11話:白の庭園、沈黙の2人〜えっ、ここどこ!? めっちゃキレーな景色!〜
スタスタと、大股で彼女の前を歩くセレスティア。そんな彼の背をちょこちょこと追うレイ。
金魚のフンともカモの親子とも言えないその微妙に開いた距離は、正しく猫の親子と言えるだろう。
「ねえ、もうちょっと緩めてよ〜」
そんな泣き言を繰り返しながらも数分。セレスティアがピタリと足を止めた。
ロヴィーナの外れに隠されるようにして、ひっそりと現れた景観が美しい湖。
湖のちょうど真ん中には白い庭園が浮かび、大理石で造られたアーチや彫刻が飾られ、色とりどりの花々が咲き誇り、太陽の光を反射する水面には、風に揺れる草花たちが映し出されている。
「うわ〜きれー!」
レイは、そんな美しい湖に最初の方こそ目を丸くしていたが、うっとりと目を細めその庭園を眺める。
そんな彼女にセレスティアは「こっちだ」と庭園に続く道を案内し、二人で腰を下ろしながら湖を見つめた。
花の香りを連れた心地よい風が、さらりと二人の間を通り抜け、湖面の上を駆けていく。そんな風が水面を撫でるたび、小さな波紋が広がり太陽の光をきらきらと跳ね返している。
(ほんと……綺麗だな。でも、どうしてセレスティアは私をここに連れて来てくれたんだろ?)
レイはそう考えながらもチラリと彼へと視線を向ける。しかし、隣にいるはずの彼の姿はどこにもない。レイは一瞬、置き去り!? と慌てるが、視界の端で銀色のナニカが微かに揺れ――
「えっと……?」
そう思いながらも視線を下げると、いつの間にかセレスティアは地面の上に寝転がり、瞳を閉じてお昼寝モード。
(ほんと、自由だよね……。なんか、猫みたい!)
そんな彼を見つけて安堵するものの、レイはクスリと微笑みながら、セレスティアの寝顔を見つめた。
長いまつ毛に、彫りが深く、通った鼻筋。男性的な薄さの唇と、健康的な白い肌。
どれも芸術的な美しさで、彼女は少しの間そんな彼の姿に見惚れてしまう。
しかし、セレスティアは別に寝ていたわけではなかった。ここは、彼が気に入っている場所のひとつ。
なにかあった時、ここに来てゴロンと寝転がり目を閉じると、自然と一体になったような気がして、嫌なこともここに居る時だけは、すべて忘れることができる。
もしかすると、野猿もここに来れば思い悩んでいた胸の内も、多少はマシになるかもしれない。そう思い、セレスティアは野猿をここに連れてきてやった。
しかし、連れてきたのは間違いだったのかもしれない。野猿は、景色を眺めることなく。何故かセレスティアをじっと見つめている。その視線は特に悪意があるものではないのだが――正直言って、鬱陶しい。
(はあ……俺の顔になにかついてんのか?)
セレスティアは、野猿の視線に困惑しながらも、何か悪戯をしようとしているわけでもなさそう。一瞬だけ『なんだ?』と声をかけてやろうかと考えたものの――
(まあ、別にいいか)
もう少し我慢してやるかと考え直し、彼は寝たフリを続けるのだった。
そんなセレスティアの心情など知りもしないレイ。彼女は、セレスティアから視線を外し、一人落ち着いた様子で湖を眺め始めた。
「ほんと……奇麗。シリウスにもいつか見せてあげたいな……」
無意識に零れる言葉。しかし、その“いつか”は来ることがあるのだろうか。
シリウスは、レイ・ヴァーティンのことを憎んでいる。恨んでいる。どれだけ頑張って関係修復を図っても、お前のことを好きになることはない。いや、永遠にお前のことを嫌いで居続けてやる。そんな決意があるようにさえ、思えてしまう。
だが、もし叶うのならば――
(シリウスと仲良くしたいな。まあ、死にたくないって言う気持ちが第一なんだけど……。せっかく、シリウスのこと知れたんだから、内定? 暫定? 婚約者とかそんな関係じゃなくて、友達、みたいな関係でいいからさ。仲良くできたらいいよね……)
もし叶うのならば……。ここにシリウスやセレスティア。それからレイムンドやアリスなんかを連れて、ポテチとかクッキーとか。それからサンドウィッチなんかのお菓子や軽食を持ち寄って、楽しく談笑してみたい。
そんな願いが溢れてくる。
