10話:え、なんでいるの!? えっ、食べていいの? ありがとう! へへへっ!・後編
しかし、どうやら行先は定まっていなかったらしい。セレスティアは、適当な露店に向かいそこで足を止める。
(あれ……ここって……)
しかし、そこは何のイタズラか――以前アリスと初めてのお出かけをした際に、レイが目に留めた串焼き屋だった。
彼女は何故ここに? と疑問を覚えながらも、すぐさまセレスティアへと声をかけようとした。
「えっ、用事って……」
しかし、その言葉がすべて紡がれる前。セレスティアが店主へと声をかけてしまう。
「二本くれ」
無愛想に紡がれたその声は、特に感情など篭っていない。そんな愛想もへったくれもない声音に店主は、「あいよ」と一言。木製の串に刺された肉を鉄板で焼き始める。
熱々の鉄板に、ジュッと肉が焼ける音が響く。そんな肉の上に、店主が塩コショウや荒く刻まれたタイムやローズマリーなどを振りかける。
瞬間、肉の甘く芳醇な香りと、ハーブの香りが、ワルツを踊るようにふわり。レイの鼻腔を通りぬけていく。
そんな芳しい香りを嗅がされてしまい、途端にくう〜。
レイの腹の虫が小さく鳴き声を漏らしてしまう。だが、こんな場所でお腹を鳴らすなど恥ずかしい。ゆえに彼女は、バツが悪そうに顔を赤らめプィッと一言。
「私じゃない!」
と全力で首を振った。
そんな底なしのバカが鳴らす、腹の虫を聞いたセレスティア。彼は、チラリと底なしのバカを見遣ると、ぽつり。
(こいつはなぜ、そんなところで強がるんだ?)
ガキすぎて、思わず口元を緩めてしまった。
とはいえ、底なしのバカにはバレずに済んだのは不幸中の幸いだろう。もしそんなところを見られていれば、きっと底なしのバカのこと。セレスティアを揶揄い茶化していたことだろう。
(ほんと、関われば関わるほど、こいつが悪嬢と渾名されるような器じゃねぇことが理解できちまう)
とはいえ、なぜ底なしのバカは、このような悪評を広められているのか――甚だ疑問しかない。
けれど、その理由を探ろうにも本人に直接聞いて良いのか、わからない。ゆえにセレスティアは、続けざまにぽつり。
(まっ、貴族は暇人が多い。こいつがバカなことをやらかして反感でも買っちまったんだろう)
底なしのバカならば有り得る。そう結論づけると、それ以上のことはあまり考えることなく、串焼きが焼き上がるのを待つのだった。
◇◆◇
やがて、数分後――
「へい、お待ちどう! 1本、1す――」
お店の人が、焼きたてホヤホヤの串焼きを、木の皿に乗せセレスティアへと差し出した。
セレスティアは、その木の皿を当たり前のように受け取ると、アスト銀貨を一枚、投げるように渡す。
※アスト銅貨:一枚千円程度/銀貨:一万程度/金貨十万程度※
それを認めたお店の人は、「うお、え!?」と変な声を上げながらも、ギョッと目玉を飛び出させ、困惑気味にセレスティアへと声をかけようとする。
「ぎ、銀貨!? お、お客さん、釣り――」
だけど、そのすべてが紡がれる前。セレスティアは「要らん」と一言。片手を小さく振って露店を去っていく。
レイは、そんなお店の人とセレスティアを交互に見遣りながらもキョトン。あんまよくわかんないし……と考えることを放棄すると、小さくぺこり。
「ありがとうございます」
と、焼いてくれたお礼を伝えた後、セレスティアの背を追いかける。
「ちょ、セレスティア歩くの速いよ! もうちょいスピード落として!」
そう大きな声を上げ、セレスティアの後を追う底なしのバカ。
その声はよく通り、周辺にいる客や店主らが、好奇の目を向けているのがよくわかる。
(はぁ……こいつのどこが令嬢だ。ただの野猿だろ)
そんな周囲の視線に煩わしさを覚えながらもセレスティアは、底なしのバカを野猿と評価し直すと、彼女待つためピタリと足を止めた。
瞬間――ドンッ!
