながらも、差し出されたハンカチを受け取ると、「ありがと」と一言。
(なんか、セレスティアにめちゃくちゃたくさん迷惑かけちゃったな……)
自身の未熟さに眉を下げるのだった。