いや、そこまで多くは望まない。ただ、もし叶うのならば、シリウスと2人でここに来てみたい。
別に、ここで優雅にお茶をしたいと思わない。それに、話さなくてもいい。ただ、無言でいるだけでも構わない。多くは望まない。ここに来ることで、シリウスとの関係がなにか変われば――ううん。もしかするとシリウスとの関係性も、なにか変化が訪れるかもしれない。だから……ただ、ここに来て自然を感じるだけでいい。
けれど……。
(きっと、そんなこと叶わないよね。だって、私にはその資格なんてないと思うから)
そんな彼女の胸に刺さる一本の、太く深く刺さった言葉。
『お前なんか大っ嫌いだ』
あの言葉がずっと付き刺さって抜けない。いや、言の葉だけではない。
レイ・ヴァーティンという存在そのものを憎むような鋭い目。ほんの僅かだが、自身でもわからない感情に苦しめられるようにして放たれた、冷たい声……。
「なんで怒ったんだろ……」
シリウスは、ブドワールでのことやクローウィンのことを口にしていた。しかし、同じ強さで放たれた言葉。どちらがより、彼の心を苦しめたのか――彼女にはわからない。
あの時、ちゃんと話せていれば……。何度もそう思うが、彼に何を言えば良かったのかわからない。ただ、彼の目に映った自分は、本当に心から恨むべき人間だったということしか理解できなかった。
そんな彼女の独り言を聞いていたセレスティア。彼は、片目だけを開け、彼女へと視線を向ける。
寂しげに何かを考え続けるその横顔。だが、何かを思い悩む彼女に、なんと声をかければいいのかわからない。
(……なんもわかんねぇのに、首突っ込まねぇ方がいいよな)
セレスティアは、内心でぽつりと呟きながらも、結局のところ。何も言わずに空へと視線を戻してしまう。
空は薄雲があるものの、どこまでも青が続いている。セレスティアは軽く息を整えると、再び瞼を閉じる。
ただ、その胸に。彼女が零したひとひらの言の葉が、小さな波紋を残し続けていることに気づきながら。
そして無言の時間だけが、穏やかに過ぎていく。けれど、どちらも言葉を発さない。
だが、その時間は別に苦痛にはなり得なかった。
レイもセレスティアも、自分との対話を続けながら、ただ同じ場所で時間を共有しているにすぎず……。
無言の時間は、数時間にも及んだ。
雲が増え、若干アイスブルーのようなライトブルーのような色味に変化するスカイブルー。そよりと優しげな風が吹き、レイやセレスティアの髪や衣服を柔らかく撫でていく。
そんな空を見つめながらも、ぽつり。
(そういえば、昔もここに誰かと来たな……)
セレスティアは、遠くにぼやけた記憶をふと、思い返す。
確かあの時も、誰かがめそめそと泣いていて……。だが、自分にはそんな相手を包み込めるような包容力は持ち合わせていなかった。
どうすれば良いのかわからないまま、相手をここに連れてきて、今彼女にしているように。ただ、無言で時間を共有していた気がする。
けれど――何故だろうか。どんな人物だったのか、顔も声も……何も、思い出せない。
(髪が長くて、笑顔が印象的だった気がするが……誰と来た?)
その記憶に小さな疑問が浮かび上がる。とはいえ、さすがに同性の男に対してそんな感情を抱くセレスティアではない。ということは、相手はきっと女性だったのだろう。
しかし、現在にも過去にも、そんな相手は存在しない。そもそもセレスティアは、一生独身貴族を貫こうとしている。自分のように、意味のわからない使命という名の呪縛を後世に引き継がせぬために。
(……この既視感は一体なんだ?)
セレスティアはそう自問しながらも、静かにまぶたを閉ざすと、深く息を吐いた。
そんな瞼の裏側。訝しげな思いが胸を掠めるが、考えても一向に答えは導かれることはない。ただ、記憶の断片が、霧の向こうで手を振るように、セレスティアをもどかしくも、惑わせ続けるばかり。
風に揺れる花々の甘い香りが鼻を擽り、太陽が良い感じに肌を焦がす。
(きっと思いすごしだな)
風に揺れる花々の甘い香りを肺いっぱいに吸い込むとセレスティアは、既視感の理由を探ることを止め、再び穏やかな静寂の中に身を委ねるのだった――