「ぶへっ……っ!」
止まることを知らない猪のように野猿。彼女は、新手の嫌がらせのようにセレスティアの背中に突撃する。
そして、スゥッと息を吸い込み謝罪をするのかと思えば、「ちょっ、」そう言って、抗議の体制に入り始めた。
(はぁ……めんどくせぇ)
そんな野猿の態度に呆れを覚えながらもセレスティアは、彼女が言葉を紡ぐ前に木皿に載せられた串焼きを一本、無言で口の中へ突っ込んでやる。
刹那、野猿は目を丸く見開くともぐもぐと口を動かし――一拍。突然意味のわからないことを口にし始めた。
「ふぇ? ははひひふへふほ!?(え? 私にくれるの?)」
「何言ってるのかわからねえけど、腹減ってたんだろ?」
「……へへへっ。フェフェフヒィアはひはほー!(……へへへっ。セレスティアありがとう!)」
「はあ……食うか喋るかどっちかにしろ。お前、貴族だと言っていたのは嘘か?」
どこか呆れ気味に悪口を言ってくるセレスティア。レイは口から串を取ると、プクリと頬を膨らませ、渾身の抗議を示す。
「ちゃんとした貴族の娘だもん!」
だが、彼は何処吹く風。
「そうか、サッサと食っちまえ」
そう言って、串焼きを上品な所作で食べ始める。
そんなセレスティアの所作をじっと見つめながらもぽつり。レイは内心で関心を示してしまった。
(……セレスティアって、本当に貴族だったかんじ? いや、でも貴族ってもうちょいなんか喋り方もうふふ、あはは! な感じじゃない? って言うことは没落……って奴?)
だが、考えてもわからないこと。それに加え、セレスティアが貴族か否かなど興味がない。ゆえにレイは、彼の後に続くようにして、はむっ。
先ほどまで、何か思い悩んでいた人物と、同一とは思えないほど、満面な笑みを浮かべ串焼きを食し始めた。
その顔は本当に幸せそうで――
(こいつ、ほんとわかりやすいな。すぐに顔に出ちまってる)
若干呆れを覚えながらも、近くにあった屑入れに、食べ終わったばかりの串を投げ入れた。
同時、野猿が何か思い出したらしい。
先ほどまでの幸せそうな顔をしていたかと思えば、「あっ!」と一言。
「お金! いくらだった?」
と、肩掛けのショルダーバッグを漁り、じゃーん!
どこか得意げに財布を見せてきた。
恐らくだが、今回はちゃんと財布持ってきたんだよ! と強調したいのだろう。
しかし、その財布はどう見ても購入したて。多分だが、購入してから一度も使用されていないのだろう。盗難防止用の紐付きの封蝋が、場違いなほど不格好に揺れている。
それを認めたセレスティア。彼は、絶対中身入ってねえだろ。と、思わず苦笑を浮かべてしまった。
だが、野猿は自信満々な様子。ここでそれを指摘してしまえば、せっかくの勢いを削ぐことになる。
彼は僅かに考えを巡らせながらも、適当に「じゃあアスト“銅貨”一枚よこせ」と言ってみた。
すると、何が嬉しいのか。野猿は、「ふぁーい!」と串を咥えたまま、元気の良い返事をひとつ。すぐさま財布を開く。
しかし――
「はへ!? なんで!?」
中から出てきたのは、型崩れ防止の羊毛の塊ただひとつ。それ以外のものが出てくる気配は無い。
そんな財布に驚きを隠せない様子で、何度も何度も確認する野猿。だが、紐付きの封蝋が着いている時点で、想定内のこと。
セレスティアは内心で野猿らしいと苦笑を浮かべながらも「気にすんな」と一言。
「ま、俺の奢りだ」
と告げてやった。
だが、野猿は変に真面目すぎるらしい。
「え、でも……ごめんね?」
素直にセレスティアの好意を受け取ればいいものの、そう言って、しゅんっと眉を落とし凹んでしまう。
だが、そこで凹む理由がわからない。それに、野猿を見ていると、ふととある場所に連れていきたくなった。
そのため彼は、チラリと野猿のことを気にかけながらも、歩を進める。歩き始めれば勝手に着いてくるだろうと想定して。
しかし――
「はぁ……」
セレスティアの考え通り、ゆったりとした歩調で彼の後を追いかけるレイ。だがその足取りは重く、どこか投げやり感が否めない。
そんな野猿を尻目にセレスティアは、内心で本当にめんどうな奴だと毒づきながらも、沈みこんだ様子の彼女の元へとすぐさま戻ると、軽く指で額を弾いてやった。
瞬間。
「痛っ! もう、何すんの!?」
額を押さえながらも不満を口にする野猿。だが、のろのろと歩いている野猿が悪い。
とはいえ、そんな野猿を放置するつもりも毛頭ない。
「ボーッとしてると置いてくぞ」
彼はそれだけ告げると、再び野猿に背を向け、とある場所へと歩を進めるのだった。




